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ある花屋の恋慕の花

作者: 茉莉花
掲載日:2026/03/19

 この作品は、『女王の婚活~紹介された男子は極上騎士でした~』に登場した『恋慕の花』を題材にした短編です。純粋に短編としてもお楽しみいただけるよう創作したものになります。

 『女王の婚活~』にも番外編として掲載しています。内容としては重複しております。ご了承ください。


 

 ここは女王が治めるとある国。

 この国には『敬愛の花』と『恋慕の花』いう風習が存在する。簡単に言うと『あなたをお慕いしています』という意味を持つのだが、ことの発端は、この国の王が女性であったことからだと言われている。女性に贈り物を贈るように、民が女王への敬意を花を贈ることで表現したことが始まりだ。これを『敬愛の花』といい、女王に出会えた際には一輪花を渡すのだ。この風習は王都の平民の間で根強く残っている。そして、ここから派生してできた風習が『恋慕の花』という。この国に男女の自然な出会いが少ないことに起因し、滅多に会えない女王への『敬愛の花』に倣って、突然出会った素敵な異性に花を渡し、『一目惚れ』や『お慕いしている』といった想いを伝える手段として、20年ほど前に『恋慕の花』の風習が誕生した。

 さらには、現在の女王と後の王配となる辺境伯令息により行われた美しすぎる公開プロポーズが話題となり、プロポーズの際に使われる『恋慕の花』には深紅のバラが用いられることが定番となった。

 今、王都では『恋慕の花』が流行しており、婚約や結婚件数が増加し、毎日どこかで告白やプロポーズが行われていた。



◇◇◇


「すみません! 一輪ください!!」


「は~い! こちらから選んでください」


「えーっと、じゃあ、このピンクのやつ!」


「こちらですね! どうぞ!」


 マリーナは銀貨を受け取ると客を見送った。


 ここは王都にある花屋『フラワーショップ マリーナ』だ。店主のマリーナは忙しいが充実した毎日を送っていた。忙しい理由は、女王の結婚に伴い『恋慕の花』の文化が流行っていることにある。

 先ほどピンクの花を購入した男の行く先を見ていると、一人の女性に花を差し出していた。その女性は両手を口元に当て驚いている様子だったが、ゆっくりと手を伸ばしその花を受け取った。その後二人は一言二言話すと互いにお辞儀をしわかれていった。


(一目惚れの花だったのかな?)


 その男はくるっと向きを変えると、再び花屋へとやってきた。


「さっきはありがとうございました!」


「成功したの?」


 ポリポリと男は頬をかくと、にやけた顔をした。


「はい。前にも見かけた子だったんですけど、その時は近くにあった花屋ではスムーズに花が手に入らなくて、彼女を見失ってしまって。今回は間に合ったんで、この花屋のおかげです! 名前も聞けたし、今度会う約束も取り付けました!」


「それは良かったですね!」


「プロポーズの時にはまたここを利用しますね! お姉さんいい仕事してますよ! では」


 マリーナは21歳。1年前にこの場所に花屋をオープンさせた。幼い頃からの夢だった。この1年で花屋の環境は一変した。花の需要と共に花屋の件数は増えたが、その分競争も激化した。『恋慕の花』の風習について考察し、スピード感を大事にしたマリーナは、一目惚れの花を予め用意しておくことにしたのだ。店先には色とりどりの『一本巻き』を用意し、購入希望があればすぐに対応できるようにした。ラッピングされた状態の一輪花はただの一輪とは違い特別感があり、『恋慕の花』の成功率が高かった。マリーナの店は口コミでも評判で、ここぞの時はフラワーショップマリーナに行くという男性が増えた。


「マリーナさん、こちらをもらってってもいい?」


 店にやってきた男は一等の深紅のバラを指さした。


「とびきりのラッピングでいいかしら? 何本にします?」


「3本で」


「いいと思います!」


 この男は今、食堂の給仕の子とお付き合いをしている。きっかけは一目惚れ。その時にマリーナの店で『恋慕の花』を購入している。3本のバラは『愛してる』を意味する。平民の男が用意するにはちょうどいい数だろう。

 マリーナは心を込めてブーケを作った。


「がんばってね!」


 完成したブーケを渡し、マリーナは男を見送った。

 この日の売り上げも順調だった。さらには女性客も心なしか多い気がする。


「こちらをください」


 少女が白い花を手に取り、銀貨を差し出す。それを受け取りマリーナは少女を見送った。視線の先には数名の女性が騎士を取り囲んでいた。


(騎士様?)


 背の高い騎士の背中が見える。少し離れた場所にも騎士の姿が見え、マリーナは暦を確認した。


(……もうすぐ士官学校の卒業式か)


 この国は徴兵制をとっており、ほとんどの男子は辺境に存在するヴァランデル地方の士官学校に進学する。これは周りを山に囲まれたこの国を守るための制度で、男子は思春期を士官学校の寮で過ごす。男女の交流は親同士の紹介がほとんどで自然に出会うことは少ない。だからこその『恋慕の花』だった。

ヴァランデル地方にある士官学校はまもなく卒業のシーズンを迎える。卒業後はそれぞれ職に就くが、親の商いを継ぐものもいるが平民の多くは騎士としてどちらかに配属される。配属前に一時帰省するのが今の時期の通例だった。


「すみません、こちらをください」


「私もお願いします」


 恋人のいない女性にとっては、見初めたり見初められるチャンスだ。この『恋慕の花』の風習を利用する手はない。騎士は平民からしてみれば高給で、訓練を終えたばかりの卒業生はその体つきからもとても魅力的だった。

 少女たちは先ほどの人だかりに加わった。


(どおりで忙しいわけね。もう少し一本巻きを増やしておかなくちゃ)


