エピローグ この1時間が、私たちの青春だった
講堂の照明が落ち、幕が完全に下りた。
拍手はしばらく続いた。熱狂ではない。けれど、確かに心に届いた何かへの、静かな称賛だった。
佐藤ひなたは、舞台袖で深く息を吐いた。
演出ノートは汗で湿っていた。赤ペンの文字がにじんでいる。「事故→奇跡」「青春=混乱+爆発音+カレーうどん」——そのすべてが、今や過去になった。
「先輩、カレーうどん、片付けますね」
中村光が容器を持って現れる。湯気はもう消えていた。
「ありがとう。爆発音、最後のやつ……よかったよ」
「でしょ? あれ、ちょっと余韻意識したんですよ」
舞台裏では、部員たちが笑いながら泣いていた。
高橋美月は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、蒼に言った。
「私、あの舞台で初めて“伝えたい”って思った。台詞じゃなくて、気持ちで。」
蒼は、カレーうどんの容器を片付けながら笑った。
「俺、宇宙飛行士じゃなかったけど、なんか飛べた気がする。」
ひなたは、演出ノートを閉じた。
「史上最悪だった。でも、最高だった。」
田所先生が舞台裏に顔を出す。
「教育的には問題だが……まあ、青春だな。」
講堂の外では、夕焼けが差し込んでいた。
客席では、観客たちがざわつきながらも、どこか満足げな表情で席を立っていた。
「なんだったんだ、あれ」「でも、なんか泣けた」「カレーの香り、まだ残ってる」
ひなたは、舞台袖からその光を見つめながら、静かに呟いた。
「この1時間が、私たちの青春だった。」
——そして、誰かの心に残る舞台が、確かにそこにあった。
数日後、演劇部の部室。
ひなたは、演出ノートの最後のページに、もう一行だけ書き加えた。
「次は、もっとちゃんと混乱させよう。」
部員たちは、次の舞台に向けて動き始めていた。
誰もが、あの“史上最悪の1時間”を忘れられないまま。
青春は、終わらない。
カレーうどんと爆発音と、少しの勇気があれば——きっと、また飛べる。




