そのままの君でいて
とびらのさん主催のTSゴールデン企画参加作品です。
さっくりとお楽しみいただければ幸いです。
「なんで女になってんの?」
恭一は弟の誠二―――だったはずの女性を指差していた。
そして、その女性も恭一へと細い人差し指を向けている。
「兄さんこそ」
二人の兄弟は、揃って女性の身体へと変わっていた。
突然……というわけでもなく、彼らにとってある意味「望んだこと」でもあったわけだが。
「まず状況を整理しよう、誠二。お前と二人、ベッドで寝ている時に変な真っ白い女が出て来たよな」
「出て来たね」
「で、世界のバランスがどうとか言う話から、異世界に行けって言われたな」
「言われたね」
「その代わり、何か願いを聞くとかどうとか言われて……」
「意識が白濁したところまでは憶えてる」
そこから、二人の意識はそれぞれ白い空間に引き込まれ、送られる世界の説明や転移してからの状況についてレクチャーを受けた。
恭一は不思議な状況に戸惑っていたのだが、誠二の方は好んで読んでいたファンタジー作品の展開に似ている、と喜んでいた。
そして、それぞれが条件を理解してようやく、最期に願いごとを確認されたのだが、そこで二人は全く同じことを願い出た。
――――男性を受け入れられる身体になりたい、と。
「まさか、誠二が同じ願いごとを言うとは思わなかった」
「僕もだよ、兄さん」
まず落ち着こう、と今日の宿を選んで入った部屋の中で、二人はベッドに腰掛けて二人で頭を抱えていた。
簡単に言ってしまうと、二人は男同士の兄弟でありながら、互いに愛し合っているカップルでもあった。世間の目も家族の意見もあり、誠二の高校卒業を機に親戚も居ない地域へと二人で移り住み、互いに助け合って生活していたのだ。
「行き違いとはいえ、男同士の同性カップルから女同士になるとは……。前世で何か大罪でも犯したか?」
「人生を儚むのも良いけど、これからどうするか考えようよ」
世界の説明について、恭一はさておき誠二の方はすんなりと理解できていた。
過去に見てきたファンタジー作品にあるような、まだ中世にすら届いていない程度の文明を持った世界らしい。ただ、誠二が期待していた魔法の存在は無かったが。
こちらの世界へ転移した際に、衣装もそれなりに変わっている。さしあたっての路銀やいくつかの着替えも荷物として布袋に収められており、同レベルの宿であれば数十日は問題無く生活できるはずだった。
「問題はお仕事だよ。あと住むところ」
「住み込みとかであればいいけどなぁ……」
そう言いながらも、恭一はすっかり女性へと変身した誠二の姿に目を向けていた。
筋肉質で背が高い恭一とは対照的に華奢な体格だった誠二は、女性化しても面影は残っていた。細面ながらぱっちりとした瞳の輝きは、以前と変わらない。
ほっそりとした肢体変わっていないように見えるが、どこか丸みを帯びた曲線が女性らしさを匂わせる。
そして、何故だか胸は大きかった。
「はあ……」
「ちょっと兄さん。今のため息について聞かせてくれないかな」
「いや、なんか邪魔なものがあるな、と……」
「な……!」
胸を押さえて立ち上がった誠二は、それでも座っている恭一をわずかに見下ろす程度で、その身長差に変わりは無い。
「僕は兄さんの為を思って、細かいリクエストまでしてこの身体になったのに! 男性が好きだからじゃなくて僕を好きだと言ったのは嘘だったの?」
言葉遣いは変わっていないのに、どうにも女性の姿に似合っている口調の誠二を前に、恭一は戸惑ってしまった。
自分が好きだった、男ながら今にも壊れてしまいそうな脆さを感じる弟が、可愛らしいままで巨乳の妹に変わってしまっているのだ。
好きだと言っていた相手のあまりの変貌に、どう反応して良いかわからないというのが正直なところだった。
しかし、誠二の方はそうでも無いらしい。
恭一に向けてくる視線は今まで通りの憧れと信頼をたっぷりと含んだもので、自分の身体を作り替える願いも、自ら恭一のためを思ってのことだという。
「僕は、僕は……」
