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20話 悩めるレオンのあれやこれ

今回はレオン視点です

 俺が言い始めた魔物との交渉が決まった時は単純に嬉しかった。


 これであのゴブリン達を殺さなくて良くなるかも知れない。


 そして、初めは交渉そのものに懐疑的だった。師匠達が最後は俺達の案に乗ってきてくれたことが嬉しかった……いや、違う、正直に言おう。大人達に自分の考えが認められた事が気持ちよかったんだ。凄く……。


 ただ、俺のいい気分も長続きはしなかった。カリナさんが実験と称して始めたコボルトへのあれは元はと言えば俺の案が元になっている。


 確かに新しい魔法をぶっつけ本番で試すわけには行かないとは思う。


 でもあれは流石に、どう思っても批判できる立場にないことは俺もよく分かってるんだ。分かってるんだが……


 でも、あんな風にコボルト達が怯えて、縛られて、名前を付けられて……


 あれは俺の望んだ未来じゃない。


 あれも俺がやりたいと言ったから皆が動いた結果だ。


 でも、俺はただ、ゴブリン達を殺したくなかっただけだ。


 誰かが泣くのを見たくなかっただけだ。


 なのに、俺の言葉がきっかけで、別の誰かが泣くことになってる。


 ……これって、本当に正しいのか?


 胸の奥がずっと重い。

 師匠は「気にするな」と言ってくれたけど、そんな簡単に割り切れない。


 俺は、俺の言葉が世界を変えるなんて思ってなかった。


 でも、変わっちまったんだ。


 良い方向か悪い方向かなんて、今の俺には分からない。


 ただ一つだけ分かるのは、俺はもう、ただの村の少年じゃいられない。


 自分の言葉に責任を持たなきゃいけない。


 こんなのは違うと目をそらして逃げたら、きっと一生後悔する。


 だから、ちゃんと見届ける。

 コボルト達がどうなるのか。

 ゴブリン達と話せるのか。

 俺の“理想”がどんな形で現実になるのか。


 怖いけど……それでも、目を逸らしたくない。


 この件に関して、俺は当事者であり続ける。


 当面はゴブリンの交渉の準備とコボルトともコミニケーションを取ってみるつもりだ。


 でも、俺もこの一月でコボルト結構殺してるんだけどな。


 そして、これからも冒険者を続けるなら更に殺す事になるんだろう。


 そんな俺がどの面下げてコボルトとコミニケーションなんか取るんだと言った気持ちもあるけど俺が殺してきた、そしてこれからも殺す生き物がどんな存在なのか知るべきだと思う。


 そして、ゴブリンも……。


『交渉が決裂した時の覚悟はしとけよ』


 前に、師匠が言っていた言葉を思い出した。


 何故だろう。あの時の師匠の言葉が今、凄く実感できる。


 師匠は俺の事をお人好しとか言うけど、それだけではもうダメだ。


 もっと考えないといけない。


 もっと知らなくてはいけない。


「師匠、俺。ちょっと用事があるんで、今日は先に失礼します」


「おお、そうか!じゃあ俺はマリーちゃんのとこにでも行くとするぜ!マリーちゃんのとこの酒は上手いからな!」


 マリーちゃん。師匠がよく行く飲み屋の女の子だった。


 因みにサラは嫌らしい店だと思ってる。


 面白いから黙ってろと師匠に口止めされている。


 そしてまだ昼間だ。こういうダメなとこも師匠らしい。


 そしてマリーちゃん、会ったことはないけど昼も夜もいるなんて働きものだな、と思う。


 こうして俺は師匠と別れ、ギルドを後にした。



ーーーー 


 そうしてやってきたのはサラの宿ーーというよりカリナさんの宿だった。


 取り敢えず、コボルトから話を聞いてみたい。


 宿に入って店主にカリナさん達を呼んでもらう。


 店主はカリナさんの名前を出したら一瞬顔を顰めた。


 ……見なかった事にしよう。


 嫌そうな顔で宿の階段を上がって行った店主がやがて引き攣った表情で戻ってくると、カリナさんとサラに続いてコボルト達が降りてきた。


 カリナさん。綺麗な人なんだけど苦手なんだよな。なんか人形みたいで。


「レオン、どうしたの?珍しいね。こっちに来るなんて」


 失礼な事を考えているとサラが話かけてきた。


「少しコボルトと話したくてね」


 俺がそう言うと、宿の店主が怪訝そうな顔をする。


 店主は翻訳魔法を知らないらしい。


 俺の言葉を聞いたカリナさんが無機質な目で俺を見つめて口を開く。


「今、翻訳魔法の継続性を高める方法を考えていた。いくつか方法は考えてみた」


 だからなんだと言いたい。


「要は、改良した魔法式を試したいから渡りに船って事だよ」


 気持ちが態度に出ていたのか、サラが補足してくれた。


 いかん、まだまだ修行が足りない。リンダさんのように悠然としていたいものだ。


「ん」


 カリナさんも肯定の意を示してくれたのでホッと胸を撫で下ろす。


「あ、これ」


 そう言ってくる途中に購入したマジックポーションを差し出した。高かった。


「レオン……また無駄使いして」


 サラが何か言ってるんだけど、これ結局お前の腹に収まるんだろ?


