英雄とは
憧れは人を強くする。
そんな導きがあって人生が成り立つのです。
転章1 世界探訪記 ビエト連邦~英雄の末裔Ⅱ
勇者八神直哉です。ビエト連邦から出られないのは大きいからだけじゃ無かった?
英雄だった。
厳つい顔に逞しい身体。
大きな背中。
誰もが憧れ尊敬の目を持って見上げる頼れる存在、期待を裏切らない実力と行動力。
その人について行けば間違いないと思わせる信念と誰も魅了して止まない笑顔。
まだ、若く、実力不足で自分が信じられないベネトン・アシュラムはダグラム・アーハノッシュこそが英雄だと信じていた。
ロシァ神帝国皇帝騎士団長こそが最強最高の騎士であり、名誉男爵なのだと思っていたのだ。
貴族の中から騎士に選抜され、更に抜きん出た実力が無ければ成れない皇帝騎士団になれただけでも栄誉であるが、その中で自分が如何に自惚れていたのかダグラム団長の模擬試合を見て思い知ったのである。
上位5名との同時乱取りにも拘わらず危なげなく捌くその神速の技は体技名すら分からなくても、最高峰の武技と思われた。自分も身に着けたいと目を皿にして見ても残像すら掴みきれない。
5名の中には2人の副団長が含まれていて、同時に掛かってもカウンターを受けてしまうのはずば抜けた技能としか言いようが無かった。
先輩格のルノーが解説でもしてくれれば少しは自分にも理解出来たのかも知れないが、そのルノーが夢中になって居るのだ。
副隊長以下が攻め倦ねて膠着しそうになったときダグラム団長が呟く。
「そろそろ決めようか」
正面で引き付け役のピーク副団長の喉当てが変色したと思ったら、背後で隙を窺っていたジャック副団長の右胴が変色する。
ダグラム団長の姿が消えたと思ったら残りの団員が吹き飛ばされる。神速に対応すら取れず全員が薙ぎ払われたらしい。
立っているのはダグラム・アーハノッシュただ1人である。
これだけ実力が抜きん出て居るから英雄なのだ。
団長を始め団員が身に着けているのは急所のみを覆うプレートアーマーである。衝撃を受けると変色し、負けを示す練習用のアーマーなのである。
的確に急所を打つ訓練用の防具なのだ。
飄飄と終わりを告げるダグラム団長に5人が礼を言って引き下がる。騎士団所属の治療法師が5人を治療している間に周りで見学していた団員に言葉を掛けた。
「諸君らはこの5人より劣る。だが鍛練により高見へと近づく力を秘めているのだ。怠る事無く精進してほしい。いずれは俺を越えて先に進め!」
全員の最敬礼の中ダグラム・アーハノッシュが宿舎に戻っていく。
あの人のように強くなりたい、誰もがその時思っていた筈だ。
それから2年後に先輩格のルノーが騎士団を辞め、副団長に昇格した頃ベネトン・アシュラムは真の英雄とはどんな存在のことを言うのか知ったのだ。
その人はヴォルフ・フセスラフと言うダグラム・アーハノッシュの兄弟子だった。
その頃ロシァ神帝国の東の魔の森と言われた場所に3つ首蛇の巨獣ゴルィニシチェが現れ、周辺の村々を襲っていた。衛士や冒険者では討伐が敵わず、帝国騎士団を派遣する準備が整いつつあった。
しかし、ヴォルフは巨獣ゴルィニシチェを単騎で討伐し王都ツェツェツにその首を持って来たのだった。無謀とも言うべき挑戦はヴォルフの勝ちであった。
王都の門でヴォルフがダグラムを呼ばわり、その成果を見せつける。傍若無人な振る舞いは皇帝騎士団に緊張をもたらしたが、単なる礼儀知らずなだけで、敵対した訳では無かった。
巨軀な馬に乗り荷馬車を引く姿は異様な風体であった。銀髪の青白い細面で長身に暗褐色の鎧を身に着け、ぼろ襤褸のマントをしている姿。背にはレイピアのように細く長い剣。
とても尊敬を集めるロシァ神帝国皇帝騎士団長の兄弟子とは思えない。
ヴォルフ・フセスラフとダグラム・アーハノッシュの再会は誰にも驚きを持って迎えられた。
規律を求め騎士団を重んじるダグラムと自由を愛し単独を許すヴォルフは対極に有りながら互いを認めていた。
対戦をしてみれば変則的な動きからダグラムを圧倒する武力を見せつけるヴォルフは強かった。神速に加えて空を駆ける体技を見せるヴォルフは確かにダグラムの兄弟子と言える実力を備えていた。
ただ強いだけでは強者と言われるだけだがヴォルフはダグラム飛ばし違った魅力があった。ダグラムが見上げ憧れる山ならばヴォルフは登り戯れることが出来る山のようにフランクだった。誰にも気さくに話し掛け、気負うこと無く自慢し、笑い合うことが出来た。
ダグラムより身近な仲間意識を持つ事が出来る相手だった。
ベネトン・アシュラムがダグラムよりヴォルフに師事する事となったのは自然なことだった。他にも沢山のもの達が教えを請うたのだから。
ただ、残念なことにベネトン・アシュラム程熱意を持って教えを実現できた者は居ないと言うことだった。一番弟でなかったのに抜きん出た能力の開花を見せたのだ。
