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魔女の剣  作者: アーチ
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第九話 正調、武辺1

「ラピスを渡しなさい」

「……え?」


 それは突然のことだった。

 いつも通りラピスの気配を探るべく一日中歩き回り、成果を得られず棒のようになった足を休めるため人気のない公園のベンチに座った夕暮れ時のこと。


 夕日を背にして、一人の少女が楓の前に立ったのだ。

 その姿を見て、楓は驚いた。少女は三角帽子を被り、楓とは少し違う意匠の青を基調とした魔女服を纏っていたのだ。


 魔女だ。そう楓が思った時には、目の前の少女は手に刀を持ち楓に一刀をくわえようと振りかぶっていた。

 ベンチに座って弛緩していた体に鞭を打って、楓は大きく横に転がる様に体を投げ出した。ベンチから転げ落ち砂利の上を数度回った後、跳ねるように立ち上がる。


 立ち上がって少女の姿を改めてみると、彼女はすでに楓に向かって踏み込んでいた。左脇構えから切り上げようとしていると見て取り、楓は自分も刀を顕現させ打ち合わせた。

 夕日を照返しながら打ち合った刀と刀は一瞬火花を飛ばして弾かれ合った。弾かれた衝撃を逃がすように足を踏みかえた楓は、このまま魔女服を纏うべきか逡巡する。


「はあぁっ!」


 少女の猛攻は止むことがない。弾かれた刀の勢いを利するように器用に刀を取り回し、また楓に一刀を斬り下げていた。

 ラピスを刀へと顕現する魔術。これは慣れた者なら一秒の半以下、瞬き一つの間に刀を顕現できる。しかし、魔女服を纏う魔術は熟練した者でも一秒近くの時間が必要だった。楓の実力では、どうしても二秒程はかかってしまうだろう。


 少女の切れ目ない火のような打ち込みを前にして、二秒も隙を晒すことは出来ない。攻め込まれる楓は自然と防戦に追い込まれていた。

 魔女服は纏った者の治癒力を強化するだけではなく、身体能力を上げたり、高い防刃性を持ち敵の剣撃からある程度身を守ることができる、魔女にとって必要不可欠な魔術だった。


 ラピスの修練、維持に至ったものはマナを体に維持して身体能力を強化することができるが、魔女服を纏う魔術と併用することで更に効果が上がるとされていた。

 つまり、今魔女服を纏えずにいる楓は、目の前の少女……魔女よりも大きく力を減じているのだ。


「くぅっ!」


 素早い打ち込みを何とか撥ね上げ、楓は仕切り直そうと大きく後ろへ飛び下がった。しかし目の前の魔女は楓に追いすがってきて、また強烈な打ち込みをしてきた。八双からの袈裟斬りだ。


 楓は意を決して、魔女の打ち込みに合わせて素早く左転した。相手の右側に回り込むようにして紙一重の差で袈裟斬りを躱し、素早く距離を取った。練達者ならば相手の剣を左転で躱した瞬間に隙だらけの脇腹を斬っただろうが、とにかく相手の斬撃から逃れようと考えていた楓には斬る余裕がなかった。


 だがとにもかくにも、これである程度の距離がとれた。側面に逃げた楓を追うように体を入れ替えた魔女は、警戒するように剣先を楓に向けていた。

 先ほどの猛攻が突如としてなりを潜めたが、それは先ほど楓に側面を取られてしまったがゆえのことだろう。


 楓は側面を取った瞬間に斬れる程の実力が無かったが、あれは致命的な交錯だった。側面を取られた瞬間に対面の魔女は死をも覚悟したはずだ。

 火のような剣気に死を感じさせる冷水を浴びせられたのだから、慎重にこちらの出方を探るようになるのも無理はない。


 楓にとって、それは好都合だった。剣と剣の勝負は先手を取った者が遥かに有利であるのは間違いなく、このまま猛攻を続けられていれば楓は押し切られていただろう。

 楓も対面の魔女も、慎重に間合いをとっていた。一足一刀にはやや遠いその間合いは、楓にとって願ってもない距離だ。


 楓は静かに呼吸を整え、刀へと変じているラピスに意気を込めた。すると楓の足元から黒い闇が一筋吹き上がり、それが楓の矮躯を静かに包み込んだ。

 その次の瞬間には、楓の体は魔女服に包まれていた。先ほどまでよりもマナが肌に馴染むようで、体が軽くなったように感じられる。


 ――これで仕切り直しだ。


 魔女服を纏った楓は、鋭く正眼に構えた。あまりにも突然のことで先手を取られたが、次はこうはいかない。

 魔女がなぜ楓に斬りかかってきたのか。理由は分からないが、斬り合いの最中に問いただす余裕はなかった。今は命を守るために剣を振るわなければいけない。

 そう強く決意して敵を威嚇するように剣先を突きつけていた楓は、対面の魔女の表情を見て呆気にとられた。


「あ、あれ……?」


 魔女は、大きく口を開いて不思議そうに楓を見ていたのだ。


「え、えっと、あれ……嘘、嘘でしょ……? ま、魔女? あなた魔女だったの?」


 明らかに戦意を無くしつつある相手を見て、楓は困惑する。先ほどはあれだけ意気揚々と剣を振るっていたというのに、今は困ったように剣先を下に下げていた。

 今攻め込むべきか。そう迷っていた楓に、対面の魔女は唇をわななかせながら喋りかけてきた。


「ご、ごめ、ごめんなさい……勘違いでした……」

「は?」


 言っている意味が分からず、楓は思わず強い口調で聞き返す。すると対面の魔女は刀をラピスに戻して、深々と頭を下げてまた口を開いた。


「勘違いなのっ! 本当に、本当にごめんなさいっ! この通りですから許してっ!」

「……はぁ?」


 全く状況が理解できない楓は、頭を下げる魔女の姿をただ茫然と見ていた。

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