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どんぶりドンピーとおしゃべりな玉子

作者: 小村トンボ
掲載日:2026/10/07

 どんぶり王国の子どもたちは、頭に具を乗せてはじめて大人のどんぶりになります。




 今日はどんぶり王国の成人式。


 まだ未成年のどんぶりたちは大きな式場の華やかな舞台の上に一列に並び、自分の順番が来るのを待っています。


 まだピカピカの白いごはんの上に具が乗せられるのを待っているのです。




「ドン山ドンのすけくん。」


 壇上のうな丼市長が厳かに名前を呼び上げると、


「はい!」


 名前を呼ばれたドンのすけくんはいささか緊張した面持ちで白いごはんからホカホカの湯気を立てながら、大きな声で返事をして一歩前に出ます。


「ぼくは!ぼくは牛丼になります!」


 ドンのすけくんが宣言すると、会場に来ているドンのすけくんのお父さんとお母さん、それにドンのすけくんのお父さんとお母さんじゃない人もみんなの歓声と拍手が湧きおこります。




 式場の外の広い芝生の庭には式場と同じくらい大きな特別のキッチンが作られていて、そこにはどんぶり王国じゅうから集まった腕利きのシェフたちが子どもたちの宣言を今か今かと待っています。


 「牛丼になります!」というドンのすけくんの元気な声がスピーカーから聞こえると、シェフだちは「よし!」と気合を入れ、おいしそうな音を立てて牛肉と玉ねぎと調味料を料理して牛丼の具をあっという間に作り、式場の舞台の上へと届けます。


 シェフから牛丼の具を受け取った市長は、まるで王冠でもかぶせるようにゆっくりと丁寧にドンのすけくんの白いごはんの上に牛丼の具を乗せます。


 するとまた式場は大歓声。


 こうして子どものどんぶりは一人前の大人になったのです。


「続きまして、ドン田ドン子さん!」


 うな丼市長が名前を呼び上げます。


「はい!私は!親子丼になります!」 


 ドン子さんの宣言に式場はまた大歓声。


 特にドン子さんのお父さんもお母さんも、それにおじいさんもおばあさんもみんな親子丼だったものだから、家族は娘が自分たちと同じどんぶりを継いでくれると知って大喜び、みんなうれし涙を流して抱き合いました。


 それを見てドン子さんの目にもキラリと涙が光ります。


「親子丼だ!」


 キッチンのシェフたちがテキパキと具材を調理して、市長が厳かにドン子さんの頭にそっと親子丼の具をおきます。


「わー!」


 式場はまたまた大歓声。


 大人になったドン子さんはうれしそうに家族へ手を振りました。




 昔のどんぶり王国の子どもたちは自由に自分の具を選ぶことができませんでした。親や家の決めた具で大人になるしかなかったのです。


 だけど今は自由に自分の具を選べます。自分がどんな大人になりたいのか、どんなどんぶりになってみんなを幸せにしたいのか、よく考えて、自分の意思で自分の具を選べるようになりました。




 あ、そうそう。


 大事なことを言い忘れていました。


 どんぶりの具は、一度選んで頭に乗せてしまったら最後、取り消しができません。


 たとえば、白いごはんの子どもから天丼の大人になったどんぶりはそれから一生天丼でいなければならないのです。やっぱり天丼は嫌だ。カツ丼がいいということも、もう一度白いごはんに戻って考え直す、ということも絶対にできません。


 人間も大人になったら最後二度と子どもには戻れないのとおんなじです。


 だからどんぶりの子どもたちは自分がどんな具を選び、どんな大人のどんぶりになるか、とても悩みます。なにしろ一度決めたらやり直しがきかない、一生を左右する大問題です。子どものどんぶりたちは成人式のずーっと前からなんどもなんども考えて、たくさんのたくさんのいろんな大人に相談し、仲間の子どもたちとわいわいわいわい話し合ってようやく自分の具を決めます。


 そうやってどんぶりの子どもたちは重い大事な決断を自分の力で決めて大人になります。




 あんなに小さなどんぶりだったわが子が、成人式で立派な決断するのを見て、お父さんもお母さんもさみしいようなうれしいような、悲しいような誇らしいような複雑な気持ちになります。


 一方、成人式の子どもたちも立派な決断を自分の力で成しとげてほっとした気持ちと、大人になった不安な気持ちと、それにもう戻れない子ども時代をなつかしむ気持ちとがごちゃまぜになった不思議な気持ちでいました。




