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  遺作

「流行りだから自殺するわけではない。断じてそうではない。捻くれているわけではない。」誰への弁解なのかはよくわからんが、ぶつぶつと唱えつつ、オーソドックスに風呂場に行く。蛇口をきゅうと回し、カミソリを探しだした。T字タイプのカミソリを4本ほど並べてみる。ざくっといけそうなものはこの家には見当たらず。そうだ。遺書でも書こうか。


  「僕が自殺するのは、流行りに乗ってとか、

そんなんじゃないんです。

   断じて違います。

そして僕は捻くれてはいません。

                     キシ 」


 一体誰に向けて書いたのか、この遺書に何の意味があるのか、何よりも自殺って流行ってるのか、全く不明で腹が立ってきたのでくしゃくしゃにしてT字の隣に添えた。そんなもの作成するくらいなら、気色の悪いニューキャラクターでも描いて置いてあるほうがよっぽど面白みはあるな。ということで描いてみる::

 完成。試行錯誤に錯誤を重ね、気づけば2時間半も経っていた。生きるって素晴らしいなと感じた一瞬。この左手が生んだキャラはなかなか気色が悪い。そして愛嬌がある。何よりも度胸が売りだ。二十二歳の男が描いたとは思えない幼稚さ。実に爽やかだ。健やかだ。遺作に相応しい。さあ、首吊ったろ。吊るか。

 意外と紐を掛けるポイントって少ないもんで、死に場所に悩む。「カーテンレールでもいけるかな。」と、最後の独語を。納戸から持ってきたナイロンの紐を、しゃんしゃんとレールに巻きつけて。いざ。

 とっ・・とっ・・とっ・・とっ・・とっ。鼓動が速く、大きくなって鼓膜をリズミカルに叩く。両足がぶらんと垂れ下がった時、目に飛び込んだのはあの愛くるしい遺作。ああ、名前付けときゃ良かったかなあ。てなことも考えられんくなってきた。グッドバイ。この世のすべてのものよ。

そのとき、玄関のドアが開閉した。母だ。タイミング悪く、母親が帰宅したようだ。ただいまも言わずにすいすいと死に場所に入ってきて、宙ぶらりんの息子を発見した。一瞬時が止まり、またすぐに動き出した。

 遠ざかる意識のどこかで、乾いたゴングの音が響き亘った。まずは左頬に力いっぱいの鉄拳。吊られた体はサンドバッグのように揺れ、すぐさま怪力女に引きずり下ろされた。瀕死の体に容赦なく拳と罵声が降り注ぐ。

 「こらキシぃ。お前が死んだら私の老後は。私の老後はどうなんだ。お前の親父が自殺してから女手ひとつで食わせてやったんだ。逃げる気か。私を楽させるのがお前の義務だ。そんなバカな真似する暇あったら仕事探して来いよ。精神的に死ね。しゃくれキシぃ。」だってさ。余計消えたくなる。憎たらしい女だ。でも心のどこかでこの人のことを大切に思っている。認めたくはないが、それは認識しているアンビバレンス。母親は遺作を手に持ち、「これの名前は?」と、半分の笑顔で尋ねた。

 

 ポケットに入ってただけの小銭で、海沿いの駅までの切符は買えた。数年前までは友達や恋人とよく行っていた海。そこで死ねたらきっと気持ちが良いだろう。まあ死ぬに気持ち良いも悪いも無いか。

 電車の窓から見える懐かしい風景。「次はぁ、アサヒ、アサヒですっ。ミヤネ、オキタへは後の急行が先に到着致しぃますっ。次の駅でお乗換えぇ下さいっ。」お決まりの車内アナウンスを車掌と同時に言ってみる。向かいに座っている子連れの若奥様が、俺のほうをちらっと見てから隣の車両へ逃げていった。不審者扱いなら慣れている。

