26 巡業ライブ始めました
ムトンシェの畑のマナは飽和したのか、歌っても作物が成長しなくなってしまった。神器を使ってパワーアップしたにもかかわらず、やはり村の外の植物と比べて成長が少ない。
スティナはダスクと相談して活動の場を広げることにした。
神技について研究しつつ、神のエネルギーを溜めるための出張ライブの始まりである。
とりあえず日帰りに行ける距離にあり、スティナの能力に興味を持って許可をくれた領主の農村を回ることになった。
メンバーはスティナ、ダスク、ミント、ジュージ、アサギの五名だ。
「今回はあの派手な衣装は置いていけ。場違いだ」
出発前のダスクの忠告で、浮き足立っていた心がはっと我に返った。
――そうだよね。楽しむためにライブをするわけじゃない……。
目的の農村に辿り着くと、あまりの荒廃ぶりに具合に涙が出そうになった。初めてムトンシェに来たときよりもずっとひどい。廃村一歩手前という有様である。
ふりふりの舞台衣装を置いてきたのは大正解だった。顰蹙を買うところだった。
村人たちは皆やつれ、疲れた目をしていた。家の数の割に人の数が極端に少なく、特に子どもは数えられるほどしかいない。働ける者は出稼ぎに行っているようだが、子どもは飢えて死んでしまったのか、口減らしに売られたのだろう。
領主から派遣された案内人が村長らしき老人を怒鳴りつけた。
「畑を整備しておくよう命じておいただろう! 渡した苗や種イモはどうした!?」
村人たちは気まずそうに目を逸らした。
広い畑はがらんとしており、一割も耕されていなかった。どうやら支給された苗を売ったり食べたりしてしまったようだ。
「苗を植えたところでほとんど枯れてしまうし、最近じゃ魔物が現れるようになった。見ての通りこの村には防御壁がないんで……」
「畑を荒らされて、最悪食われちまうよ」
「もう食うもの売るものもほとんどない。働く気力だってない……」
どんよりした村人たちの様子に、何も言えなくなってしまった。
元々魔物被害がほとんどない土地だったのに、ここ最近は山の方から魔物が下りてくるらしい。魔法使いのいないこの村では結界を張ることもできないし、新しく防御壁を築く金もない。作物がほとんど実らなくなった今、守る必要もないと見なされ、捨て置かれていた。
この地域の領主がいい加減で村を見捨てたわけではない。手が回らないし、手の施しようもないらしい。
広大な領地を抱え、どこもかしこも原因不明の不作に喘いでいる。税の徴収すらままならないのに、民に施しをする余裕などない。
シェザード家のように一つの村のみに注力し、領民の面倒を見ているところは少ないのだ。
「魔法実験のことは伝えてあったのですが……申し訳ありません。シェザード様」
案内人が面目なさそうに頭を下げた。
ダスクがため息を吐き、服の袖をまくる。
「このまま何もせずには帰れぬ。ムトンシェから種を持ってきている。まずは地属性の魔法で畑を耕すぞ。ジュージも手伝え」
「俺もっすか!? でも、師匠……こんなに広い畑じゃすぐに魔力切れになっちまいますぜ。いくら師匠でも」
「なんのためにスティナがいる。自分の魔力が切れたら次は精霊魔法だ。良い練習になるだろう。スティナは可能な限り大地のマナを歌で活性化させろ」
ダスクとジュージが土を耕し、畝を形成していく。魔法に慣れていない村人たちが色めき立ち始める。
「歌います」
さっとミントが木製の箱を置いた。お立ち台に上がり、スティナが星形の神器を宙に飛ばすと、さらに大きなどよめきが起こった。
「――――――」
大音量の歌声が村中に響き始め、軽くパニックが起こった。飢えて弱った人々の心臓に負担をかけないよう静かなバラードを選んだのだが、あまり意味がなさそうだ。申し訳なく思いつつも、スティナは歌い続ける。
大地からマナの粒が噴き出し、どこからともなく精霊が顕現すると、村人たちは目を見開いたまま言葉を失くし、ぴくりとも動かなくなった。
――あれ? 調子いいかも……。
植物に作用していないせいか、思いのほかすんなりと土に馴染んでいく。精霊も怖いくらいたくさん生まれてきた。
【来たれ、地の豪農】
ダスクがさっそく精霊魔法に切り替え、猛烈な勢いで土を耕す。精霊が生き生きと動き出し、圧巻の威力だった。一方ジュージはあまり精霊との親和性が高くないらしく、上手くいかずに頭を抱えている。
「わたしも耕したいです!」
一曲歌い終わった後、スティナも覚えたての初級精霊魔法を使ってみた。
【来たれ、地の小人!】
少量の魔力を精霊たちと共鳴させ、お願いを聞いてもらう。
自分が生み出した精霊だけあってジュージよりは上手に耕せた。しかしダスクには遠く及ばず、「精霊たちに弄ばれているぞ」と手厳しい評価をもらった。
そんなこんなで小一時間ほどで畑の整備が終わり、今度は人力で種蒔きを行う。
通常なら一か月ほどで収穫できる葉野菜やトマトの種だ。上手く神技が作用すればすぐに食べられるかもしれない。
魔法の力を目の当たりにしたせいか、村人の半分は協力的に動き出した。しかし残り半分はどこか白けた様子で遠巻きにしている。
「いいよな。魔法が使える奴は」
「こんなもの、どうせ一時しのぎだろ」
スティナは聞こえないふりをする。
いつの間にかアサギがいなくなっていたが、さして気にせずに作業を続けた。よくあることだ。
種蒔きの後、再びスティナは歌った。芽がにょきにょきと生えてくるのを見て、周囲から歓声が上がる。
――む。今度は調子悪い……。
周囲の林や草原の植物と比べ、畑の作物だけ成長が遅い。スティナの神技を押し返そうという反発がある。ムトンシェと同じ結果だ。
――やっぱりわたしの神技は畑には効果が薄いのかな?
