2話 新人達
リンダさんマジリンダさん
教導なんてやってられるか。どうやって断ろうかを考えるには頭の血の巡りが大事である。
というわけで二杯目の酒をグビグビ飲んでいた。
全く誰だ新人冒険者に対する教育プログラムなんて面倒臭いもん考えて制度化したやつは……
俺の古巣の人間じゃねえか。
オスカーとか言うお人好しのクソ野郎である。
あの野郎死んでからも俺に立ちふさがりやがる。
数分、そんな事を考えていると、先程歩き去ったリンダが新人に引き連れ戻ってきた。
ーーこっち来るな。
リンダのお陰で、普段は風景と同じ程度にしか感じないであろう、そいつらの姿が目に留まる。
おずおずと付いてきたのは短い赤茶色の髪をした碧眼の小僧。
この辺りでは珍しい銀髪に赤い瞳を持つ小娘だった。
真新しい装備と素人同然の立ち姿にげんなりする。
こいつらを一人前の冒険者にする?ガキのお守りじゃねえか!
『リカルド……あの子等を頼むよ』
死に別れたオスカーの遺言を思い出す。まぁ、結局俺はその遺言は果たせず、こうして酒場で飲んだくれてるわけだがな。
柄にもなく安請け合いしたらこれだぜ。
またやるのか?ハルナらがダメだったからって新しい新人を教えるのか?アホか。ダサいにも程がある。
しかも俺が受ける意味が分からん。
目の前のションベン臭いガキどもをジロリと睨みつけると、顔を強張らせて身じろぎしている。
『お前は、困ってる奴を見ると理由をつけて助けるよな。いやはや、俺のことをどうこう言うけど、お前も大概だよ』
死人がしゃしゃり出ないで欲しい。
『で? 今回はどんな言い訳をするんだ?』
アイツならこう言うだろう。
かつての仲間の思考を先回りする癖がこんな弊害をもたらすとは思わなかった。
……黙れ幻聴。俺はやらねえ。幽霊かよ。
もう一度、新人共を見る。見れば見るほど間抜けな面だ。
世の中の事なんか何も分かっちゃ居ないだろうよ。
放っときゃ騙されて身ぐるみ剥がされるか。売られるか。すぐ死ぬか。
そう言えば入ったばっかのハルナ達もこんなんだったわ。
……しょうがねえな!
……結局俺はこう言うのが染み付いちまってるらしい。クソオスカーのお陰でな。
「リンダ、1オーラムだ」
「え?総額金貨1枚で受けてくれるんですか?太っ腹ですねー。」
そんなわけなかろう。クソ女。
「1日1オーラムだ。こいつらが独り立ちするまで毎日だ」
少々ふっかけ過ぎな程ふっかけた。どうせ値切られるんだ。別にいいだろ。
「1日の稼ぎが銀貨50枚分とかちょっとふっかけ過ぎですよ。8アージェです」
ほらな。
まぁ、これで相手が怒ってご破算になるならそれはそれでいいしな。
「こっちはヒヨッコどもの面倒で行動が制限されんだ。生活費保証しやがれ! 妥協してやる。13アージェだ」
まぁ、値段交渉ごっこである。
新人共、何を珍しそうにしてる。こんなのただの悪ふざけだから参考にすんなよ。
「ギルドは打ち出の小槌じゃないんです。それにどうせ暇してたんでしょ?9アージェです」
「無理やり押し付けてきて何言ってんだ。迷惑料も込みだ。12アージェ払え」
「昼間から酒に溺れる中年に安定した資金収入元を確保してあげたんです。仲介手数料を頂きたいですね。10アージェ」
「はっ!うるせぇスットコドッコイが。こっちは必要経費から何まで全部自腹なんだ。その分も寄越しやがれ。11アージェだ。これ以上買いたたくならこの話は無しだ」
俺の提示した額を聞いたリンダが顎に手を当て、暫し考える仕草を見せた。
おい、本当にこれ以上は無理だぞ。まぁ、相場より高めなのは確かだが、俺はこれでも割に合わないと思ってる。
「まあ、こんなもんでしょう。分かりました。リカルドさんには新人への教育手数料で1日銀貨11枚をお支払いします。だから新人さんの依頼料とか取っちゃダメですよ」
芝居がかった口調でそう言って最後にしれっと毒を混ぜてくる。
「……とるわけねえだろ」
俺は強盗じゃねえ。ほら見ろ新人ビビってんじゃねえか。リンダの所為で俺の印象が下がった。
「じゃあ、私、金額とか依頼内容を纏めた証文を作ってきまーす。後は御三方で親睦を深めて下さい」
去っていくリンダの足取りは長年悩まされた肩こりから解き放たれた事務方の様な軽さだった。
対して突然親睦を深めろと無茶振りをされた新人達はマゴマゴと立ち竦んでいた。
早くも社会の洗礼を浴びたようで何よりである。
「座りな」
顎でシャクリ、手短に促すとビクリと肩を竦めた新人2人は顔を見合わせ、どちらからともなく椅子に腰掛けた。カップに残ってた酒を一口に煽る。
「俺はリカルド、リカルド・ゲイネスだ。お前らは」
「レオン・フィールドです!」
「サラ・ミルフィンです……」
会話終了である。まぁ、お互いの名前を知ったのだ親睦とやらもだいぶ深まったであろう。
「で?お前ら、冒険者なんかになって何がしたい」
俺の問にまたしても顔を見合わせる2人。そしてレオンが言った。
「僕たち。この近くの村の生まれなんですけど、そんなに裕福じゃないんで冒険者として働いてお金を稼ぎたいんです」
「ほう、つまり金か」
「はい、えっとダメでしょうか?」
「いや、ダメじゃねえ。寧ろ安心したぜ。物語の英雄に憧れてなんて言い出したら頭抱えるとこだったぜ」
英雄志願みたいな新人は一定数居る。そう言った奴らは実力もないくせに我が強い。
面倒臭く扱いに困るのだ。
そういう奴はどうせこっちの言う事など聞かないしすぐ死ぬ。
「まぁ、精々頑張れや」
俺の言葉に新人達は曖昧に笑う。
いつまでもくっちゃべってても仕方ない。
というかガキとの話題なんてねえよ。何話せってんだよリンダのアホタレ。
「お前ら、依頼関係は明日からだ。金は大丈夫か?」
受付席でいそいそ動くリンダを睨みながら言うと2人は困った様な表情で俯いた。
……その反応まさか、こいつら素寒貧か?
