とびっきりの糞野郎がファンタジー入り-4
「あぁ! ごめんね⁉ 踏み潰すつもりはなかったんだけど……」
「いやいや、真上から落ちてきたじゃん」
どう考えてもわざとにしか見えないその踏みつけに対してツッコミを入れつつ、俺はその落下してきた女性の容姿を確認する。
俺たちより少し高い位置にある木の枝から突如落ちてきたオレンジ色の髪をした女性は……美少女だった。そう美少女だったのだ。
「遂に……来てしまったか」
ずっと期待していた異世界での定番のイベントが発生し、俺は思わずそう言葉を漏らす。
何者なのかはわからないが、穢れた大人は見たことありませんと訴えるかのようなパッチリとした目元、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな藍色の瞳、人形かよとツッコミたくなるくらいに整った輪郭、整った鼻筋と、とにかく美少女の条件を全て満たしていた。
普段は弓を扱っているのか白と水色がベースのヒラヒラとした上着に皮の胸当てが装備されており、背中には矢筒、下はスカートと、絵に描いたようなファンタジー世界特有の女アーチャーの恰好をしている。
そして何より胸がでかい。これが一番ポイントでかい。
「な、何かな? そんなジロジロ見て……あ! もしかして口に涎のあとついてるとか⁉」
「え? もしかしてずっと木の上で寝てたの?」
「うん。でも、折角気持ちよく寝てたのに君たちがうるさくて起きちゃったんだけどね?」
オレンジ色の髪の女性はそう言うと、少し頬を膨らませて怒った表情を見せる。
「こんなところで寝てたって……なんで?」
「それを言うなら君たちもでしょ? ここらへんはモンスターが群れで行動することが多いから、モンスターと戦う力がないか……移動手段でもないと越えられなくて危険な平原なのに」
「ああ……やっぱあれモンスターなんだ」
「あれって? ……えぇ⁉ なんであんなにエキセントリックバードがここを囲んでるの⁉」
オレンジ色の髪の女性が視線を下に落とすと、慌てた様子でモンスターの名を口にした。
そして、この世界の住民らしき目の前の女性がモンスターという名の単語を口にした時点で、ここが俺たちの住んでいた場所とは異なるモンスターが普通に存在する世界なのが確定した。
ていうかあの鳥頭のマッチョマン共、エキセントリックバードっていうのな、見たまんまの名前じゃん。誰だよネーミングしたやつ。
「あれに追われてこの大木に逃げてきたんだよ。どうしようもなくてさ」
「はっはーん? さては君たち行商人か何かだな? 変な格好してるし、どっかの街の新商品でも運んでたんでしょ? 駄目だよ~? 私のような優秀な傭兵をちゃんと雇わないと」
「傭兵って……あんたならあの鳥頭共をなんとか出来るってことか?」
「うん、できるよ? 当然じゃない! 私の手にかかれば瞬殺だよ?」
それを聞いて、俺は今もなお踏まれ続けているヒロシと顔を見合わせて表情を明るくする。
「えっと……名前は?」
「私はレイチェル=ミナ。レイチェルって呼んでくれたらいいよ。君は?」
「レイチェル……いよいよファンタジーな名前だな。あ、俺は神種セイジ。そしてあんたが今踏んでいるゾンビっぽい何かはうんち大好きヒロピ君だ。汚物をバキュームのように食べる」
「ちゃんと紹介しろ。ヒロシだヒロシ! ていうかそろそろどいてくれ!」
下敷きにされていたヒロシが叫ぶと、レイチェルはまるで気付いていなかったかのように「あ! ごめんね⁉」と言ってヒロシの上から退いた。
その瞬間、俺はちょっとだけだが、嫌な予感がした。
今のがわざとじゃないとかありえるの? ずっとヒロシを痛めつけるために乗ってたと思ったんだけど? といったことからだ。
まあ、色々と疑問はあったが、とりあえず俺は、ようやく解放されたヒロシの背中に乗る。
「なんでだよ。今せっかくどいてくれたのに何でお前が乗るんだよ」
「あ、ごめん。スケボーかと思ったらヒロシだった」
「眼科いけ」
とりあえず、全員の自己紹介が終わったところで俺たちは改めて下に集まっているマジキチ鳥頭集団をなんとかするべく、レイチェルに掃討をお願いした。
レイチェルは嫌な顔一つせず、「いつもならお金とるとこだけど、今は緊急事態だし……無料でいいよ!」と満面の笑顔で得物である弓を取りに行くべく、再び頭上の枝木へと戻る。
しかし、得物が弓と聞いた瞬間から俺はさっきから気になってることがある。
俺たちがいるこの大木のすぐ傍の地面に、何故かずっと弓が落ちている件についてだ。
「あれ⁉ 私の弓がない⁉ 嘘! ここに置いてたのに!」
そして俺の嫌な予感が的中する。
「置いてたって……どこに?」
「私のすぐ傍! あぁーん! 私の弓ぃ~! 寝相が悪いから離さずに傍に置いておいたのに!」
「いや、むしろ寝相が悪いからこそ自分の身体が間違っても触れない場所に置いておくべきじゃないの?」
「……なるほど!」
まるで閃いたかのように手をポンッと叩いたレイチェルを見た瞬間、俺は確信した。
この子……アホ? 天然と呼べる次元を遥かに超えて残念に見えてしまうぐらい多分アホだ。
真上から落下すればヒロシにぶつかるとか、踏んづけたあとそのまま踏みっぱなしとか、少し考えればすぐに気付けるようなことにも気付けないくらいアホな可能性が高そう。
「え、どうしよう⁉ 私……弓がないと何もできないんだけど⁉」
多少のアホなら可愛いもんだが、自分のアホさにも気付いていないイライラするレベルのアホとなるとどれだけ美少女でもさすがに色々と冷めるものがある。昔よく親父が「女は見た目だけじゃねえ……内面もそろって初めて良い女って呼べるんだぜ?」って言ってて全然共感できなかったけど、今なら親父の気持ちがわかる気がする。
「ねえ⁉ どうしよう⁉ ねぇねぇねぇ⁉ どうすればいいの⁉ 私このままじゃ帰れないよ⁉ どうしよう! 仲間が村で待ってるのに……あぁぁぁあ! こんなことなら平原で大量繁殖したモンスターの駆除を『あっはは! 私一人で楽勝だよ! 皆はここで待ってて』とか言って飛び出さなければ良かったぁ!」
その時、俺とヒロシは顔を見合わせてげんなりした表情を見せた。恐らく考えていることは同じだろう。ヒロシの顔がもう残念な人を見るような冷めきった表情をしているからだ。
「で、振り出しに戻ったわけだが。どうするよセイジ?」
「そうだな。やっぱヒロシ君の全裸ダイブでなんとかするしか……あ、今なら全裸で逃げるという選択肢だけじゃなくて、全裸で弓を拾ってくるっていう選択肢もある。もしくは全てを諦めて全裸で自殺するか……選び放題だぜ?」
「全裸が前提なのなんで?」