第一章 とびっきりの糞野郎がファンタジー入り
最初は夢かと思った。
いつも通りに大学へ行って講義を受けたあと、バイトが始まるまでの暇な時間を潰そうとギャンブル大好きな俺がパチンコ店に入った数分後のことだ。
パチンコを打っていたら突然目の前が光に包まれて、気付けば俺は草原のど真ん中でパチンコを打っていた。
何を言ってるかわからないと思うが、言わせてほしい。
神よ、お前は俺をどうしたい?
わけがわからなさすぎてその場から動く気にもなれず、継続してパチンコを打っているわけだが、想像してみて欲しい。
晴れ渡る快晴の空の下、爽やかな草原が広がるど真ん中で、パーカーとジーンズを着用した、目が死んでいる冴えない容姿を持った黒髪の大学生がパチンコを打っている姿を。
どうしてこうなった?
とにかくツッコみどころしかないこの現状を誰でもいいから早く解説してほしい。これが漫画だったらそろそろ解説キャラみたいなの出てきていいと思うんだ。
とりあえず、とりあえずだ。なんとかこのわけのわからない現状を自分なりに解釈してみたいと思う。
漫画やアニメが大好きな俺が推測するに、この突然すぎる見知らぬ土地への転送っぷりは、最近流行りまくっている異世界転生……いや、転生してないので異世界召喚とかいうやつなのではないかと予想する。
漫画やアニメの見すぎだろうとか、そんなの現実で起こるわけねえだろってツッコみはこの際無視したいと思う。実際今俺は、わけのわからない状況に陥っているからだ。
無論ここが、地球のどこかという可能性もあったが、その線は薄いと俺は考えている。何故なら俺が今いる場所からちょっと離れた場所に、顔だけがニワトリで、身体はボディービルダーも真っ青な肉体を持ったブーメランパンツのムキムキマッチョマンが、俺を注視して立ち尽くしているからだ。
少なくともあんな生物が地球上にいることを俺は知らない。
人間が被り物を被っているだけという線もあったが、そのニワトリの口から大量の唾液が垂れているのと、血走った眼が何度も閉じては開いていることから、完全にそういう生物なのだと察する。
あれは間違いなくファンタジー特有のモンスターとかいうやつ。あれをファンタジーと言っていいのかはわからないけど間違いなくモンスターに部類する何かだと思う。地球上にあんな生物はまずいない。つまりここは俺が知っている場所とは異なる世界っていう判断。
というかそういうことであってほしい。あんなのが俺の住む世界に居てたまるか。
しかし、異世界で初めて出会う相手がニワトリ頭のムキムキマッチョマンって、なんの罰ゲームなのだろうか?
というか美少女は? 異世界ファンタジーといえば美少女ヒロインと出会っていちゃこらしながら問題解決するのが定番だろ? 美少女が来ないと俺のファンタジー始まらないんだけど。
「あ……玉切れ」
その時、草原のど真ん中で、パチンコ台から「ビーンビーン」と無い玉を弾こうとする情けない音が響き渡る。どうやら玉が切れたらしい。
というより、何でパチンコ台まで一緒に異世界に来てんの?
ラノベ大好き俺ことセイジ君が知りうる異世界召喚といえば、『元々特別な力を持っていて、その力を少しずつ開花すると共にその異世界での問題を解決する人』、『何の才能もないが何故か選ばれてしまって命を懸けて戦うことになるが、そいつしか装備できないなんかすごいアイテムがもらえる人』、『才能もアイテムもないけど選ばれる代わりに超有能な美少女がヒロインとして登場する人』の三択。
だが、俺は才能もないごく一般的な大学生で、今のところ美少女も出現していない。冴えない青年とパチンコ台があるだけ、解説してくれるようなキャラも出てこない。
誰なのこんな無責任で適当な召喚したやつ。いやマジで誰なの? 呼び出すだけ呼び出してノーヒントでしかも何も与えず放置って……え? もしかして俺に与えられたアイテムってまさかこのパチンコ台と今俺が座ってる椅子だけ?
確かに、電気が供給されてないのにこのCRガチムチ番長5は稼働している。不思議さで言うならファンタジーのアイテムっぽいと言えばアイテムっぽい。
でもだから何って話。
そして気付けば前方にいたニワトリ頭のムキムキマッチョマンの数が一体から十三体くらいに増えている件について。
音もなく増えんなよ、怖すぎるだろう。
「ん? こっちに近付いてきてる気が……するぞぉ?」
きっと、この状況をモニター越しに見れたのならば超愉快な気分なのだろう。最近流行のVRで体験出来たらきっと最高のエンターテイメントになったはずだ。でも当事者の気持ちもたまには考えてあげて欲しいんだ。
鶏頭のムキムキマッチョマンがじりじりとにじり寄ってくる恐怖を知っているだろうか? 俺は今知ったんだが、信じられないくらい怖い。
あれ……やばくないだろうか?
そして、そのマッチョマンたちが、陸上競技選手も真っ青な綺麗なフォームで走り出した時の絶望感を知っているだろうか? しかもすごい涎垂らして、ニワトリである頭部を凄い速度で左右に回転させ始められた時の気持ちがわかるだろうか?
とんでもない量の唾液を撒き散らしながらこっちに向かってくるそいつらを見て、俺の脳内の選択コマンド4種類が全て『逃げる』へと変化する。
「ぎょぇぇぇぇぇぇっぇええふぉるこぽぉおおお!」
耳を塞ぎたくなる奇声を発しながら大量のムキムキマッチョマンが迫りくる光景を前にして、俺は目の前のパチンコ台を担いで一目散に逃げだした。捕まったら間違いなく殺される。恐らく想像を絶する殺され方をする。そう直感した。
パチンコ台を捨てないのは、可能性は低いが、ピンチになったらこれが変形してお助けアイテムになってくれると信じているからだ。
しかし、逃げる先には大きな木が生えている以外には何もなく、既にゲームオーバーの兆しが見え始めている。パチンコ台が変形する兆しも今のところない。
「何なのこの無責任な異世界召喚? 始まって5分で終わりとか何のために呼んだ?」
でもよくよく考えればこれが現実で普通なのかもしれない。そう、俺が知っている異世界召喚系のライトノベルとか漫画とかアニメが特別すぎただけなんだ。
実際はこんなにも無責任で、適当で、突然に呼ばれて放置プレイされるのが普通で、ライトノベルや漫画とかは、そんな中でもたまたま上手くいった奴等の物語が描かれてるだけなのだろう。