神埼の気持ち
ファミレスに着くと、明らかにファミレスに似合わない神崎が窓際の席で待っていた。
気持ちを落ち着かせて近づくと茜に気づいた神崎が立ち上がると深々と頭を下げた。
「斉藤さん。仕事終わりに、いきなりすみません。会うことを了承してくださってありがとうございます。」
その真剣な表情を見て茜は思わず構えてしまった。
「いえ、大丈夫です。でも、さっきも言った様に、本当に力になれるかは分からないんです。」
向かいの席に落ち着くと、少しやつれた様子の神埼が自嘲気味に笑った。
「それでも、ありがたいです。自分が情けないのは分かっているんです。でも、絶対理沙は何かを隠したまま僕から離れようとしています。それでは納得ができない。僕のことを思っていないのなら諦めることも考えられるかもしれないけれど、最後にあった理沙はあまりに悲しそうで・・・。
僕に幸せになってほしいとまで言ったんだ・・・。」
うつむいたまま話す神埼は辛そうだった。
理沙先輩の話を思い出し、理沙もまた彼のことを愛しているのだろう。
ここで茜が理沙の事情を話すのはありえない。でも、彼に手を貸したい気持ちもある。
なぜ、愛し合っているのに今の平和な世の中で離れなければならないの?
相思相愛になれるのは奇跡のように難しいのに。
「私から言えることは、理沙先輩には先輩の事情もあるんだと思います。それに、神崎さんは普通の会社員じゃないし社会的責任もある、そういうのも若さだけじゃない恋愛ではかかわってくると思うんです。だから、理沙先輩の心を開きたいなら、覚悟しないといけないと思います。」
神埼は顔を上げて真剣な目つきで茜の話を聞いていたが、最後には少し傷ついたような目になった。
「・・・。僕は社長である姿も僕だし、一部ではあるけれどその責任を重過ぎると感じたことはない。でも、自分とともに歩いてくれる人くらいは自分で選びたかったんだよ。理沙は間違いを犯す僕を叱咤して、優しさで包み込んでくれて、無くすくらいなら知らなければよかったって思えてしまうほどね・・・・。
理沙が僕を頼ってくれるまで僕も粘ってみるしかないかな。さすがに職場に迷惑はかけたくないし、ストーカー行為はしないと誓うよ。
だから最後に会うきっかけを作ってくれないか?」
「あなたの責任がある限り、だめな可能性もあります。それだけは分かってください。」
「責任?それは社長として会社と社員を守っていくことか?仕事が忙しくて理沙をないがしろにするようなことはしないと誓うよ。」
「そうじゃないんです。あなたが、由緒ある家の跡取りであること、その家族の綱がりの強さと、責任と重圧は一部の女には難しいことかもしれないって事です。」
「・・・・・。由緒あるか・・・。でも、跡取りなんてたいしたことじゃないし・・・・。うちは血の繋がりなんて薄いもんだし、僕に至っては養子だからな・・・。そういうしがらみはないつもりだけど、やっぱり理沙には僕は重かったのかもね・・・。」
「・・・・・・。は?」
「え?」
「いま、なんていいました?」
「え、理沙には重かったのかもって・・・。」
「その前です。養子って・・・。」
「あ、うん。知らなかった?僕の両親子供ができなくって、僕は養子なんだよ。まあ、親戚であるには変わりないようなんだけど、それもいまいち微妙でね。普通に公表しているから知ってるかと思った。会社のことも知っていたみたいだし。」
「知るわけないですよ!では、血筋が大事だとか、跡取りとか、そういうのは?」
「さぁ、母は自分が子供ができなかったから早く孫が欲しい気持ちがあるみたいだけど、それはそこまで厳しいとは思えないけど・・・。よく、早く結婚しないと嫁と孫をいっぺんに連れて来るぞって脅しているくらいだし・・・?それに、自分が貰われた身でもあるのでできればいつかは引き取る側になりたい気持ちはありますけど、跡取りとかは本人の気持ちしだいだと思ってますよ?」
「・・・・・。は~~~~~~~。」
「?大丈夫ですか?」
いきなり脱力した。
要するに、神崎さんは跡取りだけど、養子なわけで、聞いた感じでは子供ができなければ結婚できないといった感じもない。神崎さんも、自分の実子にこだわっていない感じだ。
それにお互い愛し合っている。
結婚するしないはこの先付き合いによって決まるだろうが、理沙先輩が付き合えないのは自分の不妊症が原因だと言っていた。
要するに、たいして障害ないじゃん!!!!
それにしてもこの二人、なんで大事な話をしていないの?