その真新しい装備はどうした。まさか、生活費叩いて買ったのか?
ヤバい。頭痛がしてきた。
どうするんだよこれ。まさか本当に金ないなんて思わねえだろ。
クソが。食い詰めのガキ2人、知ってて放置するなんてダセェじゃねえか。
金は大丈夫かなんて聞くんじゃなかったぜ。
溜息を吐くと幾らかの銀貨と銅貨を机の上にばら撒いた。
これで数日は何とかなる筈だ。これだから教導なんてやりたくないのだ。
「これで食いつなげ」
目を丸くして恐縮2人に無理やり金を握らせる。
曲がりなりにも関わっちまったんだ。餓死されたり、人買いに攫われてたりしたら酒が不味くなる。
つくづく思う。割に合わない。
「あの、すいません。有り難うございます……」
小娘……サラだったか?が消え入りそうな声で言った。
「全く、早まりやがって、冒険者って言ってもな。外で戦うのだけが仕事じゃねえんだ。町の雑用なんかで小銭を稼いで、装備を新調したりとかいくらでもあんだろうに」
「すいません、冒険者って外で活動するイメージがあったから装備は必要かと……町に来てすぐに」
「まぁ、使っちまったもんはしょうがねえ。取り敢えず装備も揃ったんだ。精々速く独り立ちしてくれ」
それで俺を早く解放してくれ。
「リンダ!書類まだできねえのか!?」
大声でカウンターから覗いてるリンダ頭頂部に声をかける。
「もう出来まーす!」
見えてた頭頂部がモソモソしたかと思うと、リンダが1枚の紙を持って駆け寄ってきた。
「はい!」
何がはいだよ。
俺はリンダに差し出された紙に印字された内容を確認して署名する。
「レオン、サラ……字の読み書きはできるのか?」
「ええっと、すいません」
レオンが肩を落とす。別に字が書けない奴など珍しくもない。責めた訳では無い。面倒臭え。
「なら、読み書きも覚えろ。金になる」
読み書き出来れば冒険者にこだわる必要もあるまい。
「2人とも良かったですね。リカルドさんが読み書き教えてくれるそうですよ」
……言ってねえよ。
相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべるリンダを睨みつける。
残念効果はないようだ。
教導は知識やノウハウをギルド経由で新人にたたき売られるのだ。
割に合わない。オスカーの野郎、面倒臭い事ばかり残して逝きやがって!
サインを書き終えると椅子から立ち上がる。新人2人が俺の動きを追うように顔を見上げた。
「リンダ、ちょっと修練所借りるぜ」
感情の見えない笑顔を浮かべたリンダが言った。
「ハイハイ、了解です!いやいや、なんだかんだ面倒見のいいリカルドさんがコミュニティからあぶれてて助かりましたよ」
それは褒めてるのか? 貶してるのか?どっちだ。まぁ相手はリンダだ気にしても仕方ない。
「さっき言った通り依頼関係は明日からだ。今日はお前らがどれだけ動けるか確認する。何、安心しろ。軽く見るだけだ殺しはしねえ」
そう言って笑いかけた俺を見たサラが一歩後ずさる。レオンが生唾を飲み込んでいる。
別に脅かしたつもりはない。本当にちょっと力をみたいだけだ。
近場でも魔物は出るのだ。とって食わんから安心しろ。
補足
1オーラム 金貨1枚=銀貨50枚程
1アージェ銀貨1枚=銅貨100枚程
1クプラ銅貨1枚=貨幣の最小単位
パンが大体10から20クプラ。
一般的な村の平均収入が20アージェ程。
物語には落とし込めなかったのでここで補足します。




