Lesson 1 自分を知りましょう
あの夜勤の日から何日かした木曜日、やっと先輩とシフトの終わりが重なり夕飯をかねて少しはやめの時間だが近くの隠れ家的なかといっておしゃれでもなんでもない顔見知りになったおっちゃんがやっている居酒屋に行くことになった。
実を言うと、あれから悶々と考えてしまっている自分がいる。今までそういうものだろうと諦めて、出会いも、自分も、本当に諦めていた気がする。忙しい毎日に満足して自分自身をほったらかしにしていた。先輩の言葉もあったし、今の自分と生活を変えたいと本気で思い始めていた。
「こんいちわ~!」
暖簾をくぐって中に入るとひんやり気持ちいのいい温度だった。
この居酒屋はほとんどの席が座敷になっていてのんびり掘りごたつで冬は楽しみ、夏はのんびりできるので私は大好きな場所だった。店自体も小さく、おっちゃん夫婦とバイトでまかなわれている。おしゃれなバーや、居酒屋も憧れるがここが一番居心地がよかった。
まだ5時を少し過ぎただけの時間なので私達は一番乗りで店に入った。
「おー!理沙ちゃん、茜ちゃんいらっしゃい!仕事終わりけ?好きなところに座ってや!」
元気のいい最近はげてきたおっちゃんが二人をみて嬉しそうに料理中の手を止めた。
「おーい!将太!お客さん!ちょっと頼むわ!」
おっちゃんが二階の住居の方に向かって大きな声で話すと、「うーい」と低い声が返ってきた。
奥のほうの座敷に二人で腰掛けて一息つくとのっそり大きな山が二人の前に現れた。
「え?!」
思わず上を見上げると背の高いがっしりとした男の人がお盆を持ってたっていた。
先輩も驚いたようで、「あらー!」っともらしていた。
その男性は身長は180cm以上だろう、それだけではなくずっしりとした感じのラグビーとかK1とか、そんなスポーツをしていますって感じのずっしり筋肉質な体格をしていたので存在感ばっちりだった。
顔は整ってはいるが、イケメンでもなんでもなかった。最近はイケメンを見て癒されて終わっていたので正直「この人でかいな~。」とだけ思っていた。
「お待たせしました。これ、お通しです。飲み物決まっていたら伺います。」
ちょっと照れたように店員さんが聞くと理沙先輩はもう驚きから復活していたようだ。
「お兄さん大きいね~!素敵! んー、私は最初は生でよろしく♪」
その言葉に少し赤くなった彼は茜の方に振り向くと
「お連れ様は?」
と私をみて待った。
あわてて私は「私も生で・・・。」と見上げながら答えた。
そのときおっちゃんが、
「おおー、こいつ俺の倅で将太って言うんだよ、最近こっちに帰ってきてよ~!二人とも会った事無かっただろう?昔は良くここで手伝っててよ。でかいからみんなすぐ覚えてくれてよ!そうだ、理沙ちゃん、茜ちゃん、どっちかうちの将太の嫁にならんか?」
そこで将太と呼ばれた彼は「親父!!」と顔赤くして怒った。
そんな二人に理沙先輩は「考えておきます~!」っとにこやかに答えると真っ赤になって将太は生を酌みに行った。
私は思わずおっちゃんに確信めいた笑顔で
「息子さんが帰ってきたのが嬉しくてしょうがないから嫁ができたら近くに残るんじゃないかな~って思ってるの~?」
とからかうと、「ばれたか~」とおっちゃんは頭をぽりぽり掻いておどけて見せた。
茜とて男全般が駄目なんではないのでおっちゃん相手に軽口をたたくのはいつものことだ。
仕事上まったく問題ないのに私生活になると成人男性相手にうまく話ができなくなっていた。
まだ少し赤い将太が生をもって戻ってきたので適当に注文をして食事を始めてから理沙先輩が今日の本題を切り出してきた。
「さて、今日のレッスンは自分を知ることです。」
ああ、この大根サラダの雑魚が混ざったゴマドレッシングおいしい。と思いながら、続きを待ったが、何も続かなかった。
「え、すみません、ちゃんと聞いてますよ。」
あわてて答えると、
「え?知ってるよ。でも、今日のレッスンはコレだけ。自分で解釈して話してみてよ。」
ビールと鶏のから揚げをおいしそうに食べながら先輩は答えた。
「え?自分で解釈・・・。ん~。何でしょう、自分を知ることは・・・。どこを伸ばせるか、どこを改善したらよくなるか、とか知ることですか?ああ、後は恋愛だったら、自分の射程圏内を知るとか!」
そうですね、それだったら・・・・。とぶつぶつ話し始める私に先輩は
「正解もあるけどほとんどブッブー!!!!」と駄目出しが早速出た。
がっかりしながら「え~。」と講義すると、
「まずはネガティブな自己評価の仕方を廃止します。コレが駄目、あれが駄目の精神を廃止すること。自分のプラスを伸ばすことに集中するの。でも、射程圏内はある意味当たってる、芸能人や非現実的な
恋愛ごとに憧れていても、実際の恋愛には参考にならないからね。」