例えば“天走“とヴォルフが呼んだ空中を駆け巡る体技をダグラムはどうやっても身に着けられなかった。
対してベネトン・アシュラムはヴォルフの
「こう、脚に力を込めて蹴るぞ蹴るぞと思って飛び上がるのだ。」と言う曖昧な説明を聞いただけで、数回の練習で最初の成功を収めた。
天才は天才を知ると言った感じであり、理詰めに理解出来ないダグラムは初歩から躓いたのだった。
実際の所ヴォルフは更なる体技を身に着けつつあったようだが、空を駆けて攻撃を出来るだけでも、充分なものだった。
いつしかベネトン・アシュラムはヴォルフ・フセスラフを師匠と呼ぶようになった。
端から見ればベネトン・アシュラムがダグラムからヴォルフに乗り換えたように見えたかも知れない。
だが、ベネトン・アシュラムには真の英雄を得ただけのことである。
師事する事3年経ち、ダグラム・アーハノッシュは引退を迎えた。ロシァ神帝国皇帝騎士団長を退き軍事顧問として内政に関わる事となり、名誉男爵から名代子爵を得たのである。
名代子爵は一代限りの子爵であるが他の貴族と並ぶ地位があった。
同時にベネトン・アシュラムがロシァ神帝国皇帝騎士団長になり、ヴォルフ・フセスラフがまた旅に出ることになったのである。
国王からの再三の臣下要請も断り続けたヴォルフにとっては旅が人生だった。3年もの間留まり続けたのはダグラムが居たからだろう。
3年間にはベネトン・アシュラムが伴侶を得ることになったし、ヴォルフですら頻繁に訪れる内縁の女性を作るようになっていた。
そして、運命の日が訪れた。
ある者は招待されないことを怒った魔女の仕返しだったのだと言い、ある者は反帝国の勢力が嗾けたものだったと言い、ある者は単なる気まぐれだったのだと言った。
それは誰にも分からない事だった。事実はその出来事が切っ掛けでロシァ神帝国崩壊の引き金になったことだけである。
ベネトン・アシュラムは陞爵儀式のために謁見の間に併設されている控え室でメイドの仕えをされながら開式を待っていた。
身に着けたいドレスコードの固さに身じろぎしながらゆったりと紅茶を飲んでいた。
帯剣は儀式用の紋様が入った軽い普通の剣だった。王の前で奉献してから賜る事で剣に掛けて忠誠を誓うのである。
宣誓の言葉は冗長でうんざりするものではあったが必要な事であることをベネトン・アシュラムは理解していた。
他にも儀式は連なって行われる予定でありベネトン・アシュラムの陞爵儀式はかなり後に予定されていた。
既にダグラム・アーハノッシュの退任式と陞爵儀式は済んでいて、パーティー会場に移動しているのでは無いかと思われた。いや、気の早い貴族なら飲み始めているかも知れない。
早くのんびりしたい気持ちを抑えて儀式が始まるのを待っていた時だった。
俄に外が騒がしくなった。沢山の人々が行き交う音、微かに響く悲鳴、何か異変が起きたのだった。
メイドが何が起きたのか確認しに行ってしまったので暫く待ったが待ちきれず、ベネトン・アシュラムは待合室を出て走っていたフルプレートの兵士を捕まえて聞く。
「何が起きた!?」
焦りに顔を蒼白に変えた兵士が答える
「げ、現在複数のドラゴンによる攻撃を受けておりこれに交戦中です!」
「ドラゴン?!何故?!」
「わ、分かりません!!」
理由は不明でも交戦中ならロシァ神帝国皇帝騎士団長となった自分が行かない訳にはいかない、まだ叙任されてないが。
帯剣は儀式用なので使えないと判断したベネトン・アシュラムは使える剣を求めて壁飾りとなっているホールへ急いだ。
確か、ホールには下賜されたにも関わらず何度も戻ってきてしまう曰く付きの剣、“カサナイダ“がある筈だ。この剣は見た目普通の剣だが鍔と持ち手に独特の紋様があがあり、出自は数代前の王の時代の傑出した鍛冶師が鍛えた物と言われている。
付与魔法も掛けられておらず呪われてもいない普通の剣だ。
なのに与えられた者達は皆死亡したり、剣を振るえなくなる身体となったりするためこうしてただ飾られるだけの駄剣となっていた。
それをベネトン・アシュラムは使う積もりだった。
ホールから天走で空中を駆け上がり壁に駆け上がり、“カサナイダ“を掴み、鞘を抜き捨てる。
そして嵌め込み窓を打ち破って飾りベランダに降り立った。
・・・眼前は戦場だった。
戦いはこれからだ!
ドラゴンと言う脅威に如何に戦ったのか、そしてどの様に倒れたのか?
過去編は続きます。
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何時も読んで頂きましてありがとうございます。
ブクマ、誤字脱字指摘、批評批判よろしくお願いします。
これからも 二番煎じ をよろしくお願いします。
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