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薄茶の彼と私 (犬獣人←犬獣人)

作者: 尼寺 素

 なろうでの書き手としては初めまして。


 ツイッターのお題「必ず大人の魅力にあふれた犬の獣人で都市の差に切ない思いをする話を書きます」に挑戦しました。

 切ないと言ったら片思いか死にネタだねということでそういう話です。


 大人の犬獣人←犬獣人。

 女性視点一人称。


恋愛 ファンタジー 年の差 獣人 切ない 男女カプ 犬獣人(大人)←犬獣人(女性) 一人称 女視点 一人語り

 ふさふさの、白っぽい茶色の柔らかな毛皮に覆われた耳を持つ彼の瞳がとてもチャーミングに微笑む。

 目元のしわがその笑みを強調してとてもすてきだ。私を安心させてくれる。

 春の日差しを浴びる彼のにおいが好きだ。

 私の気持ちを引き付ける。

 きらきらと日を受けて輝き耳を覆う毛皮と同じ色の柔らかな髪がふわふわと揺れている。

 庭の芝生の上で胡坐をかいて、ふわりふわりと柔らかくうれしげに揺れている尻尾なんか、まるで私をあやしてくれるよう。

 私はもう、大人なのにそれを見ると嬉しくなる。


 ああ、彼がとても、とても、好き。



 なのに。







 彼と初めて出会ったとき、彼はとても精悍な若者だった。

 魔物の群れに襲われた村の、一軒家のがれきの下で喘ぐ私は彼に見つけてもらい、掘り出され、その腕に抱かれたとき、ドキドキしたものだ。

 まくられたシャツから覗くたくましい腕、抱きあげられ抱き寄せられ、安定から安心を感じたたくましい胸板、そして私の、茫然とした表情で、でも生きている顔を見て、くしゃりと、本当にうれしそうに笑った、その顔。

 年上なのに、私よりずっと大人なのになんだかかわいくて、何より生きていたことを喜んでくれたことがうれしくて、


 ああ、私はその時いっぺんに恋に落ちた。



 村には私以外に生き残ったのは人間や妖精しかいなくて、犬の獣人はまだ子供と言っていい私以外にいなかった。

 獣人はその種族ごとに食べ物が微妙に違っているし、社交礼儀、そして常識が少し違う。

 幼い私に犬族の常識を教えつつ育てることができるものが居ないことに不安を覚えた村の大人たちは遠い街に住む母方の親せきに預けるために、そのまま流れの冒険者である彼に私を預けた。

 貧しい村だ、子供は貴重な働き手、まして獣人は成長が速い、だから預けるよりも村で育てたほうがという意見もあった、だが村の畑の半分もつぶれていたし、残っていた村人に 肉を取れる狩人が居なかったこと、そして私を助けてくれた彼が私と同じ犬の獣人だったことが決め手だった。


 彼は子供を自分で育てるのは私が初めてだと言って苦笑していた。

「てっきりもう一生そんな機会はないと思っていたよ、

 でも、こんな機会があるなんてね。」

 だから短い間だけどよろしく、と、彼は嬉しそうに微笑むと、私の首筋に親愛をこめて鼻先を当てた。

 少しくすぐったかったけれどこれが犬獣人の普通の挨拶だ。母さんともよくやった。……決して尻尾の付け根なんて嗅がないから!犬じゃないから!

 むう、つい近所の悪ガキに言われたことを思い出してしまった。


 私たち犬の獣人は群れるのが好きだ、たとえ異種族とでもお互いが認め合えれば、たとえ少ない人数でも、群れたがる、なのに、彼はこのときソロ(一人)活動だった。だから他の冒険者たちよりも身軽に動けたわけなのだけれども、なぜなのだろうと思った。けれど、聞いてはいけないかもしれないと訊くことはなかった。


 彼に親せきとか、兄弟とか、血縁はいたのだろうか?

