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9 幸運の星


 やはり、信じてもらえない。スティナは唇を噛みしめた。


「それでお前はこんな壮大な話を私の前に広げて、どうするつもりだったのだ?」


 獲物を射抜くようなダスクの視線に、心臓がきゅうと縮んだ。だけど、怯んでいる場合ではない。


「わ、わたしはまだ遊戯への参加を諦めたくありませんっ。だから、都に行かせてほしいです。その、大変申し上げにくいんですが、知恵とお金を貸していただけないでしょうか?」


「私の知恵と金さえあれば、一人で都に辿り着けると?」


「できれば……その、連れて行ってほしいです!」


 沈黙の幕が下りた。


 ――図々しすぎるよね、やっぱり……。


 しかし、重々しい空気吹き飛ばすかのように、ダスクが盛大なため息を吐き、机を叩いた。


「全く、こんなややこしい事情ならば、もっと手荒な方法で口を割らせるべきだったっ! 面倒な!」


「す、すみません!」


 ダスクは不機嫌さを滲ませ、ミントを振り返る。


「旅の資金はあとどれくらいある?」


「残りわずかです」


 ミントが指を立てて金額を示す。


「心もとないか。最近の物価の高さが痛いな。売れるものもない。領地から持ってこさせる時間も惜しい。帰り道のことを考えなければいけるか? いや、しかし――」


 スティナとミントは目を丸くしてダスクを見つめた。


「連れて行くのですか? スティナを都に」


「信じてくれるんですか? わたしの話を」


 ダスクは舌打ちした。仕方あるまい、と。


「信じたわけではない。しかしもしも、万が一にも、スティナの話が真実だったらどうする? このまま領地に連れ帰ったところで、満月の日には記憶を失くし、あの奇天烈な歌も歌えなくなる。大損ではないか。スティナにいくらかけたと思っている」


「そのときは、スティナを奴隷商に売れば取り戻せるのでは?」


 ミントの冷静な一言に、今度はスティナとダスクが揃って驚いた。


「ミントさん! そんな!」


「そ、それは、そうなのだが……売るのは最終手段にしたい。ウルデンの領主殿に申し訳が立たぬ。スティナの能力を失くすのも惜しいだろう? 神の卵というのが本当なら、それこそ金の卵ではないか」


「……結局ダスク様は、スティナのことを信じたいのですね」


 ミントは諦めたように目を伏せ、それでいて微笑ましげに口元を緩めた。

 ダスクは居心地悪そうに咳払いをする。


「こんな馬鹿げた話、スティナのような無教養な娘に創作できるとは思えぬし、全く信憑性がないわけではない。あの不思議な旋律が、異世界のものだというのならば納得できる。それに……最高神様が死に、滅びに向かっているという話は、今の世界の在り様と符合する」


 これは嘘であってくれた方がありがたいのだがな、とダスクは呟いた。


「とにかく、私はスティナの話に乗る。今からトーンツァルト様の像を目指すぞ」


「……かしこまりました。我が主ダスク・シェザード様。貴方の決めた道に私は付き従います」


 仰々しく礼をするミント。

 スティナは話の展開についていけず、呆然としていた。しかし二人が今後の方針を話し始めたところで、堪えていた涙が溢れ出した。


「っ……ありがとう、ございます……本当に、ごめんなさい……!」


 馬鹿みたいにお礼と謝罪を繰り返すスティナを見て、ダスクとミントはため息を吐いた。


「こんな娘が神の卵とは、頭が痛くなるな」


「精神年齢は十七歳なのですよね? そこが一番疑わしいのですが」


 辛辣な言葉にすら愛を感じてしまい、しばらく涙が止まらなかった。






 その後、情報収集から帰ってきたダスクが平然と言い放った。


「東の都行きは諦めるぞ。どう考えても時間と金が足りぬ」


「え!?」


「代わりに、ドムドウッドを目指す。この町にも最高神様の像があるようだ」


 地図で説明を受けた。ドムドウッドはここよりも西方に位置する町だ。確かに都よりもドムドウッドの方が近い。


「ここなら間に合いそうですね……良かった……」


「安心するのは早い。ドムドウッドへの道中にも問題はある。一か八か、現地に行ってみなければ分からぬが」


 翌日、さっそくドムドウッドの町へ向けて出発した。

 道中、堰を切ったようにダスクから質問攻めにあった。


「前世の世界は、この世界とどう違う?」


「アイドル……とはなんだ? お前はどういう地位にいたのだ」


「“神選びの遊戯”とやらについて、知りうる情報を全て話せ」


 などなど……。


 世界の違いについては上手く説明できず、戦争や奴隷とは無縁の国でぬくぬく育ったことだけは伝わった。魔法の代わりに科学を用いて、便利に暮らせると言われてもピンとこないようだった。


