【勇者】
テレビやラジオやネットなどで、幼児が出てくるCMを思い出してほしい。
そこででてくるのが、【記号】と言っていい、上機嫌な幼児や乳幼児を表す『笑い声』。
無理やり文字にすれば『あはーはーはーはー』とか『あふーふーふーふー』とでもなるのだろうか。
あれ本当に、どこのお子様もおんなじ笑い声を見せる。 声帯がまだ発達していないせいか、声色さえも全く同じに聞こえる。
つまり、幼児や乳幼児特有の上機嫌を表すサインと言っていいだろう。
実際ラファエルはそれとまったく同じ笑い声をあげて、先ほど俺の【ロケット頭突き】で床に倒れて悶絶している【勇者】によちよち駆け寄り………プロレスのボディプレスのように、全体重をかけて倒れこんでいた。
「ぉふううぅっ!?」
それはどこの子育て世帯でも見られる光景であったろう。 幼い子供が……寝ている大人の上に降ってくるという光景。
繰り返すが……幼児は、『空を飛ぶ生き物』なのだ。
完全に油断しているところに、一〇キロ程度の物体が落下してくるという事象。
それを喰らって【勇者】は、悶絶の上に悶絶を重ねた短い悲鳴を上げていた。
それはまさしく、子供による親への虐待!!
「……あー………こらこら、ラファエル。 もう少し、優しく降ってやれ。」
【前世】で甥っ子や姪っ子にその【攻撃】を喰らったことがある俺は、【勇者】の悶絶を察し………心底気の毒そうな表情をしながら思わず声をかけていた。
……ほのぼのしてる場合じゃねえ!
「そ、そんなことより……お、おい、ラファエル!!
さっきなんて言った? 『もう一人のラフィ』ってどういうことなんだ!?」
俺は先刻のラファエルの言葉を思い出し、俺はラファエルに問いかける。
しかしラファエルは……大人が悶絶している姿が面白かったのか、満面の笑顔で俺を見上げるだけだった。
「あふーふーふーふー!」
「お、おう……ご機嫌さんだな。
そ、それより……さっきお前が言ってたことなんだが………」
「????????????」
「………?
覚えていないのか……?」
「…………」
「あっこら、ボディプレスの準備をするんじゃねえ!」
ラファエルの興味は完全にプロレスごっこに移ったらしく、俺の問いかけに応じる気配は全くなかった。
……こうなると幼児に言うことを聞かせるのは難しい。
怒ったところで泣くだけだし……そもそも『怒る』と『叱る』は別物なのだ。
そして『叱る』とは『教える』ということであって、決して『意に沿わせる』という意味ではない。
『意に沿わない』子供に必要なのは、怒鳴りつけることではなく、『叱る』こと。
叱って、『なぜそうしてはいけないか』ということを『教える』ことだ。
あるいは………今の俺のように、完全にあきらめること。
「ま……いいや。 相手は子供だしな……これも【お父ちゃん】の仕事だろ。
『叱る』のは俺の仕事じゃないし……飽きるまで【お父ちゃん】に遊んでもらいなさい」
「あふーふーふーふー!」
「なっ!?
