とびっきりの糞野郎がファンタジー入り-3
それから数分間に渡って、不気味すぎる鶏頭のモンスターの群れに囲まれながら俺とヒロシはギャーギャーと言い合いを続けたが、途中で無駄に体力を消耗するだけなことに気付き、お互い冷静になってここに来た経緯と、これからどうするかを話し合った。
「じゃあセイジも突然この世界に呼びだされたわけか? どうして俺たちなんだろうな?」
「さあ? さっぱりわからん。そしてこの世界で何をすればいいかもさっぱりわからん」
「役立たずじゃん」
「あ? じゃあお前はなんかわかるのかよ?」
「まあ……ヒントはあるわな」
突然の頼もしい発言に、俺は思わず「え?」とヒロシの顔を凝視する。
するとヒロシは、俺が異常に驚いているのが不思議とでも言うかのように、「お前もこれ持ってるんだろ?」と、腰のベルト部分を利用して背中に閉まっていたのか、一冊の薄汚れた本を取り出して俺に突き付けてきた。
「何それ知らん。何なのそれ? まるでヒロシの心のようにめちゃくちゃ小汚いけど」
「殺すぞ?」
薄汚れた本にタイトルはなかった。茶色のカバーに包まれているだけの質素な本。俺はヒロシからそれを受け取ると、何がどうヒントなのかを確かめるべく、本を開く。
すると最初のページには、こう書かれてあった。
――――――
【終焉への分かれ道】
魔光歴745年。人の世に終焉の時、来たる。
力を蓄えし魔の王。人の世を祝福せし焔の祭りにて、人の世を守りし聖なる泉の力を反転させ、魔なる泉へと変化させん。
それに気付きし魔を浄化する力を持ちし光の国の王女、それを食い止めんと光の城を飛び出すが、魔に通ずる者の手によって幽閉される。
光の国の王女の助けを待って、邪悪な力を拒み続けていた聖なる泉の精霊も、魔の王が生み出した穢れの歪に侵され続け。遂には魔へと堕ちる。
そして、魔の精霊の導きによって魔の者たちが住みし世界は人の世界と繋がり、人の世界は魔の者たちで埋め尽くされるだろう。
防げた終焉への道は切り開かれ、均衡を保ち続けてきた魔と人の戦いに終わりが訪れる。
魔なる泉より溢れ出した者たちは、かつて光の城と呼ばれていた魔の城を居城とし、瞬く間に世界全土へと広がり、人の住めない世界へと変えてしまう。
魔に通じていた者も関係なく、人は一人残らず殺され。人の世は終わるだろう。
最後に残されし光の王女の涙も虚しく。光の王女は魔の王に魅入られ、人ではない魔の王女となりて、魔の者たちに力を与え続ける柱となるだろう。
それは、未来永劫。人に光の当たることのない世界。
――――――
「え、なんか世界が滅ぶ的な物騒なこと書いてるんだけどこれ」
「まだ確信は持ててないんだけどよ。これもしかしたらこの異世界で起きる結末なんじゃないかと思ってさ。ていうか知らないってことは、セイジは持ってないのか?」
「持ってねえよ。なんでお前だけそんな主人公っぽいアイテム渡されてんの? 俺のと交換してくれない?」
「一応なんかもらってはいるんだな……? ちなみに何もらったんだ?」
「パチンコ台」
「えっ?」
「パチンコ台」
「何それ逆に凄い」
確かに逆に凄いと言われれば凄かったが、そんな凄さ、命がけのこのファンタジー世界で果てしなくどうでも良かった。
それはさておき、ヒロシが持っていた本を俺は今一度目を通して考える。仮に、この本に書かれている内容がこの異世界で起きるとするなら、この明らかにバッドエンドな内容をなんとかしなければ、結果的に俺たちも一緒に死ぬことになるんじゃないだろうか?
「この本の内容がマジで起きるかわからないけど、仮に帰る方法があるとするなら、この糞みたいな結末を捻じ曲げて、この本に書いてあるお姫様をお城から脱出させて、この聖なる泉とかに連れていけばいいってことか?」
「そうなるな。でも行動するにしたって情報が足りなさすぎる。本当にそんなお姫様がいるのかも、聖なる泉とやらがこの世界にあるのかもわからねえし、今はこの状況を何とかしないことには何もわからねえな」
若干、もうどうしようもないと諦めているのか、ヒロシは軽く溜め息を吐く。
「正直言って、しょっぱなから絶望的すぎるぜこの状況? セイジが持ってたのパチンコ台だし」
「は? パチンコ台舐めてんのか? あれ言っとくけどぶつけたらかなり痛いからな?」
「じゃあそのパチンコ台はどうしたんだよ?」
「重いから捨てた」
「そんなん笑う」
結局、この本が価値のあるものなのかを知るためには、この絶望的な状況を切り抜ける以外にはなく、かと言ってまともな打開策が浮かび上がるわけもなく、俺とヒロシは肩を落として枝木に寄りかかる。
「なんかいい案ねえのかセイジ?」
「そうだな……ヒロシが今すぐ全裸で飛び降りて、鳥頭共の注意が引き付けられているうちに俺が逃げるって方法ならあるんだが」
「天才かよお前。とりあえず作戦のヒロシ部分をセイジに置き換えて決行しようぜ」
「何で俺がお前のために全裸でダイブしなきゃなんないの?」
「なにこれ、こんなにそっくりそのまま言葉を返したい気持ちになったの初めてなんだけど」
「初体験じゃん、おめでとう」
「あぁ⁉」
「やんのがごら⁉」
この状況でやることが無さ過ぎてこうやってヒロシを煽ること以外にすることもできず、俺たちは無駄な言い争いをしながら無駄にカロリーを消費していった。
俺とヒロシは昔からこうやって意味のないぶつかり合いをよくしている。男子高に行ってた時なんて特に酷かった、暇さえあれば無駄なやり取りをして、周りの生徒も巻き込んでやりたい放題やっていた記憶はまだ新しい。
大学生になれば少しは女っ気のある生活出来ると思ってたのに、まさかの大学生になって間もなくして異世界に突然飛ばされて、しかも最初に出会ったのが男(しかも糞みたいな幼馴染)とか、俺の人生に色無さすぎだろ。
ていうかこれすぐ帰れるんだよな? 出席日数ほぼないに等しいんだけど、まだ五月だし。
「もう! うるさいな……静かにしてよ!」
ヒロシの指が俺の鼻の穴と口の中に突っ込まれ、俺の拳がヒロシの顎を貫いたその瞬間のことだった。突然頭上から女性らしき可愛らしい叫び声が聞こえてきたのだ。
俺とヒロシはほぼ同タイミングでその声に期待を抱き、すかさず頭上を見上げる。
「……ふへひっ⁉」
直後、ヒロシは頭上から降ってきたオレンジ色の髪をしたポニーテールの女性によって踏み潰された。