とびっきりの糞野郎がファンタジー入り-2
「はぁ……はぁ……現実は、こんなにも……厳しいの……ね」
絶望的な状況で、それでも諦めずに懸命に生きようと走るなか俺は思う。
無の能力を使えて銀髪イケメンで最強の主人公とか、SSSランクのなんかすげえギルドに入ってて、最初からチート性能の赤髪の主人公とか、異世界に行って、最初弱いけど最終的に最強になる主人公とか、二つの国が戦争中で、片方の国の王子様とか伝説の傭兵の主人公とか、そんなのは創作物だけの展開なのだと。
謎にヒロインにモテまくりの主人公とか、特別に魔法が使える主人公とか、そういうのはただの設定であって、異世界に来たからって、突然そんな力がつくわけでもないし、謎にパチンコ台を渡されるだけで己の力だけでなんとかしないといけない無慈悲なものなのだと。
もしかしたら今頃、謎に誰も居ない闇の空間で謎の組織の会話から始まるファンタジーが展開されているのかもしれないが、ぶっちゃけ今の俺の状況には全く関係なく、恐らくここで死んだらその展開が何なのかもわからず終わるのだろう。
「ちくしょう……なめんなよ……やってんやんよ! ただのパンピーでも……見事この異世界を生き抜いてやんよ!」
とにかく木まで逃げ切れば俺の勝ちだと信じたい。ムキムキマッチョマン共が走るゾンビ映画並みの木登り技術を持っていた場合のことは、この際もう考えないでおく。
「うぉおおおおおおおおおお何だこれ⁉ 何だこれぇぇぇえ⁉」
その時だった。俺が現在向かっている大木の方角から、背後で走り回っているムキムキマッチョマン共とは明らかに異なる男性の叫び声が聞こえてきたのは。
俺から見て大木の裏側にいるようなので姿は見えないが、叫び方からして何かに追われていると予想、そして俺と同じく大木に向かって走っている気がする。つまり向こう側からも恐らくムキムキマッチョマンが来てるってことになる。いよいよ逃げ場ないんだけど。
「あ、ちょっと待って、パチンコ台重すぎる‼」
途中、重いだけで何の役にもたたないことに気付き、もっと早くに気付くべきだったと後悔しながら一か八か、このパチンコ台が敵にぶつけてようやく効果を発揮する武器である可能性に賭けて、俺はパチンコ台を背後に迫ってきているムキムキマッチョマン共に投げつける。
だが二秒もしない内に、パチンコ台はムキムキマッチョマンに殴り飛ばされてガショッ! という鈍い音をたてながら、凄い勢いで遠くへと吹っ飛んでいった。
「あいつらの腕力!」
結局何の役にも経たなかったパチンコ台と、そのパチンコ台をワンパンで遥か遠くまでぶっ飛ばしたムキムキマッチョマン共の信じられない腕力に絶望しながら、俺はすがる思いで大木へと駆けてしがみつき、まるで猿かのような自分でも驚きの速さで大木の上へと登った。
「よ、よかった……あいつら登って来ないみたいだ」
俺が木の上へと登ることで何事もなかったかのようにピタッと止まり、大木の上にいる俺を直立不動で見上げて見つめるムキムキマッチョマン共を前に安堵の溜息を吐く。
大木を囲むようにして大量の鶏頭の化け物が俺を見上げているというこの恐ろしい状況の中、安堵できちゃう俺はこの短時間で随分成長したと誰か褒めて欲しい。
「ひ……人の声? そこに誰かいるのか?」
その時、男性らしき声が背後から聞こえる。
恐らくさっき反対側で俺と同じように逃げていた男性だろうと瞬時に理解し、なんで最初に出会う人物が美少女ヒロインじゃなくて男性なんだよと心の中で文句を垂らしながらも、とりあえずこの意味不明な世界にちゃんと人がいたことにホッとしつつ、背後に振り返る。
「あ……? セイジ? は?」
「くっさ」
少なくともこの異世界の住人に会えて、この世界の事情を聞けるだけでもありがたいと無理やりテンションをあげて振り返った先には、異世界の住民でもなんでもない、パッと見の印象がヤンキーな俺の幼馴染が立っていた。
俺と同じく全力で逃げて来たのか、肩でぜぇはぁと息を整えながら、信じられない者を見るかのような目をこちらに向けてきている。
「え? 何でセイジがここにいんの? ここって異世界かなんかじゃねえの? あの下にいる変な鳥とかから見てもここって俺たちが住んでた世界……じゃないよな? 何でお前が?」
「実はかくかくしかじかで」
「なんでそれで理解できると思ったの?」
「は? できないの? ざっこ」
「じゃあお前はできんのかよ」
「できるわけねえだろふざけんな糞が」
「お前がふざけんな」
というより、なんでここにいるのって……それはこっちの台詞だった。
何故現実世界でも見飽きたお前がここにいるのか? ていうかどうして異世界で最初に出会う人物がお前なのか? 返して、俺が美少女に期待を抱いた八分の一の純情な感情。
「おい、露骨に嫌そうな顔すんのやめろ。俺だってまさか異世界で最初に出会ったのが役に立たない幼馴染のセイジ君でガッカリしてんだからな?」
「はぁぁぁん⁉ 人の表情だけで勝手に嫌そうとか判断するのやめてもらっていいですかぁ⁉ ていうか少なくとも俺はお前より役に立ちますけど?」
「例えば?」
「料理のレパートリーがお前より豊富」
「微妙過ぎて」
今目の前に立っている平凡な見た目の俺とは正反対に、確実にイケメンの部類に入るであろう二重の目元に整った眉と鼻筋、ホスト並みの綺麗な輪郭を持った男は、幼稚園から小学校、中学校、男子高に至るまでなんだかんだでずっと付き合いのある幼馴染、紫藤ヒロシだ。
今時のオシャンティーがするツーブロックのオールバックで金髪なのが特徴。そして大学生になってから気に入ったのか、ずっと革ジャンにジーンズのズボンしか履かない単細胞。
「むしろ俺は逆に聞きたい。異世界召喚って言ったら特に何もしてない平凡なオタクかニートの特権だろ? つまり俺のことなわけだが……何でお前みたいなリア充ゴリラヤンキーが召喚されてんの? テニスサークルに入ってるような奴が来ていい場所じゃないんだけど」
「はぁ? お前みたいな煽ることしか能のないガリ勉インテリヤクザが異世界に来てるほうがおかしいだろ? まだゴリラヤンキーのほうが使えるっつーの」
「ありゃりゃぁ⁉ ボクちん低学歴なんだけどなぁ⁉ あ! 君からしたら高学歴に見えちゃうのかー、なら仕方がないなぁ⁉ かわいそう!」