探検家A
この国最大の樹海に着いたのは、あれから二日経った日の早朝。薄く朝もやのかかった国道は、十五分に二台ほどトラックが通り過ぎるのみ。周囲に民家などは無く、深い森のはじまりが延々と続き、あちこちに「もう一度考え直して」みたいな意味不明の文句が書かれた看板が立っている。そんな中で、ぽつんと人間が立っているのはかなり不自然に思える。いや、そう思っているのは俺だけか。国道を通るドライバー達は、俺にまるで無関心だ。まるで、こんな光景は日常茶飯事だと言わんばかりに。確かにこの樹海は、誰もが知る自殺スポットだ。いつぞやのブームの時にも、この樹海の奥に消えていく人が後を絶たなかったという。ほら、目の前にも俺と同じ様なことをしようとしてるバカ男がいる。
嫌な偶然だ。まさか自分が自殺しようとしてるときに、自殺しようとしてるやつと出会うなんて。超有名スポットなだけあって人気があるのだな。しかしこの男、妙な格好だ。今から登山しますって感じの服装に、パンパンに詰まった特大のリュックサック。おまけに虫除けスプレーを体にふりまくっていやがる。本当にこいつ自殺志願者なのか。探検家にしか見えない。ああ、そうか。こいつは探検家だ。何かの調査か宝を探しに来たのだ。こっちに気づく前に早いこと消えてしまおう。
「いやあ、さすが自殺の名所。人気やなあ。お前もここで死ぬ気なんか?」
畜生。探検家に発見されたじゃねえか。お前もってことは、やっぱりこいつもここで生を終えるつもりだったのか。変なやつに捕まった。見た目も腹立つぐらい異常だし、フレンドリーなところがまた気持ち悪い。無視だ。こんなやつは無視だ。さらば探検家A。
「お前どっから来たん?名前は?何歳?何で死のうと思ったん?俺はイクジ。二十五歳。だいぶ西のほうから三日半かけて来てん。いやあ心強いわ。虫除け振るか?いらんか?ま、とりあえずまっすぐ奥行こか。」
まとわりつくな。まさか行動を共にするつもりでいるのか。「キシがパーティーに加わった。」勘弁して頂戴。ここは無視で貫くのだ。そのうちどっかへ行くだろう。無視だ無視だ散れ散れ。
樹海の中は想像以上に不気味で、空気が生温かい。深い霧が行く先を隠しまくっている。これから死ぬってのに、先へ進むのが不安になるぐらい何か怖いのだ。それに足場は悪い。ちょっとでも気を抜いたら足をとられて倒れてしまいそうだ。
「旅人よー、ひーきーかーえーせー。うへへへへっ。森の精です。うへっ。うへへぶへぇ。」「うーさーぎーおーいしーかーのーやまーハッハアー。」「あ、ロープが樹からぶら下がってる!ま、まさか、ででーん。ぶほっ。」後ろから憑いて歩いてくる男が、くだらないことを言ってお下品に笑っている。もうかれこれ三十五分も不快な独語独笑が後をついて来ている。ふとその男に目をやったら、おむすびをお下品に食っている。「ピクニックかよ。」って思わず突っ込んでしまった。「ぶへへっ。ナイスツッコミ。」米つぶをあちこちに飛ばしながら探険家Aはお下品に笑いやがる。さっきのツッコミを切り口に、気になってたこと「死にに来たんじゃないのかよ。」って訊いてみる。後ろにいたやつが、ささささっと早足でやってきて真横に付けてきた。
「俺に興味津々ってか。うへへ。お前人見知りするタイプか。やっと勇気をだして訊ねてみましたってなかんじやなあ。よーしゃおせたろ…」
こういう余計なことを言うやつは苦手だ。訊くんじゃなかった。声を掛けたのが最期。こいつ絶対死ぬまで付きまとうぞ。俺の体が米つぶだらけになるくらい、お下品にじゃべりまくるんだ。
「まあーあれよ。今って結構自殺流行ってるやん。俺の場合はブームに乗ってって訳やなくて、てかブームに乗って死ぬやつはおらんかぁへへへ。自殺したくなるほど腐った現代ってことやろね。俺もその腐った現代に絶望を感じてるひとりの少年少女ってわけ。」
「・・・・(認めたくはないけど、なんとなく俺と似てる)」
「・・・・・・・・ってオイ!そこはつっこまへんのかいな!少年少女て!自分でゆうとくわ!んで、お前が気になって気になってしゃあないのはコレやろ。なんで荷物が多いんか、なんで腹ごしらえしてるか、なんで白髪をむらさきに染めるおばあちゃんが多いんか、って関係ないがな!うへへへっ、へへへっ、うへへぶほっ!ぐほっ、ごがっ!」白銀にひかる米つぶが飛び散った。こっちを向いてむせたもんだから、思ったよりもはるかに早く俺の体は米つぶだらけになった。「汚ねっ」とっさに払い落としたが、払い落とさなくてもこの先メリットにもデメリットにもならないことに気づいて手を止めた。
この先、どうなるんだろう。ひたすら闇雲に歩きまくっているが、何の為に歩くんだろうか。そうだ。俺の亡き骸が見つけられないぐらい深くへ入るためだった。それよりこいつは何の為に俺のあとをついて来るんだろう。鼻の奥の米を取り除こうとして、ぐうぅと鼻か喉かを鳴らしながら啜っている珍奇な男イクジ。
「こはっ。ぐうぅ。こはっ。ずすっずすっ。ああ・・・すっ・・・。取れたわ。あー災難や。そやそや。お前の気になってるおばあちゃんの髪の毛ってちゃうがな。俺の格好な。まあ死にに来たんは死にに来たんや。自殺しにきたんやでー。せやけど。け、ど、もし。なんかの拍子で生きて出られたとしようや。出られたとする。ほったら俺に運があるってことになるんとちゃいますかオイ。わざわざ死ににきてわざわざ生きて出る。神の御業やで。俺は死んだらあかん人やってんな、めでたしめでたしっちゅうそれに賭けてるのよ。俺は。」うん。言っていることは理解できる。ただ、死にに来たのではなく、生きて出る気満々なのが荷物の大きさからわかる。俺に付きまとう理由はわからないが。兎に角やっぱりこいつは探検家Aだ。自分の人生探検家だ。
「じゃあお前と俺とは目的が全然違うな。じゃあ頑張れよ。生きて出られるといいな。」
「待てーい。俺に付き合え。いや、付き合ってくれ。寂しいねん。な。こうやって出会えたのも何かの縁やで。俺の運のひとつや。頼む、このとおりや。」鼻の下に米つぶを光らせたイクジが、両手を擦り合わせて軽快に足踏みしながら硬く目を瞑っている。
「俺が断るのも運のひとつだ。それに俺は奥に進んで行くから。」
「うあー。そうきたか。そないゆうても付いて行くで。なんせ方角もわからん。これが奥に向かって歩いてるかどうかさえわからんぞ。な。最期の人助けやと思って。」
こいつは自分に自信がなくて、自分に責任がもてなくて、人を当てにして、それでいて自己中心的で、そんなやつなんだろう。まあどうせこの命ももうすぐ消えるんだ。何でもいいや。黙って奥と思われる方向に歩き出した。イクジはにやっとして後ろを歩いた。深い霧がだんだん晴れてきた。




