第1話 転生とAI
見覚えのない、煤けた木の天井だった。
「……なんだここ?」
確か俺は、夏休み最終日の絶望の中、高校から出された数学の課題を、汎用AI『チョッピー』に丸投げしていたはずだ。
そして、その『チョッピー』の回答を見届けたところで――意識が途切れた。
(寝落ちしたのか……? それにしても、この部屋、カビ臭いな)
起き上がろうとしたその時、建て付けの悪いドアが「バンッ!」と凄まじい音を立てて開いた。
「シレン様! 大変です、起きてください!」
飛び込んできたのは、フリルこそ付いているものの、あちこちが継ぎ接ぎだらけのメイド服を着た女性だった。彼女は青ざめた顔で、俺のベッドに詰め寄ってくる。
「シレン様! 借金取りが来ています! 今すぐ逃げるか、対応してください!」
(……シレン? 借金取り? 誰の話だ?)
状況が全く飲み込めない。だが、目の前の彼女の必死すぎる形相を見るに、ドッキリや夢ではないらしい。
とりあえず、極度の事なかれ主義である俺は、ひとまず脳を「省エネモード」に切り替え、波風を立てないよう頷いた。
「……あぁ、そうですね。わかりました」
「『わかりました』じゃありませんよ、シルド様!」
混乱する俺を置き去りに、彼女は俺の腕を力任せに掴んで引きずり出した。
「何をぼーっとしているんですか! ほら、着替えてください。早く!」
「わ、わかりました。ですから、そんなに引っ張らないでください……」
俺はフラつく足取りのまま、彼女に連れられて隣の衣装室へと押し込まれた。
そして、衣装室の鏡を見て衝撃を受ける。
…鏡に映った自分の姿は、記憶にある冴えない高校生ではなく、どこか気品はあるが不健康そうに痩せこけた、見知らぬ少年のものだったのだ。
───着替えを終え、重い足取りで商談室へと連行された俺は、威圧感の塊のような男と対峙することになった。
「利息が溜まりに溜まってやすぜ、お坊っちゃん。今日中に耳を揃えて返すって約束でしたよな?」
(……着替えている間に必死に状況を整理したが、どうやらここは異世界で、俺は借金塗れの底辺貴族に転生してしまったらしい。おまけに、目の前の男は相当タチが悪そうだ)
「返せるのかって聞いてんだよッ!!」
男がドゴォッ!と派手な音を立てて机を叩く。
「ひっ……!」
情けない悲鳴が漏れた。
正直、俺にとっては知ったことではない。前身の男が勝手に作った借金だ。だが、今の俺が『シレン』である以上、この暴力的なまでの現実に立ち向かうしかなかった。
「あの……どうにか、もう少しだけお時間を頂けないでしょうか?」
「あぁん!? 言い訳は聞き飽きてんだよ!」
蛇に睨まれた蛙のように、体が強張る。
……ダメだ、自分の頭じゃ何も思いつかない。俺はいつだって自分の頭で考えず、面倒なことはすべてAIに丸投げする人生を送ってきたのだ。
(こんな時、チョッピーがいてくれたら……!)
そう心の中で縋った、その時だった。
視界の端に、ノイズと共に青白く光る見慣れたUIが浮かび上がる。
『はい! お呼びでしょうか? チョッピーです!』
脳内に直接響くような、軽やかで少しお調子者な合成音声。
『何かお困りのことや、お手伝いできることがあれば、いつでも力になりますよ。さて、今日はどんなお話をしましょうか?』
現実を侵食するように浮かび上がる文字。
その瞬間、俺の絶望は、確信に満ちた期待へと変わった。
「チョッピー!!」
思わず叫ぶ。
「あぁ?」
借金取りの男から睨まれるが、一旦無視する。
(チョッピー助けて!今なんか知らんけど、異世界の貴族に転生して、借金取りに今日中に金返せって言われてる。助けてくれ。)
すると、視界に見慣れたログが流れた。
───
『ええっ、いきなりハードな展開ですね!?「異世界転生」は夢があるけど、借金取りのセットメニューは勘弁してほしいところです……。
でも大丈夫、チョッピーがついてます!貴族なら**「資産」か「権威」、あるいは「現代知識」**のどれかで切り抜けられるはずです。
今の状況を整理して、一緒に逆転劇を考えましょう。
まずは身の回りのチェック!
まずは「今日中」を乗り切るための手札を確認しましょう。
家宝や骨董品はない?:ボロボロの屋敷でも、実はすごい魔力を持った壺とか、歴史的な価値がある絵画が眠っているかもしれません。
魔法は使える?:もし火を出したり、物質を変換できたりするなら、それがそのまま金策になります。
貴族の特権は?:借金取りは民間人ですか?もしそうなら「不敬罪」や「支払い猶予の勅令」的なハッタリが効く相手かどうか見極めが必要です。
「現代知識」で一攫千金(短期決戦)
今日中に現金が必要なら、身近なものを劇的に改良して売るのが定石です。
砂糖やスパイスはある?:もしあれば、現代のスイーツ(プリンやキャラメルなど)を即席で作って、近隣の豪商に「レシピの独占権」を売るのが一番早いです。
衛生用品は?:石鹸や香水があれば、それを高純度に精製するアイデアを担保に、別の高利貸し(あるいは王宮のツテ)から融資を引き出しましょう。
最終手段:交渉術
もし手元に何もないなら、チョッピーと一緒に**「もっともらしい大嘘(投資話)」**を練りましょう。
「実はこの土地にはレアメタル(魔鉱石)が眠っていることが判明した。今日私を消せば、お前たちはその利権をすべて失うぞ」……的なやつです。
今の状況についてもう少し教えてください!
