死を覚悟した男のあがきと糞ガキ-5
ちなみに正直に話すと、あの状況で持ち運んで逃げる余裕がなかっただけだ。
まあ、今回たまたま上手くいったが、あのくそみたいに重いパチンコ台を持ち運ぶメリットがなさすぎたのと、俺は二度と戦うつもりはないので何も問題はない。
戦いはレイチェルとセナみたいなゴリラ共に任せればOK。
「というわけで俺は無力だから頑張ってくれセナ。命がけで俺を守ってくれ」
あらゆる期待を込めてニッコリと微笑みながら、俺はセナの頭をポンッと撫でる。
するとセナは不快そうに、キッと俺を睨みつけてその手を払いのけた。
あれ? セナってわりとおとなしいし、こういうスキンシップをしても怒らないと思ったのにめっちゃ嫌そう。辛い、心に五万八千くらいのダメージは受けた気がする。
「汚らしい手で軽々しく触るでないわ! この不埒者が!」
しかもすんごい罵倒された。こんなに口汚く罵倒されるなんて……セナはそういうこと言わなさそうな大人しい女の子だと勝手に思ってたのに……予想外の反応すぎて精神的に死にそう。
ていうかなんでそんな口調急に変わったの?
「セイジ……それ、違う」
すると、右隣にいるはずのセナが、何故か左からピョコッと顔を出して、俺の服をくいくいと引っ張ってきた。一瞬どういうことかわからず呆け面になってしまうが、すぐに右隣にいる女の子が、セナとは違う別人であったことに気付く。
その女の子はセナとは違って垂れたふわふわの白い犬耳と尻尾をしており、さらに髪の色がセナより少し明るく、オレンジ色に近かった。顔もセナにそっくりだったが、目がセナのように眠たそうじゃなく、パッチリとしていてどこか明るい雰囲気がある。
あと、セナより背が頭一つ分小さかった。セナの背が元々小さいのでわかりづらかったが、十歳くらいの見た目をしている。
なんで俺、間違えたのってレベルで全然見た目違った件。
やっぱり眼科行っとくべきなのかもしれない。
「ああ……! これセナの妹か」
そしてすぐに気付く、そういえば人質の中にセナの妹と、仲間の戦士がいたことに。
ふむ……幼女を愛でる趣味はないが、姉と同じくかなり可愛い部類に入ると思う。さすがファンタジー。
「なにを呆け面してるのじゃ? というより……姉上とワシの区別もつかんのか?」
「いや、似てたからさ、顔とかそっくりだし」
「はぁ? 顔だけじゃろ? 目が腐っとるんじゃないのか? ふん、しかし……何度見なおしても冴えない顔しとるのう? いまだにこんなのがワシたちを救った男とは思えんわ。偶然うまくいって助かっただけではないのか姉上?」
前言撤回。なんだこの言いたい放題の糞ガキは? 一ミリも可愛くない。
だが、ここで目くじらを立てないのが年上のお兄さんというものだろう。ボコボコに言われている俺を隣で笑いまくってるヒロシはともかく、幼女くらい寛大な心で許してやろうじゃないか。
「さっきの戦いも見ておったが……全部嘘とはな! どこが勇者じゃ? 姉上たちが駆けつけていなかったら、期待したワシらも死んでいたではないか⁉ ぬか喜びさせるでないわバーカ!」
「はいもう許さぁぁぁん! ちょっと子供だし許してやろうとか思ってたけどもう許しませぇぇぇえん! なんで命張ったのにこんなこと言われなきゃいけないんですかぁ⁉」
あんまりの言いように、俺はたまらず眉間にたっぷり皺を寄せてセナの妹に詰め寄った。しかし、一歩近付いた段階で、突然目の前に殺気剥き出しの大男が立ち塞がった。
闘技場で毎日戦ってるのかとツッコミたくなるような大柄の男で、身動きの取りやすい皮の鎧に身を包み、髪は濃い緑色で、天然パーマなのかウェーブが掛かった長髪で、体格に見合った濃い顔をしていて唇が少し大きい…………こいつあれだ、たしかサトウチとかいうレイチェルの仲間の一人。
「助けてくれたのには感謝しているが、子供相手に大人げないんじゃないか?」
サトウチは、俺の肩をガッと掴んで睨みつけてきた。
遠目で見ていた時にも強そうとは思っていたが、間近で見ると熊を相手にしている気分だ。よし、絶対こいつとは殴り合いの喧嘩はしないようにしよう。
「待ってサトウチ、これはミナが悪い。ほらミナ……謝って。セイジは身体を張って皆を救ってくれた。それなのにその態度は失礼」
そこで蛇に睨まれた蛙状態の俺を、セナが押しのけるようにしてサトウチから庇う。さすがお姉ちゃん、感情の起伏は薄いがしっかりしている様子。正直助かった。
「えー……救ってくれたのは姉さまたちじゃろ? ワシは騙されんぞ?」
そして当然のごとく、ブー垂れながら反抗する妹。一般家庭によくある光景だが、俺が巻き込まれているので絶妙なムカつきが。
しかし、そこはさすがお姉ちゃん。「聞き分けのない子には……お仕置きが必要」と凄みのある顔で剣を握り、ミナにジリジリと詰めよって圧迫をかけた。一応言っておくけど、それ、お仕置きってレベルじゃないからね?
「わかった! わかったのじゃ!」
まずいと感じたのか、ミナは耳と尻尾の毛を逆立てると、態度を改めて俺の前に立った。
しおしおと不服そうにしながら、俺に目線を合わせると、照れくさそうに俺の目を見る。
「……この度はワシたちを救ってくれて感謝しておる、おかげで助かった………………なんて素直に言うとでも思ったか⁉ このばーか! ぶぁぁぁぁか! べろべろべぇー! お主なんておらなくても余裕じゃったわこのたわけが!」
「この糞ガキ!」
煽るだけ煽ると、ミナはピューっと逃げるように村人たちの間を縫うようにして逃げて行った。
どうやら俺たちはわかりあえないらしい。わかりあえないことがどういうことかわかるだろうか?
そう、戦争の始まりだ。
「ごめん……セイジ、妹が失礼した」
「それはもう、今後ねちっこく嫌がらせして仕返しするとしてだ。お前の妹のあの喋り方は何なんだ? 今どきの老人でもあんな喋り方しねえぞ?」
「あ、それは俺も思った」
同じことを思っていたのか、ヒロシが俺に賛同して耳を傾ける。
「ミナは元々……あんな喋り方はしてなかった。ただの悪戯好きなだけで」
「どうしてあんな風になったの?」
「あの喋り方は……おじいちゃんを真似してる。ミナはいつもおじいちゃんと一緒だったから。きっと……忘れないようにしてる。もしくは、復讐を果たすための覚悟の現れ」
それを聞いて、俺もヒロシも押し黙るしかなかった。さすがにこれは茶化せないくらい重い。
なるほど? 多分ああやって俺に噛みついてきたのも、同じ無力な存在のはずなのに、見事に敵を追い払った俺を嫉妬してだったんだな。可愛いやつめ。
「なるほどね……でもあの喋り方、語尾に『ぞ』をつけてるせいで、『仕方がないなぁ』という台詞さえいつも『しゃぁぁなしぞぉぉ⁉』って叫んでた愛媛県出身の山内君くらいインパクトがあったぞ?」
「誰よ山内君」
「大学に入ってからできた俺の友達」
「は? 友達いたんだ?」
「おぉん⁉」