友達
朝起きると理沙の姿はなくなっていた。
昨夜は思いっきり泣いたあとそのまま疲れて寝てしまったらしい。
心なしか目が痛い。冷やしておかないとお岩さん状態になってしまうだろう。
テーブルの上に先輩が残したメモが残っていた。
「昨日はありがとう、みっともないところ見せてごめんね。話聞いてくれてありがとう。今日は出勤だからかえるね。寝てたから起こさなかったよ。 理沙」
自分は何もできなかった。
でも、そばにいるだけでもよかったんじゃないかと思う。根本的な問題は解決していないし、答えは先輩が出すものだとも分かっている。でも、力になれないかと思う。
理沙先輩は大事な友達だ。
先輩にメールを送ることにした。
考えた末、短いメッセージを送った。
「おはようございます。メモ見ました。寝てしまってごめんなさい。いつでも話を聞きますから電話ください。」
メッセージを送ると重い体を起こしてシャワーを浴びると少しすっきりした。
気温も段々上がってきて部屋もむっとしてきた。
将太に会いたい。
少し前までは家族に電話したり、友達に電話したり、すっきりしない日はそんなことをしていた気がする。
でも、不思議に将太に心のよりどころを求めている自分がいた。
こんな気持ちは嬉しいけど、重いのかもしれない。
メールしても良いかな・・・。
携帯をあけたり、閉めたり。
「おはようございます。元気ですか?」
当たり障りのないメールを送ってみた。
将太はきっと忙しいし、社交辞令くらいにしか思わないかも。
「何やってんだろう・・・。買い物でも行こうかな・・・。」
すぐにメールが帰ってきたので理沙先輩かと思った。
携帯をあけると将太からのメールで少しびっくりした。
「どうした?アントニオ猪木になってるぞ。今夜、暇?」
「ぶ!!」
前のメールを読み返してみたら確かにアントニオ猪木といえばそうかもしれない。
こんな短いメールで何かを読み取ってくれる将太が愛おしかった。
それに、今夜会えるのなら会いたい。
「大丈夫です、でも、今夜会いたいです。今日は非番なのでいつでも大丈夫です。」
「わかった。5時半にならいつもの駅につけるよ。」
わざわざこちらに帰ってこなくても、確か将太の仕事場は都会のほうだった。
これから買い物に出かけるのならそっちのほうで会えれば食事に出かけるチョイスも幅が広くなる。
「私、買い物に出かけようと思うので、将太さんの会社の最寄り駅で良いですよ。」
そう送ると
「じゃあ、OO駅で5時に大丈夫?早く終われそうなんだ。」
「はい、楽しみにしています。」
すごい、会話っぽくなった。
メールも段々慣れてきてなんだか親しさが出てきた気がする。
将太に理沙のことを話すつもりはない、誰にも話すつもりはないが、理沙のためにも、自分が落ち込んでいても仕方がない。気分を浮上させよう。
お気に入りの紺と白のボーダーのワンピースに白のサンダルを合わせて、夜になった時様に薄手のカーディガンを鞄に入れると簡単な朝食の後茜は町に出かけた。
夏も本格的になってきて本当に暑い。
蒸し暑いので大きなデパートに入っていろいろウィンドーショッピングを楽しんだ。
シフト製の仕事でいい事は買い物に出かけたり、人ごみになりやすいところに出かけるとき他のみんなが仕事中に出かけられるのでゆっくり楽しめることだ。
いろいろな洋服を見ているうちに普段は絶対に選ばない少しセクシーな下着にたどり着いた。
ここ数年、異性との交際がなかった茜は仕事柄機能的な下着がメインだし、それを疑問に思ったこともない。
でも、将太と出会ってからそういうことも考えるようになった。
学生の頃はお金もなかったし、内に秘めるセクシーさを考えたこともなかった。勢いがすべてだった気がする。
社会人になってからはそんな機会がなかっただけだ。
ピンクのその下着は甘くなりすぎない黒のレースが重ねられていて小さなリボンが可愛い。
ショーツは少し小さいように感じるがこちらは横の部分が幅がすごく細くなっている。
さすがに紐パンは無理だけど、これくらいならできるかも。
でも、何よりも、歌い文句が辛い。
”子悪魔ブラで彼もノックアウト”
こういう歌い文句をつかられると買いづらいからやめて欲しい。
思いっきり期待しているように思われるではないか。
そして、古いような、軽いような・・・。
でも、このデザインが一番可愛い。
どうしよう、欲しい。
でも・・・・。
いや、むしろ、いつかそんな関係になった時に業務用の無地の下着のほうが恥ずかしい気がする。
ここはひとつ、可愛い下着も大人の女のたしなみではないだろうか・・・。
少し控えめな花柄のセットとあわせてあたかも期待していません、これくらいが普通の下着です、という訳分からない演技をして下着を買った。
ホクホク嬉しくなった。
恋する乙女万歳!!!!
することがなくて小金持ちになっていた茜にとって自分に投資するのは嬉しいことだった。
その後も可愛いTシャツを一枚買って軽くお茶をして、気がついたら待ち合わせの時間が近づいてきた。
デパートからでて駅に向かって歩き始めてしばらくするとビルから今日一日待ち遠しく思っていた人影を見つけた。
あ、あのビルで働いているんだ。
見上げてみると何階あるんだろう、ものすごく高い。
とてもスタイリッシュなビルで、少しびっくりした。
一流企業のようだ。
ビルの前の企業名は茜でも知っている。
彼が突然少し遠い人に感じた。
身近に感じる彼が好きだ。
自分に劣等感を抱きたくない。
背中に大声で声をかけるのは気が引けたので後を追いかけようとすると後ろからふわっと鼻の香水のにおいが鼻腔を掠めると前に走っていた。
「時田さん!今日、一緒に飲みに行きません?仕事も定時で終わったし!」
スルリと将太の腕に腕を通す姿は可憐だ。
栗色の髪は少し巻いてあり、女らしさが彼女の小さめのフレームに良くあっている。
ノースリーブから出た腕はどこまでも白く、細い。しかも、可愛い声は元気で彼女を魅力的に見せていた。
無邪気な様子が茜を傷つけた。
その場で立ち止まった茜は何も考えられなかった。
将太はイケメン!ではないが、オーラだろうか、男としても包容力、自信があり、魅力的だ。
でも、一見怖い感もあるのでモーションをかける子は本当に好きになった子なんだろうと思う。
軽い気持ちで声をかけたいタイプの彼ではないと思う。
どうしよう、将太さんのことは信用しているし、出かける約束をドタキャンされることはないと思う。
でも、この、やりきれない気持ちは辛い。
やきもちなのは分かっている。
こんなに可愛い子と仕事をしている。
私のことが好みだといってくれたけど、本気で彼女のような子が押したら茜なんかかなわないのは分かりきっている。
「あー、ごめん、今日は用事があるんだ。無理。」
そうあっけなく断る将太の姿にほっとすると、なんだか自分が情けなくなったが次の会話で地に打ちのめされた。
「え!!!いそいそ出かけるなんて彼女できたとか言わないでくださいよ!」
「え、違うよ。友達だよ。」
友達。 友達。
私は、友達。
友達?




