人間宣言
昭和天皇は戦後に人間宣言をした。現人神を辞めて人間だと自分を再定義したのだ。だから上皇も今上天皇も人間だ。他の皇族ももちろん人間だ。
戦前に神格化されていたと言われているが、現代も一部の右翼では昭和天皇は神格化されている。確かに千年以上も前から続くとされる血統は驚くべきものではある。一部の右翼は更に神の時代から皇統は続いているとしている。実際に右翼がどこまで皇室を崇拝しているか分からないけれど、昭和天皇が人間宣言をした後も神格化は終わらない。
皇室は大和朝廷の中心である。大和朝廷は古代から存在していたけれど、成り立ちは複雑で現在まで紆余曲折を経てきている。皆、古代史の授業でややこしいと思ったことはないだろうか。中国の王朝の様にハッキリした記載が無い。古墳時代から飛鳥時代に徐々に奈良盆地で出来上がってきたのだとされる。
昭和天皇が人間宣言をしたのだから歴史学も考古学も、もっと冷徹に皇室や古墳を調査しても良いのではなかろうか。
大和朝廷が九州で成立したのか、畿内地方で成立したのか、決着がつく日が来るだろうか。
歴史を振り返れば皇室は千年以上も前から続いてきたが、南朝や北朝に分かれたり、天皇が餓死したり、政治闘争で非業の死を遂げたり、悲惨な経験を何度もしている。鎌倉・室町・江戸・明治と政権が変遷しても皇室は何故か根絶やしにされなかった。確かに奇跡ではある。
奇跡的に残ってきた皇室を評価しつつも、昭和天皇の人間宣言もふまえる。安易な神格化は良くない。特に昭和天皇の神格化は不健全だ。人間であり為政者でもあった昭和天皇の功罪を冷静に右翼は評価すべきだ。
皇室が何故、現代まで続き、憲法で象徴と定義づけられているのか。天照大御神の子孫だからだと答えてはならない。昭和天皇は人間宣言をしたのだ。皇室が日本の国家元首の家柄だからだ。権力を持っただけでは国家元首にはならない。国や民に対する責任を負う者が国家元首である。時の幕府も近現代の政府も権力を振りかざす割には時折無責任な態度をとる。いざとなれば皇室に甘えてきたのだ。
皇室を否定して革命を起こすならば、国の為に責任を負わなければならない。いつかは国の為に死ななければならない。自分だけではなく戦友も家族も利害関係者も、道連れにして死ななければならない。本当に死ぬかどうかは別として、それぐらいの覚悟が必要だ。
昭和天皇の人間宣言は、日本人に責任を問いている。困難な問題に当たると、すぐに冷笑主義に走って死にたーい、と甘えている場合ではないのだ。泥を食べてでも生き抜くしたたかさが問われている。




