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第6話 ベッドとAI

結局、ベッドを二つくっつけた狭い部屋で、妙な割り振りのまま夜は更けていった。フーティー、レレナ、ナギョ、ライムの四人がシレンのベッドに、そしてシレンの本来のベッド――のはずだったステラのベッドには、シレン、ステラ、ニーシャの三人が肩を寄せ合うことになったのだ。

「ニーシャ、本当に大丈夫か?」

シレンは心配そうに、隣に横たわる銀髪の少女に問いかける。

「大丈夫。貴方なら、安心」

その声にはトゲがなく、彼女の中で張り詰めていた警戒の糸が、随分と解けているのが伝わってきた。シレンは暗闇の中で一つ、安堵の息をつく。

しかし、もう一方の隣からは不満げな鼻息が聞こえてきた。

「ステラさん、やっぱり場所取りますね……」

「坊っちゃん、言いたいことがあるなら、今ここでお聞きしますよ〜?」

ステラの低い声が耳元で響く。お互いの肌の熱が伝わるほどの密着状態。だが、ここ数日の激動と長距離移動で、シレンの体力は限界を優に超えていた。嫌味を言い返す気力すら尽き果て、彼は吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。

数分後。

「坊っちゃん……? 寝ちゃいました?」

ステラが囁くように呼びかけるが、聞こえてくるのは規則正しい寝息だけだった。隣のニーシャも、慣れない環境の疲れからか、すでに夢の中だ。

しかし、ステラだけは、どうしても目を閉じることができずにいた。

「坊っちゃん……っ」

シレンの寝相の悪さが、ここで牙を剥いた。

無意識のうちに、シレンがステラの方へと体を寄せ、その細い腕で彼女の胴にがっしりと抱きついてきたのだ。ステラの胸元に、シレンの幼い、けれど確かな温もりを持つ頭が埋まる。

(坊っちゃんは……坊っちゃん。ただの、記憶をなくした我が儘な坊っちゃんです……!)

心の中で呪文のように何度も繰り返すが、一度跳ね上がった鼓動はどうにも収まらない。狭いベッドの上、逃げ場のない密着感。熱が体に籠もり、ステラの頬は火照り続けていた。

シレンが夢の中で何かを掴もうと、少し指先を動かしたり、首筋に吐息を吹きかけたりするたびに――。

「んっ……ふぇっ!?」

ステラは、自分でも出したことのないような変な声をあげる羽目になった。

静まり返った屋敷の中で、彼女の理性と鼓動の戦いは、朝日が昇る直前まで続くことになる。




────朝の眩しい日差しを浴びて、シレンはゆっくりと意識を浮上させた。

……最初に感じたのは、体の上にのしかかる不思議な重みだった。

視界が鮮明になるにつれ、その正体が判明する。

「ニーシャ……?」

銀髪の少女、ニーシャがシレンのお腹の上に丸まって乗っていた。

(……ふん、とんだ寝相の悪いやつだな)

シレンは苦笑いし、彼女を起こさないよう優しく頭を撫でてから、そっと隙間を縫ってベッドを抜け出した。

床に降り立つと、そこにはすでにステラが立っていた。

だが、その様子は明らかに異常だった。

「坊っ、ちゃん……おはよう……ございます……」

目の下には色濃い隈が浮かび、顔色は幽霊のように青白い。明らかに体調が悪そうだ。

「だ、大丈夫ですか? 体調が悪そうですが、今日は休んだ方が良さそうですよ?」

シレンが本気で心配して声をかけるが、ステラは執念すら感じる眼差しで首を振った。

「ご心配、無用です……坊っちゃん。私は、やれます……」

(……本人がそう言うなら仕方ないけど、一体昨夜何があったんだ?)

