海月は海に沈んでゆく
恋を知らない人は、いつか海月になってしまうらしい。
そんな話をどこかで聞いた。今年、僕は受験生だ。学校の近くの図書館は、自習をする人でいっぱいで、なのに話し声は聞こえなくて、シャープペンシルの音だけが木霊していた。友達なんて居なくて、僕はシャープペンシルの音を一人で響かせていた。数時間勉強した後、閉館時間だから僕は帰路に着く。家は、住宅街から離れているからか、僕と幼なじみの奏くらいしかいない。彼女は、幼稚園からの仲なのだが中学生に上がる時から疎遠になって今もあまり話していない。帰り道、一緒になる時がよくあるのだが自分は何を話せばいいのか分からないし、彼女も話しかけてこない。
彼女も同じ気持ちなのだろう。
気まずくて空を見上げるとさそり座が僕たちを見下ろしていた。
「ねぇ。」
「な、何?」
「最近あんまり喋ってないけど、、、元気?」
「元気だけど、そっちは?」
「まあ、元気だけど、、、」
この日の会話はこれだけだったけど、僕たちはだんだん会話するようになっていった。
そして、僕たちを見下ろす星座は、さそり座からペガスス座、最後にはオリオン座へと変わっていった。息も白くなってきた。
彼女は、マフラーを付け始めた。
「ねぇ」
「何?」
「恋を知らない人は、いつか海月になっちゃうって話知ってる?」
「うん、聞いたことがあるよ」
「愛ってなんなんだろう?」
「さぁ、僕たちはそれより受験優先だからね」
「いつかっていつなんだろそれが16歳だったら受験終わってすぐ海月になっちゃうのかな?」
「まぁそうかもね」
「海月になったらどこに行くんだろ」
「海じゃない?」
そんな雑談を繰り返す。
「ねぇ、高校どこ行くの?」
「〇高」
「へー、私も」
ポケットの中のカイロが熱いと感じた。
いつの間にか、図書館では2つのシャープペンシルの音が木霊するようになった。
「ここわかんない!」
「しっ、静かにここはこの三角形の面積が分かってるんだからここをこうすると長さを出せるでしょ」
シャープペンシルの音だけでは無かったようだ。
オリオン座が僕らを見上げるようになった頃、僕たちの受験は、終わった。2人とも合格した。
高校になってからも僕たちの仲は続いたと思っていた。
ある日彼女は学校に来なくなった。
2日後に彼女は海月になったことを聞いた。
彼女は、恋することが出来なかったのだろうか。
彼女に会いたいと思った。僕は海へ走っていた。
星が出ていたが何座かなんて分からなかった。
潮風がすこし涼しかった。
僕は、海へ入っていた。泳いでいた。
君にただ会いたかった。
「ねぇ」
聞き覚えのある声がきこえた。
「なんでここにいるの?」
海月になった君だった。
「あ、会いたかった、、、」
「そう、、、」
「僕、君が海月になって会えなくなって分かったんだ。僕は、君のことが好きだ。」
「ありがと」
「君は、恋ができなかったのかい?」
「いや、できてたんだと思う。でも言葉に出来なかった。」
優しい口調で彼女は言った。
「ほら、海月になっちゃって好きな人が会いに来てもいえてないでしょ」
「僕のこと?」
「うん、ずっと君のこと見てた。中学生に入ってからは、恥ずかしくて話せなくなったけど。」
「まだ、、、まだ間に合うよ一緒に帰ろう?」
首を横に振った気がした。
「ダメだよ、くらげの漢字って水母って書くでしょ?それはね海月は、死んだ後に海に溶けるからなんだ。私もね、もうすぐ海になっちゃう。あとね、大好きな君にそこまで背負い込ませたくないの」
「いやでも僕は君のことが好きなんだよ」
「嬉しいけど、君には君の人生を生きてほしいし、早く戻らないと君、死んじゃうよ」
「やだ、と一緒にいたい。」
「君には生きてほしいんだよだからごめん」
体が痺れて気を失ってしまった。
目が覚めると海岸にいた。
「今までありがとうずっと、愛してる。」
今もう一度海に潜っても、もう彼女には会えない気がした。
さそり座が僕のことを見下ろしていた。去年のように。




