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1 数奇な出会い

 


 スッティーは、ステラの愛称である。ドッペルワンダーのファンはステラをそう呼ぶことが多い。


 ――こんな偶然あるのかな。ううん、きっとこの子も……。


 スティナはどきどきしながら少年に近づいた。大粒の涙を地面に零し、鼻をすすっている。ものすごく声をかけにくいが、この機を逃すわけにはいかない。スティナは混乱を共有してくれる者を切実に欲していた。


「っ誰だ? ……ああ、スティナか」


 スティナの接近に気づき、少年が顔を上げた。赤茶色の髪が見えたときから予感はしていたが、やはり知り合いだった。


 彼の名前はハルチェル。

 近隣の村から流れてきたスティナとは違い、最初からこの町で育った孤児の少年だ。面倒見が良く、非力な子どもたちによく食べ物や仕事を分け与えてくれる。ほとんど喋ったことのない流れ者のスティナですら、何度か助けてもらっていた。

 信頼できる相手だったことに胸を撫で下ろし、スティナはハルチェルに目線の高さを合わせた。


「えっと、ハルチェル……大丈夫?」


「! ああ、うん。あの、ちょっといろいろあって……忘れてくれ。じゃあ!」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を慌てて服で拭い、出ていこうとするハルチェル。醜態を目撃されて恥ずかしかったのだろう。スティナは慌てて引き止めた。


「あの! もし違ったらごめんね。もしかして今、時空の神様とお話ししなかった? あと前世を思い出したりしてない?」


 直球勝負だった。下手に探りを入れるよりも……というか迂遠に聞き出す術をスティナは持たなかった。

 捨て鉢になっていたわけではないが、緊急事態に慎重さを失くしていたのは確かだ。相手がハルチェルであったこともあって、あまり警戒心は働かなかった。


「まさかスティナもか!?」


 ハルチェルはすぐに察してくれ、そこから話は早かった。

 聖堂の隅の長椅子に腰かけ、二人は改めて自己紹介をした。お互いの今を知っているだけに妙に気恥ずかしかった。


「オレの前世の名前は本城晴一ほんじょうはるいち。日本の高校三年生、つーか、受験生だった」


 スティナは咄嗟に本名を名乗り返した。

 ありきたりな苗字と、学年に一人はいそうな平凡な名前である。ただ、こちらの世界では珍しい語感の名前ゆえに、久々に口にしてみても自分の名前という気がしなかった。


「そうか。改めてよろしく。オレのことはハルって呼んでくれ。前世も今も、親しい奴にはそう呼ばれてる。えっと――」


「スティナのままでいいよ。前世の名前はなんか世界観に合わないし。あ、敬語じゃなくてもいいかな?」


 前世では十七歳だった。精神年齢は一つ歳下だ。そう言うと、ハルチェル改めハルは「今は同い年だろ」と苦笑した。

 同じ境遇の者がいるというだけで、心細さがいくらか和らいだ。おそらくハルも同じ気持ちなのだろう。だいぶ落ち着きを取り戻していた。

 同時に、時空の神との対話が夢ではないことが分かり、二人同時にため息を吐いた。


「なんか、びっくりしたよな。いきなり前世を思い出したときなんか、すげー怖かった。それに悔しい。オレ、試験当日に交通事故に遭って……」


 あの勉強漬けの日々はなんだったんだ、とハルは肩を落とした。


「百歩譲って受験のことはいい。でも、ライブのことは諦めがつかねぇ。せっかくアリーナの最前列が当たったのに……確かにチケット発券したときは『もう死んでもいい』って思ったけどさ、当日に参加できなきゃ意味なくねぇか? あー、死んでも死にきれねぇ……」


