終戦記念日
日本では玉音放送が流れた八月十五日を終戦記念日としているが、日本以外の国々では九月二日が戦勝記念日だとされている。
何故、日本では九月二日を軽視するのだろうか。歴史学的にも社会的にも良くないと私は思う。この日はアメリカの軍艦で日本が正式に降伏を認めて調印した日である。歴史と向き合うならばこの日を終戦記念日とすべきだろう。
玉音放送が流れて暗い戦争が終わって新しい憲法が出来て自由を謳歌する。NHKはそんな偏った歴史観をずっと垂れ流してきた。日本のアジア侵略を中途半端に批判して歴史を語った気になっている。
九月二日の後にも旧ソ連は南下して日本の民間人を殺傷し日本女性に性暴力を振るって北方領土を占領した。日本の関東軍は日本の民間人を守れずに我先に逃げた。恥ずべき事態である。原爆を投下された上に正式に降伏した日本に対して旧ソ連はあまりにも不誠実である。
日本のアジア侵略を見下すのであれば、旧ソ連の蛮行も見下すべきだろう。
旧ソ連は北方領土の人達を大事にしたわけではない。当時のスターリン政権は旧ソ連の人達を恐怖と暴力で支配してきた。旧日本軍と根本的な違いが有るだろうか。日本がインドネシアやフィリピンを侵攻した事が悪ならば、旧ソ連による南下も悪だ。
九月二日は日本にとって敗戦記念日である。日本以外の国にとっては嬉しい記念日だが、日本にとっては悲劇の記念日である。
八月に日本の為政者が靖国参拝をすると中国と韓国は激しく非難するが、よく考えてみるとおかしな話だ。中国も韓国も戦勝国なのだから、日本を嘲笑していれば良い。
九月二日。戦没者や戦死者に思いを馳せ、間違った戦略を建てた当時の支配者層達を理性的に批判してみてはどうだろうか。戦争反対、戦争は悲惨、と、唱えるだけでは何も変わらない。
当時の日本はどんな戦略を建て、どうやって戦争を回避すべきだったのか。回避できなかったとすれば、どんな負け方をすれば被害を最小限に抑えられたのか。戦後処理はどうすべきだったのか。平和の為にはやはり冷徹な戦争研究が欠かせない。
戦勝国が正義で敗戦国が悪ならば、一度はアジアに勝った日本も正当化される。安易な善悪の判断は間違っている。
戦勝国である旧ソ連も中国もアメリカもイギリスもフランスも、それぞれ闇が有る。




