きったない大人が成り上がる、この世界で-9
「がんばれぇぇぇえセイジ! ヒロシぃぃいいいい!」
ちなみに、レイチェル、セナ、サトウチの三人は現在観客席側に座って応援してくれている。
もうこうなったら応援するしかないと割り切っているのか、さっきからレイチェルの声援が他の観客の声を貫いて闘技場全体に響いてきている。
セナは終始、心配そうな表情を浮かべていて改めて脳みそ筋肉だが、優しい女の子なのだと思った。
そしてサトウチは終始どうでもよさそうだった。どうでもよさそうにセナとミナを見つめていた。なんなら今も闘技大会ではなく、観客席にチラホラ点在している幼女を見て興奮している。
皆はこれから始まる闘技大会に期待を抱いて興奮しているのに、一人だけ全く別の意味で興奮しているヤバイ光景が、一階の闘技大会参加者の控室から見えていた。
俺は目を瞑って何も見なかったことにする。今はそんなことで精神力をすり減らされたくないからだ。
「さあ! 第一回戦のカードはこれだぁ! 赤コーナーより、今大会が初出場! なんと! エキセントリックバードの希少種を仲間にしたセイジ&ミナぁぁぁぁ!」
何故なら、俺たちは第一回戦からの出場になるからだ。薬の効果が未だ続くヒロシを先頭にして、俺は両手をぶんぶんと振りながら「ありがとう! そしてありがとう!」と連呼しながら入場する。
隣にいるミナは、どこか恥ずかしそうにしていた。
てっきり入場と共に「わぁぁぁぁあああ!」と歓声が聞こえるかと思っていたら拍子抜け、会場全体から、「何なんだあれは……」と、明らかにエキセントリックバードにしか見えないヒロシを人間じゃないのか? と疑っていた。
だが彼らは知らない、これからヒロシというモンスターによるモンスターの蹂躙劇が始まるということを。
「おらぁあ! どっからどー見ても人間じゃねーか!」
「エキセントリックバードの希少種ってなんだぁぁぁ⁉ 聞いたことねえぞそんなの!」
「うるせぇええええ外野は黙ってろ! 今晩お前らの枕元にヒロシを仕向けるぞおぉぉん⁉」
観客のブーイングなんて気にしない、超人となったヒロシに勝てるモンスターなんて早々いないはずだからだ。試しに昨日、ゴリラのレイチェルさんとヒロシで腕相撲をさせたが、圧倒的な力差でヒロシが勝利した。
この世界の人間は、モンスターを簡単に倒せてしまう力がある。つまり、この世界の人間よりも力のあるヒロシに勝てるモンスターなんていないってことだ。
「そ、想像していた以上に恥ずかしいのじゃ……いいかセイジ! あまり無茶なことをヒロシにさせるでないぞ!」
「わかってるわかってる。いやーミナは良い子だなー。心配しなくても、お兄さんがいいようにしてあげるから……うっひょうっひょっひょ!」
「なんも信用できんわ! 昨日の婆さんと同じくらい信用できん!」
「まあまあ大丈夫だから見てろって……ミナも昨日のヒロシの力は確認したろ?」
「そうじゃが……むぅ……」
不安なのか、ミナは獣の耳と尻尾を垂れ下げて唇を尖らせる。あまり強く言ってこないのは、ちゃんとミナもヒロシのパワーアップ加減をその目にしているからだろう。
「続きましてぇ……青コーナー! 今大会で出場回数4回目! 前回惜しくも優勝を逃してしまった今大会最有力優勝候補の男! ミナドルン選手ぅぅぅぅう! 今大会にエントリーしたモンスターは……――」
一瞬、前大会の準優勝者と聞いてビクついてしまったが問題ない。今大会の最有力優勝候補だとしても関係ない。どうせいずれはぶつかる相手だ。むしろ一回戦目で叩きのめしてしまえば俺たちの優勝は確実――、
「ドラゴンだぁぁぁあああああああああああ!」
優勝は確……確……んん~?
聞こえてはならないモンスターの名称が飛び出し、俺とミナは顔を見合わせて「気のせいだよね?」と満面の笑みを浮かべる。
だが、次の瞬間、ミナドルン選手と思われる怪しい灰色のローブに身を纏った明らかにモンスターマスターみたいな見た目の男性と、ずしん、ずしんと地響きを鳴り響かせながら巨大な翼の生えていない竜が姿を現した。
「グゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
耳を塞ぎたくなるドラゴンの雄叫びが闘技場内に響き渡る。
前回の優勝者、こんなドラゴン操るやつに勝ったって、どんなモンスター引きつれてたんだ。
大丈夫……きっとヒロシならドラゴンに勝てる。
だってあれだよね? この世界の人間って……ドラゴンにも……勝てるよね? うん、大丈夫、絶対大丈夫だ。
観客席でレイチェルとセナとサトウチが全力で顔と手を左右にぶんぶんと振って、俺に何か伝えようとしてきているが、勝てる! ヒロシなら絶対!
「いっけぇヒロシ! 君に決めた!」
「ヒロシしかおらんじゃろ! やめろセイジ! 無謀すぎるぞ! 姉上が三人居てもあのドラゴンに勝てるかわからんくらい、ドラゴン種はこの世界で頭抜けた力を持っているんじゃぞ⁉」
「奇遇だな、俺のヒロシも……エキセントリックバードの中ではズバ抜けた力を持っているんだ」
「知らんわ!」
ヒロシとドラゴンはお互い配置につくと、ライバルと判断したのかお互い、いきなり襲いかからずに睨み合う。……違った。ヒロシの目は逝っちゃってるので、ドラゴンだけが一方的にヒロシを睨みつけている。
人間の目から見てもわかるくらい、ドラゴンが「……なんだこいつは?」と困惑しているのがわかる。……いける! 相手はビビってるぜヒロシ!
「今がチャンスだ奇襲をかけろ! いっけぇヒロシ! 乱れひっかき!」
「うごるぉおおおおおおおお!」
謎の奇声をあげながら、ヒロシは俺の命令通りに短い爪を駆使してドラゴンへと接近し、目にもとまらぬ速度で腕を振り動かす。
結果、ヒロシの爪は全部剥がれた。
「ヒロシぃいいいいいいいいいい!」
「当たり前じゃろ! ドラゴンの皮膚は鉄と同じくらい硬いのじゃぞ!」
なんてこった……しかしさすがヒロシ、爪は全部剥がれてしまったが、超人化による回復力のおかげでもう出血が止まってやがる。
「うぎょ……うぎょるるる……ぉお? ん……お、俺は……?」
その時、ヒロシに異変が起きた。爪が剥がれた痛みのせいか、ヒロシの目に生気が戻り、正気を取り戻し始めたのだ。だがまだ、片目は逝っちゃってるままなので、薬の効果は完全に切れていない様子。