「ライブって……?」


「ドッペルワンダー初のドーム公演だよ。ファンクラブ抽選で当たったんだ。スッティーの生歌聞きたかったなぁ」


 受験後の最大の楽しみだったらしい。悲愴感たっぷりに息を吐き、「もうスッティーに会えないなんて」と目頭を押さえるハル。

 先ほどの叫びからなんとなく察していたものの、スティナは改めてドキドキした。


「カグヤちゃんじゃなくてステラの?」


「おうよ! オレはデビューのときからずっとスッティー一筋だ!」


 スティナは何度か瞬きをして、無意識に心臓を両手で押さえた。じぃんと痺れるような感動があった。


 ――デビュー曲なんて、ほとんどカグヤちゃんのソロ曲なのに……っ。


 ステラは簡単なコーラスしかしていない。当時自分の存在を知り、応援してくれていたのは家族や地元の知り合いだけだと思っていた。


「ステラの、どこが……?」


「は? すっげー可愛いじゃん! 歌はどんどん上手くなるし、ダンスも楽しそうで見ているこっちまで体温が上がる。演技なんか鳥肌もんだぜ! 初主演映画の『ミステリーシープ』の天才占い師役、あの腹の底が冷えるような妖艶な表情は最高だった! スッティーをキャスティングした人こそ神だぜ! 何回映画館に行ったっけな。あと、トークもどこか抜けてて面白いんだよ。月に二回ラジオをやってるんだけどな――」


 あれが良かった、ここが好きだ、とハルはステラについて語った。話している内容はともかく、無邪気に瞳を輝かせる様子は可愛らしく、眩しかった。

 黙り込んだスティナにハルははっとして青ざめた。


「あ、ごめん。ドン引きだよな? アイドルオタなんて……」


「ううん! 全然気にならないよ! ありがとう!」


「? ……なんでスティナが礼を言うんだよ。でも、そう言ってもらえてほっとした」


 ハルは全く気づいていないようだった。目の前にステラの生まれ変わりがいることに。


「あ、あのね、ハル、実はわたし……」


「ん?」


「……えっと…………」


 スティナは自らの腹に手を置く。

 ここにきて、ようやく警戒心が呼び起こされた。

 先ほど甦った生々しい痛みと恐怖。芸能人が危うい職業だということを転生してから痛感したのだった。


 自分を刺した男はカグヤの熱狂的なファンだった。

 もちろん、ほとんどのファンは健全に自分たちを応援してくれていたと分かっているし、ハルが危ないファンだとは全く思わない。

 しかしそれでも正体を打ち明けるには勇気が必要だった。


 ……それに。

 スティナは自らのボロボロの姿を見て奥歯を噛みしめた。


「うにゃーん! お邪魔しますにゃん!」


「ひっ」


 虚を突くように、椅子の下からにゅっと猫が現れた。スティナとハルは飛び上がって奇声を上げる。


「ね、猫が喋ってる……」


「霊獣? 精霊?」


 この世界には人間並みに知能を持った生物がいると聞いたことがある。ファンタジーだなぁ、と取り戻した日本人の感覚が現実逃避をした。


 猫は全体的にオレンジ色の毛並で、手足の先だけ白かった。リボンがついた首輪とシックなジャケットを羽織っている。後ろ足で立ち上がり、前足を顔の横に持ってきて招き猫のポーズをした。


「いえいえ、ボクはとある神様の使い魔ですにゃ。この世界の生物ではありません。ニャピとお呼びくださいにゃん!」


 あまりの可愛さに思わず頬を緩めるスティナ。一方ハルは「あざとい」と半眼になった。言われてみれば、ニャピは媚を売るようにくねくねしていた。そこを含めて可愛いと思ってしまうスティナだった。


「いきなりとんでもないお話を聞き、お困りのご様子。そこでボクから“神選びの遊戯”について、詳しいお話をさせていただいてもよろしいですかにゃ?」


 スティナとハルの返答を待たず、ニャピは滔々と話し始めた。


「具体的な年月は伏せさせていただきますが、この世界の最高神であり管理者であるトーンツァルト様がお亡くなりになりました。眷属神や精霊たちの制御ができなくなった結果、世界は荒廃の一途を辿っておりますにゃ。ド田舎の貧乏人であるお二人でも、世界の異変に気づいているのでは?」


 口が悪いな、とハルは苦々しい表情をしながらも頷いた。


「大人たちがよく言ってるよな。昔はこうじゃなかったって」


 スティナも同意を示した。


 ここ十数年、王国各地で農作物の不作と自然災害に悩まされ、国力が急激に下がっているという。

 世界的に見ても、魔物が人里に下りてきて暴れ、反対に精霊は姿を現さなくなり、人々は原因不明の病で死んでいく。

 治安もどんどん悪化している。北の国で大量の脱獄があっただの、西の国が戦争を目論んでいるだの悪い話しか聞かない。


「このままですと、世界が滅びますにゃ。最高神、すなわち管理者が不在の世界ほど脆いものはありませんにゃ。

 トーンツァルト様は後継の神を選ぶことも育てることもしませんでした。その代わり、時空神リメロ・ディアラ様に遺言を託しておりました。この世界を委ねられる新たな魂を異世界から招き、神として育成してほしい、方法は任せる、と」