 マリーナは店の奥に引っ込むと商品の在庫の確認を始めた。




◇◇◇


 約3年ぶりに王都に帰省したフィンは一層華やいだ景色に驚いた。フィンは徴兵制により士官学校に通っている18歳の青年だ。卒業が近づき、進路が決定する前のこの時期は一時帰省するものが多く、家族や婚約者もしくは恋人との時間を満喫するのである。フィンは両親が営む食堂に向かっていた。


「すみません、あの、こちらを受け取ってください」


 後ろから声を掛けられ振り向くと、少女が一輪の花を差し出し立っている。


「え?俺に?」


 人違いではないかと辺りを見回すが、一緒に王都に戻ってきていた同期も同様に女性から花を受け取っているのが見えた。どうやら自分が特別というわけではなく、帰省した騎士は花と令嬢に囲まれるようだ。


(これが『恋慕の花』か……)


 それならばとフィンは少女から花を受け取る。

 少女は一礼し、小走りで離れた場所にいた友人と思われる少女と手を取り合い騒いでいる。


(なんとなく風習にあやかっただけか?)


 もらった花をくるくると眺めているとまた声をかけられた。


「あの、お名前を教えていただけませんか?」


 花を差し出しながらの問いに、フィンは素直に反応する。


「俺?俺はフィンです」


「フィンさんというんですね。私はモアといいます。あの、とても素敵だなと思って声をかけました。恋人はいらっしゃいますか?」


 モアと名乗る少女のストレートな物言いにフィンは狼狽えた。


「あ、いや、今はいないけど……」


 聞くや否やモアはぱあっと満面の笑みを浮かべた。


「そうなんですね! でしたら、今度改めてお会いしていただけませんか?」


 『恋慕の花』は出会いを助長するための風習であり、愛を伝える手段なのだ。踏み込んだ問いとその当事者となったことで、フィンは改めて『恋慕の花』という風習について考えさせられた。


「あー、すみません。ちょっとそれは……」


 フィンが頬をポリポリとかく様子に、直感的に感じ取ったモアは申し訳なさげにうつむいた。


「好きな人は……、いるんですね?」


「あー、すみません」


 言い当てられたフィンは思わず背筋を伸ばしたが、申し訳なさから謝りつつも伸ばした背を丸めた。


「あ、いえ。フィンさん、とても素敵だと思いますから、きっとお相手の方にも伝わると思いますよ」


「そんなことは……」


 モアはフィンに一歩近づくと、改めて花を差し出した。


「私は応援します。こちらはフィンさんに惹かれて用意したお花なので、ぜひ受け取ってください」


「ありがとう。モアさん」


 モアの純粋な好意にフィンも誠実に対応するため、花はありがたく受け取ることにした。

この後もフィンは数人から花を受け取った。片手に持つ一輪花は寄せ集まったことで花束に見える。ふと、この花はどこから来るのかと辺りを見回すと、花屋が点在することに気付いた。


(こんなに花屋ってあったっけ?)


 その花屋の一つにある人物を見つけて、フィンは歩み始めた。




◇◇◇


「マリーナ!これをくれ」


「あら?アクセル。今日は何色?」


「今日は赤だ!」


「はい、どうぞ」


 マリーナは銀貨を受け取ると、遠目に事の顛末を見守った。1分もしないうちにアクセルは戻ってくる。


「で?ダメだったのね?」


「はぁ。話も全然聞いてくれなかった」


 アクセルの手には赤い花が残っていて、がっくりと肩を落としている。


「あなたってば、手あたり次第なんだもの。ここらでは有名よ。それにさっき声かけた女性は3日前にも声をかけてるわよ。その時は黄色い花を渡そうとしてたわね。ちゃんと見てる?彼女には原色ではなく淡い色が似合うと思うわ」


