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18 幻のライブ

 


「――――――」


 選んだ曲は、『星空の靴でアンダンテ』だ。

 歌い出した瞬間から分かった。今までと違う。

 声に力が乗って遠くまで飛んでいくようだった。今まで卵の殻に覆われていて遮られていた想いが外側に伝わる。


 ――なんか、すごい……。


 どこからともなく光の粒が溢れ、木々や地面に溶け込んでいく。

 森に清涼な風が走り、土に生命が迸った。葉が艶やかに照り、若い枝が背伸びをする。

 一音を紡ぐ度、スティナは景色を塗り替えていった。マナが満ちていくのが分かる。


「っ……!」


 自分の中にある熱いものがどんどん引き出されて、世界を満たしていく。ただ歌っているだけではなく、スティナの中には神技を使っているという感覚があった。今まで歌ったときには感じなかったものだ。


 ――これ、ヤバい気がする……!


 例えるなら、蛇口が全開のまま締まらなくなったときのよう。力が制御できない。

 スティナの焦りが最高潮に達した瞬間、視界に七色の光が飽和し、弾けた。


「――え」


 気づけば、森の風景は消え、不思議な空間にいた。すぐそばにいたはずのダスクとアサギの姿はなく、祭壇も見えない。

 真っ白な世界に色とりどりの光の粒が浮かび、ふわふわと漂っていた。よく見れば光の粒は動物や人の形をしていて、スティナを取り囲んでいる。

 怖い感じは全くしない。みんな笑顔で歓声を上げ、スティナを歓迎している様子だった。この耳をくすぐるような声には聞き覚えがある。


「も、もしかして、精霊……?」


【そうだよ。やっとおはなし、できる】


 背中に羽を生やした手のひらサイズの子どもが笑う。精霊たちが順に声をかけてきた。


【ぼくたちに、ちからをくれて、ありがとう】

【うれしい。スティナ、だいすき】

【まえのかみさまたちには、もう、わたしたちのこえ、とどかない】

【ほったらかし。かなしかった】

【でも、スティナが、きてくれた】

【いのち、くれた。ともだち、できた】


 精霊たちは喜びを表すかのように飛び跳ねて踊った。

 マナ不足で死にかけていた精霊と、歌によって新たにマナから生まれた精霊、どちらもスティナに感謝を示した。

 鮮やかな光の舞にスティナも嬉しくなった。


【ねぇ、スティナは、なにがしたい?】

【どんな、かみさまに、なりたいの?】


 頭の中がふわふわして、気分が良い。


「わたしはこの世界を守りたい。助けてくれた人たちに恩返しをしたい。悲しい出来事を失くしたい。みんなに、楽しい思いをしてほしい。できれば、わたしの歌で」


 口を開けば、すらすらと何の躊躇いもなく、願望が溢れてきた。この空間では心がむき出しになり、どう取り繕っても無駄なのだとすんなりと理解した。


「たくさん歌いたい。思いっきり踊りたいな。この世界のみんなにも伝えたいの。カグヤちゃんの作った曲、本当に素敵なんだよ。体中から力が湧いてくるような、心を直接叩かれたみたいな、生きてるって感じがしてね、ライブのときは、特に……」