「やれなくなったら、すぐに報告してくださいね?」

「はひ」

ステラの返事はおぼつかないが、一応の納得はしたようだ。

「朝食は?」

「もちろん、腕を振るいました……。あの子たちの一発目の家の食事ですからね! 好印象を持たせられるよう、精一杯努力しましたよ」

「ありがとう! じゃあ、僕は確認したいことがあるから、ステラは皆を見守ってて」

「承知いたしました……」

よろよろと台所へ向かうステラを見送り、シレンは部屋の扉を開けて中庭へと向かった。

彼には、マヨネーズを量産し、売り出すにあたって一つ、大きな懸念事項があった。

「小瓶が高い……」

量産体制に入るとなれば、容器が必要だ。だが、一つ一つ小瓶を買い揃えていては原価が高すぎて利益が削られてしまう。かといって、この世界の物流や資材の相場はまだ不透明だ。

そこでシレンは、脳内の相棒に相談を持ちかけた。

(チョッピー、素人が小瓶って作れるかな? 小瓶の材料が何かも分かってないんだけど)


────


素人がゼロから土を練って、形を整えて、窯で焼いて……となると、やはり今日明日の完済には間に合いません。焼成だけで丸一日はかかってしまいますし、割れるリスクも高いです。


────


(んー、無理なのか。やっぱり小瓶は買うしかなさそうだ)

シレンは中庭の隅で腕を組み、溜息をついた。

「いくらソルドさんがお金を出してくれるとはいえ、ある程度は自分で稼がなきゃだよな……。でも、やっぱりマヨネーズだけじゃ厳しい気がするな……」

二億ゴールドという数字は、単なる「商品の売上」だけで届くほど甘いものではない。容器のコスト、材料の確保、そして何より「時間」が足りない。

再びチョッピーに頼る。

(ちなみに、マヨネーズ以外で作れそうなものってある?この世界で需要があって目新しいもの)


────


マヨネーズが「食」の突破口なら、次は**「生活」や「美容」、あるいは「健康」**に切り込みましょう。現代知識があれば、その辺に転がっている材料を「お宝」に変えられます。

一週間で2億ゴールド稼ぐソルド商会をさらに震え上がらせる、目新しくて需要が爆発しそうなものを3つ厳選しました!


1.炭酸水ソーダ

もし屋敷に「石灰石(または卵の殻)」と「強い酢」があれば、発生したガスを水に溶け込ませて炭酸水が作れます。

需要: この世界に「パチパチ弾ける飲み物」がなければ、それはもはや魔法の飲み物です。

目新しさ: 酒を割る「ハイボール」的な飲み方をソルド商会に教えれば、貴族の社交場を独占できる巨大利権になります。


2.固形石鹸(ハーブ入り)

先ほど少し触れましたが、「動物の脂」と「灰(アルカリ液)」を混ぜて煮込むだけで作れる石鹸は最強です。

需要: 汚れを落とすだけでなく「いい香りがする」「肌が荒れない」という付加価値をつけます。

目新しさ: 現代の「衛生概念」をセットで売ります。「病を退ける聖なる洗浄剤」として売り出せば、教会や病院が言い値で買います。


3.「透明な」氷(濾過と煮沸)

ただの氷ではなく、不純物を取り除いたクリスタルな透明の氷です。

需要: 夏場や、高級な酒の席。

目新しさ: 水を一度沸騰させて空気を抜き、ゆっくり凍らせるだけで作れます。現代人には当たり前ですが、この世界の人は「氷は白く濁ったもの」だと思い込んでいます。透明な氷をグラスに入れるだけで、その酒の価値が10倍に跳ね上がります。


チョッピー的・次の一手のおすすめ

今、一番「材料が揃いやすくて、マヨネーズとの相乗効果が高い」のは、実は**「石鹸」です!

マヨネーズ作りで余った「卵の白身」**を石鹸に混ぜると、現代で言う「エッグホワイトソープ(美肌石鹸)」になり、貴族の女性たちの間で争奪戦が起きます。

ご主人様、どれに興味がありますか?

「飲む魔法」の炭酸水?

