とびっきりの糞野郎がファンタジー入り-6
「んな……⁉」
信じられない光景に、ヒロシは驚愕の表情を浮かべたまま固まる。
ちなみに、獣耳少女に殺されたモンスターは煙になって消滅した。
後処分に困らなくて便利だと思ったのは俺だけじゃないはず。恐らくだが、元々誰かの魔力でモンスターが作られたとかそういう感じなのだろう。
「セナ! 詰めが甘いよ!」
更にそれから二秒後、いつ木から降りたのか、弓を手に持ったレイチェルが獣耳少女の名を口にすると共に一本の矢を放った。
消失したモンスターから発生した煙に紛れてまだ一匹生きていたのか、放たれた矢はその煙を払いながら直進し、ムキムキマッチョマンの額にグサッと刺さる。
「嘘だろ……? こっからおおよそ130メートルは距離が離れてるぞ?」
あまりの馬鹿力に、ヒロシは驚愕を越えておぞましく感じたのか引きつった顔を見せる。
130メートル飛ばしただけではなく、放物線を一切描かずに矢は真っ直ぐに飛んでいた。俺たちの世界なら余裕でオリンピックを優勝できる腕前だ。ていうか人間技じゃない。ゴリラとどっこいの力がないと無理なんじゃなかろうか。いや、ゴリラでも無理だろ。
「よし……俺この世界の人に逆らわないようにしよ」
「さすがセイジ、身の安全の確保の術においては右に出るものがいない」
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それから、俺たちも木から降りてレイチェルと、セナと呼ばれていた獣耳少女と合流した。
間近で見て改めて確認したが、やっぱり犬みたいなふわふわ茶色毛の垂れ耳と尻尾が生えている。それ以外は、もう本当に美少女、さすがファンタジーって言いたくなるような美少女でした。
宝石と見間違える綺麗な赤髪と紺色の瞳で、眠たそうなおっとりとした表情をしているが、鼻筋の通った端麗な容姿をしていらっしゃる。
「……誰?」
これまた可愛らしく、セナとやらは首を傾げてレイチェルに説明を求める。
「うーん……実は私もあんまりよくわかってないんだよね。気付いたら一緒にピンチになってたっていうか。それよりセナはどうしてここに?」
「レイチェルがいつまでたっても帰ってこないから……迎えに行けってサトウチが。きっといつもみたいにつまらないことでピンチになってるからって」
どうやらこの獣耳少女以外にも、レイチェルには他にお仲間がいる様子。しかもバッチし予想を当ててる辺り、少なくともレイチェルよりかはまともな人っぽい。
「そしたら突然この訳の分からない物体が飛んできて……飛んできた方向を追って今に至る」
つまり、パチンコ台がセナとやらをこの場に連れてきてくれたおかげで俺たちは助かったということ? なんだよ、やれば出来るじゃねえかパチンコ台。
「なるほどねー、サトウチも心配症だなぁ、ちょっと眠くなったからお昼寝してただけなのに」
「すぐ戻るって話だから待ってたのに……忘れたの? 早く王都に向かわないと兵の募集期間に間に合わなくなる」
セナとやらが「何言ってんだこいつ?」と言いたげな目でため息をはく。仲間から見てもどうやらレイチェルはアホの認識の様子。実際ピンチになってるのに「心配性だなぁ」じゃないからね?
「それで……あなたたちは誰? 何者なの?」
そして思いだしたかのようにセナとやらが明らかに敵意をもった目で俺たちを睨みつける。
「誰……って言われてもな?」
そしてヒロシは困った表情で俺に視線を向けてきた。言いたいことはわかる。どう説明したもんかわからないのだろう。「たぶんこことは異なる世界から来ました」とか言っても、頭がおかしいと思われるだけだからだ。
「とりあえず俺の名前はヒロシ、こっちはセイジだ。あんたは……セナさんだっけか?」
「ヒロシ……セイジ? 何者? どうしてレイチェルといるの?」
小さな声色で不審者を見るような警戒した目つきでセナは俺たちを睨む。
「俺たちとレイチェルさんは偶然ばったり会ったんだ。モンスターから逃げて大木に登ったらそこにレイチェルさんがいて……ピンチになってるところをセナさんがさっき助けてくれたってのが一連の流れなんだが……」
さすがヒロシ、中学校、高校時代共に生徒会に入っていただけのことはある。説明力が高い。セナもレイチェルに視線を向けて真偽を確かめると、納得したかのように「一緒にいた理由はわかった」とつぶやいた。
「でも、ここにいた理由はわかってない。モンスターだらけのこの平原を丸腰で移動してたなんて怪しい……魔族が人に化けてる可能性」
「え⁉ この人たち魔族なの⁉ 行商人だと思ってた」
だがそれでも、怪しいことには変わりなかったのか、セナは鞘に納めた剣に手をかけた。セナの言葉を鵜呑みにしてしまったのか、レイチェルも魔族という言葉を鵜呑みして険しい表情で俺たちを睨みつけている。アホ丸出し。
「お、おい……セイジ」
「ああ……この世界、モンスターだけじゃなくて魔族とかもいるのかよ、いよいよ定番のファンタジーになりつつあるな」
「いや、そうじゃなくてね?」
おふざけはさておき、さすがにこうも手が早いとは俺も思っていなかった。ヒロシも慌てた様子で俺に視線で「ど、どうするよ?」と助けを乞ってきている。
「答えて……返答によっては斬る。私はもう騙されない……魔族は狡猾」
この子怖すぎて笑えない。何なのこの問答無用感? 脳みそ筋肉なのこの子? レイチェルよりは会話できそうな雰囲気出てるのに全然まともな会話が出来ない。異世界ってこんなのばっかなの? 早く帰りたい。そしてゲームしたい。
「セイジ……どうする?」
実のところヒロシは何事に対しても説明力が高いが、こういった話を聞かない相手や、感情だけで話そうとする相手や、言葉の揚げ足を取ってくる相手にめっぽう弱い。つまり、言葉のキャッチボールが出来ない相手とは会話できない人。
だからいつもネットの掲示板とかでボロクソに叩きのめされては、「セイジぃぃぃたしゅけてぇ!」と泣きついてくる。
「じゃあ逆に聞くけど、あんたたちが魔族じゃないって証拠はあるの?」
なのでいつも俺がこういう輩の相手をするんですわ。
「私たちは魔族じゃない!」
「いやいや、そんなの聞いてないから。魔族じゃないって証拠を見せてよほら、ほら早く」
「そ、そんなの……私が魔族じゃないのはレイチェルが良く知っている!」
「君たち二人が知ってるとか関係ないでしょ。二人そろって魔族だって可能性もあるし、ほら魔族って狡猾じゃん? グルの可能性もあるしなぁ⁉」
「……証拠なんてない。でも私たちは魔族なんかじゃない!」
「はあぁぁぁぁあん⁉ 証拠がないぃ⁉ 自分たちが魔族じゃないって証拠がないのに俺たちには魔族じゃない証拠を要求するんでぃすかぁ⁉ 自分たちには証明できないのにぃ⁉ いやぁー狡猾だなぁ⁉ 狡猾すぎてこれはいよいよ魔族なんじゃないかなぁ⁉」
その瞬間、セナは言い返す言葉が浮かばないのか少しだけ涙目になる。
そう、ヒロシとは逆に俺は正論を叩きつけて論理的に話してくるやつには弱いが、話を聞かない相手や、感情だけで話そうとする相手や、言葉の揚げ足を取ってくる奴を相手にするのが得意だ。何故なら揚げ足取りが大好きだから。そう、三度の飯より揚げ足取って煽るのが好き。