 その日の成人式も順調に進み、壇上にはできたてほやほやの新成人のどんぶりたちがおいしそうな湯気を立てて並んでいます。


 牛丼、親子丼、天丼、カツ丼、海鮮丼、カレー丼、中華丼、角煮丼。


 みんな頬を赤らめうれしいような照れくさいような顔をして壇上に立っています。


 そんな子どもたち、いえ、今は大人になった子どもたちを会場の家族たちも目を細めてながめています。


「ドン村ドンピーくん!」


 うな丼市長が疲れも見せず朗々と名前を呼び上げます。


 ついに、ドンピーにも自分の具を宣言する順番がきました。


 会場にはドンピーのお父さんとお母さん、妹たちと弟たち、それに親友のお漬物のタクアンくんもいて、みんなドンピーの順番を今か今かと待っていました。


 お母さんなんかはドンピーの名前が呼ばれたうれしさでついパチパチと拍手をしてしまい、まわりの人たちに注目されてしまいました。


「はい!」


 ドンピーは他の子どもたちと同じように胸を張り、元気に返事をして前へ一歩出ました。


「はい!」


 緊張しているのでしょう。ドンピーはもう一度市長の前で返事をしてしまいました。静まり返った会場からチラホラ笑いが起こりましたが、すぐに静かになりました。


「ぼくは!ぼくは!」


 今まさに宣言をしようとするドンピーに会場の視線が集まります。とくにお父さんとお母さんは誰よりも真剣な顔で息子が大人になる瞬間を見守っています。


「まだ決めていません。」


 ドンピーが消え入りそうな声で言いました。


 会場も、壇上の新成人たちも、並んでいるこれから新成人になるどんぶりたちもみんなあきれて口をあんぐり開けてドンピーを見つめました。


 ドンピーのお父さんとお母さんもびっくりして誰よりも大きな口を開けてドンピーを見つめています。


 そのお父さんとお母さんの顔があまりにもおもしろかったのでしょう。ドンピーのいちばん小さな妹のドンチーがケラケラと笑い出してしまいました。


 すると会場にいたどんぶりたちもみんな一斉に笑いだしました。


 みんなが笑っている中で2人だけ、ドンピーのお父さんとお母さんだけは悲しい顔をしています。その顔を見てドンピーも悲しくなりました。




 夕方、夕焼けの丘の上でドンピーは親友のタクアンと座っていました。


「まったく前代未聞だぜ。成人式が終わってもごはんが白いままなんてさ。」


 タクアンがあきれました。


「決められなかったんだ。ずっとずーっと考えても自分がどんなどんぶりになりたいのか、わからなかった。」


 ドンピーはそう言ってうつむきました。


「で?どうするつもりだ?ずっと子どものままでいるつもりなのかい?」


 タクアンがため息まじりに聞きました。


「いや、ぼくだってちゃんと立派な大人になる。明日大きな市場へ行ってみるよ。」


 ドンピーはそう言って立ち上がりました。


「市場ならいつも行ってるじゃないか。」


 タクアンが口を尖らせます。


「ぼくたちの街の小さな市場じゃない。遠い山のかなたにあるという伝説の大市場だ。そこには世界中の食材が集まっていると聞いたよ。そこに行けば、きっとぼくにピッタリな具が見つかるはずさ。」




 翌朝早く、ドンピーは心配そうに見送るお父さんとお母さんと小さな弟たちと妹たちに別れを告げ、親友のタクアンと一緒に家を出ました。


 街を出て、国境の城壁を抜けて、大きな山を二つと小さな山を三つ、大きな川を一つと小さな川を五つ、それにたくさんの深い沼とそれから地球の果てまで続く広い森を超えてたところにある大草原の真ん中に、ようやく二人は目指す大市場にたどり着きました。


「本当にここかい?伝説の大市場ってわりにはやけに小さくないか?」


 タクアンの言う通り、『大迷路市場』と看板の出ている建物は大草原にポツンと建つちっぽけなほったて小屋でした。


「ああここだここだ、たしかにここだ。間違いない。看板に『大迷路市場』って書いてあるだろ。」


 と返事をしたのはドンピーではありません。


 二人は顔を見合わせて上を見ると、屋根の上に一羽のフクロウがとまっていました。


「こんにちはフクロウさん、ぼくたちは、」


 ドンピーが言いかけるとフクロウは羽をバサバサ言わせて飛び去ってしまいました。


「なんだい。意地悪なフクロウだな。」


 今度も言ったのはドンピーでもタクアンでもありません。


 言ったのは看板でした。二人はまた顔を見合わせました。


「困ったら看板に聞く。お前たちそんなことも知らないのか?」


 大迷路市場の看板が言いました。


「すいません。僕たちの国では看板は見るもので聞くものではなかったので。」


 ドンピーはあやまり謝りました。


「フン。どうせ見てばかりで聞いたことなどなかったのだろう。聞いたこともないのに看板が話さないとなぜわかる?聞けば語る。」


 と看板。


「では看板さん。聞きます。ぼくはぼくにふさわしいどんぶりの具を売っている店を探しています。」


 ドンピーが聞きました。


「ふむ。いいだろう。教えよう。まずこの扉を入る。まっすぐ50歩歩く。後ろを振り向く。そしたらまたまっすぐ50歩歩く。すると右側にある店がどんぶりの具をたくさんそろえておる。」


 と看板がもったいぶった話し方で教えてくれました。


「ありがとう看板さん!」


 ドンピーはお礼を言って扉を開けようとしたけれど、タクアンはまだ看板を見上げています。


「ちょっと待って。看板さん、50歩前に行ってそこからまた50歩後ろに戻ったら、元に戻ってしまうよ。どんぶりの具の店はこの扉を開けてすぐ右側、いや違う、左側にあるのだろう?」


 タクアンはそう言って胸をはりました。


「そうかもしれないし。そうでないかもしれない。まずは扉を開けてごらん。扉を開けないとなにもはじまらない。」


 看板は眠そうに言いました。


 


 扉を開けると、小屋の中は思ったより広いものでした。


 正直に言うと、小さなほったて小屋からは想像もできないほど市場の中は何千倍も広いものでした。


 正面には長い通路がずーっと先まで続いていて、どこまで続いているのか突き当たりも見えません。通路の両側には色とりどりのきらびやかな店が、これもまたずーっと向こうの先が見えないところまで続いています。右を見ても左を見ても、それぞれずーっと先まで通路が続いていて先が見えませんし、通路の両側にはやっぱりきらびやかな店が先が見えなくなるまでずーっと向こうまで並んでいます。


 入ってすぐの左側は金ピカのトロフィを山のように売っている店でした。


 右側は過去の新聞を全部売っている店でした。


 どちらもどんぶりの具は売っていません。


「ドンピー!後ろを見てみろ!」


 ドンピーが後ろを振り向くと、いつのまにか扉がなくなっていて、先の見えない通路がずーっと向こうまで続いていて、両側にはやっぱりきらびやかな店がずーっと向こうまで並んでいました。


「看板さんの言うとおりに行ってみよう。」


 ドンピーが言いました、


「そうしたほうがいいね。看板に書いてあったとおり、たぶんここは迷路の市場なんだ。」


 タクアンもうなずきながら言いました。




「いち。にい。さん。」


 ドンピーが一歩一歩数えながら歩くと、


「いち、にー、さん、しー、ごー、」


 タクアンも数えながら歩きます。


「さん、しー。ごー。ろく。」


 とドンピー。


「ろく、しち、はち、きゅー、じゆー、」


 とタクアン。


 どんぶりとたくわん、二人は歩幅がぜんぜん違うのでぜんぜん歩数も合いません。


「まてまてタクアン、きみの一歩は小さすぎるよ。」


 ドンピーが口をとがらせると、


「ドンピー、きみの一歩が大きすぎるんだ。それじゃあきみが50歩あるいたらぼくは100歩あるいてしまう。」


 とタクアンも言い返します。


「だけどタクアン、きみの50歩にぼくが合わせたら、ぼくはまだ10歩しか歩いていないことになる。これじゃあ看板さんの言うとおりにならない。」


 とドンピー。


「じゃあこうしよう。ぼくはぼくの50歩で行く。ドンピーはドンピーの50歩で行ったらいい。そうしたらどっちかは必ずどんぶりの具の店にたどりつくってわけだ。」


 とタクアン。


「なるほどそれはいい考えだ。さっそくそうしよう。ちょっと待て!タクアン、まわりをよく見てみろ。ここはどう見ても小さな店がいっぱい集まった市場だけど、どう見ても迷路だ。ぼくたち一度はなれてしまったら二度と会えないんじゃないかな?」