「あの~。そういった話は理沙先輩とはしてこなかったんですか?」
「え?理沙とは、その・・・・。会うといつも会話は少ないというか・・・・。」
少し照れてうつむく神埼を見て茜はあきれた。
要するに、彼らは体育会系であるらしい・・・・。
「もう・・・・。きちんと話をしてください・・・。」
「・・・。はい・・・。」
最近の理沙の様子を思い浮かべた茜は頑固な理沙先輩と神埼のセッティングは難しいかもと思った。
不意打ちをしないと素直にならない可能性がある。
良くも悪くも非常識な作戦が必要だ。
理沙先輩は今日朝晩でそのまま明日は休日のはずだ。
今日はとことん家で呑んでやる!!!と意気込んで帰ったのだからおそらく家で自棄酒でもしているであろう。
理沙のアパートは病院から近い。ここから歩いても5分程度だ。
ここは奇襲攻撃が一番良いだろう。
すっと立ち上がった茜はキッと神埼を睨むと宣言した。
「行きますよ。」
「え?はい!!」
神埼は車だったので車に乗り込んで一分ほどで理沙の家に着いた。
ドアの前に着くとチャイムを鳴らした。
返事はなかったが、中に人の気配がするあたりで居留守は失敗している。
ドアをノックすると明るいを心がけて声をかけた。
「理沙先輩、私です、斉藤茜です。」
後ろから神埼に引っ張られた。
「ここ、理沙の家なの?いきなりはやばくないか?」
「え?来た事ないんですか?もう、どうでも良いです。とにかく、納得するまで二人で話し合って下さい。」
「は、はい!」
中から壁にぶつかりながら歩いてくる音がした。
「・・・はーい。どうしたの茜・・・・。」
ぼんやりした顔はほんのり赤く、すっぴんでも可愛い先輩は泣いていたのだろう目が赤かった。
目を上げた理沙が神埼のことを見とめると、サッと顔色を変えてドアを閉めようとした。
その前に足を入れて半ば強引に中に入った神埼は理沙を抱きしめた。
「理沙、愛しているんだ。話を聞いて欲しい。」
また泣き出した理沙は
「私は、もう別れるっていったじゃない・・・。大体、たいした付き合いでもなかったのに・・・。」
泣きながら離れようとする理沙先輩だがお酒が入っているからだろう抵抗に力がない。
そんな理沙に神埼は愛おしそうに包み込んでいる。
この二人にはできればうまくいってほしい。
「とにかく、二人で話し合ってください。でも、今日はセックスはなしです!話し合いが終わるまで欲望に勝ってください。だから話がこじれるんです!」
大声になってしまいたくはないが、この二人は話し合いが必要なので釘を刺しておく。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
二人の動きが止まって二人して赤い顔して固まっていた。
くるりと回って帰ろうとしたら神埼があわてて
「もう遅いし、送るから待っていて!」
「大丈夫です、ここから駅まで本当に近いんです。それに、駅に着いたらメールしますから。」
「でも・・・。」
「お願いだから、二人で話し合ってください。お願いします。」
「・・・・。」
諦めたような神埼と理沙に笑顔を向けると茜は駅までの3分ダッシュ、今日は運動靴を履いてきてよかったと思った。
駅に着くと理沙の携帯にメールを打っておいた。
終電に間に合い2駅だけだけれど電車にゆれた。
家に着くと同時に理沙から電話がかかってきた。
「もしもし。理沙先輩?」
「うん・・・・。」
おせっかいで先輩の生活圏に神埼を連れて行ったことで怒られるのだろうか。
「すみません、勝手に神崎さん連れて行って、でも、本当に二人には話し合いが必要だと思ったんです。どうなりました・・・?」
「・・・・・。うん。茜・・・。ありがとう・・・。きちんと話し合った。それで・・・・」
また泣き出して言葉が続かない理沙先輩にあわてた。
ガチャガチャ音がしてあ、もしもし、と神埼が出た。
「本当にお世話になりました。それで、これからは結婚を前提にお付き合いすることが決まりました。」
「え!!!!」
すごい!そうなったらいいなって思っていたけれど、本当にそうなるとびっくりした。
「おめでとうございます!!!よかった!!!本当によかった!!!」
「ありがとうございます。これも全部斉藤さんのおかげです、また今度、お礼をさせてください。」
「お礼なんて良いですよ!ああ、でもよかった。」
「はい。よかったです。では、また連絡します。」
「あ、はい!じゃあ、また。失礼します。」
電話が切れると思わず興奮して叫びたくなるのを抑えなければならない茜だった。
一人宴会と設けてちょっといいビールを一人であけてみる茜だった。