まずい、と恭一は手を伸ばして誠二を捕まえようとしたが、間に合わなかった。
突き飛ばす様にドアを開いた誠二は、一度部屋を出ると、首だけを室内に向けて涙声で叫んだ。
「兄さんの馬鹿! 女ド〇フ・ラン〇レン!」
「うえっ?」
恭一が戸惑っている間に、誠二は走り去ってしまった。
「俺、女になったのに、そんなにごついかな……」
鏡がない部屋の中。自分の顔を確認することもできず、恭一はペタペタと両手で顔の輪郭をなぞっていく。
彼が女性になった理由も弟と同じで、相手を受け入れるための選択だった。頼りないように見える弟だが、それでも男性として好きであったことは間違いない。
自分が女性の身体であれば、世間から後ろ指を指されることもなく互いに愛し合える、そう思っていたのだが。
「とにかく、このままじゃ危ないな」
そう言って、まだ慣れていないヒールの高いブーツを踏みしめ、恭一は長い髪を揺らしながら誠二の後を追った。
☆
二人がやって来た世界に名前は無い。
大陸もまだ未踏破の部分があり、海は外洋へ出る者などいない。
いくつかの国は戦いを繰り返しており、王族が絶大な権力を誇る絶対王政が主流となっている。
王侯貴族たちは我が世の春を謳歌し、平民たちは日々の暮らしをどうにか生き抜いていた。
法はあれど、やくざ者やゴロツキどもから平民たちを守るわけでもない。自警団などが存在したとしても、粗野で粗暴な連中であることには間違いないのだ。
そうした者たちは昼間から酒場に集まり、男たちだけでろくでもないことを語り合い、時に笑い合って、時に力比べと称して命を奪いかねない激しさで喧嘩をする。
時に人死にがでるが、そんな男たちが何人死のうと、世の中は変わらない。
「ここだな」
町中で特に賑わっている――――というより、騒然としている酒場を発見した恭一は、そこに誠二が来ていることを確信した。
「てめぇ! 何考えてやがる!」
「クソアマが!」
店の中からは何かが倒れる音や砕ける音が続いており、口汚く罵る怒声が通りまで溢れ、通りからは巻き込まれるのを恐れた民衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまっている。
立ち止まった恭一の前に、一人の男が顔中にあざを作って店から転がり出てきて、しばらく呻いていたが、ほどなく気絶した。
「……始まってるな」
誠二は時折不機嫌になり、成人してからは酒を飲んで気を紛らせ、それでも収まらない時や、飲酒中に絡まれると大暴れする癖があった。
世界を越えて、性別が変わっても、悪癖は変わらないらしい。
しかも、誠二は強い。
見た目は優男で女性と見間違えられるような――――今では完全に女性だが――――体躯ではあるが、同性愛者であることを馬鹿にされないように、と鍛え続けていた。
恭一が心配していたのは、そんな誠二が可憐な少女の姿のまま酔った状態で、しかも悪漢が集まるらしい酒場に居て、絡まれないはずがないからだ。
駆けつけ三杯の勢いで飲んだのか、すでに喧嘩は始まっていた。
ナイフや警棒を持った相手程度であれば軽くのしてしまう誠二のこと、この世界でもそうそう負けるとは思えない。
「誠二!」
「兄さん!」
蹴破るように扉を開いた恭一は、店内に木のジョッキが散らばり、砕けたテーブルや椅子が店中に転がっている。
普段は力自慢なのだろう男たちは、すっかり怯えた様子で店の隅に肩を寄せ合っており、カウンターの向こうでは店主らしい傷だらけの顔をした男が、泣きそうな顔で恭一へ視線を向けていた。
「兄さん? ……って女じゃねぇか!」
「馬鹿に強い女が来たと思ったら、今度は女に見える兄貴だと?」
「どうでもいいから、あいつを止めてくれ!」
悲鳴にも似た叫びを聞いて、恭一は弟と相対する。
両の拳を握り、顎の前に引き寄せたボクサーのファイティングポーズだ。
「やる気だね、兄さん」
「お前を止めるためだ、誠二」
「兄さんも女性になった。背の高さは変わっていないけれど、力は落ちているでしょ? それじゃあ僕には勝てないよ」
