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きったない大人が成り上がる、この世界で-10

「セイジ、ヒロシの様子が……! もういいじゃろ! 相手はドラゴンじゃ! こんな状態で戦っても……無駄に怪我するだけじゃ!」


「そうだな、確かにこの状態で戦うのは危険すぎる」


 素直に言葉に賛同したからか、ミナはホッと安堵の溜め息を吐く。


 さすがの俺も、普通の人間の状態でドラゴンと戦えるとは思っていない。


「だから出すぜ! 俺の秘蔵の十八番! スペシャルアイテムをな!」


 参加する前に確認したが、この大会はモンスターに対してアイテムで支援することが認められている。モンスターと、使役する者とを合わせてモンスター使いと呼べるからだそうだ。


 そして懐から俺は、仄かにオレンジ色の液体の入った小瓶を取り出して、猛ダッシュでヒロシの元へと接近し、それを「そぉい!」という掛け声と共にヒロシの口の中へとぶち込んだ。


「お、おいセイジ! その薬……なんか昨日見たのと同じ色をしているのじゃが……まさか?」


「よく気付いたな。そう………………おかわりだ」


 満面の笑みをミナに向けて、俺は親指を立てる。


「鬼すぎるじゃろ! もうヒロシを解放してやらんか!」


 俺は今日、この闘技場に来る前に、事前に話していた通りカトリーヌと合流し、約束していた品々を受け取っていた。その時、昨日ヒロシに飲ませた超人化の薬の簡易版(二時間で効果が切れるらしい)も受け取っていたのだ。


 カトリーヌが言うに、もしかしたら効果がきっちり一日持たずに消えてしまうかもしれないと、効果時間の短い薬を用意してくれていた。カトリーヌ……あんた天才だよ。ただのババアじゃなかったんだな。


「最低じゃ! ようやくヒロシが正気に戻ったというのに……お主はヒロシをなんだと思っているのじゃ⁉ お主の道具ではないのじゃぞ⁉」


「はぁ⁉ お前に俺とヒロシの絆の何がわかるってんだ⁉ 俺とヒロシはなぁ……言葉にできねえ何かしらの信頼で繋がってるんだよ!」


「曖昧すぎる!」


「俺はヒロシが大切だ……そしてヒロシも俺を大切に思ってくれてるはずだ! だから大丈夫! いっけぇヒロシ! 乱れひっかきだ!」


「さっき全部爪が剥がれたのに⁉」


 再び正気を失ったヒロシによる乱れひっかきが、ドラゴンに対して炸裂する。しかし爪がなく、ドラゴンの鱗を撫でるだけで終わった。直後、ヒロシはドラゴンの尻尾によって吹き飛ばされて、闘技場の壁へと激突する。


「ひ、ヒロシぃぃぃぃぃいいいい!」


「何がしたいんじゃお主⁉ お主は悪魔か何かか⁉」


 壁に激突したヒロシの目は虚ろだった。逝ってる感じの目ではなく、本気でヤバいのか虚ろだった。恐らく今の一撃で大きく体力を奪われてしまったからだろう。


「な、ヒロシ……それでもお前はまだ……まだ! 立ちあがるというのか⁉」


 だがそれでもヒロシは立ち上がった。なんという精神力だ……見直したよヒロシ。そこまでして戦いたいんだな? 俺を……兵士にするために! 俺のために⁉


「お前がそこまで俺のことを思ってくれていたなんて……!」


「いやいや何も言っとらんじゃろが! いっけぇヒロシ! という言葉に従うしかできないだけじゃろ! お主の解釈の仕方はどうなっとるんじゃ⁉」


 超人化による体力回復速度が凄まじいからか、既に剥がれた爪も修復し、元通りの万全な状態になっている。やれる! 今のヒロシならドラゴンにだって勝てるぞ!


「いっけぇヒロシ! ガンガン行こうぜ!」


「もうやめてあげるのじゃぁぁぁ!」


 俺の命令を素直に聞いてヒロシはドラゴンへと立ち向かう。しかし、ひっかき攻撃、殴打、噛みつき、あらゆる攻撃を試すが、ドラゴンの硬い鱗の前には一切ダメージを与えられず、全てが無駄に終わってしまう。


 対してドラゴンは、マスターである男性が容赦してくれているのか、尻尾攻撃しかしてこない。しかしそれでもヒロシには大変有効で、尻尾が薙ぎ払われる度にヒロシは闘技場の壁へと激突し続ける。


 その繰り返しが15回くらい続いたあと、遂にヒロシは力尽きたのか、ぴくぴくと震えるだけで動かなくなってしまった。どれだけ回復力が高くても、ダメージが蓄積しすぎたのだろう。



「しょ……勝負ありぃいいいい! 勝者! ミナドルン選手!」



 そしてそのまま、あまりにも一方的な戦いだったからか、もしくは戦いが長引きすぎたかはわからないが、まだ負けを認めてもいないのに審判がミナドルン選手の勝利を告げてしまう。


 試合が終わると同時に、歴然とした力の差があるにも関わらず、果敢に挑み続けたヒロシに対して観客席から惜しみない拍手が降り注いだ。


「ひ、ヒロシ!」


 動かなくなったことで心配になったのか、ミナが一目散にヒロシの傍へと駆け寄り、抱きかかえる。よくそんな目が逝ってる化け物触れるなと言いたいところだが、今日のところは頑張ったと俺からも褒めたいと思う。


 ちなみに心配しなくても、カトリーヌが言うに、死にさえしなければ驚異的な回復力によってたちまち傷を治すとのことなので、このまま暫く寝かせておけば完全に復活するだろう。


 だが、俺はヒロシが眠りに落ちる前に言っておかなければならないことがある。


 なので、俺は横たわるヒロシに近づき――、


「期待させて負けてんじゃねえよ……このクソザコなめくじがぁ……!」


 そう吐き捨ててやった。そう、いくら頑張ったしても、試合に勝てなければ何の意味もないのだ。わざわざこうして闘技大会に出場した時間すら無駄だったといえるだろう。


 そして、その言葉を受けてショックだったのか、ヒロシは気を失ってしまう。


「セイジ……見損なったぞ。その言葉はないじゃろう⁉ お主のために戦ったのじゃぞ⁉」


「うん、俺もないと思う。最低中の最低だね」


「ん? 認めるのか? ど、どういうことじゃ?」


「いや、もういいんだ。ヒロシが気を失ったことで、俺の今回の任務は達成したと言っていい」


 言っている意味がわからないのか、嫌悪の視線を向けていたミナは首を傾げて困惑する。


 そう、闘技大会に出ても負けてしまえば全てが無駄で意味がない。だが、闘技大会で優勝することは俺にとって二の次だった。


「じゃあ……俺は先に宿屋に戻って休んでるから、ヒロシの解放とかよろしく頼む」


「ちょ! おい! どういうことなのじゃ⁉」


 つまり、今回のことは全て。ただ、ただただ、この世界に来てから調子に乗りまくってるヒロシに復讐したかっただけっていう。

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