第2章 演劇部史上、最も笑えて泣ける「事故」の記録
「小道具、ないです!」
その叫びが舞台袖から響いたのは、開演から17分後だった。
カレーうどんの容器が見つからない。演劇部の舞台は、宇宙飛行士とカレー屋の娘が地球を救うという支離滅裂なラジオ劇を、なぜか実演で再現するという設定。カレーうどんは物語の鍵——のはずだった。
「誰か、買いに行って!」
佐藤ひなたの声に、1年生の部員・藤井が手を挙げた。
「ヒモンモール、走ってきます!」
舞台上では、山田蒼が「俺は宇宙飛行士だった。でも、地球に帰ってきたらカレー屋の息子だった」と語り、高橋美月が「この香りが、私の記憶を呼び覚ます」と泣きながら演技している。観客はざわつきながらも、笑いをこらえている。
——そして、実況が始まった。
「今、校門を出ました! 信号、青です! 走ります!」
舞台上の照明が切り替わり、藤井の実況がスピーカーから流れる。
「ヒモンモール到着! フードコート、混んでます! カレーうどん、発見!」
観客が爆笑する。演劇なのか、ドキュメンタリーなのか、誰にもわからない。
中村光が「実況に合わせて効果音入れます」と言い、なぜか爆発音を鳴らす。
「光! なんで爆発!?」
「緊張感、出したかったんです!」
藤井が戻ってきたのは、開演から28分後。
汗だくで舞台に飛び込み、カレーうどんの容器を掲げる。
「持ってきました! 地球を救う、カレーです!」
美月が容器を受け取り、湯気が舞台に立ち込める。
「この香りが……私の記憶を呼び覚ます……」
観客は笑いながらも、なぜか静かになる。
蒼が「俺は宇宙飛行士じゃなかった。カレー屋の息子だった。それでも、誰かを救いたかった」と語る。
その瞬間、顧問の田所先生が舞台に乱入した。
「それは違う!」
観客が拍手する。部員たちは驚きながらも、即興で対応する。
「先生、あなたは……地球防衛軍の隊長だったんですね!」
「そうだ。だが、地球を救うのは、カレーじゃない。——君たちの想いだ。」
講堂が静まり返る。
ひなたは舞台袖で呆然としながらも、演出ノートに赤ペンで書き込む。
「事故→演出に昇華」
中村光が「爆発音、あと3発いけます」と冷静に言い、ひなたは「やめて」と返す。
舞台は混乱の極みだが、なぜか観客は笑い、泣き、拍手する。
「演劇って、こういうもんだっけ?」
ひなたは自問する。台本は消えた。だが、舞台は生きている。
部員たちは即興で物語を紡ぎ、観客と呼吸を合わせている。
事故が、奇跡に変わる瞬間だった。
——そして、残り時間は20分。
この“史上最悪の1時間”は、まだ終わっていなかった。




