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これで終わり。

ところでゆーくんお本当の名前は?

思ってるそれと違うかもしれないよ!

「雨、ずっと降ってるね」

 カーテンを引いた窓を見つめながら、真也は言った。気が鎮まらないのか、指がクマのお腹の上で動いていた。

「肌寒い」

「毛布出そうか」

「平気。ありがとう」

 首を振り、真也は少し笑ってみせた。

「夜中に変な癇癪してごめんね。もう寝る」

「平気か?」

「平気だって。明日、というかもう今日だけど、すごく早いからゆー君が寝てるうちに出て行くかも」

「起こせよ。鍵閉められないだろ」

「窓開けといていい? そこから鍵投げとく」

「起こせっての。玄関だけ閉まってても窓が開いてたら無意味だろうが」

 冗談か本気かわからないことをのたまい、目元こそ泣き腫れているものの、真也は元気そうだった。見ていて引っかかったのは、使ったグラスを流し場に持って行くときに、自分の荷物を開けたことだった。真也はさも想定済みのような手つきでハンドタオルを抜き取ると、「腫れが引かないから」と言って濡らし、目に押し当てながら戻って来た。ツナといられないことを宣告されたときの真也を思い出し、またちくりと胸が痛んだ。

 電気を消し、再びおやすみと告げ合った。薄闇の中、暫し背中を向け合って横になっていたが、真也がこっちを向いた気配があった。俺も身体を反転させると、真也はくっきりと両目を開け、クマと一緒に俺を見ていた。

「ツナ缶」

 あまりにも不意打ちだった。咄嗟には声を出せず、しかも身体が固まってしまい、ようやく「え?」と聞き返したときには真也はもう納得したように笑っていた。

「やっぱりね。ゆー君って、案外抜けてるよね」

「な、なにが?」

「ゆー君と仲よくなれたの、雨の日のにゃんこ事件があってからだもんね。ってことは、あのときの猫がきっかけになってるって考えるのが普通じゃん」

「ギャン泣きするから可哀想になったんだよ」

「じゃあなんでツナ缶に焦るの」

「焦ってない。寝ろ」

 話が出ればと決めていた。でも、こんな形は違う。再び背中を向けると、真也がやたらと面白そうに身体を震わせているのがわかった。また振り返ってどやしてやりたかったが、そんなことをすると更に拍車をかける気がしたので堪えた。

「やっぱりそうだったんだ。ツナは勝手にどっか行っちゃったんじゃなくて、ゆー君が連れてっちゃったんだね」

「連れてってねーよ」

「でもツナ缶はあげた」

 今度は振り返らずにいられなかった。真也は顔の前にクマを持ち上げ、変な声を作った。

「『ああ、これもやっぱりそうなんだ?』」

「おい……」

 クマは顔の下に下がった。真也は全然悪びれていなかった。

「俺ってよく職員さんのお手伝いしてたでしょ。ゆー君も一緒にしてくれるようになったじゃん。そのときにね」

 気を配れる「周り」には、ほかの子どもたちだけではなく大人たちも含まれていた。それを知ったのは、ツナがいなくなり、真也の誘いに付き合うようになってからだった。

「ゴミ袋縛ってるときに、空っぽのツナ缶が入ってたの見たんだ。あ、って思った。これもしかして、誰かが俺より早くツナを発見してたんでは、と」

「なんでそれが俺だってわかるんだよ。それに、料理の材料で使ってたのかもしれないし」

「だったらひとつだけなのは変だし、使った分はまとめて捨てるよ。ツナがツナって名前だったのも、ツナ食べた形跡があったからだしね。ゆー君じゃないかと思ったのは」

 ここでまた真也はクマを顔まで持ち上げた。

「『優しいから。ただの直感くまー』」

 忙しくいつもの声に戻って、真也は続けた。

「ツナがいたのはあの狭い裏庭だったし、あそこは滅多に人がいないし、行く理由もないもん。壁に穴が開いてることも、誰にも言ってなかったし。だから、もし最初にゆー君があの場所でツナを見つけてて、ご飯をあげてたとしたら。って考えると、俺自身がすごく幸せ」

