映画
駅から少し離れた大きな映画館に着くと上映時間をチェックしたら程よく見たかった映画があと20分ほどで始まる。
順番に並んでチケットを買う番になると将太が奢ってくれた。
私はデートで必ずしも奢って欲しいと思うタイプではない。
むしろ、社会人3年目、きちんと貯蓄もしているので逆に申し訳ない気になる。
「すみません、ありがとうございます。」
「え、良いよ、気にしないで。ここはかっこつけたかったし。」
「かっこいいですよ。」
「そう?」
「はい。」
「じゃあ、よかった。」
将太が喜んでいるのでいいことにしようと思った。
アイスも食べたいと、映画館ではポップコーンが主流だがアイスをボリボリ食べている将太を見ていると楽しくなってきた。
本当にこの人はある意味マイペースだ。
「将太さんは、普段何しているんですか?私が看護師なのは知っているでしょう?」
前から疑問に思っていいたことだ、神出鬼没な将太の仕事は検討がつかなかった。
「俺?俺はこの前までオーストラリアにいたんだけど、戻ってきたんだよ。普通に貿易関係の仕事。だから時差があるから変な時間に仕事していると時もあるんだよ。この間は行き詰っていた契約が済んでさ、その打ち上げだったんだ。」
さらっとすごい事を言っている気がする。
「オーストラリア??」
「うん、2年ほど。」
「二年も!すごい。」
「いや、住むだけなら誰でもできるよ?仕事が忙しかったからそこまで遊んでないんだよね。だから最近帰ってきても向こうでは一人暮らしで結構寂しかったし、また実家に転がり込むことにしたんだ。転勤前も実家住まいだから何も持ってないし。いつかは出ようと思うんだけど、飯がうまいと難しいよな~。」
「住むだけでもすごいですよ。仕事もしていて。すごい・・・。」
海外に住んでいたなんてすごい。
日本から出た事のない茜には想像もつかない話だ。
もちろん英語もできるんだろう。
だから理沙先輩とも本の話で盛り上がっていた。
「普通、実家住まいの30手前の男なんてって思うところだと思うよ?」
「え!30歳なんですか?」
見えない。
「29です。今年で三十路だよ。三十路。2年前は結構みんな自分で精一杯だったのに、帰ってきたら落ち着いていた奴も多いし、連絡受けて知っていたんだけどさ、雰囲気変わっていた奴もいて、浦島太郎な気持ちだったな~。」
天井を仰ぎながら将太がもらしている。
「分かります、私も今年で26になるんですけど、回りの友達が結婚し始めて、第一次婚期なんですかね。私だけ取り残された気持ちになったり。みんな結婚したいって。でも、今の私は結婚することがゴールじゃなくて・・・・。」
「どんなことがゴールなの?」
「自分に自信を持ちたいんです。自分をしっかり持ってから、支えあえる人になりたい。それが目標です。」
ふっと将太の目が優しくなり眩しそうに茜を見つめた。
「そういう茜ちゃん、好きだな。」
ボッと顔が赤くなった。
好きだななんて、言われた!
好き!
この人に認められたい。認められて、お互いが高めあえる人になりたい。
真っ赤になって動けなくなった茜を苦笑いしながら手を引いて引っ張り出した将太にまた手をつながれたことで思考回路がショートして何も考えられずに真っ赤なまま引っ張られていく茜だった。
映画館の中は日曜ということもあって混雑していた。
まだ時間があったので席を見つけて将太に断りを入れてトイレに行くことにした。
3時間の大巨編だ。
茜はいつも映画館で飲み物を飲みすぎて3時間映画を見続けることはできずにトイレにたってしまうことがあるのだ。周りにも迷惑になるのでぎりぎりまで我慢するのだがだめな時もある。それにトイレを我慢し続けて映画に集中できない時もある。
トイレを済まして手を洗って身だしなみを整えていると不思議な気持ちがわいてきた。
ちょっと赤くなっている自分、おしゃれをしてデート中の自分。
朝見たときと同じ自分なのに。
ちょっと可愛いと思った。
自分を可愛いと思った。
魔法が本物になり始めた証拠だ。
ふっと自分に笑いかけて嬉しさがこみ上げて急いで将太の待つ席に戻るとちょうど映画の前の予告編が始まるところだった。
「お待たせしました。」
隣の席に座るとちょっと狭かった。
隣を見ると将太は改めて大きいと思った。ラグビーをしていたと言っていた。おそらくその頃の名残なんだろう、大きな体だ。一番後ろの席を選んだのも周りの人に遠慮したんだろう。
腕を内側にすぼめて少し窮屈そうだ。
「手すり使って下さい。狭そうですよ?」
「え?ああ、ごめんね、でかくて・・・。」
「ええ!?大丈夫ですよ?」
「じゃあ、腕伸ばしていい?」
「良いですよ。」
将太が腕を伸ばして初めて気がついた腕を伸ばすということは要するに将太が茜の席の後ろに手をおいてどこか抱き寄せられているような状態だ。
昨日は混乱している自分を抱きしめてくれた。
でも、この状態は緊張する。
肩を抱かれているような感覚だ。
顔がまたほてってきた。
でも、ちょっと甘えたい。
今日は将太にやられっぱなしだ。
少しも将太をドキドキさせられていない気がする。
自分ばっかり。
少しいたずら心と、できるできると自分に言い聞かせて将太の肩に寄りかかってみた。
少しビックと体が動いた後、そろりと上を除いてみると穏やかな微笑を浮かべた将太が見下ろしていた。
嬉しくなって甘えることにすると
耳元で将太が
「そうやって可愛く甘えられると襲いたくなるね。」
と囁いたので、将太をドキドキさせられるんじゃないかと思った茜は思いっきり墓穴を掘って将太に打ちのめされるのだった。
あんなに朝会ったときは照れていたのに、今はこんなことさらっと言えるなんてどんな思考回路しているのよ・・・・。
真っ赤になった茜の肩をやさしく将太が包んで映画が始まった。
映画は話題作名だけあってとてもよかった。
3Dのためにつけるめがねがあまり好きではないがやっぱり3Dになると映画の迫力はすごかった。
実は普段は恋愛ものコメディーものを見ることの方が多いのだが、やっぱり3Dを見るのならアクションが一番よかった。
最後までトイレに立つことなく見終われたことも、将太の腕の中から出なくてすんでよかった。
映画が終わって立ち上がったとき少し寂しい気持ちになった。
手がつなげたらな・・・。
さっきはどちらかというと引っ張られていた。
手をつないだ感じではなかったし・・・。
でも、外は暑い。
手汗かいたら恥ずかしいかも。
ちょっとがっかりして将太の後について映画館を出ると将太が片方の手をポケットに、もうひとつの手をブラブラさせながら茜に手をつなぐように促した。
私と同じ気持ちだ、将太も手をつなぎたいんだ。
嬉しくなって手をつなぐと将太がつなぎなおして恋人つなぎをしようとしたが手の大きさが違いすぎて茜の指の付け根の間接が取れそうなのでうまくいかなかった。
「手、小さいね・・・。」
お互いの手を見てちょっと思わず手を見合わせた。
「いや、将太さんの手が大きいんです。」
その後トキメキの瞬間がなんとなく崩れてしまったが試行錯誤の末将太の中指から3本の指に茜が指を絡めてつなぐことに落ち着いた。
「なんか、おれ、何もかもスマートに決まらないくない?」
自分に不満そうな将太を見ていて思わずおかしくなった。
「ゆっくりで良いじゃないじゃないですか。」
将太を励まして歩き始めた茜は自分が将太と自然に一緒にいられることが嬉しかった。