 訊いておけばよかったのかもしれないか、訊いても無駄だっただろう。そう思わせる程度には彼は自分のことに関する質問については答えてくれなかった。




 それから私と彼は町まで短い旅を楽しんだ。そして街で母の弟という人に会い、そこで彼と別れる、その予定だった。




 結論から言うと彼との旅は少し伸びた。

 旅というか、ちょっと違うけれど、とにかく一緒にいる期間が延びた。



 母の弟であるその人は独身の兵士で、私たちが町へ着いた時ちょうど少し遠い国境の砦に兵役についていたから私を引き取れなかったのだ。

 一端着いた兵役を途中でやめさせるわけにもいかないという彼の上司の言葉を聞いて、私と一緒に旅をしてくれていた彼はもう少し私と一緒にいてくれることを決めた。

 あ、ちゃんと養育費というか叔父との 扶養手続き的なものはその上司がしてくれて、叔父に支払われるはずのそれを叔父からの代理養育依頼という形であの人に払ってくれていたし、叔父からも時々シッターの依頼料と私宛の仕送りがあったから金銭的にはそんなに彼の負担にはならなかったと信じている。


 私を預かってくれた薄茶の耳を持つ彼は、実にかいがいしく私の面倒を見てくれた。


 初めて出た街で私はすっかり舞い上がり、たまたま目についた純人間用の屋台食を買い、うっかりネギ入りの料理を食べてしまった私のことを私よりも大きな体でおろおろと泣きそうな瞳で見て、それでもなんとか不慣れな様子で看病をしてくれた彼の姿がとても面白かったのを覚えている。


 彼は実にいろいろな事を教えてくれた。

 とても美味しそうなにおいがするし人間や妖精は普通に食べているけれどチョコレートは食べてはいけないとか、嫌なにおいがするからと香水くさい人間の女の目の前で鼻をつまんじゃいけないとか、思わず鼻にしわが寄ってしまった時のごまかし方とか、あんまり強烈だったら当たり障りのないように席を外す方法とか、コボルトと間違えられたら例え怒っていなくても怒ったふりをしておけ、とか、だからと言ってコボルトを下に見ているわけではないし見て良いものでもないとか……なんでも怒って見せるのはコボルトと混同してはいけないことをしっかり印象付けるためだそうだ。

 何せ犬の獣人である私たちは戦闘に、狩りにと強い能力を持つが、妖精種であるコボルトのように掃除だの洗濯だの絡繰り修理だのを期待されてもまるっきりできないのだから勝手に期待を押し付けられないようにしないといけないそうだ。

 確かに、ミルク一杯で家事ひとつ、なんて労働対価を期待されるのは私も嫌だ。足りないし、何より苦手だ。

 苦手と言っても彼ほど苦手ではないことに気づいたのは私の叔父を待つために街に定住してすぐだった。

 叔父の家を当人には事後承諾で、叔父の上司の許可を得て勝手に借りたわけだけれど、がらんとしたモノの無い叔父の部屋は彼と住んであっという間に屋台で買った料理の器やら串やら定住したことで増えた着替えやら小物やら、冒険依頼のメモやらなにやらであっという間に雑然とした。

 片づけ位と思って私が申し出ると、彼は「この状態がどこに何があるか分かりやすいんだ」とか言って駄々をこねたけれど、だからと言ってごみの放置は叔父に申し訳なさすぎる。叔父がここへ帰った時この部屋がくさかったらどう申開きすればいいのだ。

 そういって強制的にごみを捨てて“見せる収納”というのを近所の主婦に習ってやってみせると、とたんに彼は


「将来いい嫁さんになるかもな」


 とか、さも最初から私の申し出を応援していたかのように余裕の笑みを見せて意見を翻してくれたので、「そうでしょ?」と胸を張って応えてやった。


 ええ、あなたのね、と、言ってやるべきだっただろうか?




 私は彼に育てられてすくすく成長していった。


 狩りは父に習っていたし、自分で自分の糊口ぐらいしのげると思っていたけれど、やはり世間は厳しくて、大人になる前に一人になっていたら生きていけなかっただろうと思う。


 彼は私に冒険者登録をさせてくれて、冒険のイロハを教えてくれて、時には知り合いの賢者や魔術師に頼みこんで一緒の冒険に連れて行ってくれもした。

 賢者と一緒に出るときは彼らのギルドランクからはあり得ないくらい穏やかな冒険で、薬草や怪物の概要など、いろいろな事を教えてもらった。魔術師と一緒に出るときは彼の“守るべき後衛”が魔術師に加え、まったく戦力にならないだろう私の分増えるからおいて行かれるのかと思ったけれど、その魔術師ほうがシューター系の遠距離攻撃魔法やボール系の集団攻撃魔法が得意で全然“守るべき後衛“という感じがしなくて、私が居ても全く二人にとって問題がなく、彼らは悠々と私に“魔法使いと前衛職の獣人の連携の仕方”を見せてくれた。

