狂気と混乱
原因を突き止める為にセラが行動する
承章2 混乱都市 バパルカ②
私の名前はセラ。
ついこの間までは普通の村娘だった。今では信じられないことに西の聖女セラ・バフォメです。
バパルカでの公務である傷病者の慰問と治療を終えて一夜明けてみると、バパルカは混乱の真っ只中であった。
セラが一夜を過ごしたのはバパルカの貴族であるラサメア辺境伯爵邸の一室である。安全この上ない筈の聖女に供された部屋なのだ。
「何、これ?」
セラの口から出た言葉に誰も応えてはくれなかった。誰も居なかった訳では無い。応えることが出来る者が居なかっただけなのだ。
天蓋付きの聖女が眠りにつくに相応しいベッドの横には聖女セラを護るべき技僧兵シャダーンの2人がお互いを刺し合って血みどろなまま倒れていたのだ。
訳が分からなかった。だから言うしかなかった。
「誰か!誰か居ませんかー!」そろりそろりと技僧兵2人を避けるように回り込みながらドアを目指しながら叫んだ。
薄い絹のネグリジェのような寝具のまま、ガクガク震える足で余りにも遠いドアに向かった。
貴族ではなく村人出身のセラにしてもこの様な人が血みどろになっているのを見慣れている訳では無い。
村に居たときでさえ魔物に襲われて怪我を負った村人の治療をしたことがある。
だが、とうの昔に動けなくなってしまっている人などそうそう無いのだ。
やっとの事でドアを開けて、考えのまとまらない思考が南の聖女シャルラはどうなったのかと疑問を呈して来た。はっとしてシャカシャカと隣の部屋へ走った。
ドアを叩こうとして開いているのに気が付き、更に不審に火がついた。
そーっとドアを薄く開いて中の様子を見る。
セラが寝ていたのと同じような天蓋付きベッドがあり、そこにシャルラが居るようだった。
何故か辺りを伺いつつ屈みながらシャルラの元へ近付くと、小声で囁いた。
「シャルラ様、シャルラ様!」
返事がない、まだ寝ているのだろうか?
セラはシャルラを見て両手で口を押さえた。
寝ているシャルラの布団に大きな剣が刺さっていた。
剣の周りは血みどろだった。声にならない声でセラは悲鳴を上げた。
ふと後ろを振り返ると顔見知りのシャルラ付きの技僧兵が剣を振りかぶっていた。
「!、シャイン!!」
セラの口から出たのは強烈な光を放つ霊力だった。
その時確かにセラは見た、ギラギラと見開いた目が狂気に満ちていたのを。
うがっと声にならない叫びを挙げて怯んだ隙にセラはドアを走り抜けて自室に戻った。理由は分からないがこの姿では何も出来ないと、素早くドアに鍵を掛けると丁寧に畳まれていた自分の服に素早く着替えた。
白いキュロットスカートに首回りが少し立ち上がったフレアを持つ貫頭衣である。それから儀装用の小さな片手剣を持つ。
実質、役には立たないが何も無いよりましである。
息を殺してドアを少し開ける。聖女シャルラ付きの頭がおかしくなった技僧兵は居なかった。
落ち着いて考えて行き先を決める。南の聖女シャルラと共に部屋を案内してくれたラサメア辺境伯爵のメイド頭サルーンに会いに行く事にする。何となく、サルーンなら何か知っているかも知れないと思ったのだ。
メイド頭サルーンの部屋はセラ達の部屋からさ程離れてはいない。シャルラやセラに呼ばれたら直ぐに対応出来る場所に待機しているのだ。
そう言えば部屋付きのメイドの姿を見ていない。これもおかしいとセラは考える。
異変に気づいてメイド頭のサルーンがメイド達をセラ達が就寝した後に集めたのか?だとしたらサルーンの部屋で何らかの手掛かりを見つけられるかも知れない。
セラは実際自分がこの異変を解決出来るなんて考えてもいない。
ただ、不安だっただけだ。事情も知らずにむざむざ何も出来なく成ることが腹立たしかった。
廊下の曲がり角からその先を伺う。メイド頭サルーンの部屋は対面に見えた。微かに声らしきものが聞こえている気がする。
這うように身をかがめてセラはサルーンの部屋の前まで移動する。手を伸ばして軽くノックして小いさく声を掛けた。「サルーンさん!サルーンさん!居るんでしょう?」
ザわっ!!っと部屋の中で気配が動く。誰なのかは分からないが反応はあった。
「セラです。西の聖女セラです。中に入れてください。」
暫く様子を見るような間が空く。ドアの向こうに人の気配が近づき声がした。
「セラ様?大丈夫だったのですか?」サルーンの声だった。
「はい、目が覚めたらおかしな事になっていて事情を知っているとしたらサルーンさんだろうとここまで来たんです。」
ドアが開いてセラはサルーンに引きずり込まれる。「早く入って!!」素早くドアに鍵が掛けられた。
厚いカーテンは閉じられたままドアから離れた場所に数人のメイド達がうずくまっていた。ドアを背にサルーンが立ち竦んで深呼吸を繰り返していた。
しゃがんだままだったセラはスカートの埃を叩きながらゆっくり立ち上がり、サルーンを見た。
落ち着いたのかサルーンはセラの手を取り部屋の隅まで連れて行った。応接用のソファは無視している。
他のメイド達と同じ様にしゃがみ込みながら、セラにも促す。
「一体何が起きたんですか?」と言うセラにサルーンは苦しそうに言った。
「全てはラサメア辺境伯爵様が悪いのです。」
昨日、ラサメア辺境伯爵様が南の聖女シャルラ様を誘って昔訪れたという彼の残したものを見せたのが発端だったとメイド頭サルーンは言う。
ラサメア辺境伯爵様の自室の応接用のテーブルにそれは置いてあった。聖女シャルラ様と共にサルーンはそこに立ち会った。
サルーンは“彼“という男の事は知らなかったがその評判と言うか噂は聞いていた。
主にラサメア辺境伯爵様が面白可笑しく話したのだ。
「この箱は彼が聖女が訪れた時に聖女様に開けて貰えると面白い事が起きます。と言って置いていった物です。」
その箱は変哲もないダンジョン等から見つかる宝箱に見えた。
手前側から上に開くタイプの宝箱だった。
「もちろん、モンスターや罠などの無いことは確認済みですよ。実害は無い筈です。」
頷いた聖女シャルラは箱に近づき、ラサメア辺境伯爵を見る。さあどうぞとばかりにラサメア辺境伯爵が箱に手を差し伸べる。
期待に少し紅潮した聖女シャルラがそっと両手で箱を開けた。
「!」
開けた箱から飛び出したのは奇妙な彩りをしたピエロの頭だった。
バネ仕掛けで飛び出した頭に頭突きをされたシャルラは仰け反ってしまう。
暫く唖然としていた聖女シャルラが笑い出した。釣られてラサメア辺境伯爵様も笑う。
サルーンは笑えなかった、むしろ憮然としてしまった。イタズラが過ぎる。人物を特定させているにも期待外れも良いところだった。
2人の笑いは止まらなかった。笑いすぎて苦しんでる。
それは奇妙な事だった。生真面目で普段笑ったところなど見せないラサメア辺境伯爵様が身体を折って笑い転げている。神聖な聖女様が腹を抱えて笑っている。
狂気が取り憑いたような笑いにサルーンは背筋が薄ら寒くなった。
そして、それが始まった。
狂気と混乱は止まらない
果たして誰が止められるのか?