デートインザマイクロバス
毎回なまえがき。「デートインザドリーム」から読んでもらった方が話が分かると思います。
揺れる電車の中、駅の到着を知らせるアナウンスが響き渡る。
時刻は午前六時四十分。通学時にはあまり気にも留めていなかったアナウンスだが、いつもより乗客が少ない車内ではよりはっきり大きく聞こえた。いつもなら込み合っていて座れない状態だが、今日は悠々と席に着くことができる。
とはいえ今日は金曜日。平日である。朝早い出勤者がちらほらと見られる。かなり席は埋まっているのだが、これでも空いているように感じた。
電車がゆっくりと駅につくと、加藤有子は通学や部活動の時とは違う大きな旅行用のかばんをかかえ、ドアの前に立った。
ドアが開くと、少し暑いくらいの車内に冷たい風が送り込まれる。やや汗ばんだ体に、その風が心地よくさえ感じる。
しかし、改札を通る頃には、その風も二月の早朝を思わせるほど冷ややかに感じた。
スキーに行く、とのことで、お気に入りの青色のセーターの上に、さらに先日一応購入しておいた防寒着を着た。その上マフラーまで巻いたが、まだまだ寒さを感じる。やはり移動時もこの格好で正解だったか、と有子は冷たい風を浴びるたびに思った。
濃い藍色の空の下、看板と街灯のライトに照らされた人通りの無い駅前は、普段は気にもしない足音さえ響き渡るほどの静寂が漂っていた。
時々、目の前の国道を通る車のライトがやけに眩しい。駅前のロータリーには数台のタクシーが止まっていたが、運転手はほとんどが仮眠を取っているようだ。平日のこんな時間に、タクシーの需要があるのだろうか。
有子は駅の出口から出ると、一旦近くのコンビニに寄って、朝食用の缶コーヒーとパンを一つ買った。それから、待ち合わせ場所に向かう。
駅の出口からすぐのところに、大きな駐車場がある。そこに行くと、既にこの旅行の企画者である、栗畑千香が既に携帯電話をいじりながら待っていた。
「おはよう、千香」
「あ、ユウ、おはよう」
有子の姿に気が付くと、千香は右手を振って応えた。
青と黒とウインドブレイカーに、下も完全に防寒仕様となっている。さすがにスキーに慣れているのか、装備万全といったところだ。
「あれ、そういえばスキー板とか持ってるんじゃなかったっけ?」
「ああ、荷物はもうマイクロバスに乗せたから」
千香が指差した道路の路側帯に、一台のマイクロバスが止まっていた。
「え、集合時間って七時だよね。もう来てたんだ」
「うん、荷物いっぱいあったから、早めに来てもらったの」
「でも、旅行会社のツアーでしょ? 他の人も乗るんだったら、入らないんじゃないの?」
「出発日が平日だったからね。申し込みが私たちしかいなかったみたいなの。だから、普通のバスじゃなくてマイクロバスにして、少し安くしてもらったの」
「へぇ、そうなんだ」
千香が有子に自分の荷物をバスにおいておくように言うと、有子は大きなかばんを抱えてマイクロバスに向かった。
マイクロバスのトランクは開けっ放しになっており、そこには千香のものと思われるスキー板やたくさんの荷物が置いてあった。
運転席を見ると、運転手が顔に手を当てて座っている。出発時間までまだ時間があるので、仮眠を取っているのだろうか。
有子は千香の荷物の隣付近に自分の荷物を置いた。と、同時に遠くから声が聞こえた。
「有子ちゃん、千香ちゃん、おはよう」
「あ、成美、おはよう。てか、大丈夫? その大量の荷物」
小さな体に不釣合いな大きな旅行かばんと、さらにリュックサックを背負い、ツインテールのめがねの少女、三堂成美がなんとか空いている左手を振ってこちらに合図をしていた。
千香がそれに気が付き、成美から旅行かばんを受け取ってバスに詰め込む。
「ありがとう、千香ちゃん」
「いやいや、それにしても、何でこんなに荷物が多いのさ?」