 おかげで私は今では難なく後衛から飛んでくる魔法を意識して動き、守り、利用し、戦うことを学べたし、そのおかげで他の冒険者との連携も上手く行き、当然共に戦うことも多くなり……今や同じギルドの女性冒険者や年若い冒険者たちの多くに私の動きは「猫やエルフのように優雅というわけではないが、彼らのそれとはまた違って最高にクールでシュッとしていてカッコいい!」と良く評判に上がる戦いぶりとなった。



 私は冒険において独り立ちを始める準備として他のパーティと組むようになった最初の頃、今や私を育ててくれた師匠でもある立場となった彼の評判を落とすものかと、とても気張っていた。


 だけどそんな肩肘張った気負いは彼にはお見通しだったようで、そんな私を彼は仕方がないなぁと、少し困ったように、でもかわいいものを見るように笑うと


「そんなに頑張るな、ゆっくり大人になってくれなきゃ俺がさみしいだろ?」


 と私の肩の力を抜いてくれたのだった。



 彼はそんな風に言ってくれたし、その時の私はその言葉に肩の力がすとんと抜けて楽になったし、一緒に居たいと言われているようで嬉しくもあったけれど、私は早く大人になりたかった。

 具体的に言うと、早く叔父の元から……ぜいたくを言えば叔父の帰ってくる前に独り立ちし、叔父に私を渡すことで私から自由になってしまうだろう彼を逃がしてしまう前に、彼の旅についていけるくらいに早く。



 そんな風に気持ちはあせっていたけれど、叔父が兵役から帰ってくるのに、なんと五年かかった。

 なんでも一度帰ってこられるはずだったのが、ちょっと事件に巻き込まれて、少し(といっても二年もの月日)伸びてしまったのだ。

 叔父と、私の面倒を見なければならなかった彼には気の毒だけれど、その二年は私にはとてもラッキーだった。そのころには私も少しは一人前といっても良い年になっていたけれど、ここまで育てたからには一目叔父に会ってほしい、会ってから別れたいと、彼と私の意見が一致したからだ。





 その間に私は彼のために料理を学んだ。


 冒険とルールを学んだ。

 人と獣人のルールを学んだ。

 都会の人付き合いや大人の人付き合い、それに依頼人との付き合い方などを学んだ。

 やりくりも覚えたし、



 お化粧も、覚えた。


 獣人用のものだから香料は無いけれど、それでも若い肌にそんなものはいらない、と彼は渋い顔で言ったけれど、人間の男の受けは良かったし、何より、少し年齢よりも上に見せたかったのだ。

 彼に少しでも、子供じゃなく、女として見てほしかった。

 その思惑は彼以外にはとてもうまくいった様で、今の私を見て子供と思う人はいなかったし、スリットの入ったミニワンピ―ス風のチュニックを着れば見えないけれど下に短パンだってはいているのに鼻の下を伸ばしてくれる相手だってそれなりにいた。


 それなのにやっぱり彼だけは渋面で、


「だから!そんな恰好は年頃の娘がするもんじゃない!」


 それが嫉妬だったら嬉しかったのだけれど、


「がー!お前ら!家のリシャに近づくな!下心が透けて見えるんだよ!」


 嫉妬は嫉妬でも、


「リシャ!男を選ぶのは構わんがあんな奴らじゃなく、俺より良い男じゃなきゃ許さんからな!」


 父親としての嫉妬だった。





 少し残念だったけれど、幸せだった。



 きっと私は彼にふさわしい女になるのだと、それまで子供扱いされていても、それもくすぐったく感じられて、でも悔しくて、絶対いい女になってやると、その日の晩は肌も耳も髪も尻尾も入念に手入れをした。


 頑張って、一生懸命良い大人の女になるためにこっそり受けた依頼のお金で胸にいいという鶏肉や牛乳をたくさん食べたり飲んだりしたし、肌の手入れも毛皮の手入れも入念にして、お化粧も、女としてのしぐさも、頑張って学んで、彼が良くいく花街の常連贔屓の店の女の情報だって集めて姿絵を買い集めて衣装や化粧や描かれていたちょっとした婀娜っぽいしぐさを真似たりもした。