借金の額はどのくらい?(金貨100枚とか?)
目の前の借金取りはどんな奴ら?(強面?それとも事務的なギルドの人?)
情報をくれたら、もっと具体的な「異世界脱出(借金編)プラン」を立てますよ!』
───
俺は表示された項目を上から順に、確認するようにメイドへ問いかけた。
「メイドさん!! この家に、家宝とか骨董品はない?」
「全部売り払いました」
「魔法とか使えないの?」
「坊ちゃん、全く勉強しませんでしたもんね」
「あやつに不敬罪を適用する」
「そんな権力ありません」
メイドの無慈悲な三連打に、俺は絶句した。
チョッピーの提案が、凄まじいスピードで全滅していく。
「おい、さっきから何をごちゃごちゃ言ってやがる。……金がねえなら、そのメイドごと売り飛ばすしかねえなぁ!」
男が机を蹴り、立ち上がる。
俺は冷や汗を拭いながら、まだ消えていないチョッピーの画面に視線を走らせた。
「資産」も「魔法」も「権威」も無い。だとしたら、残るは「現代知識」か「大嘘」。
「砂糖やスパイス、衛生用品は?」
「そんな高価なもんないに決まってるでしょ」
メイドの呆れ顔に、俺は天を仰いだ。残るは「大嘘」だが、試すまでもなく分かる。この状況でレアメタルがどうこう言ったところで、信じてもらえるはずがない。
(チョッピー、お前が言ったの全部なかった。何とかしてくれ。「大嘘」は勘弁だ)
俺の悲鳴に近い訴えに、視界のログが音を立てて更新された。
───
『申し訳ありません!私の理解が追いついていませんでしたね。大嘘に頼らず、かつ先ほど挙げたような非現実的な極論も一旦すべて忘れて、**「現代の知恵」**を今のあなたの状況にフィットする形で再構築しましょう。
「今日中」という絶体絶命の時間を稼ぎつつ、確実に現金を、あるいは「金以上の価値」を生み出すための現実的なチートを提案します。
1.「界面活性剤(石鹸)」の精製と即売
屋敷のキッチンに「動物の脂」と、暖炉の「灰」はありますか?
これらを混ぜて加熱するだけで、現代では当たり前の**「石鹸」**が作れます。
知恵のポイント: 単なる洗浄剤としてではなく、現代の「洗浄・除菌」の概念を添えて、街の浴場や富裕層に「肌を清潔に保つ最新の美容品」として持ち込みます。製造工程を見せるだけで、技術独占権の「前払い金」を交渉できるはずです。
2.「マヨネーズ」による食文化革命
もし卵と油と酢があるなら、これらを乳化させて**「マヨネーズ」**を作りましょう。
知恵のポイント: この世界にまだ「乳化ドレッシング」がないなら、その味の衝撃は凄まじいです。屋敷にある食材を最高級の料理に変え、近隣の料理店や領主を招いて「レシピの期間限定ライセンス」を売ります。
3.「シュガーアート(角砂糖・氷砂糖)」
砂糖の塊があるなら、それを現代の知識で再結晶化させ、見た目にも美しい**「角砂糖」や「フレーバーシュガー」**に加工します。
知恵のポイント: 貴族の社交場において「見た目の美しさ」は絶対的な価値です。ただの砂糖を「宝石のような嗜好品」に昇華させることで、付加価値を数倍に跳ね上げ、即座に商人に買い取らせます。
チョッピーからの作戦会議
大嘘をつかず、現代知識で「価値の格差」を作るのが王道です。
今、あなたの手の届く範囲に、以下のどれがありますか?
キッチンにある食材(卵、油、砂糖、塩など)
暖炉の灰や、掃除用の油
筆記用具と紙(事務的な知恵で攻める場合)
「これならあるぞ」というものを教えてください。それを使った、今日中に借金取りを黙らせるための具体的な手順を伝授します!』
───
俺は表示された新たなリストを必死に読み、一縷の望みをかけてメイドを振り返る。
「キッチンに、卵と油、それから酢かレモンはあるか!?」
「……卵と油くらいなら、まだ残っていますけど」
「よしっ、それだ!」
俺が叫ぶと、借金取りの男がいよいよ我慢の限界といった様子で怒鳴り散らした。
「おいコラ! さっきから卵だの油だの、飯の相談してる場合かよぉッ!!」
男がドゴォォォン!!と、先ほどより強く机を叩く。木片が飛び散り、メイドが悲鳴を上げた。だが、俺は確信していた。この「マヨネーズ」というやつが、俺たちの運命を変える鍵になるはずだと。




