一緒と、一人と。
あの日の朝から穏やかな時間が流れた。
将太と茜は時間があればデートして、お互い素直に話し合った。
初めて喧嘩をした日、茜はこれでもうこの付き合いが終わるのではないかと不安になったが納得がいかないためにただ謝りたくなかった。
そんな茜に将太は優しく荒れた心をほぐし話し合い納得いくまで話を聞いてくれた。
感情的になってしまった事で不安になった茜に将太は驚き笑いながら「女の人はそんなもんだよ。」
と答えるとまた茜の怒りを買ったのだった。
仕事の合間に会えるのはわずかだったけれど、自分の時間と一緒に過ごすの時間を少しずつ近づけて一緒に過ごす時間が自分の時間をわずかに超えた時、将太が一人暮らしをすることになった。
茜のアパートで食事をした後洗い物を終えてのんびり部屋に入ると将太が姿勢を正して待っていた。
「将太さん、なにしてんの?」
「・・・・。そこにお座りください。」
「ぶ。なにそれ!」
「いいから。」
言われるままに目の前に座ると真剣な顔の将太がなんだかおかしかった。
「茜。え~、俺は今度ようやく実家を出るわけですが・・・。茜のご両親の了解を得て一緒に暮らすというのはどうでしょうか?」
「・・・え?」
「いや、本来だったらかっこよく聞くべきなんだろうけど、ロマンティックにしたら逆に断りづらいし本音が聞けないかと思ってさ。もちろん、真剣な付き合いで一緒に暮らし始めるって言うのはどうかなっと思ってさ。」
「一緒に暮らすの?ここで?」
「いや、ここでじゃなくて二人で新しく部屋を借りないかって事なんだけど。」
「でも、まだ仕事続けたいし、夜勤とか私あるよ?部屋は別にするの?」
「いや、一緒に住むからには一緒の部屋で一緒のベット。これだけは譲れない。寝てるときは静かにするし、どんなことでも我慢するけど一緒のベットだけは譲れない。それも含めて考えてみて?」
茜は自分ひとりの時間といっても特に何をするわけでもないし、将太と一緒にいて違和感や窮屈さを感じたことは一度もない。将来的にずっと一緒にいたいと思っていたのだからこういうステップはいづれあるのだろうと思っていたけれどまだ考えたことがなかった。
一緒に暮らすのはリスクが高い。
もしシフト製の仕事のせいで一緒の生活にひびが入ったり、喧嘩したり。
もし別れたら帰るところすらない。
逃げる場所がない生活。
「ちょっと考えていい?一緒に暮らしたくないわけじゃないの、でも、やっぱりちょっとじっくり考えてみる。」
「おう、そうして欲しくて家で話したんだ。でもこれで別れるとかそういった話じゃないんだ。ただ現実的に考えて茜がいい機会だと思うならここは茜の気持ちを尊重したいから。」
「うん。ありがとう。」
優しく抱きしめてくれる腕、ありのままの自分に対する深い理解。正直、彼以上の人を見つけることはできないと思う。
でも、
人生の大きなステップは自分で決めないといつか後悔するから。それを教えてくれたのは理沙先輩で、将太で。
思う存分悩めるのも重要だと思った。
その日の夜は寄り添って眠ることにした。
次の日は遅出だったからのんびりできるはずだったけど将太と一緒に起きて見送ろう。
朝目覚めるともう9時だった。茜の仕事は問題ないが将太は遅刻だ。
あわてて飛び起きて振り返ると将太は仕事に行った後だった。
気を使って起こさないで出かけたのだろう。
起き上がるとテーブルにメモが残っていた。
”行ってきます。仕事頑張ってね。
メールするよ。
将太。”
メモをみて茜に自然に笑顔がこぼれた。
行ってきます、お帰りなさいがある日々。
自分ひとりの時間に固執していたけれど、仕事に出かけるまでの数時間、これは一人の時間だ。
完全にどこに行くのも彼と一緒なわけじゃない。息抜きの女子会だってできる。
何を怖がっていたのだろう。
失敗を恐れては何も手に入れられないと学んだはずだ。
間違っても良いじゃないか。
頑張ってだめだったらそれで良いじゃないか。
無駄になることじゃない。
茜の気持ちは決まった。