 アクセルは項垂れたまま顔を上げられずにいる。


「それに、真剣度が低いわ。この町の女性みんなに声かけてない?特別感がないじゃない。自分以外にも声をかけてるんだろうなと思うもの」


「じゃあどうやって恋人を作ったら良いんだよ」


 アクセルは顔を上げマリーナを見つめる。


「ちょっと素敵だなと思う程度ではなくて本当に好きになった人だけに告白するべきね。あなたに『恋慕の花』は合わないわ。プロポーズの時まで取っておくべきね」


「そうか。でも、今までなんで教えてくれなかったんだよ」


 マリーナは肩をすくめると口角を上げた。


「だってあなたは貴重なお客様だもの。毎日お花を買ってくれてありがとう」


 アクセルは目を見開いた。


「はぁ、なんだよ。そういうことか。ちょっと期待しちゃったよ」


「何を?」


 マリーナは意味が分からないと両手を広げる。


「俺に会えるのがうれしくて花を売ってくれてたんだと思った」


 今度はマリーナが目を見開く。


「どれだけポジティブなのよ。でもあなたに会えるのは歓迎してたわ。その理由ももうわかったでしょ?」


 マリーナにとってはお店にお金を落としてくれる上得意様だ。アクセルに会えるのは大歓迎だった。


「なんだよー。……じゃあ、またな」


 アクセルは丸めた背中をマリーナに向けて帰っていった。

 すると入れ替わるように一人の男が入ってきた。


「マリーナ?」


 マリーナが視線を移すと、その声の主は背の高い騎士だった。


「騎士様?」


 なぜ名前を呼ばれたのかとマリーナは目を凝らす。逆光により顔がはっきりしなかったが、見上げるほどに大きい騎士は低く響く声が艶やかだった。


「マリーナ? わからない? 僕だよ」


 成人を迎える年頃の大男が「僕」と告げる。マリーナは記憶をたどると、その騎士の顔に面影を感じた。


「もしかして、フィン?」


 騎士は正解だと言わんばかりの笑顔を見せた。


「そうだよ、マリーナ!」


「まさか……。ずいぶんと大きくなったのね。会わない間にどれくらい背が伸びたのかしら?」


 少しだけ上を見上げたフィンは視線をマリーナに戻すと首を傾げた。


「30センチメートルくらいかな。マリーナは小さくなったね」


「私は変わらないわよ。貴方が大きくなりすぎたの」


 マリーナは腰に手を当て頬を膨らませた。


「あははっ。3年くらい会ってなかったからね。成長期の男は侮れないだろう?」


「本当ね。3年か……。じゃあ、もう卒業かしら?」


「ああ、だから今回は一時帰省をね」


「家には戻ったの?」


「これからなんだ。ちょうど街に着いたところでマリーナを見かけたから。この花屋はマリーナのお店なんだね」


 フィンは店先の看板を読んでいる。


「えぇ。1年前にオープンしたのよ」


「花屋を開くのが夢だったもんね」


「あら、覚えていてくれたの?そうよ。やっと準備が整ってね。そうしたら、女王陛下が婚約されたでしょ?公開プロポーズのおかげで商売は繁盛してるわ」


 花屋の店先に大きな騎士が立っているのは珍しい光景だったからか、周りには人だかりができていた。商売の邪魔をしてはいけないと慌てたフィンは向きを変えマリーナに手を振った。


「あっ、ごめん。また改めるよ」


「ええ。よい休暇を!」


 マリーナは手を振って見送った。ドキドキと高鳴っている胸のせいで頬は上気し、少し呼吸が乱れた。


(びっくりした。すっかり立派になって……。とっても男らしくて騎士らしくなって。もしかして先ほどの女性の人だかりの中心にいたのはフィンだったのかしら……)


 フィンの手には集まって花束になった一輪花があった。中にはマリーナの店で売っている一本巻きも混ざっていた。


(買いに来たお嬢さんの中に、フィンに渡した人がいたのね)


 ズキンと胸に痛みが走り、マリーナは首を傾げる。


(なんだろう。ちょっと苦しいな)


「すみませーん。こちらの花をもらってもいいですか?」


「あ、はーい。何色にしますか?」


 こうして、マリーナは仕事に戻っていった。




◇◇◇


 フィンはとある店に入った。

 カランカランとドアのベルが鳴る。


「いらっしゃ……!」


 女主人は来店した人物に驚き固まった。長身の騎士を見て驚いたためだ。


「ただいま。母さん」


「……フィン? フィンなの!?」


 呼ばれた呼称に恐る恐るフィンに近づいた女主人は、腕やら肩やらを両手でポンポンと触れ、最後には両腕を伸ばしフィンの顔を両手で挟み込んだ。


「あらぁ。フィン! すっかり大きくなっちゃって。でも目元はそのままね。お父さんにそっくりよ。オロフ! 出てきて! フィンが帰ってきたわ!」


 女主人セルマに呼ばれて、奥から店主である父オロフが出てきた。


「! ずいぶんと大きくなったな、フィン。おかえり。ご苦労だったな」


「父さん。あんなに大きかった父さんが小さく見えるよ」


 フィンはオロフと軽く抱き合った。


「久しぶりね。ほら、こっちに座って。お腹は空いてる? 何か食べるかい?」


 セルマは椅子をひき、フィンを座らせた。フィンは変わらぬ二人を前に嬉しさから笑みがこぼれた。


「じゃあ、ビーフシチューを食べたいな」


「そうかそうか。わかったよ。ビーフシチューだな」


 オロフはニコニコと調理場に向かっていった。セルマは水の入ったグラスをテーブルに置く。セルマもニコニコと笑みを携えている。そしてフィンの前を陣取った。


「もうすぐ卒業ね。無事卒業を迎えられてよかったわ。あなたもオークランスでの反乱の鎮圧隊に入っていたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったわよ。本当に無事でよかったわ」


 フィンの在学中に有事が発生し、緊急で招集された学生騎士団の一員だった。オークランス辺境伯領での活動にあたった。


「有事っていつ突然あるかわからないんだな。徴兵制の意味がわかった気がするよ」


「あんなに小さかった子が大丈夫かしらなんて思っていたけど、心配もいらなかったわね。本当に逞しくなって。士官学校はどうだった?」


「たくさんのことを学んだよ。それにたくさん食べさせられ、たくさん鍛え上げられ、気が付けば昔の俺じゃなくなってた」


「んまぁ。『俺』だなんて。昔は『僕』って言ってたのにね」


「士官学校の男所帯で『僕』なんて弱々しくて使わなくなっていったんだよ。はじめは少しいじられたな。でもすぐに背が伸び始めて、今では学生の中でも大きい方だ。見た目には舐められなくなった」


「そう。いつもマリーナちゃんの後ろに守られてたあなたがね。じゃあ今度はあなたが守ってあげられるじゃない」


 セルマから出たマリーナの名前に思わず反応した。先ほど会ったマリーナの姿が頭に浮かぶ。背が高くなったことでマリーナを見る視点が変わった。自分を見上げ頬を膨らましているマリーナは年上の成人女性なのにとてもかわいらしかった。