「兄として、お前の恋人として、勝って見せる……かかって来い!」
初手は誠二からだった。
軽いステップと共に、鞭のようにしなる右手が恭一の顔を襲う。
身を引いて躱した隙を突くように、足元への踏みつけが入り、そのままスカートを翻したハイキックが、恭一のガードを激しく叩いた。
「くっ……」
「しびれるでしょう? 身体が女性に変わっても、僕の技術は変わらないからね」
「ああ。かなり痛い。でもな」
「あっ!」
ハイキックを止めた恭一の腕に足を掴まれ、そのまま担ぎ上げられた誠二は、声を上げた直後には宙を舞っている。
まだ無事だったテーブルを巻き込んで床に転がった彼だったが、ダメージは浅いようで、店の端まで転がって壁を蹴り、ばねのように恭一へと向かう。
指先を伸ばした鋭い突きを入れ、肘で止められても誠二はニヤリと笑っている。
「……可愛らしい顔をして、えげつないことをしやがる」
「自分の身体を過信しているからだよ、兄さん」
誠二が放った突き、その狙いは恭一のわき腹に見せかけて右肘のツボであった。
神経を激しく刺激され、前腕から先を動かせないほど痺れさせられた恭一は、それでも誠二の激しい打突から逃げようとはしなかった。
胸や腹への攻撃は力と根性、そして残った左腕で払い、顔への突きは額で受ける。
「ど、どうして……どうして避けないんだよ、兄さん!」
「お前の怒りは俺が受ける。俺にその義務があり、その権利がある!」
「兄さん……うっ!?」
攻撃していた側であるはずの誠二は、いつの間にか背中に壁が当たるほど追いつめられていた。
身体の軸を大きく動かすことで筋力の無さを補っている誠二は、追いつめられて動きを制限されると、途端に手数が減る。
そのことを、恭一は良く知っていた。
「俺が悪かった」
「今さら反省しても……」
「俺はお前を愛している。女に変わったからなんて、考えれば些細なことだった。新しい世界に来ても、お前が一緒にいる幸せを、俺は愚かにも失うところだった」
「兄さん……」
力強い抱擁に、誠二は抵抗をやめ、柔らかくなった兄の胸に顔を埋めた。
感触は変わってしまったけれど、その温かさは少しも変わっていない。そのことが、誠二の荒れていた心を鎮めていく。
「少々時間がかかってしまったけれど、これで仲直りということで良いか? 俺の愛は変わっていない。誠二、愛している」
「うん。僕もだよ、兄さん。愛してる」
傍目には美女と美少女だ。
多少背が高く、引き締まった身体つきながら、緩くウェーブがかかった金髪に意志の強い瞳を持ったゴージャスな雰囲気の美女。
片や小柄で華奢な、胸だけが大きく妙に色気の強い少女は、ショートカットにつぶらな瞳の可愛らしい美少女。
そう見えても、彼らにしてみればお互いに想いを寄せる兄弟であり、性別などどうでも良い。
しかし、二人が唇を重ねるだけでは止められず、舌を絡めて唾液を交換しているのを見ている酒場の男たちにとってみれば、突然の乱入者であり、女相手に良いようにされて、勝手に納得してキスをしている、少々頭がおかしい二人にしか見えない。
困惑が怒りに変わるまで、大した時間は必要無かった。
「いい加減にしろよ? 馬鹿にされたままじゃあ、こっちも黙っていられねぇ」
外に放り出されていた男も参加し、武器を手にして殺気立った男たちに囲まれた美女兄弟は、ゆっくりと周りを見回すと、頷き合って背中合わせになった。
「これからのことだが」
「なぁに?」
恭一が声をかけると、すっかり上機嫌になった誠二が答える。
「この世界には、腕っぷしで金を稼ぐ方法が色々あるらしい。賞金稼ぎとか、な」
「良いね、それ」
「だろう? だから、これからも一緒に生きていこう。ずっと二人で」
「うん。ずっと二人で、変わらずに」
兄弟はスカートを翻して目の前にいた相手に派手な蹴りを入れたのを手始めに、これまで現代日本で溜まっていたストレスを解消するかのように暴れ始めた。
キョウとセージを名乗る女二人の兄弟が、腕利きの賞金稼ぎとして異世界に名を轟かせるのは、もう少しだけ先の話である。
ありがとうございました。