 ドンピーにそう言われるとタクアンも不安になってきました。


 なにしろまわりは見るたびに店も景色もぜんぶ変わってしまいます。なにより自分たちが入ってきた扉がもうどっちの方向を見てもないのが二人をどうしようもなく不安にさせていました。


 たしかに、ここで別れたらもう二度と二人は会えないような気がしました。


「まあそうだな。探しにきたのはぼくのじゃなくてきみの具だ。ぼくはつけものだからどんぶりの具なんていらないんだ。ぼくが店を見つけたってしょうがない。ドンピー、きみの50歩で行こう。」


 とタクアンは言いました。


「そうだよ。ぼくのどんぶりの具なんだ。だからぼくの50歩で行かないと。さあ行こう。」


 とドンピーは言いましたが、なぜかその場から一歩も動こうとしません。


「どうした?さあ行こうぜ。」


 タクアンがうながしてもドンピーは動こうとしません。


「なにをやってる?さっさときみの具を見つけて、さっさとこんなところから出よう。さあ!」


 タクアンがそう言ってドンピーの肩を揺すってもドンピーは困った顔をして歩き出そうとしません。


「大丈夫か?」


 タクアンが心配になって聞きました。


「ぼく、何歩まで歩いたか忘れちゃった。」


 


 二人はすっかり道に迷ってしまいました。


 大迷路市場の迷路にすっぽり迷い込んでしまったのです。


 もともと、どんぶりというのはどんぶり勘定といって数字を数えることが苦手です。ドンピーもどんぶりだからいつもどんぶり勘定。前へ進むたびに途中で必ず数えまちがえます。


 最初からやり直そうと来た道を元に戻っても、なぜか元いた場所には絶対に戻れません。必ずいつもはじめて見る場所に来てしまいます。


 それに四つ角に立てば、自分たちがどこから来てどっちへ行こうとしているのかまったくわからなくなってしまいます。


「タクアン!そっちじゃない!まっすぐって言われたんだからまっすぐ行かないと!そっちは右じゃないか。」


 とドンピーが怒れば、


「ちがうよ!こっちがまっすぐなんだ!だいたいドンピー!きみは今よんじゅうって言ったね。その前がさんじゅうごって言ったんだから次はさんじゅうろくって言わないとダメだ!よんじゅうじゃ5歩も飛ばしてるよ!」


 とタクアンも言い返します。


 そんな感じで二人は行ったり来たり、来たり行ったり。


 おまけに近くの店の人に道を聞いてもみんながちがうことを言います。どこまで行ってもどんぶりの具を売る店にはたどり着けません。


 もうどのくらいの時間が経ったのでしょう。


 二人はすっかりわからなくなってしまいました。もう何十時間も、いいえ、何日もずっと市場の中をさまよい歩いているような気がしてきました。




「おーい、きみたちきみたち、さっきからこの店の前を何度も何度も何度も通り過ぎているようだけど、道に迷ったようだね。」


 呼びかける声にドンピーとタクアンは立ち止まり、あたりを見回しました。


 だけどあたりはたくさんの人とごちゃごちゃの店ばかりでどこから声が聞こえてきたのかわかりません。だいたい自分たちにかけられた声なのかどうかもわかりません。ふたたび二人が歩き出そうとすると、また声が呼びかけます。


「待て待て。こっち、こっち、今行こうとしただろ?そんな気がする。行ったらダメだよ。ぼくの話を聞いてくれ。」


 ドンピーとタクアンが声のする方向を探すと、声は玉子屋の中から聞こえてきます。


 その店は世界中から集められた色とりどり大小さまざまな玉子が小さな店いっぱいに並べられていて、声はレジのあるカウンターの上から聞こえてきます。


 カウンターのうしろを覗きこむと小さなおじいさんが鼻から玉子みたいな鼻ちょうちんをふくらませて昼寝をしていました。


「ちがう。たぶん違うよ。見えないから見えないけど。いつもみんな最初にそっちを見て『この人じゃない』って言うんだ。だから、たぶんきみたちもそっちを見てるのだろう?こっち、こっち。ぼくがきみたちに話しかけている。」


 見るとカウンターの上に白いピカピカの玉子が一個だけ小さなふかふかのざぶとんの乗せられていました。


 どうやら声はこの玉子の中から聞こえてくるようです。


 ドンピーとタクアンが玉子に顔を近づけると、


「わっ!」


 玉子が叫んだので、ドンピーとタクアンは少しびっくりしました。


「あはは、今びっくりしたろ?見えなくてもわかる。」


 玉子は笑いながら言いました。


「きみは、見えないのかい?」


 ドンピーがおそるおそるざぶとんの玉子に聞きました。


「見えるわけないだろ!玉子の中なんだから。カラの中にいるんだから手も足も出ないよ。あはは。玉子の中にいるせいで、ぼくは自分がなんなのかもわからないんだ。見えないし動けないからね。はたしてぼくは鳥なのか、果たしてヘビなのかトカゲなのか、はたまた猫なのか、もっと大きく馬なのか、さっぱりわからない。『おまえは竜かもしれないぞ』ってそこで寝ているおじいさんは言ったけど、ぼくはやっぱり猫な気がするな。だって他の玉子たちはこんなにしゃべらないだろ?猫はおしゃべりなんだろ?だれかが言ってたぜ。そこにいるおじいさんはぼくが猫に転がされているところを拾ったって言うんだ。ねえ、きみたち、猫って知ってるかい?ぼくは知らない。あれ?きみたち?きみたち?」


 玉子が一人でしゃべっている間に、ドンピーとタクアンは目的の店と大事な出口を探すため、すでに歩き去っていました。




 数十分後、再び迷っているドンピーとタクアンがあーでもないこーでもないと言いながら玉子の店の前にやって来ました。


「おーい、きみたち、また来たね。ちょっと寄って、」


 玉子が呼んでもドンピーとタクアンは玉子を無視して行ってしまいました。




 それからまた数十分後、まだ迷っているドンピーとタクアンがまた玉子の店の前に現れました。二人ともやっぱりまだあーだこーだ言ってはいますが、今度は半ベソをかいています。