「キュアレム大陸には鉄の都があると聞くが、それとも違うようだな。全く想像ができぬ」


 アイドルに関しては、何を説明しても「理解不能」と言われてしまった。


「信者に殺されるとは、どんなヘマをやらかしたのだ」


「ヘマをやらかしたわけでは……というか、信者じゃなくてファン……ううん、わたしのファンではないし……」


 遊戯に関することでは、ハルも神の卵であったことを知り、眉間に皺を寄せていた。ダスクからすれば、レベル5の魔力を持つハルこそ、引き取って弟子にしたかっただろう。


「ウルデンに二人もいたことを考えると、かなりの数の神の卵がいるのか? たまたま偏っただけならばいいのだが……大体、なぜ異世界の者をこの世界の神にするのだ。意味が分からぬ。せめて他の神の卵は、スティナのような間抜けではないことを祈るしかないな」


 わたしですみません、と卑屈な気分になった。

 しかし文句は言うまい。ディスられても仕方がない。


「だが、お前が己の間違いに気づいたとき、私から金銭を盗み、黙って去っていくような不届き者でなかったことは救いだ」


 スティナは呆然と瞬きをした。ダスクは珍しく頬を緩めていた。


「考えもしなかったという顔だな。前世の両親と、ウルデンの町の者に感謝せよ」


「……はい」


 自分は相当恵まれている。

 前世の家族とウルデンの町の大人たち、そして、ダスクとミントに出会い、守り育て、道を踏み外さないように導いてもらえた。

 彼らの厚意を無駄にしないように、とますますやる気を出すスティナだった。


「しかし、神の卵だからと言って、高潔すぎるのもどうだろうか。天上より賜りし才能を金に変える経験をしておくべきだと私は思うのだ」


「……ダスク様?」


「次の町についたら、働いてもらうぞ」


 ダスクのグレーの瞳がぎらりと光り、スティナは寒気を覚えた。






 スティナは町の広場に立ち尽くしていた。

 中央には立派な鐘楼、外周には屋台が立ち並んでいる。客寄せの声や値切る声に混じって、音色や歓声が聞こえ、市に華を添えていた。旅の芸人や吟遊詩人がパフォーマンスをしているのだ。

 彼らの邪魔にならないように距離を開けて陣取った。


「ほ、本当にやるんですか?」


「前世は歌で稼いでいたのだろう? どれほどの金になるか楽しみだな」


「頑張って下さい、スティナ。旅の資金を増やすのです」


 ダスクは鼻で笑い、ミントは淡々とエールを送るだけだった。二人ともダメで元々だと思っているようだ。用意したお金を入れてもらう木箱の小ささがその証だろう。

 ようするにスティナはストリートミュージシャンをして、少しでも路銀を稼ぐように厳命されていた。


 ――確かに歌うことしか、今のわたしにできることないけど……


 ちなみにドッペルワンダーの曲を歌うことは禁じられている。この世界ではあまりにも奇異で悪目立ちするうえ、町中に植物がないわけではない。雑草が成長してスティナの力がバレたら、厄介ごとを呼び込むだけだ。


