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  本日二本目

 松明を持った(有)大塚食品の面々が横並び。縛り付けられた俺たちの目の前に立っている。俺とイクジを挟むようにして、両脇に小さな松明が立てられている。宴の前に儀式ってか。赤色系統の怪しい、異様な雰囲気がこの一帯を包んでいる。イクジは眼を瞑ってうつむき、もう終わったなあって顔をしながらも、後ろで縛られている手をぐねぐねと動かしている。俺は腰を下ろしてじっとしている。相変わらず腕は突っ張って、地味に痛い。


「えー、それじゃあ早速始めましょうか。」ジチョーが恵比須顔で言うと、シャチョーはゆっくり、大きく頷いた。「えー、まあ今回も、ハンチョーに最初のひと突きをお願いしたいんだが、えー、どうだろう。」なんとも憎たらしい言い方で、ジチョーは社員たちに同意を求めた。「異議なし。」と全員が揃って返した。カチョー、カカリチョーは「今度こそやってくれよ。」「しっかりしろ腰抜け。」なんて野次を飛ばす。ハンチョーはゆっくりと俺たちの前に立った。生の光を帯びない眼で、ずっと向こうの闇を見つめるように真っ直ぐ前を向き、腰を低くして槍を構えた。一見安定しているような構えだが、実際腰は退けている。

「えー、まあ、無理だったらいつでも言ってくれ。私が代わりにやってあげるからね。まあそんなへっぴり腰ではまあ無理だろうな。まあ今まで一度たりとも出来なかったんだ。今回だって無理だろうよ。はっはっはっ。」厭味な言い方はジチョーの得意技。ハンチョーもよくこんなヤツと一緒にいられるものだ。俺だったら絶対無理だな。ハンチョー、遠慮なくやっちゃいな。俺を突きなよ。そいつら見返してやんなよ。でもハンチョーはへっぴり腰のまま足がすくんで動けない様子。槍の先の雲母が、ぴぴぴと小刻みに震えている。



 二分ほど経っただろうか。全くこの儀式に進展は無い。社員たちは次々にため息を吐き出している。「早くしろ。」と言うやつもいれば、ハンチョーめがけて地面の砂を蹴り上げているやつもいる。イクジは縛っている紐を解こうと必死だ。ジチョーは何か言おうとしてハンチョーに歩み寄った。

 その時、ハンチョーの構えが変わった。雰囲気からして、まっしぐらにイクジに槍を突き刺そうとしているのが察せられる。ジチョーは「ほお。」と声をあげた。遂にハンチョーは動き出した。矛先はイクジの中心辺りを狙っている。標的のイクジは、さらに動きを大きくして意地でも抜け出そうとする。安定した歩行でハンチョーが迫る。イクジは叫ぶ。「やめてくれえぇ!」ハンチョーとイクジの距離が縮まる。フィニッシュか。



 ・・・・ぶつっ。何かが千切れたような音がした。なんと俺の手を縛っていた紐が切れたのだ。こんな絶妙なタイミングで切れたのだ。こんな絶妙なタイミングで、俺の手は自由になってしまったのだ。完璧に無意味。俺が自由になったところで、何もする気が無いのだから。しかし急に切れたもんだから、思わずああっと声が出た。ふつって音と、ああって声で、この場の全員の視線が俺に集中した。予想外の出来事で、時間が止まったって思うぐらいの静かな沈黙が生じた。俺はゆっくりと立ち上がり、両手を上に挙げた。万歳だとか、降参だとか、そんな意味ではなく、久し振りに自由になった手を労わりたかったから。

「別に俺は逃げないよ。何でもいいから早く俺のこと殺してくれよ。」びいんと伸びをしながら、かったるそうな顔で言ってやった。ハンチョーがまたあの表情をしたかのように見えたが、暗くてちゃんと見えないから本当はどうかわからない。どうかわからないが、槍は未だにイクジを目指している。俺の提案は却下ってわけだ。ハンチョーはまたイクジの方を向いて進んだ。イクジの動きはもう凄まじく「どらあぁ。」なんて怒声を上げている。最後の最後まで諦めない男イクジ。ハンチョーは構えた槍を少し後方に引いた。さあ、ハンチョーの初フライトだ。

 しかし、イクジは槍を突かせまいと、縛られた樹を中心にぐるぐると回り始めた。「分身の術!」なんて訳のわからないことも言っていやがる。見事なまでの悪足掻き。天晴れ、としか言いようがないね。是非とも肖りたいものだ。だが、ハンチョーは冷静に狙いを定めている。きっとあの死んだ眼で、無情にこの若者を殺すのだ。ああ神よ。お救いくださいまし。ラヴアンドピィス。アぁメン。


「走れ。」


 小さな声で、誰かが言った。その声が聞こえた次の瞬間、ハンチョーは力を込めて槍を突き出した。


ぶつっ。


 ハイ、本日二本目。イクジの手を縛っていた紐が切れた。もう、樹に縛られている者は誰も居なくなった。

「走れ!」

ハンチョーが叫んだ。いきなりのことで、状況が把握できないイクジであったが、手が解放されるやいなや、暗い森の奥目掛けてまっしぐらに突っ走った。

「走れ!」

俺の方を向いてそう言うんだけど、俺はどうして走らないといけないのよって思う訳だから・・・と思っている間に、ハンチョーに襟首を掴まれて引っ張られて、イクジの後を追うようにこの場所を離れた。

 

 気が付けば俺も走っていた。理由は分からないけど、必死で追いかけてくる(有)オオツカ食品に追いつかれまいと努力しているのだ。手も足も痺れていて正直きついが、何故か頑張っているのだ。松明から遠ざかり、真っ暗になってゆく森。目の前や、足元の障害物が見えずにぶつかったり、つまずいたり。

 そんなこんなで、すぐ後ろで聞こえていた足音が止んだ。振り返ってみると、シャチョーがハンチョーの前に立ちはだかっている。シャチョーは松明で、ハンチョーは槍で、お互いを威嚇しているようだ。社員たちは少し後方でそれを見ている。イクジは一番遠くから二人の対峙を眺めている。


 なんだろう。全身がどくどくと波打って、ひんやりとした心地の悪い汁が、脇の下からぽつぽつと落ちた。なんなんだろう。動けないんだ。動こうと思えないんだ。

 

 あの二人はじっと向かい合ったまま動こうとしない。誰も動かず、誰も何も言えず、ただほのかに揺れる松明の炎が、うつろな放射状の影を揺らめかせているだけだ。


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