だとしたら、少しがっかりだ。
数曲歌い続けると、作物の成長が止まった。これ以上はどうにもならない。スティナの神技により、収穫までの時間を二週間ほど短縮できた。葉野菜の一部はまだ若いが、食べられないこともないだろう。
不貞腐れていた村人たちも素直に喜んでくれているようだが、スティナは内心歯がゆい思いでいっぱいだった。
「もっと早く来てくれれば……あの子は助かったのに……」
暗い呟きに振り返ると、青白い顔をした女性がスティナを睨んでいた。ミントが気づいて庇うように間に入ると、女性は家に入って大きな音を立てて扉を締めた。
何とも言えぬ嫌な気持ちが胸に広がる。
「気にする必要はありません。スティナはできることをやっているのですから」
「はい……ありがとうございます」
あの女性への怒りはなく、ただやるせない思いに駆られ、スティナはこの数か月を振り返る。
神器の創造や精霊魔法の練習は必要だったと思う。しかしもっと神技を上手く使いこなせていれば、なりふり構わず歌い歩いていれば、助かった命があったかもしれない。
――でもそんな風に考えて傷つくの、傲慢だよね。
間に合わなかったものはどうしようもない。自分には力が足りなかった。責任を感じることすらおこがましい。
持ち前の切り替えの早さで、スティナはぱっと悪い空気を断ち切り、無理矢理笑った。
「よーし! 今度は村の周りのマナを活性化させます! 採集祭りができるくらい! ミントさん、行きましょう!」
だが、焦りはあった。
早く次の最高神を決めないと、どんどん世界が荒廃し、人が死んでいく。
そのためにも自分が神の雛になって、参加枠を埋める。立ち止まっていられない。
「あ、待ってください。スティナ!」
スティナは近くの雑木林に向かって駆け出す。
周辺の木の実やキノコなど食べられるものは採り尽くしているだろうから、また歌で増やす。林の中ならば、神技はもっと劇的な効果をもたらしてくれるだろう。
「わ!」
突然茂みが大きく揺れ、「魔物!?」と身構えたところで、アサギが出てきた。
「ああ、スティナ、ミントさん。良いところに。荷車があれば、借りてきてくれないか」
「え? え? どうして?」
アサギは肩に木の枝を担いでいた。そこには魔物が二、三匹吊るされている。
「まだ奥に大物が残っている。他の魔物に食われる前に回収したい。痩せていて肉は少ないが、腹の足しになるだろう。毛皮や角は金になる」
その後、アサギが狩った獲物を村人数人がかりで運びこむと、村は騒然となった。巨大な熊の魔物である。これにはダスクも案内人の男も青ざめた。
「村の近くにこんな化け物が……」
「山の食べ物がなくなって弱い個体が追いやられたんだろう。スティナが山際で歌ってマナが豊かになれば、他の大型魔物も山に帰ると思う」
「いろいろ突っ込みたいところがあるけど、いいや……今すぐ歌いに行く!」
そんなこんなでアサギのサポートもあり、最初の村を危機から救うことができた。熊の肉と畑の野菜で当面は食いつないでいけるだろう。
それからムトンシェと周辺の村々を行き来し、マナを満たしていった。
どこも一緒だ。最初は邪険に扱われたが、ライブによる摩訶不思議な現象を目の当たりにして人々は態度を一変させた。
音の波に包まれる感覚、マナの粒子と精霊たち、僅かでも確実に成長する作物。
それはまさに奇跡の御業であった。
ライブから数日後、彼らはさらに驚愕する。
周囲の森や川は見違えるほど美しく豊かになっており、飢えて凶暴化する魔物が減っていた。マナが枯渇し荒れ果てた大地がすっかり癒えており、豊かだった昔を知る大人の胸を打った。
神に見放されたかのように荒廃していく世界で、その奇跡は縋らずにはいられないほど眩い希望の光だった。
奇跡の歌。希望の星。マナの神子。
そんな大仰な代名詞がついた噂が広がる。
あくまでスティナたちの方から「歌わせてくれ」と頼み、対価を要求しなかったことが功を奏した。
そのうちに「うちの村でも歌ってくれ」と遠くの村々から依頼が届くようになった。さすがにダスクの懐が心配になり、旅費だけは相手側の領主に負担してもらえるようお願いしたが、それでも依頼は取り下げられない。むしろ「金を払うから早く来て」と言われるようになった。