 かと言ってこの世界の既存の曲を歌ったところで、通行人の耳に引っかからない。

 誰も聞いたことのないメロディで、この世界で歌っても違和感のない曲――スティナは前世の日本で覚えた童謡や合唱曲を歌うことにした。

 獣車での移動中に、歌詞の文字数が合わないところを、ダスクに相談して別の歌詞に差し替えてもらった。宗教的にアウトな部分もチェック済みだ。


 ――うぅ、緊張する。デビューライブや初めての生放送と同じくらい……というか、恥ずかしい。


 ステラの時に克服したはずの羞恥が、スティナを再び苦しめていた。

 歌を題材にしたドラマやアニメでは、無名だった歌手が路上で歌い、喝采を浴びるシーンをよく見かける。

 まさか現実で自分が挑戦することになるとは思わなかった。上手くいくはずがない。ここで歌い出すのは相当勇気が要る。

 ドッペルワンダーのライブとはまるで違う。


 ――ここにはプロのヘアメイクさんはいない。派手な舞台や可愛い衣装もない。カグヤちゃんも、いない……。


 スティナは、ステラというアイドルの実力を知っていた。

 一人では、ありのままの素材では、誰にも相手にしてもらえない、平凡な才能の持ち主だ。どれだけ努力をしても、歌唱力もカリスマ性もカグヤに遠く及ばない。

 誰にも求められていないのに歌うなんて、身の程知らずもいいところではないか。


『でも、こんなチャンスは滅多にない。お前は幸運の星の下に生まれたんだ。……せいぜい楽しめば?』


 胸に甦ったのは、かつての憧れのミュージシャンの言葉。緊張で押し潰されそうだった自分を救ってくれた言葉だ。


 ――そうだよね。わたし、最強にツイてるし、失敗したって死ぬわけじゃないし、やるだけやってみよう。


 歌で少しでも路銀を稼げる可能性があるのなら、やらなきゃ損である。

 スティナは体中に空気を吸い込み、歌声に変えて吐き出した。


「――――――」


 急に歌い出した少女に、通行人が驚いた。ほとんどがそのまま立ち去っていく。

 しかし中には足を止めてくれる者もいた。十歳の少女が一人で歌手の真似事をしているのが珍しいようだ。歌声に聞き惚れるのではなく、微笑ましいものを見る視線ばかりだった。

 それでも嬉しくて、歌うのが楽しくて、スティナは精一杯声を響かせた。羞恥心が溶けていく。

 ファルセットを多用する分、喉への負担は少なくて済んだ。


「初めて聞く曲だ」

「へぇ、なかなか上手いじゃん」

「旅の物乞いか? あんな子どもが……」

「すごく楽しそうね。見ているこちらまで、気分が軽くなっていくわ」


 異世界に生まれ変わっても、人前で歌っている自分がおかしかった。


 ステラは死の間際、もっと歌いたかったと願っていた。

 もうドッペルワンダーのステラとして歌うことはできないけれど、歌い続けていれば違う形で未練を払拭できるかもしれない。


 ――わたし、欲張りだな。


 たくさん歌いたい。ハルに聞いてほしい。ダスクとミントの役に立ちたい。苦しむ人々を救いたい。旅先で出会う見知らぬ誰かの喜ぶ顔が見たい。お金が欲しい。

 その想いや欲望を全部込めて、スティナは一曲を歌い切った。


「ありがとうございました!」


 まばらな拍手にスティナは満面の笑みで応えた。

 その瞬間、広場の鐘が鳴り、驚いた鳥たちが一斉に羽ばたいていった。あまりのタイミングの良さに、合格点をもらえたような気分になった。

 ダスクはどこか呆けた様子で立ち尽くし、ミントは真顔で拍手をしていた。


 それから何曲か歌い、息切れしてきたところで撤収した。

 宿屋に戻ってから、スティナは木箱に投げられた硬貨を数えた。ほとんどが銅貨であった。中には植物の種や小石も混ざっている。

 ちなみにこの世界には紙幣はなく、金貨、銀貨、銅貨の三種類の硬貨が主流らしい。カダールカ王国では銅貨のみ大小と発行しているので、合計四種類の硬貨が存在する。


「あ、銀貨がありました! すごい! 太っ腹な人いた!」


 合計額に目を剥いた。ウルデンの廃墟生活なら、一週間は空腹を感じずに過ごせる額だ。


 ――まぁ、場所と客層が良かったんだよね。ウルデンで同じことをしても、絶対にこんなに稼げないもん。


 ダスクがスティナの稼ぎを見て、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「銀貨一枚でそこまで浮かれられるとは、本当に安上がりな娘だ」


「ダスク様。初日にしては十分すぎる成果です。スティナを誉めるべきです」


 ミントがいつになく強くスティナの味方をしたせいか、ダスクは渋い顔をして労うように肩を叩いた。


「……よくやった。金は預かるが、悪いようには使わぬ」


「はい。旅のお金の足しにしてください」


 誉められたことが嬉しくてにっこり微笑むと、なぜかダスクはため息を吐いて首を横に振った。



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