「やあきみたちまた来たね!だからぼくの話を聞いたらいいんだ。さあこっちへおいでよ。」


 ざぶとんに乗った玉子が呼びかけます。


 ドンピーとタクアンが足を止めて店の中を見るとおじいさんはまだ寝ています。


「きみたちはぼくが玉子だからって何も知らないと思ったら大きな間違いだぜ。」


 玉子が言いました。どうやらカラの中で胸をはっているようです。


「ぼくたちが探している店をきみは知っているのかい?」


 ドンピーは聞きました。


「知らない。」と玉子。


「さよなら。」


 ドンピーとタクアンは背を向けました。


「待て待て待て待て。きみたちはなんの店を探しているのかぼくに言ってないよ。ただ店って言っただけじゃさすがのぼくだってわからないさ。だってここには何十万って数の店があるんだぜ。そう、そこのおじいさんが言ってた。この市場にはなんだってある。豚を売る店も、牛を売る店も、鳥を売る店も、服を売る店も、でもどうやって豚だの牛だの売るのかな?あいつらじっとなんかしていないぜ。動くものを売るなんてどうかしてるな。売るなら玉子に限る。玉子は動かないから。さあ、どの店か言っておくれ。そうしたら教えてあげてもいい。あれ?また行っちゃったのかい?おーい、きみたち、おーい。」


「ここにいるよ。」とドンピー。


「たしかにこの玉子の言うとおりだ。ドンピー、ぼくたちはこのおしゃべりな玉子になんの店を探しているのか言ってなったよ。」


 タクアンがうなずきながら言いました。


「そうだね。ねえ玉子くん、ぼくたちはどんぶりの具の店を探しているんだ。」


 ドンピーが聞きました。


「ああ!どんぶりの具の店か!」と玉子。


「知ってるの!」


 ドンピーとタクアンは目を輝かせました。


「知らない。」


「さようなら。」


 ドンピーとタクアンがかっくりうなだれて去ろうとするのを玉子は必死に止めます。


「いや、待って、うそだ。うそをついたんだ。本当は知ってる。どんぶりの具の店だっけ?うん、たぶんよく知ってる。」


「本当に知ってるの?!


 ドンピーとタクアンは少しだけ元気になって玉子に聞きました。


「ああ知ってる。知ってるとも。」


 ドンピーとタクアンはワクワクして玉子が店の場所を教えてくれるのを待ちました。


 けれども玉子は急にだまってしまいました。


「ねえ、玉子くん、早く教えておくれよ。」


 タクアンがうながすと、


「まあ、そうだね、こうしよう。ぼくをここから連れ出してくれ。そしたら教えてあげる。」


 玉子が言いました。


「わかった。」


 ドンピーはそう言って、そおっと両手で玉子を持ち上げると、自分のどんぶりのフタの丸いくぼみにのせました。


「さあ行こう!」とタクアン。


「待って!」


 玉子が言いました。


「ぼくはこの店の玉子だ。タダってわけにはいかないよ。いくらでもいい。そのぼくのざぶとんのうえに小銭を置いてくれないか?」


 玉子が頼むので、ドンピーは財布から1ペンス硬貨を取り出してざぶとんの上に置きました。


「置いたかい?それでいい、それでいい。おじいさん、長い間お世話になりました。ぼくは旅立ちます。いつか立派な玉子になって帰ってきますので、その時までどうかおじいさんもお元気でいてください。それでは、ごきげんよう。」


 玉子が別れのあいさつをしてもおじいさんは椅子で寝たまま目を覚ますことはありませんでした。


「さあ出発だ!」


 玉子がドンピーのどんぶりのフタの上でいきおいよく声をあげると、3人は玉子屋の外へ飛び出しました。




 30分後。


「さあ着いたぞ。ここだ。まちがいない。」


 玉子が元気よく言いました。


「ああたしかにここだ。まちがいない。」


 タクアンがうんざりして言いました。


「どうした二人とも?目的地に着いたんだからもっと喜ばないと。」


 玉子が不満げに言いました。


「玉子くん、ここはどんぶりの具の店じゃなくて、きみのいた玉子屋だよ。」


 ドンピーは疲れ切って自分の頭の上のフタに乗っている玉子に言いました。


「ドンピー、せっかくここに戻ってきたんだから、この玉子を返品しよう。」


 タクアンはもう怒っています。


「待て、待ってくれ。返品だけは勘弁してくれ。ぼくはやっと自由になったんだ。またざぶとんの上にずっと座ってるなんてもうごめんだ。ぼくは外の世界へ出たい。玉子ってそういうものだろ。」


 と玉子。


「正直に言ってほしい。」


 ドンピーは頭の上の玉子に真剣な顔で言いました。


「玉子くん、きみは本当はどんぶりの具の店がどこにあるかなんて知らないんじゃないのかい?」


「本当のことを言っていいのかい?」


「うん、言ってくれ。」


「本当のことを言ったら怒らないかい?」


「うん、怒らない。」


「じゃあしかたない、本当のことを言うよ。きみたちがどうしてもって言うから、本当は言いたくないけど本当のことをいうよ。ああそうさ、ぼくはどんぶりの具を売る店なんて知らない。さあ、本当のことを言った。どうだ?」


 玉子がすずしい顔で言いました。


「こいつ!割って食べちゃおう!」


 タクアンの堪忍袋の緒が切れました。


「怒らないって言ったじゃないか!ウソつき!」   


 玉子は泣きながら言いました。


「ウソつきはきみのほうだ!」


 ドンピーも泣き出しました。


「ぼくがきみたちの行きたい店なんて知るわけない!だってぼくはカラの中だ!何にも見えないし、手も足も出ない!ぼくがいったいなんなのかもわからないんだ!ぼくは、ただ外へ出たいだけだ!」


