第3章 青春は、カレーうどんと爆発音でできている
講堂の空気が、少しだけ変わった。
爆笑とざわめきに満ちていた客席が、静かに息を整え始めていた。舞台上では、カレーうどんの湯気がまだ立ち上っている。高橋美月は、容器を両手で抱えながら、ゆっくりと語り始めた。
「この香りが……私の記憶を呼び覚ます。小さい頃、父と一緒に食べたカレーうどん。あの味が、私を地球に引き戻してくれる。」
観客は静かに耳を傾けている。
山田蒼は、舞台中央に立ち、深く息を吸った。
「俺は宇宙飛行士だった。でも、地球に帰ってきて気づいた。俺は、誰かの息子で、誰かの友達で、誰かの……演劇部員だった。」
その台詞に、舞台袖の佐藤ひなたは思わず笑った。
「それ、台本にないけど……いいじゃん。」
中村光が、そっと最後の爆発音を鳴らす。
「ドンッ」という音が、講堂に響く。だが、もう誰も驚かない。むしろ、それが“終わりの合図”のように感じられた。
田所先生が、舞台の端に立ち、静かに語る。
「地球を救うのは、カレーでも爆発でもない。——君たちの想いだ。」
その言葉に、美月が涙を流す。
蒼が、そっと彼女の肩に手を置く。
「俺たち、失敗ばっかだった。でも……この舞台が、俺の青春だった。」
講堂が静まり返る。
ひなたは、演出ノートを開き、最後のページに赤ペンで書き込む。
「青春=混乱+爆発音+カレーうどん」
——そして、幕が下りる。
拍手が、静かに、しかし確かに起こる。
誰もが“何か”を受け取ったような顔をしている。
舞台裏では、部員たちが笑いながら泣いていた。
「やばかったな」「でも、楽しかった」「次はもっとちゃんとやろうな」
美月は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま言った。
「私、あの舞台で初めて“伝えたい”って思った。台詞じゃなくて、気持ちで。」
蒼は、カレーうどんの容器を片付けながら笑った。
「俺、宇宙飛行士じゃなかったけど、なんか飛べた気がする。」
ひなたは、演出ノートを閉じた。
「史上最悪だった。でも、最高だった。」
田所先生が舞台裏に顔を出す。
「教育的には問題だが……まあ、青春だな。」
講堂の外では、夕焼けが差し込んでいた。
ひなたは、舞台袖からその光を見つめながら、静かに呟いた。
「この1時間が、私たちの青春だった。」
そして、誰かの心に残る舞台が、確かにそこにあった。