有子と比べても二倍近くありそうな成美の荷物の量を、千香は不思議に思った。
「だってね、今日旅行でしょ? だからおやつたくさん持っていこうと思って、昨日選んでたの。でもなかなか選べなくて、結局これだけもって来ちゃったの」
そういいながら、成美は自分のリュックサックを指差す。
「これだけって、これ全部おやつ?」
「うん。これでも二割くらいに厳選したんだよ?」
「あんたはこのリュックの五倍の量のお菓子を買って来たんかい!」
「大丈夫だよ。帰ったら全部食べるから」
「そういう問題か!」
ツッコミどころの多さに、千香は思わず成美のおでこに軽くチョップを施した。
ふと有子は、バスのトランクにおいてあった大量の荷物を思い出した。
「そういえば、千香も荷物多かったよね」
「ああ、自分の荷物のほかにも、いろいろあるからね」
「いろいろ?」
「うん、例えば救急箱だったり、ゴミ袋だったり、あと夜食やジュースも準備してるかな」
それを聞いて、何故か成美の目が光る。
「や、夜食? やっぱり、千香ちゃんも夜食持ってきてるじゃない」
「これは全員の分よ。あんたのはそれで一人分でしょ」
まったく、と、千香は小さくため息をついたが、成美の目は輝いたままだった。
千香と成美のやり取りを見ながら、有子は若干困った表情をしていると、遠くから誰かやってくるのが見えた。
「ちーちゃん、なるみん、おっはよー」
「あ、彩花、高野君、おはよう」
笑顔で元気のよい声を出す、白いコートを着た女性と、その隣でなにやら息を切らしている黒いジャケットを着た男性に向かって、千香は声を掛けた。
「え、な、なるみんって、私?」
突如名前を呼ばれ、成美は戸惑っている。
「ああ、そうか、なるみんはうちのことを知らなかったね」
女性は持っていた荷物を降ろすと、ぽん、と手を叩いた。
「有子と成美は二人のことを知らないよね。後で自己紹介の時間は取るけど、軽く紹介しておこうか」
そういうと、千香はやってきた二人の隣に立った。
「こっちが三波彩花さん。で、こっちの男の子が高野達人君。二人とも、二年六組だから、あんまり会う機会はないかな」
「うちは三波彩花。うちのことはサイカって呼んでな。なるみんのことは、ちーちゃんからよく聞いとるよ。何でも、ドジっ子で大食いらしいなぁ」
彩花が成美に向かって握手を求める。が、そんなことを言われ、成美は顔を真っ赤にする。
「な、千香ちゃん、彩花ちゃんに何を言ったの!?」
「あぁ、うちとちーちゃんが話をしとるとな、『成美が私のプリン食べた』とか、『成美がICカードまた忘れた』とか、いっつもなるみんの話ばっかりなんや」
「えぇ、私プリンなんか食べてないよぉ……ああ、あの時かな」
何故か勝手にプリンを食べたことに心あたりがあるように、成美は納得した。
「で、こちらは……」
「あ、初めまして、加藤有子です」
「こっちが加藤さんか。ちょっとは話聞いとるよ。結構可愛い顔しとるなぁ」
彩花は有子の顔をじっと見る。
「あの、えっと……」
あまりに彩花が迫ってくるので、有子は思わず後ずさりした。
「なあ、タツト、アンタの好みじゃない?」
ふと彩花は達人のほうを向き、尋ねる。
「え、ああ、まあでも、三人とも可愛いじゃん。てか、俺今ハーレムだよな?」
「あ、ホントやね。うちみたいな可愛い子に囲まれるなんて、贅沢やね」
「ああ、三波は例外な」
「何をいうかっ!」
ぱんっ、というよい音が響き渡る。気が付くとあたりは闇から明るい藍色へと変化していた。
「まあでも高野君、もうすぐハーレムじゃなくなるわよ。ほら」
千香が駅のほうを指差すと、男性が三人やってくるのが見えた。
「新名君、おはよう。ちゃんと中学生二人も連れてきたね」
「栗畑先輩、おはようございます。親に、車で近くまで乗せてきてもらったので」