「う、あまり欲張っちゃダメですよね」
「くっ……」
金貨の山にスティナとダスクは葛藤したが、これは世界の滅びを食い止め、神に至るための活動だ。
ライブという目立つ活動をする分、慎ましい人物像を作らないと後々支障を来す。正義感の強い神候補に批難されるかもしれないし、気の早い心配だが「がめつい女神」などと後世に語り継がれるのは避けたい。
イメージは大事にしたい。スティナは炎上商法とは無縁の正統派アイドルを目指していた。
金儲けがメインになってしまわぬよう受け取る報酬は最低限にし、依頼はできるだけ公平に早い順に引き受けた。
位が高い貴族たちは気に入らなかったようだが、どうやら王国上層部が間に入って調整してくれているようだ。
権力に囚わずに活動を続けると、人気はさらに上がった。
ダスクが早くから根回ししていたこともあって、スティナの存在は好意的に人々に浸透していった。
「うーん。順調だけど、このままじゃまずい……」
巡業を始めて三か月が経った。
多くの人々が久しぶりに大地の恵みを収穫し、腹を満たし、救われている。スティナの存在は大々的に知れ渡っていた。おかげでエネルギーもだいぶ溜まったようだ。
しかし、簡単にはいかない。
最初に巡った村々からSOSが届き始めていた。また畑のマナが尽き、作物が育たなくなってしまったようだ。
「滞っていたマナの循環を活性化させても、すぐにまた不作に陥る、か。これではいずれ破綻するぞ。遠方からの依頼をこなせなくなる」
「平等に公平にって言うのが難しくなってきましたね。はぁ、どうしてわたしの神技は畑に効きが悪いんだろう……」
「諸悪の根源を断てば、改善できるはずだ。スティナの神技が農作物にも作用するようになる」
ダスクとスティナが頭を悩ませているところに、アサギが意味深な呟きを漏らした。
「え、本当!?」
「ああ。確信が持てるまで黙っていてすまない。少々繊細な問題なんだ。神候補にとっても人々にとっても……だが、スティナとダスクさんになら、話しても問題ないと判断する」
と言いつつ、アサギはいつになく気の進まない様子だった。よほどデリケートな内容なのだろう。
「諸悪の根源、だと? スティナの力が思ったように働かないことに、何か原因があるのか?」
「というよりも、カダールカ王国全域での畑の不作自体に原因がある。この地は呪われているんだ」
アサギは言う。
最高神トーンツァルトが死んだことで、眷属神を始めとした神格体が制御を失い、人の世に悪影響を及ぼしている。
「大地に連なる旧神……おそらく豊穣の眷属ユンルアーラだ。かの女神が豊作ではなく不作をもたらしている。この王国のどこかで“禍身”となって降臨しているんだろうな」
それは思いも寄らない事実だった。
背中に嫌な汗が伝う。
「えっ……“禍身”って元は神様なの?」
いつかダスクから聞いた話では、“禍身”や従魔は古代から時折現われる正体不明の怪物のことだ。世界に災厄を撒き散らし、生物を害していく現象に近いもの。
「そうだ。“禍身”は神のなれの果て。従魔はその神に仕えていた下位の神や天使のことだ」
スティナはこれまで遭遇した“禍身”と従魔を思い出し、顔をしかめた。見るに堪えない醜悪な姿だった。
――あれが神様だったなんて……それに、ユンルアーラ様も……。
スティナの故郷、ウルデンで熱心に信仰していたユンルアーラが“禍身”と化し、畑を呪っている。信じられない。信じたくなかった。
ダスクもショックを受けているだろうと視線を向けると、彼もスティナを見て顔色を悪くしていた。
しかしダスクは別の可能性に思い至り、戦慄していたのだった。躊躇いがちに口を開く。
「神が“禍身”になるのだとしたら……お前たちはどうなのだ? 神の卵や雛も、“禍身”になる可能性があるのか?」
「っ!」
全身に悪寒が走り、スティナはアサギを見上げた。彼はどこか寂しそうに告げる。
「参加表明前ならば人間に戻ることができたが、卵にヒビが入ってしまったらもう後戻りはできないらしい。神になるか、“禍身”になるか、二つに一つだ」
スティナの心臓が嫌な音を立てた。




