第三章 きったない大人が成り上がる、この世界で
これは今年の正月の事だ。
俺は親に嫌々連れていかれ、親戚の家へと遊びに行った。親戚の家に行くのは久しぶりの事で、久々に会った親戚の男の子が、今年で七歳になるというのだ。
そこまでは、どこにでもある正月の風景だったが……こともあろうに、その七歳のクソガキは俺にお年玉を要求してきた。
だが、俺も大学生になる直前の高校生、俺が小さい時は、よく親戚のお兄さんたちにお年玉を貰ったりしていたものだ。だから今年は俺があげる側でいいかと思い、七歳のクソガキに、お年玉で千円札を渡そうとしたんだ。
……その時だ。母親はこう言ったんだ。
「今時の子供は千円ぽっちじゃ満足しないわよ」と……。
「な……んだと?」俺は思わずそう言っちゃったよ。確かに、俺自身がお年玉に千円しか貰えなかったらガッカリするかもしれない。折角のお年玉で千円かよ……と。
盲点だった、目から鱗だったよ。
まさか自分が貰った場合を想定せずに、お年玉をあげようとしていたなんてね。
他人の気持ちを考慮してなかったことを俺は非常に恥ずかしく思い、母親を尊敬し直したよ。
だから俺は、そのクソガキに五百円玉をくれてやった。
これが俺の正月の思い出だ。変な事なんて一切なかった。
でも今は変なことだらけだ。謎の多い異世界、パチンコ台とかいうゴミみたいなアイテム、変態しかいないパーティー、そして……ヒロシ。
「そしてヒロシじゃないからね? 前にも言ったけどお前が一番変だからね? なんで千円じゃ満足しないって言われて五百円玉渡すっていう奇行に走ったの?」
「どうせ同じ満足しないなら安くていいやと思って」
センベルの街をあとにしてから早くも二日が経過し、現在俺たちは、王都に向かって広大な平原に敷かれた街道を突き進んでいた。街道とはいっても、道に迷わないように雑草の生えていない道筋ができているだけの粗造りなものだ。途中の分かれ道に行先の書かれた看板があるくらいで、安全はまるで守られていない。
なので、モンスターがビックリするくらい頻繁に襲いかかってくる。
その時は、色々と欠点はあるが頼もしい仲間たちが何とかしてくれるわけだ。
「……美味しい」
そんな、普段はゴリラのようにモンスターを粉砕する仲間たちは現在、俺が作ったクッキーをリスのようにかじって食べている。
よほど満足しているのか、セナが俺の隣で、ほっこりと満足した顔をしながら食べた感想を漏らしていた。
「ん~! 何度食べても美味しいのじゃ! 芳醇な香りが口いっぱいに広がって、究極の味がするのじゃ!」
「本当すごいよね! 芳醇な香りが口いっぱいに広がって究極の味がするよ!」
「お前らの表現のボキャブラリー酷すぎない?」
究極の味って何? どんな味なのそれ? まだ美味しいって言っただけのセナの感想の方がマシなんだけど。
「ふむ、魂の宝具を捨てたせいで道中何の役にもたたないと思っていたが……以外な特技を持っていたもんだ。俺たちは正直料理が不得意だったからな……凄く助かる」
豪快にクッキーを一口で食べながら、サトウチが感心してかウンウンと頷く。
このパーティーで一番の変態に上から目線で言われるのは癪だったが、実際、料理がなければマジで役立たずのため否定できず、押し黙る。
「お菓子がこんなに身近な食べ物になるなんて思わなかったな~、セイジって凄いんだね! 作ってくれるご飯も毎回美味しいし!」
「うむ! セイジを拾えてラッキーじゃったのぉ! これからは食べ放題じゃぞ⁉」
三日前の冷たかった態度が嘘かのようなことをレイチェルとミナは口走る。
作ったクッキーを気に入ったのか、あのあと俺は瓶に詰められるだけのクッキーを作らされた。
同時に、料理が得意であることがばれてしまい、旅の道中の料理当番というクソめんどくさい役割を押しつけられるはめになってしまったのだ。
でもまあ正直、これで良かったとは思っている。というのも、ビックリするぐらい俺以外料理が下手だからだ。昨日、試しにそれぞれに作らせてみたが酷かった。
ミナは子供過ぎて包丁の扱いもままならないし、サトウチは野菜の皮を剥かずにぶつ切りにして炒め始めるし、セナはもう斬ることをやめて丸ごとフライパンに野菜を放り込むし、レイチェルは「野菜ってつまり植物だよね? もったないしこれで代用できるんじゃないかな⁉」とか言って雑草をむしり始めるし、ヒロシはもう本人と同レベルのグロテスクな物体を出してくるわで、色々と終わっていた。
俺が作らないとまともな食事にもありつけなかったため、もうこれは仕方がないとしか言いようがない。今までどうやって過ごしていたのか聞きたいくらいだ。
そんなわけで、現在俺とヒロシは戦わない代わりに大量の食材と調理器具の入ったでかいリュックサックを背負っている。それなりに重いので、引き籠りには結構辛い。
だがこれでへばっているようでは、この世界で生き残るのは難しいと諦め、まだモンスターを何とかしてくれる仲間がいるだけマシだと切り替えて、文句の一つも言わずに運んでいた。
多分、俺の人生の中で今が一番頑張っていると思う。
「ところでセイジ、とりあえず王都に向かってるはいいけど……俺たちはどうするんだ?」
「ああ……俺たちも兵士になるかどうかって話か?」
「それそれ、あの本に書かれてるバッドエンドをなんとかしようと思ったら、兵士にならないとどうしようもないだろ? そもそもお姫様のいるお城の中にも入れないらしいからな」
ヒロシの言葉通り、城内は不審な輩が侵入しないように、正規に雇用した関係者以外は立ち入り禁止になっているらしい。俺の知ってるRPGのゲームだと、出入りほぼ自由のガバガバ警備だというのに。
「でも城の兵士を募集してるのって強い奴だけなんだろ? 俺たちじゃ絶対無理じゃん? ここはおとなしくレイチェルとセナとサトウチに頑張ってもらうしかなくね? 他に兵士になる方法もないしさ」
「城の中に入りたいのなら、モンスター使いになるという選択もあるぞ?」
「モンスター使い? なんそれ?」
そこで、話を聞いていたサトウチが、どうしても俺たちにも働かせようと、城内に入るための抜け道を教えてきた。知りたくない、喋らないで。楽したい。