三人が車のトランクまで来ると、千香が全員に、トランクに荷物を載せるように指示した。
「マイクロバスのトランクって、結構入るんだねぇ」
てきぱきと荷物をトランクに収納していく千香の姿を見ながら、成美はトランクの容量の大きさに興味を示していた。
「まあ、座席を倒したら結構入るものよ。あ、新名君、小塚先輩は?」
「えっと、用事があるから昼から直接現地に向かうそうです」
「そう、じゃあこれで全員ね。とりあえず、適当に席に座って」
千香が言うと、まずは後に来た三人が座席の最後部に座った。それから、達人と彩花、そして有子と成美が乗り込む。
「ちょっと大きすぎたかなぁ。まあいっか」
十五人ほど乗れそうなマイクロバスは、ぽつぽつと空席ができていた。そこには、各々旅行かばんとは別の手荷物を置いているようだ。
「あ、現地までは一時間ほどだけど、寝不足の人はしっかり寝ておいたほうがいいよ。結構体力使うからね。あと、トイレは大丈夫?」
千香が全員に聞く。が、特に行きたいという人はいなかった。
ちらりと時計を見ると、時刻は午前七時。
「忘れ物はないわよね。じゃあ、運転手さん、お願いします」
そういうと千香も席に着き、後部座席のドアを閉めた。
それを合図に、マイクロバスのエンジンがかかる。そして、バスは藍色の道路を、ゆっくりと走り出した。
静かにエンジン音が響く、少し暗い車内。その中で、参加者は思い思いの時間を過ごしていた。
有子は、手提げバックからさきほどコンビニで買っておいたパンと飲み物を取り出した。
「あれ、有子ちゃん、今からごはん?」
「うん、朝食べる時間が無かったからね」
隣に座っていた成美は、有子が食べているパンをうらやましそうに見つめる。
「ふみゅう、おいしそうだなぁ。そうだ、私もおやつにしよう!」
と、成美も負けじと(?)リュックからスナック菓子を取り出した。
「はぁ、旅行や遠足開始早々おやつに手をつけるやつはあんたぐらいだよ」
前の席からその様子を見ていた千香は、すこしあきれ気味に言った。
「大体、朝ごはん食べたんじゃないの?」
「うん、食べたよ。パン一斤」
「それだけ食べればおなかいっぱいじゃない? 普通」
「パン一斤なんて、サンドイッチにすればすぐだよ。普段はパン三斤食べてるから、今日は控えめにしてきたの」
「……普段どれだけ食ってるんだよ……」
心配する千香を尻目に、成美はぽりぽりとスナック菓子を消化していく。
「お、お菓子食べてるんか。うちにもちょうだい」
ひょっこり、成美の後ろの席に座っていた彩花が顔を出す。
「あ、彩花ちゃんも食べる?」
成美はリュックから、別の大入りのスナック菓子を取り出し、彩花に手渡した。
「え、ああ、ありがとう、うちこんなに食べれるかなぁ……」
「大丈夫だよ、私、さっきそれ一袋食べ上げたから」
「は、はは、さすがに話に聞いているだけあるなぁ」
彩花はスナック菓子を受け取ると、丁寧に開封した。一つ手にとって食べると、「お、これおいしいなぁ」と呟く。
有子は持っていたパンを食べ上げると、
「あ、そういえば高野君は?」
と、後を振り向いて彩花に聞いた。達人は彩花の隣に座っている。
「ああ、タツトならバスに乗って早々寝ちゃったで。うちの肩を枕にしようとしたから、危うく聖拳突き食らわそうかと思ったけどな」
「え、寝てる人にそれはやめようよ。そっと反対側に押すとかさぁ」
拳を突き出す彩花に、苦笑いの有子。
「まあまあ、うちはそんなことせんよ。せいぜい骨を折るくらいだし」
「いや、そっちのほうがひどいかと……」
「大丈夫や、血は流さないから」
「そういう問題なの?」
一体彩花と達人はどういう関係なのだろうか。それを想像し、有子は若干達人を気の毒に思った。
「そういえば、加藤さんは寝らんでいいん?」
