死を覚悟した男のあがきと糞ガキ-9
「姉さま、レイチェル、聞いてほしいのじゃ! セイジのやつ……なんとお菓子を作れるのじゃぞ⁉ 今ワシのために下準備をしてくれてるのじゃ!」
「えぇ⁉ セイジお菓子作れるの⁉」
「…………初耳!」
お菓子と聞くなり、ガタッと立ち上がってテーブルから身を乗り出して俺に顔を近づけるレイチェルとセナ。
そらきた。早速面倒な質問責めをくらいそうなこと言いだした。黙ってればそのお菓子を独り占めできただろうに、馬鹿な奴だ。
「飯を食い終わったら食わせてやるからそこで待ってろ。じゃあ俺は行くからな」
だが俺は逃げるようにそれだけ言って、そそくさと宿屋の外へと向かう。
宿屋を出た目の前に広がる噴水広場は、夜にも関わらずウィプスの光によって明るく照らされていた。ウィプスから放たれる光はどこか優しく、また、種類によって違うのか様々な色々に発光している。
こういうのを恐らく幻想的というのだろうが、生憎俺はそういうのでセンチになったりする感性を持ち合わせてないので、なんか様々な色で光ってるくらいの感想しか漏れない。
だが、夜なのに明るいのは正直助かる。ヒロシを探すのに暗くて見えないという心配がいらないからだ。
「あれ、結局お前……外に出てきたのか? 疲れるから出歩かずに寝るんじゃなかったのかよ?」
「タイミング良すぎか?」
探しに行こうと思うや否や、街を見回ってご満悦な表情のヒロシが普通に姿を現す。
「飯だからお前とサトウチを呼びに行こうとしたんだよ。色々あって……まあなんだ? 出歩く方が体力の消耗が少ないと思ってな」
「ああ……まあ察した。基本セイジはめんどくさがりだし、あの面子の相手はお前だったら疲れるだろうな」
「そういうこった。そういやサトウチを見なかったか? サトウチが金の管理をしているとかで、サトウチが来ないと飯の注文ができないんだってよ」
「サトウチなら見たぞ。ていうかおかしいな……まだ戻ってないのか? 街で会った時に先に戻るって宿屋の方に向かったと思うんだが?」
「いや……まだ戻ってないけど…………? んん?」
その時、まだ遊んでいたのか、噴水広場で追いかけっこをしていた子供たちが「キャッキャ」とはしゃいだ声をあげる。その声に反応して噴水のある方向に振り向くと、そこには数人のまだ幼い女の子たちが元気に駆け回る姿と、それをニコニコと笑顔で眺めて、噴水の石造りの囲いに座るサトウチの姿があった。
「あいつ……あんなところにいたのか」
遅れてヒロシもその姿に気付くが、ヒロシもその違和感に気付いたのか顔を歪める。
そう、俺たちは、サトウチの、その表情の変化を見逃さなかった。
駆け回っている子供たちの中には男の子も含まれているのだが、サトウチの顔は男の子が目の前を通り過ぎる時は真顔に戻り、女の子が通り過ぎる時だけニコニコとした笑顔に戻っていた。
そう、戻っていたんだ。
「おっとぉ? こいつぁ犯罪者の香りがプンプンするぞぉ?」
気付けば俺とヒロシは目を見開いて、ヤバイ存在を見る深刻な表情に変化していた。
「ヒント。ロリコン」
「もしかして? ロリコン」
俺とヒロシは、確信しながらも各々順番に呟く。
「いや……待て、まだ俺たちの勘違いかもしれんじゃろ? まだ慌てる時間じゃない」
「急にミナみたいな喋り方になったな。動揺しすぎだろ」
「そりゃ動揺するだろ……唯一まともだと思ってた男が一番変態だったという事実をどう受け止めればいいの? あんな屈強で、常識人ぶった大男が変態という恐ろしい真実を俺はどうすればいいと?」
勘違いであってほしい。俺たちはそう願った。しかし、何度見て考えを払拭しようにも、サトウチは女の子が目の前を通り過ぎる時だけ満面の笑みを浮かべていたんだ。
というより、長時間もあそこで座ってる時点で確定的だった。
そして俺たちの中でサトウチの仇名がロリウチ君に決まろうとした瞬間、ある変化が訪れる。
「ペド……ウチ…………君?」
ヒロシがガクブルと震えながら放ったその言葉に、俺は心臓の鼓動を速めて恐怖する。
何を言ってるんだ? 俺は一瞬そう思った。でも、ヒロシが恐怖に満ちた表情を浮かべていたのを見て、すぐさま理解したんだ。
そして気付けば俺も、ヒロシと同じ表情になっていた。
「いったい、俺たちは何を見せられてるんだってばよ……?」
垂れていたんだ……サトウチの口から……涎が。
はぁはぁと息を乱して……興奮していたんだ。サトウチは。
これが何を意味するかわかるだろうか?
サトウチが、ロリコンを遥かに上回る変態、ペドだったということだ。
ちなみにペドとは、通称をペドフィリアと呼び、主に未成年者に性的興奮を覚える人物のことを差すのだが、一般的には幼女に対して性的興奮を覚えるヤバイ奴に対して使われる。
ロリコンがただの子供好きで、子供っぽい人が好きとか実際に幼女に手を出すわけでもなく興奮するわけでもない健全な変態だとするなら、ペドは実際に興奮しちゃうヤバイ奴を指す。
つまり、サトウチはとんでもなくヤバイ。
「俺たちは……何も見なかった。そうだな?」
ヒロシの言葉に賛同して、俺たちは踵を返して宿屋の中へと戻る。
仮にだが、ただの村に立ち寄っていただけのサトウチが、魔族の襲撃を受けた時にミナとセナだけを必死に守ったのが……二人がまだ幼女だからだったとしたら?
無関係で、ただの傭兵のはずのサトウチが、無償で今も手助けしてくれている理由が……幼女二人がパーティーにいるからだとしたら?
レイチェルが一人で草原のクエストを受けるのなんて、明らかに危険な行動に対して一人で行かせ、お留守番していたのが…………幼女二人にしか興味がなかったからだとしたら?
どうやら俺たちは、ヤバすぎるパーティーに加わってしまったらしい。
改めて思う、異世界とは、そうスムーズに良い展開に恵まれるものではないのだと。
だが今は、命の安全が保障されているだけマシだと考え直し。無言のままリビングの椅子に座ってサトウチが帰ってくるのを待った。
レイチェルとミナから何故すぐに戻ってきたのかなど質問責めをくらったが、全部無視して待ち続けた結果。サトウチは…………一時間後に戻ってきた。
明日から第三章