ラファエラ、ちょっと待………ぉふううぅっ!?」
【勇者】は俺に絶望的な視線を向けながら必死の表情で、空から降ってくる我が子の身体を受け止めていた。
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で………遊び疲れておねむになったラファエルの身体を天蓋付きのベッドに横たえて。
俺と【勇者】は差し向かいで対面していた。
「…………」
「…………」
互いに何を言ったらよいのかわからず、しばらく沈黙し合っていた。
それはかなりの時間だった。 数分……いや、十数分は越えていたかもしれない。
「あー………ん、んん!!」
二人だけの長い沈黙に耐えかねたのか、わざとらしく咳払いしたのは【勇者】だった。
「改めて……初めまして、と言ったらいいのかな、ラファエラ?」
「…………。 そうだな、【勇者】………えぇと、俺は……ラファエラ・ミドーだったか。
えぇと。
一応、【前世】の名前を名乗った方がいいのかな?」
「……!!」
俺の言葉に、【勇者】はハッと顔を上げていた。
……世にも奇妙な、親と娘の初対面が始まろうとしていた。
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「まず俺は………【太田垣雷蔵】と言う。 享年……というべきか……は、四十四歳。
まあ、場合によっては、【勇者】ぐらいの子供がいてもおかしくない歳のおっさんだな。
そんなに不摂生したつもりはなかったんだが……おそらく死因はクモ膜下出血だ。
『そうなる』数秒前から、急にろれつが回らなくなってな。 驚いて立ち上がろうとしたら……そのまま倒れてしまったんだ。」
そんな言葉を口にする、ゆったりした寝間着を着た五歳程度の女児……想像するにシュールな光景だが、俺は正直に己の素性を話していた。
ちなみに俺は……生まれた日に三歳くらいまで成長して、そこから一年半も目を覚まさなかったらしい。
そして……俺はそのまま成長したらしい。
食事も摂れなかったはずだが……今の俺は五歳児の標準的な身長と体重を備えているようだ。
……年齢はまだ、一歳半なんですけど。
そのいろんな意味で【物理的にあり得ない成長】がスキル【早熟】によるものなのかどうかは分からない。
それを検討する意味での【会談】でもあった。
「えぇと……見えないですね、いろんな意味で……」
そういって【勇者】は苦笑した。
敬語になったのは……【勇者】の【享年】は知らないが、たぶん俺の方が年上ということなのだろう。
俺は静かに頷いていた。
「……まあな。 【前世】でも言われたことがあるよ……『軽い』とか『人格に重みがない』って。
当然だよな……だって俺、独身だもん。
嫁も子供もいなかったんだから……きっと世のお父さんの千分の一も人生の苦労を味わってない。
そりゃ人格に重みも出んわ。
家族の都合で借金まみれだったから、そういう苦労はしたけどな」
そう言って俺はカラカラと笑った。
と て も 五 歳 女 児 の 言 葉 と は 思 え な い だ ろ う 。
【勇者】は苦笑というより困ったような微笑を浮かべていた。
そして俺は……表情を改めた。
組んでいた足を下ろし、真っ直ぐに【勇者】に視線を向ける。
「で、『生まれ変わって』今に至る訳だ。
『ラファエラ・ミドー』って名前の女の子に生まれ変わって、早速生涯最大の目標を得た。
いち早く技量を上げて、助けなきゃいけない人ができた。
その方法も含め、さてどうしようか、っていうのが今の俺だ。
……すまない、待たせてしまったな。
俺は……一年半も眠ってたんだってな。」
そう言って俺は【勇者】に頭を下げた。
そして俺は、そのまま続ける。
「あと………狙ってやったわけじゃないが、俺は【勇者】の娘に【転生】してしまった。
あの時のお前の言じゃないが……本来この身体に宿るべきだった【魂】ってのもあったのかもしれない。
本来【ラファエラ】として生まれるはずだった【魂】を押しのけて、俺は生まれたのかもしれない。
そこに関しては、正直確信を持てない。
だから……俺の今後の処置も含め、そこの判断は、お前に任せる」
頭を下げたまま、俺は【勇者】に言葉をかけていた。
正直……ここで断罪されても仕方がないとは思う。
俺は【家庭】はおろか【子供】というものを持ったことはないが……【勇者】の、【親】という立場を慮ったとき、俺は何も言う権利を持てないと思った。
だから俺は……【勇者】の判断にすべてを任せる気でいた。
頭を下げたままの俺……しかし【勇者】は応じない。