 答えていくうちに、今まで忘れていた光景を思い出した。

 ドッペルワンダーの一人として、ステージの上に立ったとき。

 大歓声の渦の中、眩いスポットライトを浴びて、何千、何万もの笑顔を見る幸福な時間。

 本番前は心臓が止まりそうなほど緊張するのに、終わった後は何度でも帰りたくなる素敵な空間。

 あの胸が躍るような一体感が懐かしい。


【うたったり、おどったり、たのしいことがしたい?】

【スティナは、みんなをよろこばせる、かみさまになりたい?】

【どっち?】


 精霊の問いかけにスティナは力強く頷いた。


「どっちも!」


 自分の歌声に不思議な力があると分かってから、結果ばかりに目が言っていた。

 植物が育ったり、“禍身”の従魔を引きつけたり、精霊が生まれたり、歌うことにメリットがあった。

 助けてくれたダスクやミントに恩を返し、飢えや貧困に苦しむ人を救うために歌おうとしていた。そのための神技だと思っていた。


 でも、正確には少し違った。


 ――わたし、歌うのが好き。たとえ不思議な力がなくても、歌っていたい。たくさんの人に聞いてほしい。


 ――みんなの笑顔が見たい。マナを活性化させて、人間も精霊も魔物もお腹いっぱいご飯が食べられるような、そんな世界を取り戻したい。


 単純に歌うのが楽しくて、その結果、みんなが助かる。

 自分のやりたいことと、みんなの望むことが合致した最高の神技だったのだ。


【スティナがうれしいと、わたしもうれしい】

【こんどは、ぼくらが、ちからになる】

【なにが、ひつよう?】


 精霊に促され、スティナは目を閉じて前世の自分を思い描いた。


 煌びやかな衣装に身を包み、手にはマイク。

 スポットライトが当たったステージ。

 アカペラで歌うのもいいけれど、やっぱり伴奏があった方がいい。絶対に盛り上がる。

 曲に合わせて特殊効果で演出してもらえたら、場の興奮に拍車がかかるだろう。


 ……あとは、ドッペルワンダーのみんなと、応援してくれるファンがいてくれたら、もう何も言うことはない。だけど、こればかりは高望みはしない。幻では意味がないのだ。


【なんとなくわかった。うたって】

【スティナの、やりたいこと、みせて】

【いまなら、さいだんのちから、かいほうできる】


 精霊の声に導かれて、スティナは目を開け、そして――。


「行っくよ! レディー・スッティー・ゴー!」


 言い間違いからステラのお決まりのかけ声になった一言を叫んだ。


    ☆


 ダスクは変貌していく森の姿に愕然とした。

 スティナがいつもの曲を歌い出してすぐ、凄まじい勢いで天地のマナが活性化した。


 ――なんということだ……スティナにこれほどの力が……。


 死にかけていた精霊は息を吹き返し、マナの渦からは新しい精霊が次々に生まれてくる。ラグーザ峠の時よりもずっと力強い。

 風が淀んだ空気を浄化し、木々は空に向かって伸びて果実をつけ、森全体が瑞々しく生まれ変わっていく。

 ダスクは目を疑った。これほど多くの精霊を一度に目撃するのは初めてだ。十年以上前、全力で精霊魔法を使えたときだってこれほどの精霊は集まってくれなかった。


「大丈夫なのか、これは……」


「そろそろ限界だと思う。いきなり全力で神技を使うなんて、スティナは思い切りが良い。まだ“神器”も創ってないのに」


 独り言のつもりが、アサギから返答があった。

 “神器”とはなんだ、と問い返そうとした直後、唐突に歌が途切れた。だらりと項垂れるスティナ。


「スティナっ?」


 思わず駆け寄ろうとしたが、精霊たちがダスクの行く手を阻んだ。

 無数の精霊が彼女の周りを取り囲み、何か語りかけている。敵意や害意は全く感じられないが、じっと動かないスティナの様子にダスクは焦りを覚えた。

 精霊を無下に扱うのは本意ではないが、押しのけながら再び駆け寄ろうと足を踏み出した、その瞬間。


「行っくよ! れでぃー・すってぃー・ごー!」


「は?」


 スティナが意味不明の言葉を発し、直後に石盤の上で爆発が起こった。煙で彼女の姿が見えなくなり、不思議な音楽が聞こえてきた。


「なんだ!?」


 軽快な太鼓の音、笛の音色、弦楽器の調べ――耳を塞ぎたくなるような大音量で、楽器の音が一つの音楽を作り上げていく。

 どこから聞こえてくるのかと、ダスクは忙しなく周囲を見渡すが、空間全体が鳴っているとしか思えなかった。初めての体験する音の海に身が竦む。


 やがて石盤を覆っていた煙が霧散し、一人の少女が笑顔で現れる。


 ――誰だ!?


 ふわふわした金色の長い髪を両耳の辺りで縛り、大きな青い瞳をキラキラ輝かせた、十代半ばの少女。

 手には棒状の道具を持っている。黄色を基調とした衣装にはふんだんに布を使っており、足元のショートブーツには星の飾りが散りばめられていた。

 こんな大胆なデザインのドレスは見たことがない。


 少女は音楽に合わせて踊っていた。その度に衣装が揺れ、露出した腕や太ももが目立ち、ダスクは息を飲んだ。


「――――――」


 歌声が響く。先ほどスティナが歌っていたものと同じ曲だった。拡声の魔法道具でも使っているのか、森の端にまで聞こえそうほど声が大きく、反響している。

 声質もスティナに似ているが、声量や高音の伸びは比べ物にならない。スティナよりもずっと上手い。


 ――というか、スティナ、なのか……?


 面影があるどころかそっくりだ。

 しかし年齢が合わない。十歳の少女が一瞬で十六、七の少女に成長するなど、いくらなんでもあり得ないだろう。

 ダスクは混乱した。自分は今、夢を見ているのかもしれないとすら思い始めていた。


 ――恥ずかしくないのだろうか?


 ダスクは真顔になった。

 スティナと思しき少女は、心の底から楽しそうに歌っていた。ノリノリである。周りの精霊たちも音楽に合わせて明滅し、花を降らせ、光の帯をなびかせ、彼女をいっそう美しく飾りつけた。


「……っ」


 そう。美しかったのだ。可愛らしいと言ってもいい。スティナは元から精霊に好かれやすい可憐な容姿をしていたが、これほど圧倒的ではなかった。

 彼女の笑顔一つ、髪の揺れ一つ、足の運び一つに、視線を持っていかれる。

 天賦の才か、計算し尽くされているのか、動きも表情もこれ以上ないというほど魅力的だった。


 何より歌が素晴らしい。

 十歳のスティナの声で何度も聞いていたが、全然違う。どこまでも伸びやかで耳心地の良い声が、多彩な伴奏と相まって、旋律そのものが生きているかのように鼓膜を刺激した。


 いつの間にかダスクは戸惑うこともツッコむことも忘れ、目の前の光景に釘付けになっていた。

 心臓が忙しなく脈打ち、全身が甘く痺れ、細胞の一つ一つが多幸感に満たされていく――。


「…………」


 スティナが最後のワンフレーズを歌い切ってから、どれだけの間立ち尽くしていただろう。

 ダスクが我に返ったとき、石盤の上でスティナが蹲っていた。いつの間にか十歳の姿に戻っており、荒々しく呼吸し、汗だくの体を抱きしめている。


【これは、スティナのかのうせい】

【もっと、ちからをつけて】

【そうしたら、いつでも、おなじことができるから】


 精霊たちがご機嫌な様子でスティナから離れていった。祭壇の周囲にはわずかに魔力の残滓があった。


 ダスクはそのときになってようやく、精霊に幻を見せられたことに気づいた。

 精霊魔法の基礎も知らないくせに、ここまで精霊に力を借りられるとは、スティナはやはり只者ではない。


 言葉が出てこない。なんと言葉をかければいいのか、ダスクには分からなかった。この感動を言葉で言い表すなど不可能だ。


「ダスク様……わたし……」


 かすれた声が沈黙を打ち破った。


「この世界でもアイドルやりたいです!」




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