じゃあ、自分のプラスを言ってみようと言われて困った。
「ええ~・・・・。」
っと。ええ~。っと。
思いつかない・・・・・。
なんか、泣き上戸になったこと無いけど、泣き上戸になりそうかも~。
「では、私からね。私は仕事に自信がある。好きなことを仕事にできて本当に幸せ、ある程度の収入もあるし、男がいなくても生きていけることが誇り。私は対等なパートナーが欲しいの、頼りきってしまう生活は気が強い私には無理。だから自立心の強い人と高めあえるといいと思うもしくは癒しの人ね。あと、体が大きめなのも含めて大きな胸は自慢ね。あと、足首が細いのも気に入ってるわ。顔のバランスもいいと思う、化粧栄えする派手顔だわ。あと、料理も好きね。結構得意だわ。」
にっこり笑った先輩の顔は自信に満ちて素敵だった。私もこんな風に自分の長所を言いたい。
「でも、裏を返せば、私は気の強い、デブで派手な女よ。」
あっさり言った先輩に
「そんなことありません!先輩って本当に素敵ですって!色気とかむんむんしてます!」
と力説すると。
「ありがと~。むんむんって何だ。」先輩は苦笑いしながら答えた。
「では、お礼の変わりに、自分では言いづらそうにしていたから茜のいいところ私が思いつくこと言うよ。
まずは、茜は素直な努力家。気が利くし、人のために笑顔で何でも頑張れる子よ。笑顔がとても素敵ね、仕事でしんどいときも茜が笑顔で気遣ってくれるとほっとするわ。
素敵な家族の下に大事に育てられてきたんだろうなって思える素直さ。あとは、そのきめ細かなもち肌ね。さわっても気持ちよさそうだわ。胸もなかなかあるし、ふくらはぎの筋肉から足にかけてのラインが綺麗だと思うわ。顔はぱっちりした目が可愛いわね。」
言葉の最後のあたりでは私は真っ赤の涙目になっていた。
「なんか、私じゃないみたい・・・」
そんな評価される価値があるとは思えない。
先輩は笑顔で
「だから自分を知りなさい。なのよ。過小評価は自分に自信の無いときはしがちなものよ。そして、問題はその正しい評価をどこまで信じられるか!だから、"Fake it till you make it"なのよ。」
そこで込み始めた店内を切り盛りする将太が残りの料理を運んできた。
「いい言葉ですよね、それ。あ、すみません、会話を聞いたわけじゃなくて、俺の好きな言葉なんですよ。料理、お待たせしました・・・。」
「いいのよ、私の生きるモットーだったの。そして今は“Don't cry because it's over, smile because it happened.”なのよ。」
どこか悲しげに微笑む先輩に将太は微笑み
「Dr. Seussですね?」と答えた。
その笑顔にどきりとしてしまった茜はついていけない自分が恥ずかしくなった。
「俺、大学時代ラグビーでニュージーランドに留学して、そのとき子供用の絵本なのに奥の深いDr. Seussの本に驚いちゃって。ホームステイの子供と一緒に読むの勉強したんです。あの、茜さん?は読んだ事ありますか?いい話ですよ。」
気を使って話しかけてくれた将太の優しさも惨めに感じだ茜は
「私は英語はできないので。」と俯いた。
沈黙した私に代わって先輩が、「私もそうなの、絵本の癖に難しいわ!って思って何回も読んだのよ。みんなが読む絵本の癖に難しくて、でも奥が深くて。大好きなの。特に"Up Up and Away"が好きなのよ。」と嬉しそうに答えた。
将太は「わかります。いい話ですよね。」と同意して去っていった。
俯いたままの私の後頭部にポンとお絞りでたたくと先輩は
「何、いじけてんのよ。またネガティブだし。うざいぞ。せっかくいい練習相手ができそうだと思ったのに~。何で将太君に答えないのよ~。」
「っつ。練習相手って!ひどいです。無理です。」
真っ赤になり慌てて答えると、にやりと笑った理沙は
「じゃあ、練習にはしないわ。でも、宿題を出します。次までに素直に受け答える練習。特に仕事中以外で男の人から受けた言葉には素直に答えなさい。爺さんでもよ、可愛いねといわれたら「ありがとう」と答えること。笑顔が良いね。と言われたりしても否定しないこと。そして目をみて微笑むこと。コレが次までの宿題です。」
「え!宿題あるんですか・・・?」
「当たり前じゃないのよ~。あ、そうだ。
おっちゃーん、将太君いつまでこっちにいるの~?」
いきなり大声で聞き出した理沙に目を丸くしていると、おっちゃんが
将太、いつまでだ?と確認すると、おっちゃんが「とりあえず半年はこっちの事務所にいるようじゃ。なんじゃ!理沙ちゃん脈ありか?!!!!」と無駄に喜んでいる。
「いいえ~、うふふふふふ。茜よかったね~。」
嬉しそうに笑う理沙を前に決心の鈍りそうな茜だった。