「あらやだ。フィンったら顔が真っ赤よ?」


 フィンは恥ずかしくなり腕で顔を隠した。

 するとそこに、カランカランとドアのベルが鳴る。


「遅くなってすみません。すぐに準備しますね」


 急いで走ってきたのだろう。頬を上気させた女性が入ってきた。


「あらヴィヴィ。そんなに慌てなくて大丈夫よ。お客さんはまだ来てないから」


「えっ、でも……」


 ヴィヴィと呼ばれた女性はフィンをチラリと見た。


「ああ、ヴィヴィは初めてね。これ、うちの息子よ。前にも話したことあるでしょ? 士官学校に行ってるって」


「あっ、そうですか。初めましてヴィヴィです。こちらで給仕をさせてもらってます!」


 勢いよくぺこっとお辞儀するヴィヴィに、フィンも軽く頭を下げる。すると、ヴィヴィの手元のブーケが目に入った。それはフィンだけではなかった。


「あらっ、やだっ! ヴィヴィ! もしかして、プロポーズされたの!?」


 セルマがヴィヴィに近寄る。顔を真っ赤にさせつつも、満面の笑みでヴィヴィは答えた。


「はい!!」


 セルマはぎゅっとヴィヴィを抱きしめると飛んで喜んだ。


「おめでとう! ヴィヴィ! お祝いしなくっちゃ! あなたの好きなアップルパイを焼きましょう!」


「ありがとうございます!」


 とても喜ばしい場面に立ち会えたことに、フィンも嬉しくなった。そしてブーケについて尋ねようとしたところ、またもセルマに先を越された。


「彼ったらセンスがいいじゃない。これマリーナのブーケでしょ?」


「はい! 私たちが出会うきっかけになったお店のお花です! ラッピングも素敵で……」


 ヴィヴィはうっとりとブーケを眺めている。


「あっ! マリーナちゃんは今、花屋をしてるのよ。知ってた?フィン」


セルマはくるっと振り向いた。


「ああ、ここへ来る前に見かけて、立ち寄ったよ」


「会ったの? きれいになったでしょ? マリーナちゃん」


 フィンは先ほどのマリーナが頭に浮かび、ボンっと顔を赤く染めた。


「あらぁ。フィン」


 セルマはフィンの様子に、見た目は変わっても心は変わっていないと覚った。


「フィン。卒業後はどうするの? もちろん王都に戻ってくるんでしょ?」


 フィンは顔を上げ座り直す。


「いや、第二騎士団に希望を出した」


 セルマは唖然とした。奥から出てきたオロフはビーフシチューを片手に固まっている。


「騎士になる道に進んだとして、第三騎士団じゃないの?」


 セルマは不安気に口にする。



 この国には3つの騎士団が存在する。

 第一騎士団は近衛騎士団と呼ばれ、王宮や王族に仕える。護衛の意味合いが強く戦闘とは違う。また祭典などでは華やかさも求められ、貴族令息が務めることが多い。

 第二騎士団はヴァランデル地方のオークランス領に所属し戦闘に備えた謂わば騎士のエリートが所属する。軍隊と言ってもよい。そのため、第二騎士団の団長は将軍とも呼ばれる。

 第三騎士団は自警団の役割を担い、各地方に配属され治安の悪化を防いでいる。

ヴァランデルにある士官学校を卒業すると騎士を希望する者は適正も見極めた上で各騎士団に所属する流れとなっていた。



 平民であるフィンが騎士として王都で暮らすには第三騎士団が適任であると考えられた。オロフはゆっくりとテーブルにビーフシチューを置き、近くの椅子に腰かける。


「お前が選んだ道ならば否定はしない。だが、厳しい道じゃないのか?」


 騎士服を着て帰省できるのは、進路を騎士になると決めているものだけだった。二人は騎士として帰省したフィンを見て、騎士になることに決めたことは理解したが、自分たちから離れての暮らしになるとは思わなかったのだ。


「俺は、オークランスで学生騎士団として第二騎士団と共に活動するという経験をした。それは、団長でもあるブルーノに引き抜かれたからだ。実力を認めてもらえたことも嬉しかったが、ブルーノとはすごく近くて、親友と呼べるほどに仲良くなった。あいつのリーダーシップを目の当たりにして、あいつの近くで……、あいつって言っちゃいけないな。ブルーノ様の近くでブルーノ様の為に仕えたいとも思った」


 フィンは、ブルーノ・オークランス辺境伯令息と親友であるという。このブルーノは、現将軍を父に、後の王配を兄に持ち、次期辺境伯を継ぐ、貴族界でもサラブレッドだ。そんな雲の上のような人との事実にオロフは息を飲み、セルマは腰が抜けてしまった。


「こんな機会はないと思うし、第二騎士団に入れば騎士として強くなれる。騎士であるからには強くなりたい」


 ヴィヴィに支えられながらセルマは椅子に腰かける。オロフと共に真剣にフィンの話を聞いた。


「俺は誇らしいよ、フィン」


 オロフは頷く。


「騎士になって強くなりたいって言ってたものね。フィンの夢だもの。その道を究めるチャンスがあるなら、挑戦する価値はあるわね」


 セルマは涙を浮かべながら微笑んだ。


「でも、マリーナちゃんはどうするの?」


 フィンはピクッと反応する。


「あなたが強くなりたかったのって、マリーナちゃんから守られている自分を変えたかったからでしょ? ずっと好きだったじゃない」


 体が小さく近所の悪ガキからよくいじめられていたフィンを救い出してくれていたのが3歳上のマリーナだった。フィンは近所の強くて優しいお姉ちゃんに憧れ慕っていたが、いつしかそれは恋心に変わっていった。セルマからどうするのと聞かれたが、マリーナとは恋人というわけでも婚約者というわけでもない。ただフィンが思いを寄せているだけなのだ。

 第二騎士団に所属するということは、生活拠点が離れてしまうということになる。商売をしているマリーナを呼び寄せることはできないだろう。それも娯楽もなく閉塞的なオークランスに平民女性のマリーナが生活するのは考えられない。そもそもフィンの思いが通じるかもわからないのだ。通じたことを仮定したとして先の生活を考えると、前途多難である。


「あの、思いはお伝えしないんですか?」


 ヴィヴィは深刻な顔をしているフィンに向けて、『恋慕の花』があるじゃないかとブーケを掲げる。


「そうよ。あまりのんびりはしてらんないわよ? マリーナちゃんもいいお年頃だから、他の誰かのものになっちゃうかもしれないわね」


「えっ……」


 フィンの顔が青ざめていく。


「今はいい人はいないみたいだけどね。だからこそ、士官学校の卒業がタイミングなのかなって私は思ってたわよ。チャンスよフィン! って」


「でも、急には……。考えておくよ」


 フィンはマリーナを思い浮かべた。再開の時、母セルマと同じような反応をしていたマリーナの自分に対する思いは、家族、それも弟のように思っているのではと感じたからだ。まずはマリーナに意識してもらわなければと思うのであった。