「別に良いのに」


 カリナさんが言いつつもポーションを受け取るとサラに手渡す。やはりポーションはサラが服用するようだ。


「カリナさん。私ポーション飲み過ぎでお腹が……」


 サラに抗議を華麗にスルーすると、カリナさんは自分で魔法を唱え始めた。


 何言ってるのか分からないので、ギルドで見たものとの違いなんて俺には分からない。


 やがて、カリナさんが呪文を唱えるとガラス細工のような目を俺に向け、抑揚のない声言う。


「話せるよ」


 その言葉を受けて俺はコボルト達に向き直ると言葉を投げた。


「俺はレオンだ。宜しく」


 名前を告げる俺を見たコボルトの一人が小さく鼻を鳴らすと言った。


「おう、人間。昨日はやってくれたな」


 コボルトが話した瞬間、それまで迷惑そうにしていた宿屋の主人が驚愕して目を見開いていた。


 まぁ、驚くのも無理はない。俺は意識をコボルトに戻して言う。


「君は?」


 正直、コボルトは全部同じに見える、美醜の違いは愚か雄も雌も分からない。


「テメエに股ぐら蹴り上げられたんだよ!」


 ああ、俺と戦ってて師匠に金的をされてた個体か名前は……2番の腕輪を付けてるから。


「ポチ、貴方の股を蹴り上げたのはこの子じゃなくてリカルド」


 カリナさんが訂正してくれたが、コボルトはまたしても鼻を鳴らす。


「俺達に人間の容姿の違いなんか分からねえよ」


「君たちは名前を持たないみたいだけど、それまでどうやって個々を識別してたんだい?」


「……臭いに決まってんだろうが」


 なる程、コボルトの中では体臭が名前代わりになってたのか。


「俺の臭いは覚えてもらえたかな?」


「人間の臭いなんて知るか」


「人間は臭いは個々を嗅ぎ分ける程特徴がないと言う事?」


「そうだよ。人間なんて美味そうか不味そうか。健康かそうでないかしかわかんねえよ。カリナは臭いが強いからわかるけどな」


 カリナさん。また体を洗うのサボってるな。


「因みに俺は美味そうか?」


「俺は雄の肉は好かん。食うならそのそこの小娘のが良い。まぁ、少し筋張ってるが、テメエより柔らかそうだ」


 そう言いつつサラを見る。


「筋張ってる?」


 サラがムッとしている。そこにカリナさんがスッと入ってくる。


「君たちの主食は今日から動物のお肉だから人間は食べちゃダメ」


「分かってるよ、んなことは!そこの人間が美味そうか聞いてきたから答えただけだっての!」


「カリナさんコボルトが俺達を識別できるようにする方法、何かありますかね。えげつない方法以外で」


 その言葉を聞いてカリナさんが虚空を見つめたまま動きを止め、やがてぽつりと言った。


「私達が体を洗わなければいい」


 カリナさんのあんまりな案を聞いたサラの反応は早かった。


「却下で」

 

 確信した。この人、必要なら人間にも同じ事ができる。


 ある意味凄く平等な人物だ。危険人物だけど……


 サラの却下を受け、今度は動きを止めずにカリナさんが言う。


「なら、人間の臭いを嗅ぎ分け、記憶した臭いを個体名と紐づける訓練をするしかないと思う。出来るかは未知数だけど」


 まぁ、結局そうするしかないのかな。後はコボルト達の気持ちだけど。


「君たちはそれでもいいかな?」


「……仕方ねえだろうが、個々で生活しなきゃならん以上、カリナしか分からねえんじゃこっちだって不便だ。俺達につけた腕輪みたいなのないのかよ。臭いつき腕輪みたいなのはよ」


 つまりコボルト達につけた番号付き腕輪と同様のものを俺達がつけて欲しいと言いたいのか。


 ……気持ちはわかるけど現実的じゃないな。


「一応聞くけど、人間の臭いは嗅ぎ分ける事は出来るのかな?」


「まぁ、カリナが嗅ぎ分けられるんだから慣れればできるんじゃねえか?カリナが特別臭いってなら話は別だが」


「カリナさん体臭が強いって人に言われたり自分で感じた事はあります?」


「体洗え、とはリカルドとサラによく言われてる。1週間位で……酷いよね」


 なる程、1週間も体を洗わないがデフォルトなら元の体臭はそうでもないのかな。


 まぁやってみる価値はあるのか。ノウハウなんて無いけどね。


 ええと、俺と話してたのはポチだったっけ?


 俺も早く名前と番号を一致させないとな。


 しかし、囚人用の番号付き腕輪なんて酷いとは思ったけど、結局これがないと現状識別困難なんだよな。


「他のコボルト達もそれでいいな?」


 俺の問いにコボルト達はぶーたれながらも口々に同意する。


 まぁ、同意と言うか好きにしろって感じだけど。


 そんなわけで、コボルト達は人間の識別トレーニングを行う事になった。


 これに関してはカリナさんが知り合いの魔物学者に話してくれるそうだ。


 良かった。適任者がいるならそれに越したことは無い。カリナさんの知り合いってのが若干の不安ポイントだけどまぁ、大丈夫だろうと思いたい。

次回はリカルド視点に戻ります

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