仮面ハンチョー
イキナリですが、最終話です。未完の完です。
私がここに来てから、もう七回目の夏。ただただ毎日を繰り返しているだけなのに、七年経ったということがはっきりとわかる。(有)オオツカ食品は早六周年。いつも心掛けていることは、平穏に、波風立てず、平凡に。物心ついたときから、九割九分はそうしている。それなのに、これはどういうことだ。勤続六年。真面目に働き、貢献し続けたわが社を裏切り、社長に刃を向けている。何故こんなことになるのだ。意識が遠くなる。今、私は此処に存在しているのか?私は生きているのか?
裕福ではない家庭で育った。両親も裕福な心の持ち主ではなかった。家庭では毎日のように争いがあり、自分には居場所が無い。といつも感じていた。唯一優しくしてくれた姉も、そんな両親のことを憎んでか、家に居ることは少なかった。何か口を開けば喧嘩が起きる。目立ったことをすれば酷く罵られる。だから、私は、無口で静かな人間に成りすまして生きてきた。しかし、そう長く耐えられるものではない。成人するやいなや結婚し、逃げるように家を出た。
妻と、ひとり息子と、私と三人の核家族。あの惨劇を繰り返すまいと、必死で立派な父親に成りすまそうと努めた。決して腹を立てず、争わず、和やかに。妻はよく「あなたと一緒になって本当に良かった。」と、言っていた。その言葉を聞くたびに胸が痛んだ。自分はそんな善い人間ではない。本当の自分は、あの両親のように醜いのだ。その醜さを隠しているだけなのだ。争いたくなかったから。妻と息子の笑顔を護りたかったから。平安な世界で暮らしたかったから。しかし、そう長くは耐えられなかった。私の仮面にヒビが生じ、愛すべき、か弱き者に手を上げるようになった。それがどうしても許せなくなり、子どもが小学校に上がる少し前、逃げるように家を出た。護れなかった家族が、どうにか幸せになりますようにと祈って。
死ぬつもりだった。樹海の奥で首を吊ろうと決めた筈だった。しかし、なんたる偶然か。十代の頃、かつて親友と呼んでいたオオツカという男にばったりと遇ってしまった。生気を失っていた私を彼は無理やりに引き摺って、促されるまま、流されるまま、小さな食品会社に入社させられた。壮年の社長と、オオツカと私。そしてパートが数名。食品会社といっても、ソーセージを製造するだけの小さな工場。欠員補充するまでちょっとの間だけ。と、無理矢理ハードな業務を押し付けられたが、いつもの仮面を被り、真面目に何年も働き続けた。家族を捨ててからの私は、心を持たぬ機械のようだった。
私がソーセージ製造マシーンに成ってから七年経ったある日、社長が脳出血で亡くなった。何から何まで独りでやっていた人が急にいなくなったものだから、当然工場は機能しなくなった。それなのにオオツカは「立て直してやる。」などと言い、無謀にも先代の後を継いだ。私も副社長となり、精一杯サポートした。
七ヶ月程もがいた。二人の努力も空しく、残ったのは莫大な借金だけだった。なんと世知辛い。私の仮面はより一層色彩を失っていった。そしてオオツカに促されるまま、流されるまま、あの日来るはずであった樹海に足を踏み入れた。
数日、何も口にしていなかった。首吊り用のロープは用意していたものの、それを使う前に絶命しそうなくらい衰弱しきっていた。途中、落ちていたウイスキーを半分ずつ飲んで、二人とも歩けないほどふらふらになりながら薄暗い樹海を進んだ。
かなり無茶をして、随分奥まで来た。もうこの辺りでいいだろう。そう思った時、少し先でロープに首をかけようとしている若い女性が見えた。ロープを近づけたり離したりと、躊躇っているようだった。二人でその光景を眺めていると、女性は私たちが居ることに気付いたらしく、険しい表情でゆっくりと歩いてきた。
「・・・・殺してください。」
震えながら、彼女は言った。まだ死を躊躇っているようであった。私はどうしていいのか分からず、ただ首を横に振っていた。しかしオオツカは躊躇わずに、持っていたロープで彼女の首を力いっぱい締め上げた。思わず眼を伏せた。すぐそこで、声にならない声が聞こえた。「イヤ」と言っているようだった。間もなく彼女は天に昇った。私とオオツカも、彼女の傍に倒れこんだ。
オオツカがぽつりと言った。
「腹減ったなあ。」
もっと小さく言った。
「これ、喰えるかな。」
私はもっと小さく言った。
「さあね。」
精神もかなり磨り減っていたのだろう。気が付けば私たちは死肉を喰らっていた。新鮮で暖
かな肉を咀嚼し、嚥下しては、大量の涙を溢しながら嘔吐し、それを繰り返した。みぞおちから咽頭にかけての不快感と、涙目に風が当たる爽快感が高周波のエネルギーとなり、狂気を形成した。
嘔気を克服し、満腹になったオオツカが言った。
「生きていける。自殺を幇助して、そいつを食えば生きていける。何も死ぬことなんてないんだ。・・・・オオツカ食品、ここに旗揚げだ。」
なんと恐ろしい組織だろう。一瞬そう思ったが、私という人格にぴったりと張り付いてしまっている仮面に従うほかに道は無かった。
未完。
−ビオトープを読んで下さった皆様へお詫びとお礼とお願い−
このたびは「ビオトープ」を読んで頂き、誠に有難う御座いました。
この「ビオトープ」は、僕が初めて書いた作品です。数年間温めていたネタを、手探りで文章にしていきました。しかし書けば書くほど、自分の拙さが浮き彫りになっていくのを実感しました。自分の思考に、自分の表現力がついていかないもどかしさでいっぱいでした。
温めて温めてきたものなだけに、もっとしっかりした形で書きたい。そう思い、この時点で断念しました。
途中でやめてしまうことは、読んでくれている方々に対してとても失礼なことです。大変申し訳ないです。しかし初めて書いたもの。一生懸命書いたものに対して、第三者の意見がほしい。と欲が出てしまいました。
もしよろしければ、意見、助言、感想など戴きたいので宜しくお願いします。今後の参考にさせて戴きます。
いつになるかは分かりませんが、力をつけて続きを書きます。もしお目にかかることがありましたら、その時も読んで戴きたいと思います。
こんな拙い文章(しかも未完)を読んで戴き、心よりお礼申し上げます。
井上 讃恥