◇◇◇


 マリーナは店じまいを終えると、夕食にした。朝作り置きしたスープを温め直すと立ち込めた湯気に乗せられ鼻に届いた匂いにお腹が鳴った。


(お腹すいた……)


 濃い一日だった。卒業間際の士官学生の一時帰省が始まり、町中が色めき立っていたからだ。

 今までに忙しかったと記憶しているのは、二人のオークランス辺境伯令息がそれぞれ街に立ち寄った日と女王陛下が街を散策された日だ。それとは比較にはならないが、それでも日常とはいえないほど忙しかった。体力的に疲れただけではないところが、今回の疲労感につながるのだろう。フィンの存在だ。

 フィンは幼馴染といっていいだろうか。近所に住んでいる男の子だった。3つ下のフィンは同じ年頃の男の子と比べると小柄だったせいか、いつもからかわれ遊ばれていた。そのからかいがいじめに発展しないかとひやひやしながら見守っていたマリーナは、フィンの側にいてあげることが多かった。そのためかフィンには特別に懐かれていたように思っていた。後ろをついてきたり、自分を見つけて笑顔でかけよってくる姿がかわいいと思っていた。

 しかし、この日会ったフィンはかわいいという言葉が似合わなかった。士官学校入学時には同じ目線だったが、圧倒的に見上げるほどの背丈になっていた。マリーナの成長がとうに止まっていたこともあるが、フィンは男性なのだと痛感した。そして低く響く声に胸は高鳴った。父親を早くに亡くしていたマリーナにとっては日常的に触れていた響きではなく、急に大人を感じてしまったのだ。フィンの両親にもかわいがってもらっていたが、おしゃべりなセルマとは対照的にオロフはあまり発言しない。だからこその特別な響きだった。


「はあ、緊張した……」


 高鳴った胸を覚られぬよう会話した。声は上ずっていなかっただろうか。マリーナは一つため息をつく。

 男性と接点がないわけではない。基本的には『恋慕の花』の風習のおかげで男女問わず来客がある。とはいえ告白やプロポーズというイベントは男性側から行われることが多い。いつも緊張とともに現れる男性客の目はマリーナを映していない。彼らの心には愛しい彼女がいるのだ。恋慕の花を求めてやってくる男性もそうだ。今まさに声をかけたい女性のために店にやってくる。彼らの目にはマリーナは映らない。だからこそ、店先にやってきた男性にときめく日が来るとは思っていなかったのだ。

 フィンは真っ直ぐにマリーナを見つめていた。その目はキラキラと輝いていて、自分の赤らんだ頬がわかるほどに映りこんでいるのではないかと思うほどだった。逞しく鍛え上げられた身体が服の上からわかるほどで、かっちりした騎士服が男らしさを引き立てた。


(かっこよかったな……)


 器に盛ったスープの湯気は落ち着き、すすった汁は冷め始めていた。


(私も一本巻きを渡せばよかったかな……。素敵だよって)


 今日一日で彼が出会ったであろう女性に負けぬよう印象に残っておけばよかったとマリーナは思うのだった。





 翌日、3本の深紅のバラをブーケにした男性が一人の女性を連れて来店した。


「マリーナさん。昨日の報告に来ました」


 声の方に振り向き、二人の姿を見たマリーナは笑顔で応えた。


「おめでとう!」


「ありがとうございます」


 二人は見つめあうと、マリーナに笑顔を見せてくれた。


「マリーナさん。あの、私にとってマリーナの花は特別に思い入れのある花なんです。それで、昨日のブーケを長持ちというか、長く保管したいのですけれど、方法を教えてくれませんか?」


 おずおずと女性がマリーナを見つめる。マリーナははにかんだ。


「気に入ってくれてありがとう。数ある花屋の中から彼が私のお店を訪ねただけなんだけど、これも何かの縁ね」


 マリーナは彼女にドライフラワーの作り方を教えた。


「今後も御贔屓に」


 マリーナは笑顔で送り出そうとしたが、女性はもう一度マリーナに向き合った。


「あの、私はオロフさんの食堂で給仕をしているんですが……」


「え?」


 男性からは食堂の給仕の子だと聞いていたが、その食堂がオロフのお店だとマリーナは初めて知った。


「実はマリーナさんの話はときどき聞いてまして、お店も一人で営んでいてすごいなって」


「あ、そうだったの。ちょっと恥ずかしいわね」


 彼女は自分の知人とつながりがあり、さらに噂されていたというのはこそばゆかった。


「あの、それで、昨日初めて息子さんにお会いしまして」


「息子さん? ってフィンのこと?」


「あっ、はい。一時帰省で戻ってらっしゃって。それで、息子さんがいる間に私の婚約祝いの会をしようってセルマさんが言ってくれまして、あの、その会によかったらマリーナさんも来てくださいませんか?」


「えっ!? 私もいいの?」


「はい! 彼ともぜひマリーナさんにも来てもらいたいねって」


 二人はまた見つめあっている。その幸せオーラに当てられたわけでもないが、フィンに会いに行く理由もできたことがうれしくて、頬が上気していく。


「では、ぜひ、私も参加させてもらおうかな」


 こうしてマリーナはヴィヴィの婚約を祝う会に参加することになった。




 三日後、オロフの食堂には主役の二人に縁のある知人らが集められ、店舗貸し切りで婚約を祝う会が開かれた。おいしそうな料理が並べられ、ヴィヴィが好きだというアップルパイは焼き上がりを待つだけとなっていた。

 マリーナはこの日のためのとびっきりのブーケを主役の二人にプレゼントした。受け取ったヴィヴィはブーケを抱きかかえ花の香りを吸い込んだ。


「ステキ~! ありがとうございます、マリーナさん!」


 オロフの料理は庶民的ながらも本格的な味で人気があり、そこまで裕福ではないマリーナは特別な日にだけ店に足を運ぶ程度だったため、ここぞとばかりにマリーナは料理に舌鼓をうつ。


(ん~! 美味しい!)


