直ちに合体を中断せよ
喘ぎ声はアウトですか?
日々膨大な数の漫画に囲まれ非日常的な内容のものも好んで目を通す幸子にとって、ちょっとやそっとのハプニングなら動じることはない。
傍にいる人が驚き固まろうとも、「あーそういえば、これに似た状況が○○の12巻にあったな」と数うちある愛好書の一つを思い出しては、眉一つ動かすことなく淡々と処理していく。
そこからついたあだ名は「氷のオタク」
意味としては、何事にも動じない氷の心臓を持つオタクである。
このあだ名は誰が言い出したのかは不明だが、幸子からしてみれば少々不本意なものだ。
そもそも幸子は自分と世間一般が指すオタクとを一緒にしてほしくない。
別に「オタク」であることを人から指摘されるのが嫌だという訳ではなく、幸子はただ純粋に心から漫画を愛しているだけであって、漫画を見て興奮したり妄想したり等はしない。
だから自分はオタクではなく漫画愛好家なのだと主張し「氷のオタク」改め「氷の漫画愛好家」にすべきだと異議を申し立てた幸子だったが、残念ながら誰も取り合ってはくれなかった。
そんな氷の心臓を持つ幸子にとっても予測出来ないこともあった。
いや「あった」では語弊がある……正しくは今現在も幸子の目の前で行われている。
「……アァン、アッ……やぁ、もぅ……アゥ」
「……フゥ、かわいい」
「………………」
流石の幸子でも年の離れた可愛い弟が、実家のリビングで男と合体している姿には耐えられなかった
……大事なことなのでもう一度いうが、弟が、男と、合体しているのである。
しかも小学校から続けている剣道で磨かれた見事な筋肉を持つ弟が、弟よりも遥かに儚げな美少年に喘がされているのだ。
……これも大事なのでもう一度いうが、筋肉隆々の見た目厳つい弟が風に吹かれれば飛ばされそうな華奢な男の子に押し倒されて「アン、アン」言わされているのだ。
これが、耐えられずにはいられようか。いや、耐えられるはずがない。
ここで一つ、勘違いがないように言いたいことがある。
幸子は男と男、女と女の恋愛に偏見があるわけではない……むしろ、それらの漫画にも手を出していることもあり理解度も高いし、人の性癖についてとやかく言うほど野暮でもない。
というよりも、他人の恋路にそもそも関心がない。
もし万が一にも人の恋路に首を突っ込んで、入らぬ火の粉が降りかかりでもしたら……溜まっちゃものじゃない。
幸子にとって誰と誰が付き合っているという噂よりも、今月の新刊チェックの方が重要なのだ。
実を言うと幸子はこれまでに、男同士の激しい絡み合いに遭遇したことがあった。
その時のことを詳細に話せば長くなるので割愛するが、幸子は人目も憚らず猿のように盛る下半身には呆れども、行為自体には嫌悪感を抱くことなかった。
燃え上がった恋情と盛り上がった下半身の促すままに行為に及ぶのはどうかと思うが、生産性はないけれど本人たちが同意のもとで行っているのなら他人が口を出す問題ではない。
「したいのなら、勝手にすれば良い。ただし私に迷惑はかけるな」というのが幸子の持論だ。
その時も一瞥した後に「こんな所で盛ってんじゃないわよ」とだけ言い、去っていった。
ただ掘っているのがそこそこ仲の良い同期で、掘られているのがまぁまぁ係わりのある後輩だったので一応人払いはしてやった。
それがどう作用したかは不明だがその後、その後輩に付きまとわれ今では忠犬よろしく幸子の後を尻尾を振りながら着いてくるようになったのは余談である。
そんな訳で、今までは合体場面に遭遇しても持ち前の持論と愛好書おかげで動じることはなかった
……が、溺愛している弟が男と合体しているのを見逃せるほど人間出来てもいない。
とりあえず…
「直ちに合体を中断せよっ!!」
ありがとうございました




