ラフィの成長3
「ま、待って………ッ…………」
メグルさまを呼び止めるように伸ばした手……俺は叫びながら、その伸ばした指先が力なく曲がっていくさまを、ぼんやりと眺めていた。
そのままゆっくりと……もう一度指を伸ばしたり、こぶしを握ったりを繰り返す。 しばらく、繰り返す。
それは、自分の意思通りに掌を操作できるということ。
うん……自律神経は正常だ。
それを確認して……俺は周囲を見る。
小奇麗に整理された……日本家屋とは全く趣の違う部屋。
というか完全に……どこぞの貴族の令嬢の部屋かという趣きの部屋。
その中の、天蓋付きのベッドに、俺は寝かされているようだった。
「あー……【夢】か。 いやきっと『いろんな意味で』【夢】じゃなかったんだろうけど……」
思考がそこに帰着し、俺は呟きながら………ゆっくりと上体を起こしていた。
「俺が死んで、転生して、女の子に生まれ変わって……【聖女】を助けられなくって……………」
そこまで呟いたところで俺は……俺の頬を、暖かいものが伝って落ちていくのを感じていた。
それはしばらく忘れていた感触。 そして温度。
忘れていた……涙というのは、熱いんだった。
あの時。
俺は【勇者】の言葉に応じていた。
俺を鍛えると言った勇者……それに俺は是と答えていた。
無論それは、俺が【聖女】の力量を超えるための。
【聖女】を死の淵から取り戻すための力量を、俺が身につけるための。
この世界の【ゲームシステム】がどのようなものかはまだ把握していないが、おそらくそれは成し遂げられるであろう。 ご丁寧にも、女神がそれを確約してくれていた。
しかし……それがいつになるのか、どれだけのものが必要になるのかは聞いていない。
いずれは【聖女】には再会できるのであろう。
しかし。
それは、少なくとも【今】ではなかった。
それに……その事実に俺は、打ちのめされていたのだった。
いつの間にか俺は………号泣していたようだった。 それはまさに……夜中に目を覚ました幼児のように。
俺にとって【聖女】の喪失は………自分でも思ってもみないほどのダメージになっていたようだった。
何故だろう………はっきり言って俺は、【聖女】と口をきいたこともないのに。
理由は分からなかった……ただ、【聖女】の生還を指の隙間からこぼしてしまったということが、俺の心に深々と突き刺さってしまっていた。
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そんな時だった。
「………………?」
俺はふと、違和感を感じた。
左肩の辺り……正確には着衣の二の腕の辺りを、誰かが引っ張っていたのだ。
不審に思って視線を向ける……そこには。
「お姉ちゃん………起きた……?」
金髪碧眼、身長八〇センチにも満たない男児が、そこにいた。
健康そうなほっぺの色、少しとがった唇、まん丸い目。
俺と同じデザインの寝間着を着せられた男の子……その存在を【俺】が見間違えるはずもない。
俺の弟、【ラファエル】が、そこにいた。
俺と同様、未熟児傾向であったはずだが……もはやそんなことを感じさせないほど大きく育っている。
俺の弟ということは……【聖女】の忘れ形見ということでもある。
それに気づいた瞬間……俺はラファエルを抱きしめていた。
いや……正確には、俺がラファエルに支えてもらっていた。
あふれる涙に……自分が押し流されないように。 押しつぶされないように。
「うっ………うわああああああん!!!」
そう言って俺は……『まるで幼い女の子のように』泣き崩れていた。
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泣いた。
泣いた。
もうどれくらい泣いたのか、わからないくらい泣いた。
泣くことは……脳が感じたストレスを洗い流すための行為だという。
だとすれば……それはどれほどのストレスだったのだろうか。
【聖女】の喪失は、どれだけのストレスとなって俺の脳に突き刺さっていたのだろうか。
いやもう……そんなこともわからなくなってしまうくらい泣いていた。
その途中に……誰かが部屋に入ってきて、息を飲んで他の誰かを呼びに行ったようだが、それにも構わず俺は泣いていた。
俺の泣き声しか響かない室内……その俺の頭を、誰かが拙く、優しく撫でた。
言うまでもない……ラファエルだった。
「ねーちゃ……ありがと……」
優しいその言葉は……俺の心を撫でるかのような口調だった。
その優しさに俺は……泣きながらもその言葉を心静かに聞くことができた。
「ぼくがきえそうになったとき……たすけてくれて……」
「………?
いいんだ……いいんだよ、そんなこと………」
幼児特有の嗚咽を見せながら俺は、ラファエルの言葉にできるだけ優しく応じていた。
察するに……俺が出産時に助産したことを誰かに聞いて、そのことを言っているのだろう。
そう納得して、俺は自分が泣いていることを思い出していた。 お姉ちゃんなのにな。
そして……ラファエルの体から手を放し、しゃくりあがっていた呼気を何とか整えようとする。
何とか情けない姿を取り繕おうとして、困ったようにラファエルの方を見る………そして気付く。
………あれ? このラファエルの姿……どう見ても一歳近いよな?
ということは……ラファエルも【早熟】持ちなのか?
そのことに初めて気付いて戸惑う俺に……ラファエルは拙い言葉をゆっくり続ける。
「おなかのなかは……すごくせまかった……さんにんもいて、すこしくるしかった……それでぼくともうひとりのラフィがきえそうになったときに、おねえちゃんがたすけてくれて……」
「????? ラファエル、なにをいってるんだ………まさか………」
俺はラファエルの言葉を聞きながら……あることを思い出していた。
人の……もっとも古い記憶。
つまり、自分が覚えている一番古い記憶こそが自我の始まり。
自我が芽生え、そこからの知識や経験の積み重ねによって現在の自分に至るという。
その始まりは人によって違い、例えば保育園の友達と遊んだことだったり、幼い頃の生家での家族との会話だったり……人によっては母親の胎内での記憶が【始まり】という者もいる。
まさに今の俺がそうである訳だが。
しかし。
ラファエルの今の言葉をそれに当てはめるなら……ラファエルは、俺とは違う【始まり】を持っているらしい。
無論そこには幼児特有の空想や夢想もあるのだろうが……仮に。
ラファエルの言葉を正直に捉えると……え?
俺たち……双子じゃなくって、三つ子『だった』の!!??
じゃあもう一人はどこへ……っ!!??
減数流産、バニシングツイン………それ以外にもいろんな可能性が俺の脳裏を駆け巡る。
もちろん、幼児特有の妄言の可能性もある。
だがしかし……感謝の言葉とともに語られた幼児の言葉はあまりにも生々しかった。
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その時……重厚な造りの部屋の扉が荒々しく開かれた。
【勇者】だった。
「ら、ラファエラッ!!
良かった……お前は一年半も目を覚まされらぶわぐあはあああああっ!!!」
部屋に飛び込んで、俺を抱えあげようと腰をかがめた体勢の……少し無精髭を生やした【勇者】の顔面。
それに俺は……育児経験者なら誰でも知っている、幼児の固有スキル【ロケット頭突き】を思い切り食らわせていた。
幼児は……『空を飛ぶ』生き物なのだ。 もしくは、誰かに『着地する』生き物。
「今は取り込み中!!! あっち行って!!」
鼻血を飛ばしながら吹っ飛んでいくお父ちゃんを見ながら俺は、フンスと鼻息を上げるのであった。