 お祝いの他にフィンに会えると訪問目的に喜んでいたはずなのに、フィンをそっちのけで料理を楽しむ。それには理由があり、フィンを直視できない恥ずかしさが勝ってしまったからだった。


 デザートまでしっかり平らげ、酒を嗜んだマリーナはほろ酔いになってしまい、会がお開きになるとフィンが家まで送ってくれることになった。


「大丈夫? マリーナ。お酒飲める人だった?」


 士官学生は卒業後に飲酒を解禁する。学生が未成年であることも一因だ。フィンは飲酒の経験がなく、マリーナと共に酒の場に行ったこともない。マリーナが酒を嗜む姿に驚いていた。


「ん~、弱くはないと思うんだけど、めでたい席だったからかな? それにオロフさんの料理もおいしかったし、いつも以上に飲んじゃったかもしれない。フフフ」


 マリーナは酒が入り上機嫌、上気した頬もごまかせるため、ようやくフィンと会話をすることができた。


「心配だな……。家にはおばさんいるの?」


「? ……あっ。そっか。フィンは知らないか。お母さんは2年前に亡くなったのよ。だから今は一人暮らしよ」


「え!?」


 フィンがヴァランデルに行っている間に、マリーナは家族を亡くし一人だった。


「あ、だからお家はそっちじゃないよ、お店の方よ。住宅兼お店なの」


 母の病死後、コツコツと貯めていた資金で開業となった。


「誰か、支えてくれる人はいたの?」


「ううん。結婚もしてなければ恋人もいないし、ひたすら夢を追いかけちゃった」


「じゃあ、すごく頑張ったんだね。やっぱりすごいよ、マリーナ」


「そうかしら。フフフ」


 褒められるのは照れ臭かった。


「でも、何か困ることがあったら、俺を頼って。今までマリーナが守ってくれたように、その恩返しをしたいから。俺がマリーナを守りたいから」


 月明かりの下、向かい合うとマリーナは両手をつかまれた。フィンは跪き、マリーナと視線を合わせる。まるで騎士の誓いのような動きに、マリーナは熱を帯びていくのを感じた。


「『俺』? 今まで『僕』だったのに……」


 照れ隠しについ、違和感を抱いたところを指摘した。


「マリーナに頼られる男になりたいんだ。俺は騎士になるんだから。もう力も強いよ」


 次の瞬間、マリーナの視界が揺れた。


「へ?」


 フィンはマリーナを抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこだった。


「ちょっ、フィン!?」


「ほらね? それに酔っぱらいの足じゃ危なっかしくて。ちゃんと家まで届けるから安心して」


 月明かりに照らされた、少年から青年へと変貌を遂げた横顔を、マリーナは見つめた。

 揺れる心地よさとほろ酔いの気持ちよさ、そしてフィンの温もりに、マリーナは船をこいだ。


「マリーナ、店に着いたよ。鍵はある?」


 寝ぼけ眼のマリーナは、言われるがままにフィンに鍵を渡す。

 フィンは鍵を開けると部屋に一歩歩みを進めたが、そこでマリーナを降ろす。


「?」


 状況を読み込もうとマリーナはフィンを見上げた。


「本当はベッドまで運びたかったけど、一人暮らしと聞いたからね。ここまでにしとくよ。ちゃんと鍵を閉めてから寝てね。おやすみ、マリーナ」


 フィンはポンポンとマリーナの頭を優しく叩くと、扉から出ていった。

 何が起きたか、何を言われたか反すうしていたマリーナは、事態を飲み込むとヘタリと座り込んだ。

口調こそあの頃のように優しかったが、もう彼は少年ではないとマリーナは理解した。




◇◇◇


「はぁ」


「何?その盛大なため息。帰省時に何かあったのか?」


 ブルーノはフィンに近づくと横に腰かける。

 横目でチラリとブルーノを確認したフィンはまた一つため息をついた。


「ブルーノは婚約者っているのか?」


「いや?」


「恋人も?」


「うーん、そもそも恋人を作る文化はあまりないかな」


 フィンとブルーノは今でこそ友人であるが、平民と貴族、それもブルーノは高位貴族である。貴族は縁談が持ち込まれ結婚することが多い。家同士の政略的な結婚が普通であり、恋愛による結婚だとしても家同士で婚約を結ぶため、恋人期間は婚約期間と同等となる。


「そうか。そうだよな」


「何? 悩みって恋愛事?」


「……」


 フィンの様子にブルーノはさらに興味を示したが、フィンは恋愛相談の相手として果たしてブルーノは相応しいのかと悩んでしまった。


「ブルーノは格差のある相手についてはどう思う?」


「格差? お相手は貴族なの?」


「いや、違う」


「違うのか? 俺の場合は格差が明らかであれば難しいな。そういうものだと教わってもいるし、父や兄の立場を考えても、他のものよりもより一層厳しいだろう」


 次期オークランス辺境伯となり、後の将軍となるであろうブルーノには自由はない。


「お前とは悩みの種類が違うことはわかってるが、あの人との格差は年齢だ」


「すごい年上? それとも年下?」


「3歳上……」


 想像と異なっていたためブルーノは唖然とした。


「そんな顔するなよ。自由度の高い平民のこの時期の3年を甘く見ないでくれ」


 ブルーノは悪かったと片手を上げると、話を進めるよう促した。


「ずっと好きだった。ずっと。俺、入学したころ体小さかっただろう?あの人に守られてきたんだ。俺はあの人の背中を追いかけてて、やっと背丈が追いついた頃にあの人は成人してて。夢を叶えて自分で商売を始めて生計を立てて。俺はこれから士官学校を卒業してやっとスタートラインに立つというのに、あの人はいつ結婚してもおかしくない年齢になってる。これからは俺が守ってあげるんだと思って、男だとみて欲しいと思ってるのに、あの人を前にするとあの頃の自分に戻っちまう。口調もさ、この図体で、『僕だよ』って。それで自分だと気づいてもらえるなんてさ。なんか情けなくなっちまった」