 玉子は泣きながら言いました。




ボーン、ボーン、ボーン。


 市場内にチャイムが鳴り響き、それに続いてもの悲しいアコーディオンによる“蛍の光”の曲が流れてきました。


「閉店だよ。市場の営業はこれをもって終了だ。」


 ドンピーとタクアンとドンピーの頭の上にのった玉子、3人に天井から声がふってきました。


 見上げると『出口』と書かれた看板があります。


「さっきこんな看板あったっけ?」


 とタクアン。


「さあ?見なかったな。」


 とドンピー。


「だけど看板さん!ぼくたちはどうやって外へ出たらいいんです?出口なんてどこにもないじゃないですか?」


 ドンピーは言いました。


「そうかな?たいていの場合、看板に書いてあるものは看板の下にあるものだよ。」


 と看板。


 ドンピーたちが看板の下を見るとたしかにありました。


 さっきまで何もないと思っていた場所にいつもまにやら立派な扉ができていて、大きく開いていました。


 扉の向こうにはドンピーたちがやってきた広い草原が見えました。


「さあさあ、市場は店じまいだ。お客さんは外へ外へ。」


 看板がうながすと周りにいたお客さんたちもいっせいに外へ出始めます。


「外だ!やったー!外へ出られるぞ!」


 一番興奮したのは玉子です。


「待って!」


 とドンピー。


「ぼくはまだどんぶりの具を見つけていない。次に市場が開くのはいつです?看板さん、明日も市場は開くのでしょう?」


「次に市場が開くのは10年後の今日。明日はない。あさってもない。しあさってもない。あるのは10年後の今日。市場があるのはいつも今日だけ。昨日もない。今日だけ。」


 出口の看板が重々しく言いました。


「そんな。もう10年も待てないよ。ぼくはすぐに大人にならないといけないんだ。看板さん、どんぶりの具の店を教えてください。すぐに買ってきますから。」


 ドンピーは言いました。


「わしが知っているのは出口だけ。この出口もまもなく閉まる。わしの仕事も終わる。」


 と看板が言うとゆっくりと扉が閉まり始めました。


「ドンピー!もういいじゃないか!さあ!出よう!」


 タクアンがしびれを切らして言いました。


「だけどぼくは大人にならないといけないんた!大人にならなければ国へは帰れない!このごはんの上にのせる具を見つけないと!」


 タクアンが叫びます。


「具なんてなんだっていいじゃないか!親子丼だって!カツ丼だってみんな立派などんぶりだ!何が気に入らないんだ!」


 とタクアン。


 扉はゆっくりと閉まり続けています。


「わからない!ぼくには、ぼくにはもっとピッタリなどんぶりの具がある気がするんだ!もっともっと探してみないと!」


 ドンピーは泣きながら言いました。


「早く出ないと迷路に閉じ込められてしまうぞ!」


 タクアンが叫びます。


「ぼくは具を探したい!」


 ドンピーを叫びます。


「ちがう!きみは大人になりたくないだけだ!だから具を決められなかった!きみはどこへ行ったって具なんて見つけられない!だって大人になりたくないんだから!旅に出たのも言い訳さ!大人になりたくなくて逃げたんだ!」


 タクアンはずっと心に思っていたことをつい叫んでしまいました。


「ぼくは!ぼくは大人になりたい!だから悩んでるんじゃないか!」


 とドンピー。


「そんなもの!大人になってから悩め!白いごはんのままのくせに一人前みたいなこと言うな!」


 とタクアン。


「なんだって!きみは漬物だからなにもわからないんだ!いつだってきみたち漬物はどんぶりや定食のそばで転がってるだけじゃないか!」


 ドンピーはつい心にもないことを言ってしまいました。


「なんだと!」


 タクアンはドンピーにつかみかかりました。


 二人は取っ組み合いのケンカを始めてしまいます。


「おーい、きみたち、なんだ?ケンカをしてるのかい?ぼくは玉子の中だからなにも見えないや。その話しかたとこのゆれかただと、どうやらケンカをしているようだね。でも大丈夫かい?出口は閉まっちゃうんじゃないかな?あのギーっていう音は扉の閉まる音じゃないかな?それとも開く音なのかな?見えないからわからないや。ケンカをしながらでいいから教えてくれないか?」


 玉子が、ドンピーのどんぶりのフタの上から呼びかけたので、タクアンとドンピーはハッとして取っ組み合いを止め、扉を見ました。


 扉はもうまもなく閉まりそうなところまで来ています。


「ドンピー!」とタクアンが呼びかけると、


「タクアン!」とドンピーはこたえ、


 二人は扉の細い隙間からサッと外へ転がり出ました。


 ドスーン。


 二人の背後で扉が重い音を立てて閉まり、同時に扉自体がふわっと消えました。


 扉だけではありません。


 市場だったほったて小屋霧のように消えました。


 広い広い草原にいるのは二人だけ。


「あっ!玉子がいない!」


 タクアンが叫びました。


「しまった!飛び出た時に落ちたんだ!」


 とドンピー。


「おーい玉子。どこだー。」


 二人は必死になって探しましたが、いません。


「もしかしたら市場の中に落ちたのかも。」


 とドンピー。タクアンもそんな気がしてきました。


「あいつ、楽しいやつだったな。」


 タクアンが言いかけると、


「おーい、ここだ、ここだ。」


 草むらの中から聞こえてきました。


 ドンピーとタクアンはほっとして草原に寝転びました。


 空には見たこともないほどたくさんの星が広がっています。


「なあ!閉まりかけてたのかい?そうだろ?扉は閉まりかけてたんだろ?ぼくが言ったから、ぼくのおかげで、きみたちは外に出られたんだろ?」


 玉子がまくしたてました。


 でもドンピーもタクアンも星空の草原に寝転び、なにも言いませんでした。


「なあ、そうだろ!ぼくのおかげなんだろ!」


 と玉子だけがうれしそうでした。




 やがてタクアンが立ち上がりうつむいて歩き出すと、続いてドンピーも立ち上がり、うつむいてその後ろを歩き始めました。


 二人は星空の草原をトボトボと歩き、一言も話しません。


「どこへ行くんだい?なあ二人とも、どこへ行くかくらい教えたくれてもいいだろ?わかった。これはクイズなんだな。どこへ行くかクイズだ。待ってろ。今当ててやるから。うーん、わからないや。たのむ。ヒントをくれ。わかった。そうだ!家だ!家へ帰るんだろ?そうだ。そうにちがいない。だってみんな家に帰るんだ。誰だって家に帰る。そうだ、家があったよ。でも家ってなんだ?ぼくのカラのようなものかい?」


