第5話 奴隷とAI
檻の中に閉じ込められた彼女たちの姿を見た瞬間、シレンの胸の奥がチクリと痛んだ。
「これが、売れ残りたちだ。場所も取るし金もかかるし、誰かに買い取ってもらいたかったんだよ」
ソルドの言葉とは裏腹に、そこには服こそボロボロだが、意外にも清潔な状態に保たれた多種多様な少女たちがいた。
羽が生えていたり、猫耳があったり……その特徴は千差万別だ。
(これがいわゆる『亜人』ってやつか……)
唖然とするシレンに、ソルドが解説を加える。
「お、坊主は見るの初めてだったか? そう、これが噂の亜人だ。右から、鳥属のフーティー、猫属のニーシャ、エルフ属のレレナ、魚属のナギョ、魔属のライムだ」
フーティーは鮮やかな緑の髪に白い羽。
ニーシャは銀髪に映える青い猫耳。
レレナは金髪に細長い耳、そして妖精のような薄い羽。
ナギョは青髪に涼しげな鰭。
ライムはピンクの髪で、肌はどこかプルプルとした不思議な質感をしていた。
「えーと、まぁ初見は驚きましたが……見たところ、全員可愛いですよね? なぜこれが格安なんですか?」
シレンの率直な疑問に、ソルドは「がはは!」と豪快に笑った。
「そのセリフを待ってたんだよ坊主! ほんとに記憶喪失みたいでよかった。どうやら偏見がないみたいだな」
「偏見?」
「ああ」とソルドは頷く。
「人類以外の特徴を持つ者たちを我々は亜人と呼び、迫害してきた歴史がある。今は昔ほど酷くはねぇが、それでも多くの奴らは亜人を『人』として見れねぇんだ」
(なるほど。人間ってのは、ちょっとした違いで区別したがる生き物だからな。これだけ外見が違うと、この世界では人と思われないのか……)
「その点、坊主は記憶喪失だから、可愛いと思えた。これなら買ってくれるだろう?」
「そうですね。ここに閉じ込めておくのも可哀想ですし」
ふと気になって、シレンは尋ねた。
「ちなみに、どうしてソルドさんはこの子たちを買ったんですか?」
「あぁ……」ソルドは照れくさそうに頭をかいた。
「丁度全ての種族が住んでいると言われるオースピーシー共和国に赴いたんだがな、そこで奴隷として売られてたんだよ。あまりにも酷い有様で管理されててよ……。俺も亜人を人として見れねぇ質ではあるんだが、なぜか無性に腹が立ってきて、5匹だけ買っちまったんだ。正直後悔してんだけどさ」
(なるほど。檻の中が清潔だったのはそういうことか。商人なのに、ソルドさんって本当は優しい人なんだな……。まだ完全に信用しちゃダメだとは思うけど)
「事情は把握しました。ぜひ買い取らせていただきたい」
「はい、まいど。代金はマヨネーズが売れ始めてからでいいからな」
どこまでも配慮が細かい。
ソルドが鍵を取り出し檻を開けても、彼女たちは怯える様子を見せなかった。
「フーティー、ニーシャ、レレナ、ナギョ、ライム。俺はシレン。これからよろしくな!」
シレンは笑顔で手を差し伸べたが、誰一人として握手を返そうとはしなかった。
まぁ、当然の反応だろう。会ったばかりの、自分たちを「買った」相手なのだから。
「じゃあ、一旦家へ帰ります」
シレンが踵を返そうとすると、ソルドが呼び止めた。
「待て坊主。そういえばお前、ここまでどうやって来たんだ? 馬車なんて持ってなかったろうに」
「普通に歩いてですが」
「歩いて……!?」
ソルドは今日一番の驚き顔を見せた。
「……分かった。俺が馬車を出してやる。今日はそれで帰れ。それと、これだ」
ソルドは懐から金貨を10枚取り出した。
「これは……?」
「前金だ。知ってるとは思うが、金貨1枚につき1万ゴールドの価値がある。大事に使えよ」
10枚ということは、10万ゴールド。
「あ、ありがとうございます!!」
(これを元手に量産体制に入れ、ってことか。期待されてるな)