 ブルーノはからかうことなく真剣な眼差しでフィンを見つめる。


「情けなくはないと思うぞ。フィンは元々優しいんだ。それが口調にも表れている、それも特にその彼女に対してそうなるのだとしたら、彼女だけが特別だということの表れだろう?」


 フィンは頷き、彼女だけが特別ということに同意する。


「だったら何を迷うことがある? ただ特別だということを伝えればいいのではないか? その先に進めるかどうかはそこからだろう。俺はそれができるお前がうらやましい。」


 フィンはブルーノを見つめ返し、首を傾げる。地位も名誉も見目も人柄もすべて兼ね備えている立派な友人にうらやましがられることが不思議でしかなかった。


「自由度が高いんだろう?」


 ブルーノはにやりと口角を上げる。自由という言葉がフィンに突き刺さる。ブルーノはどれだけのことを我慢しているのだろうか。敷かれたレールの上を歩く人生を歩まざるをえないブルーノの苦悩を少しだけ感じた。


「といっても、最近までは次男という立場に甘えていたんだけどな。兄上はどれだけのものだったか……」


 士官学校でも語り継がれるほど立派な彼の兄を思い浮かべる。それを考えると自分は縛りもなく何をしてもいいような気がした。


「なあ、ブルーノは『恋慕の花』って知ってるか?」


 話題の変化にブルーノは微笑んだ。フィンの頭の中では次の段階に進んだのだろうと前向きにとらえた。


「ああ。知ってるよ。とはいっても、ついこの間知ったばかりだがな」


 ブルーノが教えてくれたのは、表彰のために初めて王都を訪れた際、たくさんの花を受け取ったこと、それをはじめは英雄を称えるものだと勘違いしたこと、一目惚れをしたらそれを表現するために花を贈ると聞き、とたんに嬉しさやら恥ずかしさやらで複雑な思いを抱いたという話だった。

 フィンは横目でブルーノの整った横顔を見る。ただ背の高い騎士というだけの自分でさえ王都にいる間に10本近くの花を受け取ったのだ。ものすごい量だったのだろうなと思った。


「思いを伝えるにはこれを使わない手はないんだけど、あの人、花屋なんだ」


「彼女の商売というのは花屋をしているのか。では花は好きだろう? いいんじゃないか?」


「じゃあ、ブルーノだったら一輪花をどこで買う?」


「それは、花屋だろう? ん? ん~、確かにな」


 ブルーノは顎に手を当てる。


「あの人に、ほかの店で買った花を贈るのも、あの人の店で買って渡すのも、なんか変だろう?」


「それは悩むな。……ん? そもそもの悩みってこれだったのか?」


 フィンはポリポリと頬をかく。


「な~んだ。随分と長い前振りだったな」


 ブルーノは大笑いする。


「そうか。では俺からは一つ。俺はお前が第二騎士団に配属希望を出してくれたことを嬉しく思ってる。俺はお前を最も近い位置に置きたいと考えてるんだ。私的にも近い存在で、公的にも近くに置きたいとね。それだけ信頼している。これは父上にも許可を得ている」


 明かされた配属通知にフィンは姿勢を正した。


「お前が第二騎士団に来るということはオークランスに住まいを移し王都を離れることになる。元々オークランス領民である騎士は問題ないが、出身がオークランス以外の騎士は、既婚者であれば家族をオークランスに呼び寄せるか、単身として赴任する。単身として赴任する場合は、月に数日間の帰省機会が与えられる制度がある。独身者ではその制度はない」


 フィンは目を丸くした。


「彼女は王都で商売をしている。ということは制度を利用するのが最善だろう。配属までに決断が必要だぞ? フィン」


 フィンは感心する。これ以上に力強い後押しはない。


「ありがとう、ブルーノ。お前に相談してよかった」


「相談というより雑談だったがな」


 ニカッとブルーノは笑った。

 フィンは早速行動に移した。




◇◇◇



 部屋には手紙を握りしめ顔を真っ赤に染めたマリーナいた。


「ちょっと……、本当に?」


 手紙の主はフィンだった。一時帰省を終えヴァランデルに戻っていったフィンから手紙が届いたのだ。そこには、マリーナへの気持ちが綴られていた。

 小さい頃からずっと好きだったこと、憧れ慕っていただけじゃなくて女の子として好きだったこと、久しぶりに会っても気持ちは変わっていないこと、かわいいと思う気持ちが増したこと、他の誰にもとられたくないと思ったこと、隣に立つのは自分でありたいこと、あの夜の誓いは本気であるということ。


 とにかくマリーナを想っているのだということが綴られていた。

 そして、封筒には押し花が一つ入っていた。


(花が一輪……。もしかして、『恋慕の花』のつもりなのかな……)


 距離的に郵便配達に3日以上かかるだろう。生花は送れないと判断したのか、手紙に添えたかったからか、押し花にした一輪花が入っていたのだ。


「フィン……」


 マリーナは押し花を見つめると彼の名前をつぶやいた。


 実は花屋を夢見たのはフィンがきっかけだった。幼い頃、助けてくれたお礼にと両手いっぱいに抱えて、フィンは摘んできた花をマリーナにくれたのだ。マリーナが花をもらったのはそれが初めてだった。王都では『恋慕の花』の風習が浸透し、恋をした相手に花を贈るのだと町民が色めき立っていた。まだまだ幼いマリーナには関係のないことだったが、花をもらうというのは嬉しいものだった。そんな幸せを分け与える人になりたいと夢を見た。