 玉子だけがひっきりなしにしゃべり続けていました。




 星空の草原をドンピーとタクアンは夜通しなにも話さずにうつむいて歩きました。


 玉子だけが一人ペラペラとずっと話し続けていましたが、やがて眠くなったのか、寝てしまったのか、カラの中なので見えませんが、なにも話さなくなりました。


 やがて東の地平線が紫色に光りだし、小さな星から順に夜空の奥へ帰りだします。


 夜明けが近づいてきたのです。


カタ、カタカタカタ。


「ドンピー、フタがちゃんとしまってないぞ。カタカタいってる。」


 ようやくタクアンが口をききました。


「変だな。フタはちゃんとしまってるけど。ちょっ見てくれないか?」


 ドンピーもようやく口をききながら、かがんで自分のフタの様子をタクアンに見せました。


「大変だ!」


 とタクアン。


「どうした?」


 ドンピーも心配になります。


「玉子がカタカタ震えてる。おい玉子、大丈夫か?」


 タクアンが聞きました。


「さ、さむい。」


 玉子が元気なくこたえました。


「玉子、寒いのか?」


 ドンピーも心配してききました。


「さ、む、い、」と玉子。


「これは大変だ!すぐに温めてあげないと。明け方の冷え込みで寒くて死にそうになってる!」


 タクアンが叫びました。


「さむい、さむい、」


 玉子はガタガタ震えて、ドンピーのどんぶりのフタをカタカタ鳴らしています。


「温めるって言ったって。どうしよう。困ったな。」


 ドンピーが周りを見回しても、草原がどこまでも続いているだけであたりにはなにもありません。お日様が上れば少しは暖かくなりそうですが、東の空はまだ紫色でお日様が顔を出すのはまだ先のようです。


「そうだ!」


 ドンピーが何かを思いつき、両手でフタを持ち上げて地面にそっとおきました。


 すると、どんぶりの中から白い湯気をあげ、湯気よりもずっと白いツヤツヤの温かいごはんが現れました。


「さ、さむい。」


 フタの上では玉子が元気なく震えています。


「待ってろよ。すぐに温めてあげるから。」


 ドンピーはそっと両手で玉子を持ち上げると自分のごはんの上にやさしくおいてあげました。


「はあぁ。あたたかい。」


 カラの中から玉子のほっとした声が聞こえました。


「生きかえるぅ。はぁ〜気持ちいい。ここは天国かい?」


 元気を取り戻した玉子を見て、ドンピーとタクアンはニコッとして顔を見合わせました。




 草原をぬけ、森を抜け、そのほか数多の山と川と沼とそのほかを越えて、ドンピーとタクアンそれに玉子はようやくどんぶり王国まで帰ってきました。


 城壁から入ってきたドンピーを見て、他のどんぶりたちはクスクスと笑い出しました。


「笑い声がそこいらじゅうから聞こえるな。なかなか明るくて良い国みたいだ。これから楽しいことがいっぱい待っていそうだぜ。」


 玉子がドンピーのごはんの上からうれしそうに言いました。


「そうかい?ぼくはそうは思えないね。これから大さわぎにになると思うよ。」


 タクアンは言いました。


 ドンピーは元気なくうつむいています。




「ああ!なんてこと!ドンピー!なんでこんな姿に!」


 ドンピーの姿を見るやいなやドンピーのお母さんは泣き崩れました。


「ドンピー!いいお母さんじゃないか!息子の帰りをこんなに喜んでくれるなんてさ。うらやましいよ。ぼくなんて、ああ、お母さんがどこにいるかもわからない。ドンピー、ぼくのことをお母さんに紹介してくれよ。ねえドンピー、ドンピー?」


 頭の玉子が話しかけてもドンピーは何も言いませんでした。


「ドンピーはそれどころじゃないらしいよ。」


 タクアンが玉子に言いました。


「おお!ドンピー!これはどうしたことだ!説明してくれ!」


「その声はドンピーのお父さんかな?うん。お父さんに違いない。声に少しだけドンピーっぽいところがある。こんにちはお父さん。なにしろこの二人がぼくを紹介してくれないものですから、ぼくは自分で自己紹介するしかありません。自己紹介といっても、ぼくには名前がありません。この二人がぼくを玉子、玉子と呼ぶからたぶん名前も玉子なんだと。でも玉子なんで名前があると思いますか?ぼくにはもっとステキな名前があるはずなんです。たとえば、そうだな、こんなのはどうかな?って言っても思いつかないや。ねえドンピー、きみはどう思う?」


「お父さん、お母さん、これには深いわけがあるのです。ぼくのごはんで温めてあげなければ、この玉子は死んでいました。だからしかたなかったんです。」


 ドンピーは玉子を無視して言いました。


「そうそう。そんなこともあったね。きみは凍えるぼくを温めてくれた。そうしてくれなければ、ぼくは今ごろ、死んでた?死んでたの!ぼく、死んでたのか!あれ?なんでだれも答えてくれない?おーい、だれかー、そこにいますかー?そうか、だれもぼくの命には興味がないんだ。」


 玉子はしゃべり続けていますが、みんなそれどころではありません。


「ドンピー、おまえはこの国のしきたりを知っているな。」


 ドンピーのお父さんは重々しく聞きました。


「はい。」


 ドンピーはうつむいて答えました。


「一度ごはんの上に食べものをのせてしまったら取り消しはできない。」


「食べもの?」と玉子。


「その通り。」


 ドンピーのお父さんはドンピーに語りかけました。


「だれでも自分の頭に具をのせたら、その時点でもう大人だ。取り返しはつかない。二度と子どもには戻れなないのだ。」


「もう戻れない。」


 玉子は何も分かってないのにとりあえずオウム返ししてみました。


「でもお父さん、これは具ではありません。」


 ドンピーは訴えます。


「ではなんだ?」


「これは、その玉子です。」


「ではどんぶりの具だ。」


「そうだ具だ。なに?具?は、は、は、お父さん困るな。ぼくが具だなんで。ぼくは、具なの?で、具ってなんだ?ねえドンピー、タクアン、ぼくは、」と玉子。


「どこで手に入れた?」とお父さんはドンピーに聞きます。


「玉子屋です。」とドンピー。


「ああ!」


 ドンピーのお母さんがまた悲しげな悲鳴をあげました。


「これはたしかに玉子屋で買ったものです。だけど違うんです。道を聞くために買ったんです。ぼくの具にするためではありません。具ではなくて、これは、その、ぼくの友だちなんです。」


 ドンピーは必死に言いました。


「ああ!」


 今度は玉子が悲鳴をあげました。


「友だち!なんて美しいことばなんだ!友だち!ああ!うれしいな。友だち?ぼく、君たちの友だちなのかい?」


 玉子がそう言うと、タクアンはそっとやさしく玉子に手を置きました。


「ありがとうタクアン、それにドンピー。ぼくたちは友だちだ。うれしいな。ああ!友だち!友だちが何かは知らないけど、なんかすごく良いものな気がするよ。友だち、友だち、ああ!すてきだなあ!」