「そうね、昨日遅くまで準備してたから、ちょっと眠いかな。でも成美も起きてるし……」
「え、なるみんならとっくに……」
彩花がちょいちょい、と成美の座っていた席を指差す。有子が指された方を見ると、成美が先ほどまで食べていたスナック菓子の袋を持ったまま、大きな口を開けて寝ていた。
「……成美、自分の欲望に結構誠実なのね」
窓から刺す太陽の光で、有子は目が覚めた。徐々にエアコンが効いて車内が暖かくなり、いつの間にか、うとうとと眠りについていたようだ。
ほかの席を見ると、窓にはカーテンが下げられており暗かった。ここだけ、窓から光が差し込んでいる。
せっかく起きたので、有子は窓から外の風景を見ることにした。
「うわぁ……」
無機質なコンクリートだらけの街並みから、緑の木々が立ち並ぶ森の中へ。そして、そこを抜けると、一面真っ白になった平原が広がっていた。
どうやら結構山奥に来ているようだ。カーブが急なのか、時々遠心力で窓や寝ている成美にぶつかりそうになる。
山道を一度昇り、一瞬白銀の世界がフェードアウトする。下り始めてしばらくすると、白銀世界に人の姿がちらほら見え始めた。
なだらかな斜面に白いジュータン、そこを、数人の人が滑っている。スキー場のゲレンデだ。
その光景を眺めていると、むにゃむにゃと彩花が起き上がってきた。
「ん、なんか眩しいなぁ……お、もう到着?」
「うん、そうみたい。ほら」
「どれ……おお、真っ白!」
彩花は体を乗り出し、窓からみえる景色を覗いた。
時々木々に邪魔されフェードアウトしながら、ゲレンデは徐々に近づいてくる。
「もうすぐ着くよ」
前から千香の声が聞こえた。
「あれ、千香、ずっと起きてたの?」
「まあ、いろいろやることがあるからねぇ。一応トイレ休憩取ったんだけど、皆寝てたみたいだから起こさなかったよ」
千香はノートやら資料やらを色々みている。これからの予定を立てているのだろうか。
「そろそろ皆を起こしたほうがいいかな。ユウ、千香、お願い」
「おっけー、みんな、そろそろ着くでー」
彩花が大声で叫ぶと、後のほうからむにゃむにゃという声が聞こえてくる。
「成美、そろそろ着くよ」
有子は隣の成美をゆすって起こす。
ふっ、と成美が目を開けたかと思うと、すぐに閉じた。
「むにゅむにゅ、有子ちゃん、それ私のウエディングケーキだよぉ……」
どうやら成美は夢の中で、ウエディングケーキを食べているようだ。
あとがきキャラクターメモ。
三波彩花:高校二年六組、演劇部所属
田上健二と同じく二年六組の女の子。一人称は「うち」。関西弁っぽいが、関西弁ではない。
非常に活発で人見知りせず、誰彼かまわず話しかける。女友達よりは男友達のほうが多い。
健二、達人と三人でよくいることが多かった。この辺のエピソードは、連載版のときに書きたい。
高野達人:高校二年六組、所属部活不明(待
健二、彩花と同じく六組の生徒。
背が高く、女子もうらやむほっそりとしたからだが特徴。
いつも人を笑わせようと思っているのか、よくボケをかましては彩花に突っ込まれる。
一応彼女はいたのだが、今はそれがトラウマになっていて恋愛できないらしい。女の子に話しかけるのは好き。
新名太志:高校一年一組、演劇部所属
演劇部の一年生。千香の後輩であり、それが縁でスキー旅行に呼ばれた。
いろんなものにあこがれやすい(惚れっぽい)性格で、よく先輩の活動を見ては「あの先輩みたいになりたい」と口にしている。
特に健二のことを尊敬していたようで、健二の事件が起こってからというものの元気が無かったようだ。
……この小説内にないことばかりで、これだけ読んだだけじゃ分からないと思いますが(汁
まあ、メモなんで分からない人は気にしないで下さい。
前が長すぎたのでもう少し長くしたかったのですが、一応キリが良かったので。
さて、ようやくスキーか……