沈黙は長かったが……それに対しても俺は、文句を言うことができなかった。
やがて【勇者】は……静かに応じる。
「………頭を上げてください、えぇと……【ラファエラ】。
僕にとって、そこは問題じゃないんです。
だって僕は……僕もまた、【転生者】ですから。
ラファエラが言う【魂の所在】を問題にしたら……僕もまた『この身体に宿るはずだった魂』を押しのけてしまったということになる。
そもそもそんな【魂】はなかったかもしれないのに……だから僕は、そこに関して問題にするつもりは全くありません。
あの時、ラファエラに対して殺意を向けてしまった件は……あの時点でそこに考えが至らなかった僕のせいですから、気になさらないでください。
というより……僕の方こそ申し訳ありませんでした。 あんな殺意を向けてしまって……」
そう言って【勇者】は深々と頭を下げた。
それは……『日本人同士の謝罪合戦』という光景。 【異世界】なのに。
不謹慎ながらくすりと笑ってしまうような光景だったが……俺は頭を上げる気はなかった。
【勇者】も、それは同様であるらしかった。
互いに頭を下げたままの、奇妙な光景。
自然と生まれた沈黙の中で……【勇者】は頭を下げたまま言葉を続けた。
「ただ……僕があなたのことを【ラファエラ】と呼ぶことを、許してください。
もちろん、それは、僕の都合もあります。
理由は後ほどお話ししますが……僕は【転生者】であることを、周囲に伏せています。
簡単に言うと、【転生者】であることを秘密にした方が、いろいろと都合がいいのです。
打算もありますが……安全保障上も、です」
「安全保障……?」
【勇者】の意外な言葉に、俺は思わず頭を上げていた。
少し遅れて……【勇者】も頭を上げる。 ただし……その表情は真剣なものであった。
それを問いかける前に……【勇者】は深呼吸をしてから、俺に応じた。
「……はい。
僕の頭の中には……まあ、あまり大したものではありませんが、『地球において、人類が蓄え続けた【叡智】』の一部があります。
それはこの世界より進んだものや、逆に劣ったものがあるでしょう。
例えば……【権力者】がそれを知った時、どういった反応をするでしょうか?」
「………なるほどな。 少々、というか、かなり無茶をしてもそれを取り出そうとするだろうな。」
「……はい。
それはあなたのあの時の……『優れた医療の知識』も含めて、です。
だから我々は……【転生者】であることは、『進んだ社会からの来訪者』であることは、隠した方がいいのです。
あくまで『この世界の人間である』ということで通した方が、いろいろと都合がいいのです。
また【差別】、【区別】、場合によっては【迫害】から身を守るという意味でもあります。
だから……僕は、あなたのことをラファエラと呼ぶんです。
それに……こういうことを言うと失礼かもしれませんが。
あなたのその身体は……僕にとって間違いなく【ラファエラ】。
ですので………そう呼ばせてほしいんです。
よろしくお願いします………」
そう言って【勇者】はもう一度、深々と頭を下げていた。
その真摯な姿に俺は………長い沈黙の後、うん、ということしかできなかった。
「よかった………許してくれるんですね。」
そう言って【勇者】は顔を上げて……柔らかに微笑んだ。
そしてそのまま……俺を優しく抱きしめる。
「ラファエラ………長い間、言うことができませんでしたが。
ラファエルを、【聖女】リーンを………その命を救ってくれて、ありがとうございました。」
静かに呟かれたその言葉に……俺は応じることができなかった。
ただ……その優しい抱擁を、静かに受け入れることしかできなかった。
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両腕で優しく拘束され、それを受け入れながらも………俺は微かに困っていた。
「(高い評価をしてくれるのはありがたいけど………。
『あの時の優れた医療知識』って……俺の場合、【医療ドラマ】をナナメ観して覚えた程度なんだけどなあ………)」
心の内でそんなことを呟きながら……とりあえず俺は、その秘密を墓場まで持っていくことを決意していた。
本当にわずかながらもちょこちょこPVが伸びておりますw
いつもトップページの新着からも一分程度で消えてしまうのに……w
皆さん、どこからこの小説を見つけてくれたんですか?
お読みいただき、ありがとうございますですー。
(追記)うおっ、今回新着にすら載らなかったw