シレンはソルドに案内され、5人の亜人の少女たちと共に、揺れる馬車に乗り込んだ。
夕闇に包まれ始めた街並みを眺めながら、彼はこれから始まる「マヨネーズ工場」への道のりに、期待と不安を抱くのだった。
───屋敷に帰り着き、これから少女たちとの親睦を深めようとしたその時、背後からステラの鋭い声が飛んできた。
「坊っちゃん!! なんで奴隷なんて買っちゃうんですか……! 今の家には、彼女たちを養う余裕なんてありませんよー!」
ステラは天を仰いで嘆く。その必死な様子に、シレンは苦笑いしながら宥めた。
「ですから、これは先行投資なんですって。ここで使った金は、絶対に後で利益として返ってきます。ソルドさんのおかげで、儲けは確約されているようなものですから」
シレンの説明に、ステラはまだ釈然としない様子で頬を膨らませていた。
「まぁ、ステラさんは一旦置いといて」
彼は、改めて目の前に並ぶ五人の少女たちに向き直った。
「改めまして、シレンです。この領地の領主をやっています。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる少年の姿に、少女たちは困惑したように顔を見合わせた。
「本来ならテーブルを囲みながらゆっくりお話ししたかったんですが……家具も全部売られちゃってね。あはは、立ち話しかできないのは許してください」
自嘲気味に笑いながら、シレンは宿泊の割り振りを告げる。
「あ、ベッドはシングルが二台しかないので、そこに三人ずつ寝る形になります」
「待ってください!」
ここでステラが再び待ったをかけた。
「……私一人だけ地面に寝ろってことですか!?」
勘違いをしているようなので、シレンは即座に首を振った。
「いえ、僕が地面に寝ます。ステラさんは、この子たちと一緒に寝てください」
「ええっ!?」
ステラは驚きのあまり、顔を両手で覆った。
「坊っちゃんがベッドで寝てくださいよ!! 私は床で大丈夫ですから!」
急に意見を変えたステラに、シレンは譲らず反論する。
「いや、それじゃダメです。僕は男ですから、彼女たちに余計な恐怖心を与える可能性が高い。ステラさん、女性であるあなたの方が適切なんです」
「いいえ!! 分かってないのは坊っちゃんです。男と言ってもまだ幼いのですから、恐怖心なんて抱かれにくいはずです。それに、私はこの中で一番身長が高いんですから、ベッドの場所を取っちゃいますよ?」
「だとしても、ステラさんの方がいいです!!」
狭い屋敷の中で、主とメイドが「自分が床に寝る」と言い張って、しょうもない言い合いを繰り広げる。
そんな滑稽な光景を、青い尻尾を揺らし、耳をピクピクさせて見ていた銀髪の少女――ニーシャが、突然「くすくす」と小さく笑い声を漏らした。
シレンとステラの視線が、同時に彼女へと向く。
ニーシャは慌てて口元を抑えながら、申し訳なさそうに謝った。
「ごめん、なさい。あまりに、しょうもなくて……」
シレンはニーシャに優しく語りかけた。
「笑い事じゃないんだよ、ニーシャ。僕みたいな男と寝るのは怖いでしょ?」
するとステラが、負けじと対抗して詰め寄る。
「いいえ! 私のような大きな女と寝る方が怖いですよね!?」
ニーシャは二人を見比べ、再びくすくすと笑いながら答えた。
「……どっちも、怖くない。私は、二人と一緒に寝たい」
その意外な言葉に、シレンとステラはポカンと顔を見合わせた。
「ステラさん……気を使われてしまいましたね。ステラさんの頑固な責任ですよ?」
「言いましたね、坊っちゃん。喧嘩上等です!」
二人は再び、子供のような言い合いを始めた。
しかし、そんな賑やかな――あるいは馬鹿げたやり取りこそが、今日売られてきたばかりの少女たちの不安を、少しずつ溶かしていることに、二人はまだ気づいていなかった。