 玉子はうれしそうに興奮しています。


「ともかく、これから出かけて行ってえらいどんぶりたちに聞いてみよう。なんだかんだ言っても、これはまだ割る前の玉子だ。もしかしたらまだやり直しがきくかもしれない。母さん、出かける支度を整えてくれ。」


 お父さんはそう言ってドンピーと頭の玉子を連れて出かけました。タクアンも面白そうなのでついて行きました。




 お父さんとドンピーたちはまずうな丼市長を訪ねました。市長は成人式の責任者だからです。


「うーん、こんなことは前例がない。」


 市長はそう言ってお父さんとドンピーたちを連れて大臣のところへ行きました。大臣は市長よりもえらいからです。


「これはどうしたものか、わしの仕事ではない。」


 大臣はそう言って、市長とお父さんとドンピーたちを連れて学者のところへ行きました。学者はなんでも知っているからです。


「さあ困った。これは私の知識ではどうしようもない。」


 学者はそう言って、大臣と市長とお父さんとドンピーたちを連れてお坊さんのところへ行きました。お坊さんが神様に答えを聞いてくれると思ったからです。


「さてさて、どんなにお祈りしてもこれには答えが出ん。」


 お坊さんはそう言って、学者と大臣と市長とお父さんとドンピーたちを連れて、裁判官のところへ行きました。裁判官なら判決を下してくれると思ったからです。


「こんなことは法律にないから判決は下せん。」


 裁判官はそう言って、お坊さんと学者と大臣と市長とお父さんとドンピーたちを連れて、どこかへ行きました。


 こうしてお父さんとドンピーたちはいろんなところへ相談に行きましたが、そのたびに「わからない」と言われ、そのたびに連れて行くどんぶりが一つづつ増えて行きました。


 そしてついにお父さんとドンピーたちが宮殿の王様の前に連れてこられた時には、一緒にいるどんぶりも千を超えていました。


「なるほど。そちは今白い玉子を頭にのせている。それを取り消せと言うのだな。」


 どんぶり王は玉座に座りドンピーたちに語りかけました。


「さようでございます。この子は成人なのにまだ幼く、この玉子を助けるため、つい考えもなくのせてしまいました。どうか、王様のお力でこの玉子を降ろしていただき、もう一度この子に改めて大人になる機会を与えてくださるよう謹んでお願い申し上げまする。」


 お父さんは深々と頭を下げました。つられてドンピーたちと一緒に来た千のどんぶりたちもみんな頭を下げました。


「ふむ。話はわかった。」


 と王様は言いました。


「ではこの玉子を降ろしても?」


 お父さんはうれしそうに少し頭を上げました。


「ならぬ!」


 王様が断言しました。


「オキテはオキテ!シキタリはシキタリ!サダメはサダメだ!これは偉大な王たるわしでも変えることはできぬ。このオキテはわが王国が誕生した五万年前からある。したがってこのオキテを破る方法はただ一つ。」


「それはつまり?」


 お父さんが期待を込めて聞きました。


「五万年前にこのオキテを作った王に頼むしかない。その通り。それは無理だ。五万年前の王はとっくの昔に死んでおるからな。このオキテはもはやだれにも変えられぬ。したがってこの件はこれにて一件落着!ドンピーよ、そちは生涯『そのまんま玉子丼』として生きてゆくほかないのだ!解散!」


 王様の宣言を聞いてお父さんとドンピーたち、それと千のどんぶりたちはすごすごと宮殿をあとにしました。




 お父さんとドンピーたちが家に戻ってきたのは翌日の朝、お日様がまた東の空から昇ってきていました。


 ドンピーが一生白いカラのままの玉子をのせた『そのまんま玉子丼』になったと聞いて、お母さんは「はあ」とため息をついて朝なのに2階の寝室へこもってしまいました。


 お父さんも「疲れた」と言って朝だというのに台所で強いお酒のビンを開けました。


 ドンピーは家に入る気になれず、玄関のポーチに腰を下ろし、その隣にタクアンも座りました。


「そんな目で見ないでくれよ。」


 ドンピーはタクアンに言いました。


「でもまあ楽しい旅だったぜ。親友。」


 タクアンは言いました。


「そんなに気を落とすなよ、わが友ドンピー。」


 頭の上で玉子が言いました。


 宮殿で衛兵から「黙れ」と怒られ「黙らないと首をちょん切ってしまうぞ」と脅されてからずっと家に戻るまで玉子は喋るのを止め、その代わりずっと楽しそうに口笛を吹いていました。こうして3人だけになると、安心してようやく口笛を止めてまた話し出しました。


「『そのまんま玉子丼』ってのも悪くはないよ。ぼくはここを気に入っている。だってすごく居心地がいいんだ。温かくてふわふわしていていつでも眠れるような感じだ。なにしろやわらかくってさ、割れる心配がないのがいい。きみには本当に申し訳ないけど、みんなが『もう無理だ』『一度のせた具はもう下ろせない』と言うのを聞いて、ぼくはうれしかったんだ。怒らないでくれ。ぼくの本当の気持ちだ。王様の話を聞いて、ぼくはうれしくってつい口笛なんか吹いちゃったよ。ぼくは一生ここで『そのまんま玉子丼』の玉子として生きていく。大好きな友だちの頭の上でさ、昼寝をしたり、おしゃべりをしたり、口笛なんか吹いてさ。」


