1.憲子の事情
サラッと読める物語を目指します。楽しんでいただけたら嬉しいです。
目が覚めた時、栗色の豊かな髪を持つ美女の緑の瞳と、長い金髪をひとつに束ねた美青年の深い紺碧の瞳が私を見つめていた。お二人ともとても幸せそうな笑顔で。だから私は、これは夢だ!と確信した。が、これが自分の新たな生だと認識できるまでに、そう時間は掛からなかった。だって、自分の意志で動けなかったり、喋れなかったりは当然のこと、あの美女に授乳されたり、ヤニ下がったあの美青年にオムツを替えて貰ったりの羞恥ぷれいの数々、どう考えても自分は赤ん坊になってしまったとしか思えない。
つまり私、醒ヶ井 憲子は転生してしまったのだ。
転生した、ということは、醒ヶ井 憲子としての私は死んだということになる。
思い返せば化粧品会社の営業事務をしていた私は、同じ大学から同期で入社した戸水 光臣くんと仲が良かった。とは言っても恋愛的なものではなく、本当に同期の仲間として、同じ大学出身の友人の一人としてだったのだが。彼は老若男女を問わず見惚れる程外見が良く、性格も穏やかな、所謂王子様な存在で、なのに彼には特別な女性の影というものが全く見られなかった。友人関係とはいえ、そんな彼との精神的距離が他の社員達よりも近いことで、私は社内の女性達から疎まれることになった。そのせいで、毎日それはそれは疲れていたとは思う。何と言っても職員の殆どが女性の会社だ。無視や悪口は当たり前、古株の女性社員からのイジメに近い嫌がらせも多々あった。
『まともな仕事もできないんだから辞めれば良いのに。』
『いるだけで、みんなの志気が下がるのに、会社の業務に支障が出るって自覚が無いのよ。』
『書類にも不備が多くって嫌んなるわ。』
『ほんっと、迷惑にも程があるわね。』
な~んて徒党を組んで、表でも影でも責められたりする。
ここで戸水くんの名前が出ないのは、巡り巡ってどんな形で彼の耳に入るか分からない為だ。その辺り、よく悪知恵が働くと感心してしまう。
そんなある時、私は特に嫌がらせの酷かった女性社員達に、会社のビルの屋上に閉め出された。屋上で昼食を摂っている間に鍵を閉められてしまったのだ。しかも、こんな時に限って、携帯電話を席に置いてきてしまって、連絡も取れない。昼休みが終わっても席には戻れず、間の悪いことに、その後、雨が降り出し、雷鳴も轟いた。
『開けて!ここを開けて!!』
とびしょ濡れになりながら扉を叩く内に、雨は激しくなり雷も酷くなっていった。そして、目が眩む程の閃光に包まれた時、もの凄い衝撃が私を襲った。
恐らくあの時私は雷に打たれて、二十五年の生を終えたのだろう。
そこまで考えて、私はそれ以上思考を巡らせるのは止めた。どうせ憲子には戻れないんだし。多分私が死んでも、閉め出した人達は
『彼女が屋上にいたなんて知らなかった。』
とか何とか言い逃れをして、まともに責任を取ったりはしていないだろうし。
段々思考が嫌な方向に流れていったのを自覚し、精神的安寧の為に前世に思いを馳せるのを止めた私は、現世について考えた。
私があの美青年と美女の間に生まれた子供であることは間違いない。そしてもう一人、男の子がよく視界に入る。美青年と同じような輝く金髪に、美女と同じ、強い意志を感じさせる緑の瞳の男の子。前世でいえば幼稚園の年長組か小学校の低学年くらい。言うまでもなく、相当な美少年…………と表現するには少々年齢が足りない気がするが、見た目の凄さは言葉で表現できない程だ。あの戸水くんでさえ、この彼には到底及ばないと思える。そして彼もまた、とろけるような笑顔で私を見る。百%間違いない。彼は私の兄だ。
三人がよく口にする
『シリル』
が、多分私の名前。そして、たまに聞こえる
『セラヴィ』
が兄の名前だろう。
これが私の現世での家族。そして、私が彼等から溢れんばかりの愛情を受けていることは疑いようがない。