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死を覚悟した男のあがきと糞ガキ-8

「親父! キッチンちょっと貸してくれ! あと砂糖とか卵とかの材料も!」


「ちょ、ちょっとお客さん……困りますよ。入ってこられるのは」


「俺は今日一つの村を助けてここに流れ着いた者だ。住人を助けたことに人として恩義を感じているのならちょっとだけでいいから貸してくれ! 勿論材料費は請求していい! レイチェルに!」


 友好関係にあった村を救った相手の頼みと聞いて、キッチンの中にいた宿屋の料理人は渋々だったがキッチンを貸してくれることを承諾する。連れてこられたミナは何をしようとしているのかわからない様子で、目をぱちくりとさせていた。


 ないなら作ればいい。そう、それだけの単純な話だ。


 材料はこの場にある卵、砂糖、小麦粉……かはわからないけど、なんかそれっぽい粉と塩……しかしバターがない。なので代用品としてオリーブオイルっぽいものを使う。味見をしたが……恐らくオリーブオイルだ。


 質は落ちるが……まあできないことはないだろう。


「な、何をしておるのじゃ?」


「いいからちょっとそこで待ってろ、ピーピー泣かれるのはたまらんからな」


 まずはよくわからん粉をふるいにかけて、粉の固まりをとって混ざりやすくする。卵、砂糖、塩、オリーブオイルをよく混ぜ合わせたものにふるいにかけた粉を加えてさらに混ぜる。


「そろそろ何をしているのか教えい! わけもわからず立たされてるワシの身にもならんか!」


「お菓子作ってるんだよお菓子、お前が食べたい食べたい言うから」


「お、お菓子じゃと⁉ お主、作れるのか⁉」


「簡単なものだけどな」


「な、な、な、なんじゃとぉー⁉」


 さっきまで涙目でしょぼくれていた顔が、一気にパアッと輝いた表情になった。垂れ下がっていた耳もピンッと立ち、尻尾も左右に動き出している。


 高校や大学に入ってからの一人暮らし時代、料理くらいしかやることのなかった俺は、そこそこのものなら大体作れるのだ。決して、友達がいないから料理以外に趣味がなかったとか、そういうわけではない。


「あとは……冷蔵庫に入れて暫く形を作って寝かせて焼き上げれば完成なんだが、この世界に冷蔵庫とかあるわけないよな?」


「冷蔵庫ならあるぞ? ほれ、あれじゃ」


 ミナはそういうと一つの木で作られた箱を指差した。確かに保管庫っぽい形をしているが、お前は文明の利器を舐めてるのか? あんなただの木の箱で物が冷やせるとでも思ってんのか?


 とか言いながら木の箱を開けると、めちゃくちゃひんやりしてて草。


 木箱の隅に青色のウィプスがいるところを見ると、恐らくこいつが木箱の中を冷やしているのだろう。便利すぎるだろう異世界。なんでも魔力で解決しやがって。


「あとは一時間くらい待てば嫌でも完成だ」


「す、凄いのぉ⁉ そんな簡単に作れるものなのか⁉」


「使ってるのがオリーブオイルだから味は落ちるけどな。とりあえず、待ってる間に先に飯を食べて、食い終わったら作ってやるから……もうピーピー言うな。いいな?」


「うぬ! 凄いのじゃなセイジは……馬鹿にしてすまなかったな! みくびっておったわ! 人は見かけにはよらんというが……本当のことなのじゃな!」


 ちなみに、作ろうとしているのはクッキーだ。決して俺がバレタインデーにチョコをもらった時、お返しとしてクッキーを手作りで返すとしゃれてるという不純な動機で覚えて、結局誰からも貰えなかった苦い過去があるから知っているわけではない。


 そう、手作りのクッキーを食べたかったから覚えてるんだ。そこんとこオーケー?


「それじゃあ、とりあえずレイチェルのとこに行こうぜ、俺も腹減ったからな」


「うむ! 食後が楽しみなのじゃ!」


 よし……これだけ機嫌を直せば、美少女の皮を被ったゴリラ二人にボコボコにされることもなくなるだろう。


 しかし、意外にもミナが、性格が少しねじ曲がってるだけの子供だったのに驚いた。


 人を貶すのが大好きなただのクソガキだと思っていたが、認識を改める必要がありそうだ。


 この分だともしかするとミナが一番扱いやすいかもしれない。この手の子供は最初に懐いてもらうのは大変だが、懐くとあとはちょろいからだ。


 適当にお菓子を与えれば、素直に俺に色々と協力してくれるだろう。


 ミナのせいで前途多難な旅になると思ったが、この分だと快適に王都に向かえそうだ。


 レイチェルのアホさも、セナの先走り脳筋っぷりも、今まで一番まともなサトウチが制御していたからこそ旅ができていたのだろうし、サトウチに任せておけば俺はもう何も心配することはないはずだからだ。


「あれ? そういえばヒロシとサトウチはどこに行ったんだ?」


 キッチンを貸してくれた料理長に礼を伝え、リビングへと戻ると、レイチェルとセナの二人しかおらず、二人は談笑しながらお茶を飲んでゆったりとしていた。


「ううん、サトウチは明日の出発のための道具を買いに行ってて、ヒロシは多分まだ街の中を歩いてると思う。でも、私たちもお腹が空いちゃったからそろそろ戻ってきてくれないと困るんだよね」


「先に食べたらいいじゃん」


「お金の管理はサトウチに任せてあるから、サトウチが戻ってこないとご飯頼めないんだよ。なんでかはわからないんだけど、皆、私にお金を持たせてくれないんだよねー」


 その気持ちが痛いほど伝わり、俺はセナに視線を合わせると無言のまま頷きあった。


「私は持ってるけど……ほんの少しだけ。だから、サトウチが戻ってこないと食べられない」


 セナはそう言うと、皮で作られた子袋を取り出してテーブルの上へと置き、カラカラと銀色のコインと銅色のコインを数枚転がせた。


 この世界の通貨がどうなっているのかはわからないが、そんなにお金をもっていないのはなんとなくわかった。銅と銀があるのなら、この分だと金貨もあるだろうからだ。


 大体銅貨が一円、銀貨が百円、金貨が一万円くらいの価値くらいだろうか? 一応後で詳しく聞くことにしよう。


「それじゃあ俺が二人を呼び戻してくるわ」


「え? いいの? 助かるけど」


「歩き回るつもりはなかったけど、折角身体を起こしたんならこの世界の街並みってのを見ておくのも悪くないと思ってな」


 というのは嘘で、レイチェルとセナとミナの三人の会話の相手の方が疲れそうだからだ。


 セナはあまり喋らないし、レイチェルは理解力が低いので一々「え?」とか言ってきそうだし、ミナは普通に小うるさそうという冷静な分析からの判断である。

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