過剰戦闘力(オーバーキル)
勇者ナオヤは油断しないようです。
転章1 世界探訪記 勇者家を買う27・7
サイロン領の領都リシテルでガラドア遺跡ダンジョン攻略で最下層の戦闘中の勇者ナオヤパーティーです。
やれやれだと?
俺も舐められたものだ。時間が無いから短期決戦のために此処からは全力だ。
『ペルソナ総召喚』
勇者であることの利点を最大限に生かすスキルだ。僕の中には平行世界に存在する全ての僕が存在する。以前は覇王ゼンという平行世界の僕で戦った。
この世界のナオヤは勇者だが、覇王となった存在の僕がいるのだ。
なら当然ながら勇者となった最強の自分もいる。
でも、俺が認識したのは過去の勇者エントリヒである。
詳しくは省くが彼は肉体戦士系で持っていた魔力を殆ど使わず肉体を鍛え上げた勇者なのだ。
覇王を倒した後は当時の王女と結婚して皇帝となったらしい。『ペルソナ召喚』で使える人格は平行世界だけの俺という認識だったが“総“が付くことで転生の人格を扱えるようになったものだ。
『ペルソナ召喚』の上位スキルと言うことらしい。
『時空間掌握』のスキルは『空間把握』の上位スキルだ。言うなれば今まで使ってきた空間把握と超速反応や感覚把握の混合スキルの様なものだ。その為、どの様な体勢や攻撃状態でも戦いの相手の動きが視えるのである。
スキル能力が向上したのは恐らくマスタースキルが進化した影響だろうと思われる。
勇者スキルって凄いと思う。
それからマスタースキルで扱えるスキル数も前は3つだったが2つ増えた。
『無呼吸法』に加えて『魔眼(弱体化)』を使用する。『無呼吸法』は息継ぎによる隙を無くす為に、
『魔眼(弱体化)』は相手の防御力を落とす為である。
更に、マスタースキルでない自分の固有スキルである『身体強化Ⅳ』で相手より2段階上を使う。
へらへらしているデモンハイオーガコンビに無形を変形させた、初めて使うガントレットを手に突撃する。
『ペルソナ総召喚』により魔素が精神呼応して勇者エントリヒの仮想の肉体を造り出す。俺の肉体に重なり合うかのように魔素の肉体が現出するのだ。
身体が熱く燃えるようだ。
精神が勇者エントリヒに乗っ取られて盤石なまでに安定する。今ならどんな逆境でも笑って立ち向かえる気がする。
『時空間掌握』によりデモンハイオーガ達の周りの空気の動きから次の行動が視えてしまう。視線の向きから何に注視しているのか、表情から何を考えているのかさえ分かってしまう。
『無呼吸法』により吸い込む息が細く長くなり殆ど絶息に近くなるが、血流が力を得て体中を巡り魔素を強く活性化して行く。
『身体強化Ⅳ』により意識が高速化し、視覚が遅延を始め、パラレル思考で肉体の動かし方の効率化を考えられるようになり、デモンハイオーガの細々した動きを余さず捕らえることが出来るようになる。
『魔眼(弱体化)』で赤デモンを睨らむと相手の持つ肉体的な強度を低下させてしまう。只、このスキルは対象を絞らないと効果を上げることが出来ない為、赤デモンだけだった。
行くぞと言う意思をもって踏み出せば、縮地のたった1歩で赤デモンの目の前に迫り、右ストレートで驚愕している鼻梁をピンポイントで叩けた。
無形のガントレットの細かい鱗のような凹凸が赤デモンの顔を破壊し砕く。
勢いを止めず横転するように空中を駆け抜け、赤デモンの背後に屈んで前傾姿勢で立つ。
スピードが殺しきれず地面を滑って止まる。
赤デモンの頭部は完全粉砕されて、血肉の細かな破片がナオヤの頭上を飛んでいった。
は?
ナオヤと振り向いた青デモンが同事に呆けた。
ナオヤは此処まで出来ると考えて居なかった為に、青デモンは赤デモンの頭部が消えてしまった事に。
起きたことが理解できて来たのか次第に青デモンの振り向いた顔に血管が浮いた。
瞬時に気を取り直したナオヤが空中を天地自在と縮地で青デモンに肉薄する。
青デモンの背後で左フックを振り向こうとしていた後頭部に叩き込む。
青デモンも怒っていてもナオヤを脅威に感じたのか反応を見せた。
左フックの芯が少しずれていたのか青デモンの頭が振り向いた方向と反対方向に捩れて数回転してしまう。頸の皮膚が捩れて出血する。
青デモンの背中を蹴り、空中から飛び降りて、少し距離を置くと赤デモンが地響きを立てて手前方向に倒れて来た。
反対方向に青デモンが身体を捩らせながら同じように地響きを立てて倒れる。
瞬殺だった。
移動の時間も合わせてほぼ5秒も掛かっていないだろう。
勇者エントリヒの力は凄まじいの一言だ。ナオヤは自分でも驚いてしまっていた。
『魔眼(弱体化)』は要らなかっただろう。
オーバーキルにも程があるだろう。
『無呼吸法』を解くと落ち着いた通常の呼吸に戻る。瞬殺では『無呼吸法』も要らなかったと思えた。
勇者エントリヒの『ペルソナ総召喚』の効果がナオヤに無敵感を与えていたがそのまま、デモンハイオーガが持っていた魔導具を体から探り取り出し、両手で持つ。
それは凹凸があり、組み合わせて起動させるようだった。
素直に凹凸を合わせて、回転できる部分を回すと反対側体から突起が現れた。どうやらこれがスイッチに成っているようだった。
スイッチを押す前に誰かの視線を感じてナオヤが顔を上げると、透明な硝子の様な障壁の向こう側でセラが上半身を起こして、ナオヤを見詰めていた。
セラの瞳は生来の翠でなく、赤く煌々と輝いていた。
セラの異様な姿に気押されるものを感じながらスイッチを押すとどんな仕組みなのか見えない障壁は地面に徐々に沈んで行った。
障壁は見えないから不思議な音が響く中、セラは何も気付かないかのようにナオヤだけを見詰めていた。
身体を捻ったままピクリとも動かなかった。
見えない障壁が無くなったのを確認してナオヤなセラに近づきつつ、声を掛けた。
「セラ、無事か?」
「・・・#“@§♪エントリヒ?」
ナオヤの問い掛けにセラは意味不明な言語で答えた。
どうやらセラはセラではないようだった。
「#“=エントリヒ@♡☆♪♡☆♪」
ナオヤにセラが喜んで抱き付いてくる。
更にはナオヤに何を感じたのかエントリヒの名前を出してキスをしまくるのでナオヤはセラを大人しくさせることを諦めた。
どうやら『ペルソナ総召喚』の勇者エントリヒを感じているのセラの前世転生者の誰からしい。
言葉が通じないからナオヤは困惑する。でもセラの中の前世転生者はとても嬉しそうだった。
エントリヒを知っていると言うことは同時代に生きたセラの前世なのかも知れない。
ナオヤはセラを抱き抱えるとまだブンブンと呻っている様な機器を無視してこのフロアに出現している魔法陣に向かってセラを抱いたまま走り始めた。
今更ながらヨシュアや葵達が心配になったのである。
当然ながらデモンハイオーガ達はナオヤのインベントリ内にあった。
ちゃっかりしてる?
いや、ナオヤには当然の行為だった。
瞬殺とはナオヤらしい。
そして、セラには別人格が現れている・・・
いったいセラに何が起きた?