 引き出しを空け小箱を出す。その中にはドライフラワーにした小花があった。


「私もあなたが特別よ、フィン」


 マリーナは小箱に口づけた。



 それからフィンから数日おきに手紙が届いた。マリーナは返事に悩んでしまい手紙を書けずにいたのだが、自分が出す前にフィンから手紙が届いてしまう。フィンからの手紙には返事が欲しいなどといった催促は一切なく、近況やマリーナを案ずる言葉、そして卒業までの日数が書かれていた。


「あと5日か……」


 マリーナは暦を確認する。

 待ち遠しくて仕方なかった。フィンへの思いが増していく。


(会いたいな……)


 どうやって自分の思いを届けようかと悩んだ。手紙はいまさら出せなかったからだ。


(今度会えた時に絶対伝えよう。フィンは特別だって)


 マリーナはこの日も花を売る。






 士官学校を卒業したフィンは正式な辞令を受け、その報告と準備のため王都へと戻った。一週間後にはオークランスに向かい、第二騎士団に所属する。



「いらっしゃいませ……。っ! フィン!」


「マリーナ」


 フィンが真っ先に向かったのはマリーナの店だった。

 マリーナを前にしたフィンはにやけそうになるのをこらえた。

 フィンを確認したマリーナは前に出る。


「卒業おめでとう、フィン。そしてお疲れ様」


「ありがとう、マリーナ」


 二人は目を合わせると微笑みあった。


「あの、フィン。手紙ありがとう。返事できなくてごめんね」


「いや、いいんだ。俺が伝えたかっただけだし」


 二人はうつむき目をそらす。

 フィンは顔を上げるとマリーナを見据えた。


「マリーナ。俺、第二騎士団に配置が決まった。1週間後にはオークランスに行くよ」


「えっ」


 マリーナは目を見開いた。


「俺、立派な騎士になりたくて、もっと強くなりたくて。それに、仕えたい人がいる。それが叶うのが第二騎士団だと思うんだ」


「そう、なの……」


 マリーナは視線を一本巻きに移す。会えたら思いを伝えるつもりだったマリーナは、フィンの為に特別に包装した一本巻きを用意していた。


「フィンのやりたいことなら応援するわ。もう私の後ろに隠れてた男の子じゃないわ。立派よ」


 マリーナは顔を上げ、笑顔を作った。渡すべきか渡さないべきか、マリーナの視線は泳いだ。

 対して、フィンは一度大きく深呼吸をした。


「マリーナ。深紅のバラを包んで欲しい。4本だ」


 突如告げられた言葉にマリーナは視線を上げ息を飲む。そしてフィンを見上げた。


「心を込めてとびっきりのブーケを作ってくれ。二人が幸せになれるようにと」


「……え、ええ」


(誰に渡すの?)


 マリーナは店の奥に入ると深紅のバラを4本とり、丁寧にラッピングを始めた。お気に入りのリボンを使用し形を整える。マリーナが包んでいるのは4本のバラだ。そのバラを見つめるマリーナの瞳には涙が徐々に溜まり始めた。


(これ……、もしかして……)


 こぼれる前に涙を拭うと、包み終えたブーケを手にフィンの元へ戻った。


「お待たせしました。こちらでいかがでしょうか」


 マリーナは店主として接客する。

 完成したブーケを受け取ったフィンはマリーナを真っ直ぐ見つめた。


「ちゃんと幸せを願った?」


 マリーナはコクコクと頷く。

 フィンはくるっと向きを変えると一度外に出て、入り口にかかっている札をクローズに変えた。

 何をしているのかと後を追おうとしたマリーナは、再び入店し扉を閉めたフィンに立ちふさがれた。


「フィン?」


 マリーナは見上げたが、すぐに視線を下げることになる。フィンが跪いたのだ。


「マリーナ。()の気持ちは変わらない。ずっとずっと変わらない。だから、()と結婚してください」


「フィン……」


「マリーナは王都で、()はオークランスでの暮らしになる。マリーナとの確実な繋がりが欲しいんだ。友人でも恋人でもいい。でも、()の気持ちはずっと変わらないから」


 フィンはブーケを差し出した。いつの間にか一人称が『()』に戻っているフィンの『ずっと変わらない』という言葉の真実味が増す。マリーナは穏やかに微笑むと、ゆっくりと手を伸ばし、ブーケを受け取った。


「フィン。ずっと言ってなかったけど、フィンは私の特別よ。代わりはいないの。大好きよ、フィン。繋がっていられるならなんだってよかった。幼馴染でも友人でも恋人でも。ただ、これからは夫婦っていう繋がりが一番うれしいかも」


「!! マリーナ!」


 フィンは立ち上がりマリーナを持ち上げるとくるくると回った。


「ちょっ、フィン!」


 高く上げたマリーナを見上げる満面の笑みのフィンを見て、見下ろしていたマリーナは思わず笑った。


「やっぱり、今でもかわいいわ」


 マリーナは両手でフィンの顔を挟み込むと、口づけを落とした。

 マリーナの目の前には真っ赤になって驚愕しているフィンがいた。




 4本のバラの花言葉、『死ぬまで気持ちは変わらない』



 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 作者のモチベーションに繋がりますので、よろしかったら、評価していただけると嬉しく思います。


 『恋慕の花』を題材にした話を作りたくて、制作したものになります。

 長編『女王の婚活~』にも番外編として掲載しましたが、短編としても発表しようと投稿しました。


 まだ『女王の婚活~』をお読みでない方は、よかったらそちらもお読みいただけましたら幸いです。

 女王アリシアと辺境伯令息スヴェンの世界をお楽しみいただけます。

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