 そう言って玉子はまた口笛を吹き始めました。


「はあ。」


 ドンピーはため息をつきました。隣のタクアンを見るとニコニコ笑っています。


「楽しそうだね。ぼくがこんなまずそうな『そのまんま玉子』になってしまってもきみは気にしないのかい?」


「は!ぼくはどんぶりの種類なんて気にしたことはないよ。どんな大人になったってドンピーはドンピー。ぼくがはぼくた。ぼくはいつだって最高の漬物さ。」


 タクアンが胸をはるとドンピーの顔にも少しだけ明るさが戻ってきました。


「あれ?あ!大変だ!」


 突然玉子が叫びました。


「どうした!」


 ドンピーとタクアンが同時に聞きました。


「大変だ!大変だ!大変だ!」


 玉子が悲鳴をあげます。


「タクアン、見てくれ。」


 ドンピーが頭を下げて玉子がタクアンに見えるようにしました。それを見たタクアンも、


「大変だ!」


 と叫びました。


「どうした?いったいなにが大変なんだ!」


 ドンピーも叫びます。


「カラが!カラが割れてきてる!」


 玉子が叫びます。


「玉子!動くな!動くなってば!」


 タクアンも叫びます。


「ああ!こっちも欠けてきた!そっちもだ!助けてくれ!なんとかしてくれ!」


 と玉子。


「どうした!大丈夫か!」


 とドンピー。


「ドンピー!動くな!玉子も!動くなって!ああ!大変だ!」


 とタクアン。


「なんだ!なにが起こってる!」


 とドンピー、


「玉子が!玉子が!割れている!」


 タクアンが叫びました。




 玉子のカラの割れ目からまばゆいばかりの光の柱が立ち上りました。


 カラが割れていくにしたがって光の柱は太くなり、やがて一つの輝く光の玉となりました。


 光のあまりのまぶしさにタクアンは目を細め手で光をさえぎらなければならないほどでした。


 ドンピーも見えないながら自分の頭の上でなにかがさんぜんと光り輝いているのはわかりました。


 二人とも驚いて口をあんぐり開けたままなにも言えませんでした。


 やがて光の中から一羽のひな鳥が姿を現しました。


 ひな鳥はパタパタパタと小さな羽を動かして、ヒョロヒョロとドンピーの頭の上に浮かび上がると、まだ上手に飛べないのでフラフラと飛んで、ようやっとポーチの手すりまでたどり着きました。


 そのひな鳥は美しい七色の羽をもっていることだけでも驚いたのに、それよりなによりドンピーとタクアンが驚いたのは、ひな鳥の体全体が青白い炎を帯びていたことでした.


「玉子くん、きみは、きみは、もしかして、」


 ドンピーがようやく口を開くと、ひな鳥もハッとして自分の体を見回しました。


「ぼく?ぼくは、はて?いったいぼくはなんだろう?だけど、ああ!すごいぞ!見える!見えるじゃないか!きみがドンピーか!それにきみがタクアン!あっ!なんだこれは?羽だ!ぼくには羽が生えている!すごい!すごいぞ!ぼくは飛べる!ぼくは飛べるんだ!」


 元玉子のひな鳥はパタパタと羽を動かし再び浮き上がると、その場で2、3周ほど飛び回ると、それで飛び方のコツをつかんだのか、あっという間に空のかなたへと飛び去ってしまいました。




「ドンピー、あれはもしかして?」


 われにかえってタクアンが話し出しました。


「ああそうだ。そうにちがいない。あれはあれだよ。」


 ドンピーも少しわれにかえりました。


「ああ本当だ。あれは、」とタクアン。


「不死鳥!伝説のフェニックスだ!」


 ドンピーとタクアンは同時に叫びました。


 するとひな鳥が空のかなたから戻ってきて、またポーチにとまりました。


「きみはフェニックス、不死鳥だったんだね。」


 ドンピーが聞くと、ひな鳥は改めて自分の体をながめて言いました。


「どうかな?ぼくがなんなのかはよくわからないけど、もうずっと、何万年も何億万年もこうやって死んではまた玉子になり、死んではまた玉子になりを繰り返してるんだ。玉子になるたびにぼくはいったいなんなんだろう?ってカラの中で考えるんだよ。ずっと考える。なにしろ見えないし手も足も動かせない。何にも見えないとね。ぼくは何にでもなれるんだ。次のぼくはいったいなんなんだろうってワクワクするんだ。それで生まれてみたらまた羽が生えてるのに驚いて、飛べるのにまた驚く。もう何万回、何億回も同じことを繰り返しているのにぼくは鳥になってやっぱり驚くんだ。だってカラの中でぼくは鳥だなんて一度も考えなかったんだから。」


 そこまで言って元玉子の不死鳥は改めてまた自分の体を眺めまわしました。


「不死鳥くん、きみはこれからどうするの?」


 ドンピーが聞きました。すると不死鳥は頭を上げ、なぜそんなことを聞くのかと不思議そうな顔をしました。


「ぼくは、飛ぶ。鳥だから。世界中を飛ぶ。それだけさ。」


 そう言ってまだひな鳥の不死鳥はもう一度あっという間に空のかなたへ飛び去ってしまいました。


 しばらく待っても、不死鳥は帰ってきません。


 もっと待っても、やっぱり不死鳥は帰ってきません。




「行っちゃったね。」


 タクアンが寂しそうに言いました。


「行っちゃった。」


 ドンピーも寂しそうです。


「ぼくも帰るよ。」


 タクアンはそう言って歩き出しました、


「タクアン。」


 ドンピーが呼び止めると、タクアンは振り返ります。


「ありがとう。」


 ドンピーが言いました。


 タクアンはなにも言わず、にっこり笑ってまた歩き出しました。


 ドンピーもうつむいて家の中へ入ろうとすると、


ヒューン。


 またひな鳥の不死鳥が空のかなたから戻ってきてポーチの手すりにとまりました。


 それを見てタクアンもかけ戻ってきました。


「まったく!きみたちはどういうつもりだい?」


 不死鳥は怒っています。


「ぜんぜんついてこないからビックリしたよ。カラを出てからビックリすることばかりだ。ぼくたち友だちじゃなかったのか?友だちだって言ったじゃないか!友だちなのにもうお別れするつもりかい?これじゃあビックリしてぼくはまた死んじゃうよ。そしたらまた玉子からやり直しだ。さあ!行こう!」


「行こうってどこへ?」


 とタクアン。


「知らない。まだだれも知らないところへ行くんだから、知らない。世界ってさ、ビックリするほど広いんだ。何億回生まれ変わったって知らないことばかりなんだ。まったくビックリだよ。だから知らないことを知りに行くのさ。」


 不死鳥の言葉を聞いてドンピーとタクアンは顔を見合わせると「うん」とうなずいて一緒に、笑いながら走り出しました。


 それを見て不死鳥も笑いながら飛び立ちます。


「ドンピー!どこへ行くの!」


 2階の窓からドンピーのお母さんが叫びました。その声を聞いて玄関からお父さんも出てきます。


「ドンピー!どこへ行く!」


「お母さん!お父さん!さようなら!ぼくは旅に出ます!いつか立派な大人になって必ず帰ってきます!さようなら!お母さん!さようなら!お父さん!」




 おしまい。

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