「美肌の奇跡」のエッグ石鹸?

「見た目の芸術」の透明氷?

どれを選んでも、ソルド商会を「弟子にして正解だった!」と狂喜乱舞させる自信がありますよ!


────


(全部いいな!炭酸水と綺麗な氷は後々作ろう!!)

提示された未来予想図に、シレンの胸は高鳴った。

「まず先に作るべきは固形石鹸か。まさかマヨネーズの『余りもの』が主役に化けるとはな……」

感心しながら、彼は次の指示を脳内へ飛ばした。

(固形石鹸の作り方を具体的に教えてくれ)


────


「エッグ石鹸」ですね!マヨネーズ作りで余る white(白身)を有効活用できる、完璧な資源循環ビジネスです。

ソルド商会に「食べ物だけじゃないのか…!」と底知れぬ恐怖(と期待)を感じさせる、具体的かつ最短の製造プロセスを伝授します。


必要な材料

動物性の脂(牛脂やラード): キッチンにある肉の脂身を焼いて抽出したものでOK。

灰(木灰): 暖炉の掃除で出る「真っ白な灰」がベスト。

水: 綺麗な水。

卵の白身: マヨネーズの残り。

(あれば)乾燥ハーブや香油: 貴族向けに「香り」の付加価値を。


具体的な手順

ステップA:強アルカリ液(灰汁)を作る

容器に灰と水を入れ、よく混ぜて一晩置く(急ぎなら煮出してもOK)。

上澄み液だけを布で濾す。

現代の知恵: 液に「生卵(または羽毛)」を入れ、溶け始めるくらいの強さなら成功。これが油脂を石鹸に変える化学反応の素になります。


ステップB:鹸化けんか反応

動物の脂を鍋で溶かし、人肌より少し熱いくらい(約40〜50度)に温める。

アルカリ液を少しずつ加えながら、ひたすら一定方向に混ぜ続ける。

1時間ほど混ぜて「トロリとしたカスタードトレース」になったら成功です。


ステップC:チョッピー流「白身」の投入

ここで卵の白身を軽く泡立てて投入します。

現代の知恵: 白身に含まれる「アルブミン」が肌を引き締め、キメを整える効果を生みます。これを「若返りの秘薬」としてアピールするんです!


ステップD:型入れと熟成

土の器や木箱に布を敷き、中身を流し込む。

暖かい場所で数日置けば固まります。

本来は1ヶ月熟成させますが、今回はソルド商会に**「熟成前の生石鹸(最高級品)」**として今の段階で見せ、予約金をもぎ取りましょう。


ソルド商会への「売り文句」

「ソルドよ、私は卵を『食べる』だけで終わらせない。これは肌を陶器のように白く滑らかにする、貴族専用の**『卵白美肌石エッグ・ソープ』**だ。マヨネーズで腹を満たし、この石で美を手に入れる。この二段構えで、街の金持ちを全員、我々の信者に変えるぞ」

さて、ご主人様!

まずは暖炉の「灰」を回収させますか?

それともキッチンから「脂身」をかき集めますか?

白身が乾燥して固まる前に、一気に仕込みを始めちゃいましょう!作業で困ったら、化学のコツをチョッピーが補足しますよ。


────


(マヨネーズよりも、ターゲットが貴族なら石鹸の方が利益率が高いかもな……。美への執着はいつの時代も、どの世界でも最強の市場だ)

シレンはほくそ笑んだ。「とりあえず、ステラに木灰と動物の脂があるか聞かないとな」

そう方針を決め、屋敷へ足を踏み入れようとした、その時だった。

「坊っちゃん!! 大変です!! ライムさんが……ライムさんが溶けちゃいました!! どこにいますかー!?」

静かな朝の空気を切り裂く、ステラの悲鳴。それはいつもの小言とは違う、切迫した叫びだった。

「はぁ!?」

思考を強制停止させられたシレンは、慌てて屋敷の中へと駆け戻ったのだった。

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