「それは今考えたのか」

「今というか、昔を思い出してるうちにそう思った。ゆー君の運動神経なら、でっかい木を伝って塀登って外に出ることだってできそうだし。そう考えたら」

「お前さ」

 すばすばと希望系な口調で真実を暴く真也に、思わず口を挟んだ。真也は寝転がったまま首を傾げた。

 ただ流れを止めただけだった。なにを言おうか決めかねて、妙な沈黙の後にようやく選んだ。でもそれは、俺自身の名誉のために訊くべきではない。警鐘が鳴っていたが、ほかになにも思いつかなかった。

「起きてたのか」

「いつ?」

「だから、ツナがいなくなった日に」

「夜中に一回起きたよ。ちょっとびっくりしたけど、おにぎりひとつ食べて、またすぐ寝た。それからは起きてないけど」

「本当に?」

「なんで?」

「別に」

「でもそういうってことは、やっぱりツナはゆー君がどうこうって考えたんでいい?」

「違う」

「へー」

 怪しげな語尾だった。俺の名誉は守られたのだろうか。ここで会話が途切れたことも相まって、どんな意味にも取れてしまう。真也側から考えてみても、それは同じことのように思えた。

「野良猫だったもんね。囲ってたわけでもないし、ふらついてるうちに新しいご飯をもらえたりしたら、あっけなくどっか行っちゃうよ。いなくなったってことは、そういうことだと思うけど」

 絶えず鳴っていた雨の音は、少し遠のいていた。寝る前に見た天気予報の映像が、頭の奥でおぼろげに再生された。

「ツナにとって悪いことにはならなかったんだから、別にどっちだっていいんだけどね」

 本当に俺が関与しているなら、ツナが適当に追いやられたわけではないことを確信している口調だった。俺の実家が施設から近かったことも、実家に猫が住み着いていたことがあることも、真也には話していなかった。どちらの話題も、真也にはタブーのような気がしていた。

 真也が言わないだけで、考え至ってはいるのかもしれない。だいたい10歳の子どもが不法に施設から脱出したとして、移動範囲なんて限られているのだ。交通機関を利用するお小遣いはなかったし、暗さが残る朝方に大人に紛れることもできない。しかも時間に迫られているので、必然的に徒歩圏内が絞られてくる。

 枝が揺れれば葉もつられて囁くように、もうひとつ記憶が蘇った。あれは宿題の音読を聞いていたときだった。真也は急に声を止め、俺に訊ねた。台詞に感情を込めるよう先生に指示されたが、どういうふうに込めればいいのか。

 その台詞は、母親に会いたいのに会えない小鳥が寂しげに零す独り言だった。あのときもツナを例に解説してみたが、真也の中では、ツナといたかった自分と母親に会いたい小鳥がどうしても結びつかなかった。仕方なく、母親とはどういうものかを説明した。なるべく客観的に話したつもりだったが、言葉だけ気をつけても、表情の僅かな変化や空気の温度までは誤魔化せておらず、真也はそれを感じていたのかもしれない。俺は母親に対してネガティブなイメージがなく、擦れた環境が家を離れさせたのではないことを、真也は察したのだ。幼い語彙では、明確な文章に変わらなかったとしても。

 感嘆するしかなかった。今更確認できないにしろ、俺の推測のどこかまでは、確実に真也は行き着いている。洞察力に頭が下がる思いだった。

「頭いいな。大人ばっかりの番組回したり、季節限定アトラクションをリポートするだけのことはあるか」

「いきなりどうして?」

 打ち明ける必要はない。真也がチャイムを鳴らしたときから続いていた緊張が、急に解れた。タイミングを計っていたとは言え、真也の想像がほぼ真実と認めてしまうのは、年上としては格好悪い。無言を貫いたほうがスマートだ。

「なんでもねーよ。もう寝ろ。早いんだろ」

「おやすみ」

 はにかみ、真也はくるりと反対を向いた。俺も半分転がった。

「おやすみ」

 ツナは家にいるのだろうか。もみじと違って家の中にあげられているなら、そこそこ高齢猫となり、平穏にまどろんでいたりするのだろうか。どんな名前で呼ばれているのだろう。

 真也の寝息が聞こえ始めた。一応振り返り、布団をかけ直した。余程手触りがいいのか、クマの頭に片手を置いてしっかりと抱き寄せている。多大な時間とお金とテクニックを引き替えた戦利品だけに惜しかったが、そこまで気に入ってくれるならいいか。ガキには敵わない。

 朝方から広がるらしい、濁りのない秋空が待ち遠しかった。  



どうもありがとうございました。

目を冷やしてね。


クレーンゲームが得意な人ってすごく羨ましいよね(・∀・)

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