 だけど、彼は言うのだ。





「……ああ、あいつは外見ばっかり気にする辺りまだ子供だ。……だが良い旦那を捕まえてくれりゃ、俺も安心できるんだけどな。」



 夜中魔術師と部屋飲みしながらそんな事を呟く彼に、私が大人になったと、一人の女としてあなたが認めてくれたなら、今すぐ目の前にいるあなたを捕まえるつもりだと言いに出てやったらどんな顔をするだろうかと思いつつ私はそっと廊下の扉を閉じて自室へ戻った。






 獣人の成長は早い。








 だから、老いも早いと、後で聞いた。



 叔父が帰ってくる頃、彼は旅に出るどころか引退で、



「俺は嫁ももういないし娘も息子も亡くしたから、お前が俺の娘だと思って育ててた、……勝手にって、笑うか?」




 とてもおかしそうに楽しげに笑う彼の淡い茶色の髪と耳は気づけば出会ったころよりももっともっと色が抜けて、冷静によく見れば分かりにくいけれどわずかに混じる白が現れ、



 ていうか、話からすると一度は結婚していたのか、失敗した、別れたのかなくしたのか知らないけれど、元妻の情報を集めるべきだったかと私はあの時彼の笑顔に見惚れながら少し後悔した。



「だから、お前の旦那ができたらどんな奴だろうかって楽しみにしてたんだぞ?」


 肩を揺らして苦笑する、彼に、


 それは、



「なのに俺がこの年になるまで、しないんだもんなぁ……」



 あなたにこい、していたから。




 と、せめて告げればよかったか。






 後で賢者に訊いた話によれば、獣人の内、肉食系は、狩りや戦闘のため、生きていくため、ぎりぎりまで、身体に現れない、のだそうだ。


 老化、が。





 庭で、「仕方ない娘だなぁ」と笑う彼の顔に、最近あらわれた目じりの小さな、しわが、いつもよりくっきり、して、白い、髪が、混じって、いて




 私は、それを見たときに、いいや、しわに気づいたときに、彼の年に、気づくべきだったのだ、もっと早く。


 そしたらお望み通り見せてあげたのに、鏡を用意して、ハイ、って。

 なけなしの勇気を慌ててかき集めて。


「ま、天国で楽しみにしてるよ。」



 とてもきらきらした笑顔でそんなこと、言わないでほしかったかもしれない。

 いや、よかったのか、いややっぱりよくない。





 庭の日当りのいい場所で、日向ぼっこをしたまま、彼はいった。

 勝手にいった。


 私を置いて。

 叔父にも会わず。

 あってから、それから別れたいって、言ってたくせに。



 彼がそんな年だなんて、ハーフヒューマンで、人間の村で子供時代をすごし、年寄は人間しか見たことのなかった私には、わからなかった。



 もっと早く、告白すればよかった。

 私が彼につりあう大人になるのなんか、待たずに。


 たとえ振られても、せめて気持ちを知っていてほしかった、そうすればよかった。



 夕方になって庭が陰って冷えても部屋に戻らず起きなくなった彼のために、医者代わりに連れてきた賢者の話を聞き、獣人の老化があまり外見に現れないのは、ちょっと不親切だと、私は嗚咽交じりに泣いて、泣いた。





 そんな今の私はとても大人とは言えない姿だったと思う。






 Fin


 読了ありがとうございました。


 切なく感じていただけるとよいのですが、終わり付近、嗚咽を表現するの「、」で区切ってばかりで……すみません。


 私の考える犬獣人の設定をぶっこみました。


 途中出てきた「花街の女性の絵姿を買い集め~」は江戸時代花魁の浮世絵からファッションを真似た江戸庶民女性の風俗話をイメージして書いてみました。羊皮紙世界だときっと紙が高いので、きっと気軽に絵=紙が買えるこの世界はパピルスのような植物系の紙かモンスター皮紙です。


 畳の上で大往生ならぬ芝生の上で大往生…口先だけ不満を残していますがきっと彼はこの上もなく満足した最期だろうと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼が亡くなり、彼への溢れる想いを独白する少女の物語り。 とても良かったです。 切ないです。 彼は少女の気持ちに気付いていなかったのかな? 年齢が離れ過ぎているから、身を引いたのかも知れませ…
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