 アサヒ駅から徒歩二十分。朝霧岬から見る夕焼けは格別である。ここは日の出の名所であるが、俺は夕焼けの方が好きだった。低い木々に落ちていく夕日と、ダークに染まっていく海に伸びていく影。今も丁度、俺の影は海に飛び込もうとしている。朝霧岬の絶壁は自殺の名所でもある。ベタだったかなあ。あっ、飛び込むときって靴脱ぐんだっけ。なんて考えながら地面を蹴った。内臓がぐいと喉を押し上げる感覚が動悸を隠し、瞬間的にフグリを縮ませた。最後に浮かんだイメージは、あのニューキャラクターと母親の半分の笑顔だった。


 ・・・・・波の音と妙な雑音が聞こえる・・・・。まったく運がない。意識を取り戻したら、浜辺でウエットスーツの白髪じじいに説教されていた。気持ち良く死なせてやろうという優しさがないのかい。いい迷惑だ。「生きていたらいいことがきっとあるんだ。親から授かった大切な命だろ。みんな悲しむぞ。お前は弱い。逃げるな。」なんて全然こころに響いてこない言葉を延々と聞かされる。だからなんなんだと言ってやりたいが、議論する気力すら無い。とにかく寒さで震えがとまらないのだ。生きてる証拠ですね。


ウェットじじいがくれた万札で、自宅の最寄り駅までの切符は買えた。沢山の釣り銭は、今の俺にとっては意味をなさないものだが、とりあえずケツポケットに詰め込んだ。海水臭い、ぐしょ濡れ男の半径十二メートル以内には、誰ひとりとして入ってはこられない。俺ゾーン。もちろん車両変更者は続出した。ああそうさ、不審者扱いなら慣れているさ。外の景色を見ようとしたって暗さでわからないのさ。情けないぐしょ濡れが窓に反射して見えるだけなのさ。モリムラ キシ、二十二歳、無職。


ただいまも言わずに玄関をぺたぺたと通り抜け、生還。人気の無い真っ暗なリビング。なんとなくテレビのスイッチを押してみた。照明の無い部屋で、無造作に置かれたT字カミソリ、ナイロンの紐やキャラクターの描かれたメモ帳が、テレビ画面と連動して淡くぱちぱちと光っている。この部屋の中でじっと立っていると、海水がまとわりついた不快感や、体温が徐々に奪われていっていることも自分とは関係ないことのように思えてくる。国民放送のナレーションがぼやっと耳をかすめた。

「二十二年前から約六年続いた自殺ラッシュは、人々の心やわが国の経済に大きな傷を残しました。近年でも自殺は、悪性新生物に続き、死因の第二位をキープしています。調査の結果、自殺ブームで死んでいった人たちの子供世代が、自ら死を選択するケースがかなり多いことがわかりました。」

 タイムリーな話題だ。まるで俺のために放送されてるみたいだ。なんて思ったが、あのニューキャラクターが視界に入った瞬間、国民放送は遠くへ消えていった。気色悪くて幼稚な絵の横に、崩れた字で「マルちゃん」と書き足されていた。それは我が母の筆跡であった。「マルちゃん」とは、母「マルハ」のニックネームである。どことなく、母「マルハ」とこのキャラとは似ている部分が沢山あることに気づいた。なにやら甘酸っぱい、切なさのような感情が、体毛の一本いっぽんを順序良く逆立ていった。喉が細かく痙攣し、鼻の奥辺りから生温い何かが滲み出てくるような変な感情。「母を悲しませたくない。」率直に思った。あの低い声のナレーションは再び、さりげなく耳元に近づいてきた。

 「・・・・首吊り・・・飛び込み・・・樹海・・・・・。」

 樹海か。できれば短時間で息を引き取れる方法を選びたかったが、これしかない。やはり今の自分に「死」という選択肢は避けられない。ならばマルハを苦しめることも避けられないが。最も今の自分に相応しい自殺の手法は、「樹海でひっそり野垂れ死にコース」だろう。とりあえず服を着替えて、ジーパンのケツポケットに「マルちゃん」を詰め込んだ。今、俺は生きる死人になった。なんとなく世界が変わった気がしたのだ。

 


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