 リメロは時空に散らばる神々に呼びかけ、候補者を募った。こんな面白いことを見逃す神はおらず、多くの神々から「この者こそ新たな神にふさわしい」と推薦があったという。

 そして、候補者の魂を全てこの世界に転生させた。


「スティにゃんとハルちーもその候補者、神の卵の一人ですにゃん!」


「……どこから突っ込めばいいんだ?」


「そんな余裕ないよ」


 時空に散らばる神々にとっては、“神選びの遊戯”は余興だった。

 自分の人生が弄ばれているのを感じ、二人揃ってげんなりした。


「もしかして、わたしたちが若くして死んだのって、この遊戯に参加させるため?」


「いえいえ! 神々はそんなひどいことはしない……と思いますにゃん! むしろ若くして亡くなったお二人を憐れんだのかも……しれませんにゃん!」


「なんだよ、その妙な間は」


 ニャピは愛くるしいポーズを取って誤魔化した。

 スティナは首を傾げた。


「どうしてわたしを推薦したんだろう? 絶対ヘン」


 純粋に疑問だった。

 アイドルは特殊な職業かもしれないが、さほど珍しくもない。志半ばで亡くなった若者ならば、他にもっと立派な人がいるとスティナは思う。


「神様にするなら、もっと頭の良い人や心優しい人を選べば良かったのに。もしもわたしがこの世界の神様になれたって、何もできないと思うよ」


 政治家や学者、慈善家など、そういう人が神様をやった方がいい。安心感が違う。


「もちろんスティにゃんのおっしゃるような者も選ばれているはずですにゃ。現在、この世界にはお二人のような異世界産の魂がたくさん転生しておりますにゃ。それがみんな同じような性格や個性では、面白味に欠けるでしょう?」


「ようするに、多様性を持たせたいってことか? まぁ、神様が何を考えてオレたちを選んだのかなんて、推し量れねぇよ。人間とは価値観から何から違うんじゃねぇの?」


 投げやりな様子のハルにニャピはうんうんと頷き、言葉を継いだ。


「誰がこの世界の神にふさわしいかは、“神選びの遊戯”が進めばおのずと分かりますにゃ。神の卵には試練が与えられ、その過程で神技に目覚めていきますにゃ。そして、真なる神へと至った者の中から、最高神を決めますにゃ」


 スティナはさらに首を傾げた。言いたいことは分かるけれど、全く想像できなかった。


「試練ってどういうもの? 神技って何? どうやって最高神を決めるの?」


「それはまた、追い追いお話しいたしますにゃ」


 にっこりと微笑むニャピ。可愛いけれど、スティナの不安はむしろ増すばかりだった。


「悩むよりまず挑戦してみませんかにゃ? こんなチャンス、滅多にありませんにゃ。レッツ成り上がり!」


 軽い。なんて軽いスカウトだろう。

 スティナは遠い目をするしかなかった。一方ハルは我慢ならなかったのか、ニャピに食ってかかった。


「あのな、いきなり『神様を目指してください』って言われて、『はい、頑張ります!』なんて言えるわけねぇだろ! こちとら良くも悪くも普通の人間だっつーの! そんな責任重そうなこと、簡単にやってみようなんて思えねぇよ! てか、何から何まで怪しすぎてイマイチ信用できねぇ!」


「わたしも! わたしもそう思う!」


 ニャピは嘆くように肩をすくめた後、ふっと笑った。


「ご安心ください。神になりたくない者を強引に神の座に縛るようなことはありませんにゃ。あくまでも、参加は自由ですにゃ」


 ニャピはくるりと尻尾を回した。


「ただし、三十日以内にトーンツァルト様の像にお祈りできなければ、不参加とみなし、前世の記憶や技能、遊戯のことも全て忘れていただきますにゃ。田舎の貧乏人として一生をお過ごしください」



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