返事
あのありすとの会話があった日から二日たった。
高田先生に返事をしないといけないと思いつつ、あの人を振るなんておこがましい行為に躊躇していた。
結論は同じである。
でも、単にチキンな茜は嫌なことは延期していただけだった。
でも、いい加減失礼である、真剣な返事には真剣に返すのが道理であろう。
高田先生を廊下で呼び止めると今夜時間を取ってくれないかとお願いした。
「わかりました。駅前で、どこか食べに行きますか?」
「いいえ、駅前の喫茶店でお話しませんか?」
これ以上噂が立つのは勘弁してほしいが、こそこそ出かけるより、軽く喫茶店でお茶して帰ったくらいのほうがごまかしがきく。
「わかりました。」
にこやかに去っていった高田先生はいつでも完璧だ。
茜も告白を断るのは初めてではない。でも過去に一度告白してきたのは近所の男の子だった。
まだ中学生一年生で恋愛ごとなんて興味のなかった茜は思わず笑ってしまって、まだ早いよ~!といってしまったのだ。
彼を傷つけただろう。今ならわかる。
真剣な思いには真剣に答えるのが礼儀だ、どんなに若かろうとも。
その後その男の子とは疎遠になってしまった。
実家を離れてからはあってもいない。
高田先生は同僚だ、今後に影響が出るようなことにはしたくない。
好きな先生でもある、いい関係のままでいたいのは欲張りなんだろうか?
就業後、駅に着くと高田先生はすでに待っていた。
「こんばんわ。」
まだまだ明るいがもう5時を過ぎたのでこんばんわが正しいのだろう。
どこまでも完璧だ。
「こんばんわ。」
そのまま口数少なく近くのチェーン店の喫茶店でコーヒーを頼んだ。
ここでも高田先生のおごりだ・・・。
まずい、とっても気まずい。
甘い、キャラメルマキアートはこれからの恐怖を少しやわらげてくれる。
決心して、息を吸い込み
「あの、この間の話なんですが・・・」
と話を切り出すと困った様に笑いながら高田先生は
「大丈夫ですよ、答えがNOなのはわかっています。」
ブラックコーヒーを一口こくりと飲むとフーと息をついた高田先生は窓の外を見ながら
「普通、Yesの場合食事に誘われて喫茶店に変えたりしませんよ。それに、あなたの緊張感は恥じらいではなく恐怖だった。」
観察力の鋭さと自分の鈍さに恥ずかしくなった。
「すみません・・・・。」
小さくなり謝罪すると
「謝らないでください、斉藤さんは悪くない。でも、なぜだか聞いても良いですか?」
真剣なまなざしは誠意で答えることにした。まだ理沙にも言っていないが自分で気づけたのだ、
彼は知る権利がある。
「私は看護師としての自分が好きです、これからも仕事は続けたい。結婚した後も。そしてこれは私のわがままです、でも、譲れない。そして先生のことは好きです、でも結婚できない。そう思ったので、私みたいなのにせっかく声がかかったのに大変もったいないお話ですけど、無理だと思いました。」
高田先生の目を見て話すと
完璧な高田先生が髪をくしゃりとつかみながら盛大なため息をついた。
「あ~あ、噂を聞いて遠慮したのならごり押しできると思ったのに、真意をついたNOだと僕は争えないね。だから好きになったんだけどね。」
好きという言葉にドキマギしたが砕けた雰囲気になった高田にいまなら聞ける気がした。
「で、あの、なんで私だったんでしょう、その、す、す、す・・・。」
「なんで好きになったか?それは、斉藤さんがいい看護師だからなんだろうな。何事にも真剣で、でも、患者さんのために患者さんをしかって、でもフォローもして、僕たち医師にもきちんと取り合う姿勢。意見することも忘れない。そんな姿を妻に、自分の子供達の母親にしたくなったんだ、好きっていうより先に妻に子供になんて思ってびっくりしたよ。でも、そうだね、看護師としての斉藤さんを好きになったくせにそれを取り上げたい僕はだめなんだろうな。」
自傷気味に微笑む高田先生の姿に胸が痛くなったが高田の言いたいこともわかった。
「でも、先生の願いも譲れないんですよね。」
妻に家にいてほしい、子供といてほしい、これは彼の条件だ。
「そうだね、僕は妻とすれ違いになりたくない。両親のようになりたくない。子供にも僕のような経験はさせたくない。」
高田先生の家庭の事情は知らないし、これからも知ることもないだろう、でもそれは高田には重要なことなのだ。
「高田先生は見逃しているだけですよ、たいていの女の子は強いものです、母になれば強くもなるし先生にも突っかかってきます。そして、先生のために家庭を守りたいって夢見る子達もいるんです、きっと作れますよ、素敵な家庭。」
ありすにこの人はきっと落とされるだろうと予感をした茜は高田を励ました。
あの子は以外に強かなのだ、守られるだけの彼女ではない。
「そうかな、君を見ていて初めて結婚願望が沸いて、今は一人のがらんとした家がむなしい気持ちが先走ってしまって君に告白したのに、君に励まされていてなんか変な感じだね。フラれたのに・・・。」
確かにとおもって二人で声をあげて笑うとなんだか高田先生との溝が縮まった気がする。
今までは業務上の付き合いがメインだったが、これからは友達になれる気がしていた、
その後は穏やかに雑談をしながらコーヒーを飲み終えると高田先生とはコーヒーショップで別れた。
最後には笑顔で別れることができ、緊張していた分ほっとした茜だった。




